第12話 ガルド国王

 会場はダンスホールにも使われているほどの大きさ。その天井には豪華なシャンデリアと壁にはよくわからない絵画が飾られている。会場の壁際には衛兵とそれに混じって自国の王宮勤めの高官たちが周囲を取り囲むように立っていた。パーティーは立食形式で行われるため大きなテーブルがいくつかあり、その上にはワインボトルとグラスが礼儀正しく置かれている。


 カレンとユイは受付を済ませると会場の中に入っていった。それを察知した参加者達は挨拶をしようと次々とこちらに向ってやってくる。それを見てユイは持っていたカバンから銀色の箱を取り出して箱を開ける。そこにはカレンの名刺が束になって入っていた。


 隣国の副総理や外交官が立て続けに挨拶に来る。その一人一人に丁寧にカレンは対応し、嫌な顔一つせずに話を聞いていく。話の内容は大体が王都イントラについての未来の話や政策の話についてだった。


 その波がひと段落すると、見覚えのある人物がやってきた。


カレン

「あら、いるじゃない。馬鹿共に混じって綺麗な花が」


クロム

「凄いね、普段と全然違うよ。こんな注目度の有るパーティーなんか見たこと無いもの」


 クロムはやや興奮気味だったが普段通りに話しかけて来た。その様子を記者たちが写真に収めていたが皆、驚きの表情をしていた。直系の王族が異母兄弟と親しくしているのはかなり珍しい。


 公の場でフランクに話し合う姿がものすごく新鮮に映ったのだろう。その様子を見ていた高官たちも少し驚きの表情をしている。その上カレンはクロムだけではなく、その付き人であるメイドや執事にまで話しかけていた。


 一通り近寄ってきた王族や他国の政治家たちと話を終えると次にカレンはあり得ない行動をとる。壁際に居た自国の高官に対して話しかけていったのだ。


カレン

「ずーっと立ってるの疲れない?座るとことか無いのかしら?」


王宮の高官

「あ・・・椅子をお持ちしましょうか?」


カレン

「私じゃないわよ、あんた達のことを言ってんの・・・あら、その眼鏡素敵ねぇ、誰かの贈り物かしら?」


王宮の高官

「あ・・・ええ、これは私の妻が誕生日プレゼントでくれまして・・・」


カレン

「素敵な奥様じゃないの!良かったわね!素敵な人に巡り合えて」


カレン

「・・・あなたお名前は?」


エクト

「名前・・・ですか、私はエクト・スルームと申します」


カレン

「エクトね、覚えておくわ」


 そういうとカレンはエクトの背中をバシバシ叩いた。その光景を他の高官たちはあっけにとられた表情で見つめている。しかしお構いなしにカレンはくだらない世間話を高官たちに次々としていく。


カレン

「・・・実はねここだけの話、今回のパーティーにどうしても参加して欲しいって父上から言われたわけよ。私のこの後の役目とかそういう話をしたいからって」


 カレンを取り囲むように何人かの高官が話を聞いていた。さっきのやりとりを見ていた高官たちはカレンに気にいられようと近づいてきたのだ。高官たちは王族や他国の要人たちとは違い、名刺を渡すことが出来ない。そのため、カレンのこのような振る舞いはチャンスだと思ったのだろう。


王宮の高官

「そうだったんですか・・・この後と言うと、やはり王都関係のことについてですかね?」


カレン

「まあ、そこら辺はあなたのご想像におまかせするわ・・・それよりもこの後出てくるおすすめの料理はなに?私はニジマスとか好きなんだけど」


王宮の高官

「あ・・・ニジマスですが・・・さすがに用意はないかもしれないですね・・・申し訳ありません・・・」


カレン

「マヨネーズとかつけて食べると美味しいわよ。今度やってみたら?」


 ユイはカレンの話を聞いてはいたものの笑いを堪えるのに必死だった。ユイはカレンと出会った時の事を思い出していたのである。


カレン

「なによ?ユイ。ニジマスにマヨネーズはおいしいでしょうが?」


ユイ

「いえ、ニジマスは塩焼きが一番です」


 そんなやりとりを高官としたり、他国の企業の社長令嬢と髪の毛の話をしたりと普段表に全く見せなかったカレンの人柄や物腰などがだんだんと浸透していく。


高官

「まさかカレン様があんなにフランクな方とは知らなかったなぁ・・・変わり者だと聞いていたもんだから」


エクト

「ああ、俺も名前を聞かれるなんてびっくりしたよ」


 しばらくそんなことをしていると、会場内に鐘が鳴り響く。その音に反応すると会場に居た全員が頭を下げた。


「これよりガルド国王がいらっしゃいます」


 そう言ったのは国王の右腕兼秘書の「ラルカ・ジリルス」きりっとした顔立ちに、しっかりと形を整えられている髪形をしている。彼はガルドが国王就任と当時に執事から秘書へと昇格した人物。国中のメイドや執事の憧れの存在であり、彼らにとっての最終目標でもある。


 壇上の奥から足音が聞こえてくる。どうやら国王が表れたようだ。国王は所定の位置に着くと国王は「よい、楽にしろ」と一言。その言葉の後に全員が頭をあげた。


カレン

「久しぶりね、父上。見ないうちに老け込んだわねぇ」


 そう呟くと聞こえていた周りの人達はぎょっとして目でカレンの方を見た。こんなことは実の娘カレンにしか言えない。


ユイ

「・・・あれが国王様」


カレン

「そうよ、生で見るのは初めてかしら?」


ユイ

「ええ・・・そうですね」


 国王は持ってきた紙を開くとそこに書いてあった文章を読み上げはじめた。内容は来賓への感謝とか国の発展を願う事。スピーチは10分間ほどで終了し、ラルカがグラスを持って国王の元へ近づいた。


そしてワインをグラスに注ぎ始める。


 それを受け取ると会場にいた全員がグラスを持ってワインを注ぎ込み始めた。


 乾杯の音頭を取ったのは国内最大手企業の経営者。数分間、誰も必要としていない、全く無意味で無関心な上辺だけの口上を述べた後、乾杯をしてしばし歓談の時間に入る。国王には他国からの来賓や重役たちが詰めかけて挨拶をしていく中、カレンはクロムと奥の方から次々と出されて並べられる料理を見ていた。


カレン

「あれ、おいしいのかしら。ちょっと食べて見なさいよ」


 そういうとカレンは並べられている料理の中から面白いものを見つけ出すと、フォークに挿して無造作にクロムの口の中に押し込んだ。


クロム

「んん・・・・もごもご・・・おいひいよこれ」


 クロムの口元に料理を押し込んでいる間もカレンは国王を見ていた。国王の周りには常に高官や秘書、各国のマスコミが立っている。その人たちは撮影をしたり音声を録音したりしていた。国王は様々な質問や今後の事、今の問題点などを話している様子でそれを真剣に全員が聞いていた。しばらくしてその波が穏やかになると今度は王族たちが詰めかけていく。クロムも仕方なさそうにカレンの所から自分のメイドと一緒に国王の元へと向かっていく。


カレン

「・・・ふいー、煙草が吸いたいんだけど?」


ユイに疲れた顔を見せた。


ユイ

「・・・会場内は禁煙ですよ」


 王族が一人一人挨拶をしていく。クロムもその中に混じって国王に挨拶をしてるのが見えた。一通り王族が挨拶し終わるのを確認するとカレンはユイに髪の毛を見て貰い国王に向って足を進めた。


カレン

「いってくるわ」


 その動きを察知したマスコミや周辺の人たちはカレンの動きに注目していた。それもそうだろう。直系の子供が国王に挨拶へ行くのは数年ぶりになる。ガルド国王がいる壇上へ近づくとカレンはドレスの端を摘まんで軽く持ち上げて頭を下げた。


ガルドはそれまで険しい顔をしていたが、カレンの姿を見ると少しだけ表情が優しくなる。


カレン

「お久しぶりです、父上。・・・色々ご心配をおかけしました。大変申し訳なく思っております」


 カレンは頭を下げて謝罪をした。今までの破天荒な振る舞いは当然国王の耳に入っている。数年ぶりに交わした言葉の開口一発目が謝罪で始まったいびつな父娘の会話。それはなんだか異様な雰囲気に包まれていた。


ガルド

「・・・おお、カレンか。お前はこの国にとって重要な人物だ。自由にやってもらうのはもちろん構わないが、それでも節操は大切だ。自分の行動や言動がいかに重要かを知らないわけではあるまい?」


カレン

「はい・・・心得ております。父上にはいらぬ心配を掛けてしまいまして・・・それで私もこのままではいけない。国民の皆様に示しがつかないと考えまして、その一つ目として早速このパーティーに出席いたしました」


ガルド

「最初は驚いたが、今日の参加で私もお前がやっと女王として成長し、それを自覚し始めたことに安堵している。今日来ることが出来なかった母さんもお前の事を心配していたぞ」


 カレンの母親はちょうど外交に出ている為、パーティーには不参加だった。


カレン

「母上にも会いたかったのですが・・・そうですか。でも私はこれからこのような式典に積極的に参加していこうと思っていますので、その時にまたお目にかかりたいものです」


 その後、しばらく会話をしていると国王が人払いをした。するとそれまで付いていた人々が一斉に離れ、カレンとガルド国王は2人だけで壇上で会話をしている。その光景をその会場に居る人たち全員が注目していた。


王宮メイド

「何の話をされているのかしら?」


王宮執事

「そりゃ、親子だからねぇ。2人だけの会話って言うのもあるもんじゃないのか?今までほとんど会ってなかったんだから」


 高官、他国の政治家、マスコミを含めてそんな会話をしていた。その囁き声を耳元で流しながらユイとクロムは平然な顔をして2人の会話を見守っていた。


 ガルド国王の表情と態度は明らかに柔和になっていた。それは第1王子や王女に向ける立場を重んじたモノよりも、気軽に話をすることが出来るカレンという立場がそれを可能にさせていたのだろう。あまり見せないリラックスしたような表情で会話をする国王は初めてだった。


 カレンは国王を下手に持ち上げもせずに、自分が今までやってきたことを話した。ユイの事やあまり表には出ていないクロムの事。特にクロムの件は王宮も手を焼いていた部分でもあり、それを波風立てずに収めたカレンの事は王宮を含めてかなり評価していた。


ガルド

「あの王女の一件。私にはどうすることも出来なかった・・・私は彼女に謝ることは立場上出来ないが、私の娘が救ったとなれば少しは助かった気がしたよ」


カレン

「あれは・・・クロムの母方の暴走によるものです。致し方ないと言えばそうなりますが私は何もしていません。彼女が彼女なりに考えた結果、今のバンデルが有るのです」


ガルド国王は周囲を見渡すと少し小声になった。


ガルド

「・・・今来ている記者たちが一番聞きたいのはお前が3日後に受ける魔法の儀式についての内容とその後の役目に就いてだ。何を授けて、何をさせるのかと言うのに注目度が高まっていることはお前も気が付いているだろう?」


 カレンは柄にもなく扇子を取り出すと開いて口元を隠した。


カレン

「ええ、それは知っています。私に授けられる魔法・・・それが一体何なのかわかりませんが・・・・それが何であれ、私は私に出来ることを受け入れてやっていこうと考えています」


 そういうとカレンは強い目線で笑顔になった。その目を見た瞬間、国王の目線が泳ぎ、少しだけ後ろに下がったように感じ、何かを言いたげな表情をする。


ガルド

「・・・あ、ああ。そうだな。お前なら全てを受け入れて、そしてこの王都の復興をしてもらいたいと考えている」


 まことしやかに噂されていたのが「王都の復興」という政策。それが今回ここまで注目を集めていることの原因でもあった。王都イントラは長い時間メトロポリスとして機能してきていたが、近年建物の老朽化や損傷が目立つようになってきたため一新しなければならなくなってきている。


 そのため、レトリック王国ではその資金源を得ようと「ネクスト・カルチャー」と題して世界各国が誇る文化や技術の展覧会を行おうと水面下で事業を進めてきている。これを知っているのは王宮と一部の企業だけとなり、まだ公にはなっていないものの予算は数百億エイジ。経済効果はそれ以上のものを期待されている。


 期待されている理由は「文化」という切り分けがものすごく大きいこと。お堅いスポーツや文学、芸術はもちろんの事、成長過程にあるゲームデザイン、バーチャル、アニメーションなどのいわゆる「サブカル文化」すらも一切区切らずに誘致している部分にある。


 これはレトリック王国がある意味閉鎖的であり、どこにも忖度を入れなくても良いという強みを生かしているからこそ出来ること。こういう事業は他国でも行われることがあったが展示される表現物や催し物は「どこかの国にとっては」差別的なモノや過去の歴史の遺恨が残されていることが有る。


 なのでそれらを同じ枠に入れ込むことが不可能だった。なのでこれは魔法と言う力によっ守られ、治められているからこそできるレトリックならではの事業。当然、そのおこぼれに預かろうと寄ってくる人間も多くなる。


カレン

「(なるほど、この異常なまでのパーティーの盛り上がりはそのためだったというのもあるのね・・・それは初耳だったわ)」


カレン

「それは大変なことになりそうですね・・・。例え私に魔法が有ったとしても大変そうです・・・それをやるのは私だけになるのですか?」


ガルド

「いや、お前の話はエドワードからも良く聞いている。お前のメイドの事も、あのバンデルの王女の事も。それら全てをこの王都再興のための手足として使えばよい」


カレン

「・・・つまり、ユイやクロム、エドワードも私と同じようにこの街の上役に就くことになるということですか?」


ガルド

「自然な流れはそうなるな。お前が気兼ねなく出来る人物も必要だろう。私にとってのウルカのように・・・何か不満が有れば人を変えても良いぞ?」


 カレンはウルカの方をちらっと見る。


カレン

「・・・いえ、エドワードはともかくとしてあの2人は父上にとってのラルカさんと同じ立場です。自分の事やそれ以外の事も相談できるようなそんな関係を持った友人です」


 確認したかった。カレン以外の目。王宮から見てあの2人がどのように映っているのかを。もし、カレンにとってそこまで重要人物だと思われていなければ何とか2人を逃すことが出来るかもしれないと考えていたのだ。


・・・しかしその考えも水泡に消えていくことになった。思っているよりも関係性が強く伝わっているらしく、カレンの一挙手一投足によって2人の処遇が決まってしまうのは明白になってしまった。


 ガルドは右手を上にあげて外を指さした。


ガルド

「ここに来る途中、沢山の人を見ただろう?今日のパーティーを祝う国民たちが一丸となって私たちを祝福してくれている。その人たちを裏切ることは私たちの祖先。ジェイ様に歯向かうことになる」


ガルド

「国民は優秀だが時として愚かだ。その愚かさを正せるのが魔法を使えるレトリック一族の使命であり、変えることができない天命でもある。我々は常に揺るぎない判断を行える。それは何故か?魔法の力によって、魔法を授かることが出来る我々こそが光なのだ」


 ガルドは持っていた杖の先端についている宝石を指さした。


ガルド

「我々はこの宝石のようなものだ。美しい。しかし、この美しさがわかるように国民に説明しなければならない。これがただの石ころではなく、国民を魅了するようなものにならなくてはならない。しかしそれが愚かな国民に十全に伝わっているだろうか?私にはそうは思えない。バンデルの反逆がいい例だ。もっときちんと我々の支配の意義を教育していかなければならない」


カレンはその言葉を聞いた瞬間、無意識に奥歯を強く噛んでいた。


カレン

「・・・そうですね、そうありたいものです」


 その後、しばらく話し込んでいると、時間になったのか秘書のラルカが近寄ってきた。カレンは軽く挨拶をして壇上を後にする。後ろを振り返ると遅れて来た来賓たちが我先にと国王へ詰めかけていくのが見えた。


 カレンはため息交じりで開いていた扇子を閉じると、迎えに来たユイに手渡した。


ユイ

「・・・・どうでしたか?久しぶりの親子の会話は」


少し意地悪そうにユイがカレンに聞いた。


カレン

「中身の無いような、有るような・・・そんな会話よ。少なくともまだ娘とは思われていたのかもしれないけど・・・・〝彼〟の中はもうすでに何かの病気に侵されてるわ」


 一通り挨拶を終えた国王が退席した後も歓談は続いていった。参加者に酒も入り料理も入って場は飲み会特有の一体感を出している。そんな中で中締めとしてカレンが壇上に呼ばれた。


 大きな拍手に迎えられた彼女は壇上にあるマイクでここに参加した意味や意図。それから国王との会話などをマスコミや役人に向って適当に話していった。


最初から中締めをお願いされていたのでその役目が終わったら帰ると決めいていたため、終わるとカレンはクロムに「お先に」と挨拶をしてそそくさと会場を後にした。


 帰りも来た時と全く同じ。王都民の人たちが旗を振り、レッドカーペットの脇を埋め尽くしていた。それに手を振りながらエドワードが待つ車に乗り込み、王都の大通りをゆっくりと帰宅していく。


カレン

「だはぁ~疲れたわぁ」


 カレンは後部座席に座るとだらしない声をあげた。ユイは黙ってカバンの中から煙草とライター、それと水の入ったペットボトルを渡した。「ん、ありがと」とカレンは受けとると水をがぶ飲みして煙草を咥えて火をつけた。


カレン

「あー・・・生き返ったわ・・」


エドワード

「お疲れ様です、カレン様。みな感動しておられました」


カレン

「・・・・政治家って言うのは気の毒な人間がやるものって聞いてたけどホントねこれ。意味不明よ、大変じゃないこんなの」


カレンは今までの分思いっきり煙草を吸うと窓の外に煙を吐き捨てた。


ユイ

「お疲れさまでした。大変そうでしたね」


カレン

「そうねぇ・・・でも、もしかしなくともこの後、エドワードもカレンもその立場に上がるかもしれないわよ?クロムも含めてね。それってどう思う?」


ユイはバックミラー越しにカレンの顔を見た。するといたずらを仕掛けるようないい表情をしていた。


エドワード

「・・・それは・・・大変光栄に思います」


 エドワードはこれを待っていたと言っても過言ではない。彼が今まで付いてきた王族は全員が異母兄弟の子孫達。だからその人たちが魔法を伝授されてどこかの役職に就いたとしてもせいぜい地方都市のトップの付き人や秘書レベルにしかなれない。彼は物腰こそ柔らかいが時折カレンに対して野心を見せるときがあった。そのために今までの主に魔法伝授が近づくと付き人転任願いをその都度提出していた。


 そして運良く破天荒ではあるが直系の子孫の執事となることが出来た。このままいけばカレンが王都イントラの都長。そしてそのすぐ下に自分が就くことになる。世界有数の都市のナンバー2となればそれはもう本人としては十分な結果になるだろう。


 おまけにカレンが政治に関して全く興味が無いことも知っていたため、実権を握ることも可能な範囲に居ることも感じている。


彼にとってこの話は長い執事生活の中で一番希望に満ちていた。


ユイ

「私は、カレン様のメイドでございます。その役目であるのであれば、お付き合いしたいと思っております」


カレン

「・・・もの好きねぇ、あんたたちも。どうしてあんな世界がいいのかしら。私にはわからないわ」


 屋敷に到着するとカレンはドレスを脱いですぐさまシャワー室へ向かっていった。熱いシャワーを浴びて今日の疲れを洗い流したあと、ユイが用意してくれたジュースを手に取ると一気に飲み干して椅子に座った。


カレン

「・・・・なんか生きてる感じがする」


 ドレッサーの鏡越しにユイに話しかけると「今までは死んでたんですか?」と返事が返ってきた。ユイはドライヤーと櫛を持つとカレンの髪の毛を乾かし始めた。


ユイ

「・・・それでどうでしたか?手ごたえの方は」


カレン

「あったんじゃないかしら。今日のこのパーティーの話題は少なくとも1週間は続くと思うし・・・それと大方予想通りの展開だったのが気持ち悪かったわ」


ユイ

「良かったじゃないですか、予想通りで」


カレン

「まあ、そうなんだけどね。でも、ここまでとは思わなかったから・・・なんだか不思議な気持ちでもあるのよねぇ」


 目を閉じて今日の出来事を振り返る。耳にはドライヤーの音と、ユイが手を動かす音だけが入ってくる。テーブルの上に置いてあった煙草の箱を手に取ると中身を取り出した。


カレン

「・・・普通の父と娘って言うのはどんなのかしらねぇ」


 ユイが鏡越しにカレンの顔を覗き込む。


ユイ

「普通・・・ですか」


 普通、普遍、一般的な関係性。彼女にとっては地球上でただ一人しかない父親と母親と言う関係は切っても切りようがない。でも、その関係が良好なのか不良なのかは千差万別。カレンの場合、そのどちらとも言えない状況だった。会える回数も少なく、交わした会話は記憶に残らない。


カレン

「・・・まあ、いいわ。仕方ないわよね。そういうものだもの、私は」


 ユイはその言葉を無言で聞いていた。静かに笑顔になるとまたカレンの髪の毛を乾かしていった。


カレンたちの運命が決まる誕生日の11月22日まであと3日。その日が近づいてきていることを時計が刻んでいく。



カレンたちの運命が決まる誕生日の11月22日まであと3日。その日が近づいてきていることを時計が刻んでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る