第11話 最高級のブラフマジック

 一か月振りにエドワードが実家から戻ってきた。彼は帰ってきた報告と合わせて今日の新聞を片手にカレンの屋敷に向って車を走らせていた。


エドワード

「まさか、急にこんなことになるなんて」


 その日、新聞やメディアが報じたことは世間のSNSを賑やかにしている。王都や近隣の都市部の人たちの話題はそのことで持ち切り。


街の女性

「もしかして、初めてじゃない?」


街の男性

「ああ、俺の記憶が正しければ初めてだ。絶対に見に行くしかない」


 カレンが言ったことが王宮を通じてメディアに情報が流れた。エドワードは息を切らし気味に屋敷に到着すると、真っ先にカレンの部屋に向いノックをした。


カレン

「・・・なによー・・・入っていいわよ」


エドワードはその言葉を聞くと襟元を正し、息を整えるとドアノブに手を掛けた。


 部屋ではカレンが珍しくユイにネイルをして貰っていた。


エドワード

「ただいま帰って参りました。・・・申し訳ありませんでした。急に屋敷をあけてしまいまして・・・」


カレンは手元を見ていた。


カレン

「お兄さんはどうだったの?大丈夫そうだった?」


エドワード

「ええ、お陰様で、兄は思ったよりも元気にしてました・・・術後の経過も良好です。急いで帰るほどではなかったです」


カレン

「まあ、会える時に会っておいた方がいいこともあるわよ」


 エドワードは持っていた新聞を広げるとカレンに見せた。


エドワード

「それよりも・・・カレン様、これは本当でしょうか。私には今でも信じられないのですが・・・」


 新聞に書かれていたことはカレンが3日後、国王主催のパーティーに参加するということだった。


カレン

「ええ、本当よ。何を驚いているの?私も今週で21歳。魔法を授かってそれで国民の為に働く。多分私はゆくゆくこの王都の管理者にされるって思っているの。だからそこで働いている偉い人達に挨拶をするのは当然じゃなくって?」


 カレンの兄と姉の将来は間違いなくレトリックという国の顔役。他国で言えば総理大臣や大統領という立場になる。彼らは国全体の指針を考えたり、この国特有の魔法外交をしなければいけなくなる。


 そのためにこの王都と含めた地方都市のトップには他の王族が就くことになっているが、カレンが就任するとしたらこの王都バンデルだと言われている。王都イントラは国際的に見ても有数のメトロポリス。文化や産業の重要なハブとしてだけではなく、王都予算の金額は小国の国家予算に匹敵するとも言われている。


 歴史を見てもこの王都のトップは直系の子孫が就くことが多く、現在はガルド国王の直系。三男のチャスト・レトリックが就任して治めている。しかし、チャストは生まれつき病弱な為か表には全く姿を現さず、王都の実質的な運営はガルド国王の名の元に王宮の高官たちが行っているのが現状。


 王都民からはきちんとしたトップを据えて欲しいとの声が数年前から上がってきており、王宮としてもある意味国王や女王よりも影響力のある大都市のまとめ役が不安定なのを懸念していた。そのための後任候補としてカレンの名前が挙がっていた。


 しかし、カレンも現任者チャトスと同様に全く表に出て来ない人物。21歳の誕生日が近づき、どうなるのかわからない中での突然のパーティー参加。国内はもとより、国外の政治家やマスメディアも慌ててレトリック行きのチケットをかき集めていた。


 パーティーに招待されていたのはクロムのような異母兄弟の王子や王女、それと王都の高官たち。主目的は王都イントラで事業を展開してる自国、他国を問わない企業の交流会。本来ならばチャトスが開くべきだが、それが不可能なため国王主催で開いているという趣旨のものである。


エドワード

「・・・急にどうされたので?お心変わりでもされたのですか?」


 カレンが自らパーティーに参加。しかも国務でも何でもない上に招待状も届いてない。そんなものにどうして参加するのか。エドワードじゃなくても疑問に思うのは当然と言えば当然のことである。


カレン

「・・・新聞最後までちゃんと読んだ?」


 そういうとカレンはネイルをしたばかりの指でエドワードの持っていた新聞を掴むと1枚めくった。


そこにはカレンへのインタビュー記事が掲載されていた。


インタビュアー

「21歳の誕生日を目前として突然パーティーに参加されるとのことで・・・私を含めた国民は喜びと同時に戸惑いの気持ちもあります。何故このパーティーに参加しようと決意なされたのですか?」


カレン

「何故って聞かれてもそれが私の使命だからです。としか言いようが無いですね。私の兄と姉は国外で立派に国務を果たしています。私は2人に比べたら随分と自由気ままに遊ばしてもらいました。しかし、ただ遊んでいたわけではありません。私は遊びながら国民の生活を垣間見ていました。だからこそ、それに寄り添うべきだと考えたのです」


インタビュアー

「国内を問わず、国外からも来賓が多数来るとの話ですが」


カレン

「ええ、その件に関しては本当に申し訳ないと思っています。私のわがままのような心変わりに振り回してしまいまして・・・・ですが皆様快くこちらへお越しいただけると聞いております。そのことに関しては感謝しかありません」


インタビュアー

「カレン様はこのままいけば王都イントラの都長へと就任なさると思われますが、心境はいかがですか?」


カレン

「それに関しては時期尚早というもの。私の行先は私ではなく父上や母上が決めることです。それに王都民が受け入れてくれるかどうかもまだわかりません」


エドワードは新聞記事を読んだ後、号泣していた。


カレン

「ちょっと、ちょっと!なんであんたが号泣してんのよ」


エドワード

「いえ・・・だってカレン様が、あんなに破天荒だったカレン様がこんなにも立派なお言葉を・・・私は・・・感激しております」


カレン

「そうねぇ、あなたには大分苦労と心配を掛けたわね。それこそ私の行動の責任はあなたが背負っていたものねぇ・・・」


エドワード

「はい・・・ですが、その苦労もこれで報われたと思うと・・・・感無量でして・・・私もこの件で王宮へ呼ばれていますのでこの後国王様に報告と、準備をさせていただきます」


 そういうと慌ただしく部屋を出ていき、王宮へ向かっていった。しばらくすると今度はノックもせずにある人物が入ってきた。


ラメル

「カレン!いる?」


カレン

「いるって・・・ラメ姉、ノックぐらいしなさいよ・・・」


ラメルは持って来た箱をテーブルの上に置くと、ユイの髪の毛を触り始めた。


ラメル

「相変わらず綺麗な・・・黒髪ねぇ・・・そういえば、さっきエドワードおじとすれ違いになったけど・・・」


ユイ

「ええ、この後の事で色々準備があるそうで・・・」


ラメル

「ああ、カレンのやつね。私もニュースを見てびっくりしたわよ。病院内部はもとより王宮、それに街中だって騒ぎになってるわ。今晩から特別警備体制に入るとかなんとかって話しで、王宮前の大道路は封鎖されるってさ」


ラメルは部屋に置いてあったポットからお茶を勝手に次いで飲み始める。


ユイ

「あ、すいません。ラメルさん。お茶もお出ししないで・・」


 ラメルは手をヒラヒラすると「いいわよ、そのくらい出来るわ」と笑った。


カレン

「それよりもお願いしてた物は大丈夫だった?」


ラメル

「ええ、もちろん。でも、こんなもん何に使うのよ?」


カレン

「ありがとね・・・それは言うなれば保険。いざという時のね。お代はここにあるわ」


ポケットから紙幣を取り出すとラメルに渡した。


 それからカレンの周辺は忙しくなっていった。パーティー参加のためのドレスが届いたり、お祝いの贈り物が届いたり。様々な人が屋敷を出入りし始める。


 王都もその日が近づくにつれてざわつきが大きくなっていく。お祭りのように屋台が並び、王宮前の大通りにはレッドカーペットが敷かれ、昼夜を問わず衛兵が立っている。一番いい席で見ようと国民たちやマスコミは前日から座り込みを開始し、それを止めさせようと警察官と揉めている人も居た。


 レトリック国際空港には連日外国の記者や起業家、政治家達が続々と集まってきているニュースが流れる。これだけ重要人物が急なカレンの参加にも拘わらず集まってくるのが王都バンデルの重要さを物語っていた。


カレン

「外はえらい騒ぎのようね」


 パーティー参加の当日の朝、煙草を咥えて窓の外を見るとアドバルーンが何基か上がり、歓迎の為の飛行ショーも実施されているようだった。ユイは早朝からカレンの着付けを行うと、自身もまたパーティー用の着付けを他のメイドにしてもらっていた。


 会場入りの時間が近づくと衛兵が乗った先導車が屋敷に数台到着した。カレンたちはエドワードの運転する車に乗り込んでいく。道中は常に護衛が付けられており、道行く人々がこちらに向って手を振っていた。


カレン

「・・・やりすぎなのよ、全く」


エドワード

「何せカレン様がきちんとしたパーティーに出席なさるのは数年ぶりとなります。周りもそれだけ楽しみだったのですよ」


 エドワードが運転する車が王宮近くのパーティー会場入り口に到着した。

王宮は昔ながらの伝統をそのままにしている形をしており、ビル群やマンションが立ち並ぶ中、やや異質な様相を呈していた。大通りから王宮の入り口までレッドカーペットが敷かれており、周囲には黒山の人だかりが出来ている。エドワードは「お楽しみくださいませ」と車を停めた。ユイが颯爽と助手席から降りて、カレンの居る後ろのドアを開けた。


 真っ赤なハイヒールが絨毯の上に出てくる。その後姿を現したのは真っ白なドレス。口元には銀のシガレットホルダーに入った煙草を咥え、金髪縦ロールの頭に銀色のティアラを乗せているカレンが車から降りた。その瞬間歓声はより一層大きくなった。


女性

「ああ、あれがカレン様ね!生きているうちに見れるなんて!」


男性

「・・・美人だとは聞いていたが・・・これほどまでとは」


カレンは車から降りて少し進むとその場で煙草に火をつけた。


カレン

「・・・会場内は禁煙でしょ?ここで吸っていくわ・・・あなたもどう?」


ユイ

「御冗談を・・・どうぞごゆっくり」


 大歓声、各国の記者が撮影をしている。そんなレッドカーペットの上で煙草を吸えるなんてカレンでなければこんなこと絶対にできやしない。その光景を見ていた他の王族はその行動に驚いていた。


カレン

「・・・そういえばユイ。あなたこういった本当に公式な式典に付き人として参加するのは初めてよね?」


ユイ

「あーそういえばそうですね。街や村単位の式典ならありますが・・・王宮主導と言うのは初めてかもしれません。・・・何せカレン様が参加なされないので」


 カレンは煙草を吸い終わるとシガレットホルダーから吸殻を取り出し、ユイが差し出した携帯灰皿で火を消した。シルクのハンカチを自分のポケットから取り出すと、シガレットボルダーを丁寧に包み込んだ。カレンはそれを持ってゆっくりと近くに居た女性に近づき、差し出した。それを受け取った女性は固まって動かなくなってしまった。


カレン

「あげるわ、もし貴女が煙草を吸わないのなら・・そうねぇ、ツボ押し棒としては使えるわよ」


ユイ

「パフォーマンスが凄いことで」


カレン

「ふふん」


 そう告げるとカレンは会場へ向かうためにレッドカーペットをゆっくりと歩き出す。周囲を見渡すとそこには若い女性や男性がこちらに向って手を振ったり歓声をあげたりしていている。


ユイ

「・・・相変わらず凄い人気ですね」


カレン

「吐き気がして来たわ」


ユイ

「でも、私はちょっと羨ましいと思いますけど」


 実はカレンの人気は国内でも高い。その容姿もさることながら、どことなく王族には無い庶民感のある立ち振る舞いや、他国の人間であるユイの採用などが奇抜さを呼んでいたためでもある。


カレン

「・・・全肯定の気持ちいい泥沼に肩までどっぷり浸かっているとね、そのうち足が腐って自分で歩けなくなるわ・・・自分で気が付かないうちに」


 小さな子供から老人まで、手には王国の国旗と国章の入った旗を握ってちぎれんばかりに振っている。


ユイ

「・・・・・そのようですね」


カレン

「自分に来る言葉が批判か非難か否定の区別も付かなくなって、全部が悪く見え始める。そして空気が悪くなるとだんだんその泥沼を守ろうと、次は必死にみじめに自分自身で自分を肯定し始める。これは言わないで欲しい、あれは辞めて欲しい。自分が嫌なことは言わないで欲しいってね」


周囲からの歓声を殺すような視線をカレンは送っていた。


カレン

「・・・自分にとって都合の良いこと。自分にとって気持ちいい言葉だけが来るのであれば、そこは誰だって住みたいと願う桃源郷」


ユイ

「そんなものはないと?」


カレン

「あるわよ?でもそれが叶うのは限られた空間。箱庭みたいなものだけ。その中限定の産物。だからその箱庭から出された瞬間、自分を失うことになる。待っているのは虚無とか空虚とかそう言う物、やるせなさ。だからしがみつくのよ、みっともなくね。そこに居る自分に価値が有ると信じて」


カレン

「そこに居ても自分に価値は付かないの永遠にね。だって価値が有るのは箱庭そのものと箱庭を作った奴だけなんだから」


カレン

「その箱庭に居る限り、誰も自分の物語は始められない。他人の物語を語るしかないか、他人が欲しがる嘘を演じるしかない」


ユイ

「箱庭の外の水を飲まないといけない・・・ってことですか」


カレンはしゃべりながら人々に手を振っていた。


カレン

「さっき私があのレッドカーペットの上で、沢山の人達が見ている中で煙草を吸った。これ他国ならバッシングの嵐よきっと。でもこの国じゃそれは起きない。それほどにまでこの箱庭が強すぎんのと、強すぎる箱庭を作るとそんなことも出来ちゃうのよ」


ユイ

「・・・そういうことですか、あれの真意は」


 その言葉を受け取った後、歓声を上げている人を眺めた。


カレン

「今から向かう王宮の中に居る人たちはその箱庭を支配していると勘違いしているバカ共。結局箱庭っていうのは人が作ったつくり箱。だから外からの支えが必要なの、どうしてもね」


カレン

「私の屋敷で魔物とか龍に付いて話したことがあったじゃない?」


ユイ

「ええ」


カレン

「あの魔の領域では龍と言う存在が食物連鎖のトップに君臨している。人がそれをある程度把握すると〝そうか、この魔の領域は龍によって支配されている〟って思う訳。バカバカしいったらありゃしないわ。別に龍は領域を支配なんかしていない。食物連鎖の順番でたまたまあそこに居るだけよ」


ユイ

「・・・でも人にはそれが支配しているって見えるわけですね」


カレン

「それこそ人間様の大いなる勘違いよ。そういう事が分かっていないのに、この世界の仕組みに食物連鎖を取り入れたの・・・そこで不都合が起きるのは当り前よ」


 龍は生きていくためにその下に居る種を捉えて食べている。すると食べられる種はさらにその下、その下・・・やがてその三角形の底面は微生物や細菌に行き着く。龍が生きていくためには数万と言う生物や魔物の存在が無ければ成立しない。


誰があの魔の領域を支配しているのか?


カレン

「・・・この群衆を見てごらんなさいよ。あの中から私に向って2,3人がナイフを持ってやってきたら私もユイも殺されるわ。それが今の支配の答え。でも私たち王族は箱庭の中で人々を支配しているという幻想を信じているし、箱庭に居る人たちもそれを疑っていない」


カレンは手すりに手を置くと人々を見つめた。


カレン

「だから・・・私は、生まれた時から誰かに支配されている」


 少し前の時代であればカレンの役目は有ったのかもしれない。魔法の役目もあった。でも今は何でも数字や規則、方法が支配しつつあるこの世の中で、ただの血筋で何もしていない人間がここまで持ち上げられるのは不必要だ。


カレン

「国という箱庭を作った人の孫ならトップに就ける。それっておかしくない?私の意見がないじゃない。そこには」


 誰しもがうらやむ立場。街の人達からしたら自分が生まれ変わってでも成りたい立場。でも逆にカレンはそれを捨てることが出来ない。


カレン

「でも、その箱庭のシステムが必要だとも思う訳。箱庭の中はフィクションだけどルールがあるの。それで困らなくなることも多いわけよ」


 法や通貨、魔法というフィクションが箱庭を支配してるが、それは必要なことでもある。誰しもが生まれてから死ぬまで、ある意味きちんとそれが出来るという事がある程度保証されているからこそ可能にしていることも在る。


大切なことは箱庭に居ることを選べるか選べないか。残るか残らないか。それを自分で決めるという事。


カレン

「私は、この箱庭にはもう必要のない存在よ。そう決めたの・・・少しおしゃべりが過ぎたわね、行くわよ、ユイ。馬鹿共の巣窟に」


ユイ

「はい」


2人は王族や高官、企業の重役がいる会場へと足を踏み入れた。


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