第10話 本当の心色

 屋敷に戻るために車を走らせているとユイが「そういえばお昼まだでしたよね」と言って街にあるパン屋に立ち寄る。そこでお茶とホットドックやサンドイッチを購入した。ユイは街に真っすぐに戻らず、郊外にある小高い丘の上にある公園を目指した。


カレン

「・・・どこに行くつもり?」


ユイ

「秘密です」


 車は人気のない道に入っていきしばらくすると忘れ去られてしまっているかのように寂れている公園に着いた。駐車場には落ち葉が散らばっていて近づく人はほとんどいないようだ。2人は車を降りるとさっき買ったものを持ってベンチに向った。


カレン

「屋敷に戻って食べればいいじゃない?どうしたのよ急に」


ユイ

「・・・いいですから」


 珍しくユイが強引にカレンを引っ張って公園の中に入っていく。仲には申し訳なさそうなブランコと滑りの悪そうな滑り台が置かれていた。その近くのベンチに腰掛けると2人は買ってきたものを食べはじめた。


カレン

「いいわね、なかなかおいしいじゃないの。よく知ってたわねあの店」


ユイ

「でしょう?私とクロム様の秘密のお店です」


 パンを食べ終わるとカレンは煙草を取り出しユイに差し出した。ユイは「ありがとうございます」というと受け取り、カレンが火をつけてあげる。紫煙が宙に舞い、静かで穏やかな時間が流れる。


カレン

「・・・もう気づいてるでしょ?ユイ」


ユイ

「ええ、もちろんです」


 カレン達は魔法が無かったこと、そして忠誠の儀式。王宮からの指示による毒殺。これから起こる全てを知ってしまった。


ユイ

「本当の理由は分かっています。どうしてクロム様と私にこのことを黙っていたのか」


 カレンがあの手記のことについて黙っていた本当の理由は


「魔法を受け入れれば、何の変化も無くこのままの生活が続くという事」


 あの儀式でペデフィルが咎められ殺されたのは「ひと言目」が「反論」だったため。あそこで全ての空気を読み取り「飲み込んでいれば」殺されずに済んだだろう。おそらくペデフィルもそれは感じていたのだと思う。だからあそこでの「気付けなかった」という後悔の文章が手記には一切出て来なかった。


 だからそういった力を試す意味合いもあったのかもしれない。歴史がある魔法の伝承の儀式がただの忠誠の儀式だったとしても、それを飲み込める人間を選別したかったのだと思う。


カレン

「・・・迷っているわ・・・珍しくね」


 宙に舞う煙のようにカレンの心は確かに迷っていた。このまま魔法伝授の日を迎えて、そして用意させられた問いかけに対して「従う」と言えば全てが丸く収まる。事を荒立てずに済む。


カレン

「私の選択は・・・究極の私のわがままになるわ。しかも巻き込まれるのは私だけじゃない。あなたやクロムも勿論の事」


ユイ

「ええ、知っています」


 普通なら、常人ならばこの決められた運命に逆らうことは無く、王族として平穏無事に過ごせるほうを選択するだろう。それは決して間違った選択ではない。


カレン

「間違ってはいないけど、正しいとも言えない」


 世間的には間違ってはいない。けれどもカレン自身としては間違っている。このギャップを別の何かでごまかすことが出来るのであれば、そう例えば王族にしか出来ないことがあるとか。


カレン

「王族となって民を導き、そして幸せにしてあげるとかね」


 しかし、カレンは気が付いている。世の中にある決まりきったことはそう簡単には変えることが出来ない。レールは既に引かれている。誰かの意志で引かれている。


ユイ

「・・・時代がそうじゃないですものね、誰が王族になっても結果は見えてます」


 第一王子、王女に従うという事はつまり「その人たちの命令を聞く」という事を意味している。命令を聞いてそれを実行するのであればそれは今の時代人間でなくとも構わない。


カレン

「少し・・・時間が欲しいわ」


ユイ

「そうですね・・・まだ時間は有りますし、このことをクロム様にも報告しないといけませんし」


 屋敷に戻るとクロムが心配そうに待っていた。ユイは事細やかにクロムに今日のことを伝えると驚きよりも安心したような顔をした。


クロム

「カレンが決めればいいよ。そしたら私もどうするか決めるから」


 次の日からカレンは考え始めた。何をどうするわけでもなく、ただひたすらに考え続けた。自分はどうすればいいのか、どうするのが最善手なのか。


カレン

「肯定も否定も出来ないわねこれ」


 ベッドに仰向けになり、髪の毛が広がる。天井はいつもと変わらない。変わったのは自分だ・・・とかそんなことをうだうだ考えていると「コンコン」と部屋をノックする音が響き渡った。


カレン

「・・・どうぞー」


ユイ「失礼します」


 ユイがスマホを片手に部屋に入ってきた。


カレン

「何用かしら?」


ユイ

「先ほどエドワードさんから連絡が有りまして明後日帰ってくるそうです」


カレン

「ああ、エドワードね・・・・て言うかもうそんなに時間が経ったの?」


ユイ

「ええ、そうですね」


 デジタル表示のカレンダーを見ると日付が11月15日になっていた。気温はぐっと下がり、とっくに冬の気配が近づいてきている。


ユイがエドワードの事を伝えた後、煮詰まった頭を冷やしたくなったカレンは雨が降っているのにも関わらずわざわざ傘をさして外へ出た。向かった先は自分たちが作った花壇。


気が付くといくつか芽が出ている。


カレン

「よかったわ、ちゃんと芽が出たみたいね。水しかあげてないのに・・・・」


 その言葉を言った瞬間、静かに頭の中の回路が音を立てて繋がり始める。


カレン

「そっか・・・そういうことね」


 泥が跳ねるのをお構いなしに花壇から一直線に屋敷に帰り、ユイとクロムを見つけると自分の部屋に連れ込んだ。クロムとユイはお互いに顔を合わせると目を丸くしている。


ユイ

「急にどうされましたか?」


 カレンは自分の頭の上に乗っかっているティアラをテーブルの上に置くと、膝を折り曲げて2人の前に頭を下げた。


クロム

「・・・ちょっとちょっと!」


 クロムが慌ててカレンを引き起こそうとしたが、起き上がらなかった。


カレン

「2人とも、お願いがあるの。聞いて欲しい、私の友人として」


 その言葉を言い終えるとカレンは顔をあげた。


カレン

「・・・あれから随分と考えたけど、私は自分とあなた達を裏切ることなんか出来ないわ」


 誰にも指図されない行動の先に、選択肢が現れたのであれば可能性を見出すしかない。土に種を植えて、水を掛ければ芽が出るってことは誰だって知っている事。でも、実際に種を植えなければ芽は出て来ない。そこら辺の土に水を掛けてもせいぜい出てくるのは、雑草かたまたまそこに有った種。


自分が育てたい種は自分で植えなければ芽が出て来ない。


 種を植えた者にだけ訪れる選択。花を咲かせるのかあるいは枯らせるのか。はたまた広い場所へ植えなおすのか。そもそも物が無ければ選択は生まれない。カレンは自分の意思でこの選択へ辿りついた。幾重にも折り重なる意図が自分への選択となって今ここにある。


 人はこういうのを「偶然」とか「運命」とか名付けたがる。でも実はそれこそ行動した結果、現れたものだと自覚しない。この選択肢こそが「成果」だと普通の人は目が曇っていて気が付けない。


 おまけにとびっきりのオリジナルの水を与えたとしても、種は不本意なことに本人の意思や意図とは関係なく育つ。花壇に種を植えてもそれを人が育てることが出来ないのと同じこと。


「人は花を育てることが出来ない、出来るのは植えることと水を与えることだけ」


 しかもそれがいつになるのかはわからない。ただ、確かに植えられていなければ絶対に収穫できない。おまけに実りは「幸福の実」か「不幸の実」か。そのどちらとも言えない物なのか、そう言う物が実る。だからここから先はあんた次第になるよ。


カレン

「私は何も知らないまま魔法の儀式を迎えてしまっていたら多分・・・この性格だから絶対に反抗していたと思う。それはあなた達が良く知っていると思うわ」


 彼女の性格上、素直にあの問答に「はい」と答えるような人物ではない。


カレン

「でも、事前に情報を掴んでそれを知っていることが大きな選択肢。自分で掴んだ選択肢。それを生かさなければ今までの事は知らなくてもいいことになる」


ユイとクロムは黙って聞いていた。カレンは2人の目を見て手でブイサインを作った。


カレン

「1つ目はあなた達もわかっていると思う。私が魔法の儀式で自分を騙しこんで、それでこの後も3人で平穏無事に楽しく暮らして、そのうちに私はそれなりの役職について・・・それでそのまま・・・」


ユイが言葉を遮った。


ユイ

「誰がやっても同じ人生を楽しめて」


クロムが続けた。


クロム

「誰しもが掴める幸せな毎日を楽しむ」


 想像しなくてもわかる。街頭アンケートを実施すれば99%の人が取るだろうという選択肢。普遍的、安定、平穏。そして欲しいものはある程度買えるような収入と、ある程度人を使うような地位。何よりもカレンが就くと予測される役職はそれだけで人たちを平伏させることが出来る。


カレン

「そしてもう一つは叔母のペデフィルと同じ道を辿るという事」


 魔法の儀式を受け入れず、忠誠を誓わない。そして叔母のように王宮に殺されるという選択肢。叔母は選ぶべくして選んだのではない。儀式の中の質問に疑問を持ってしまった。


 この2つの種は「誰かの種」である。カレンが植えたものではない。既にある物。だから例えそれが実をつけていたとしても、それを収穫することが出来ない。カレンはブイサインを折りたたみ、親指を突き立てると自分の頭を指した。


カレン

「そして、そのどちらでもない3つ目の選択肢がここにある」


 だからこそカレンは「自分の種」を用意した。誰でもない、自分だからこそ出来る種を植えようとしている。テーブルの下から紙とペンを持ち出すとこれからどうするのか、3つ目を2人に丁寧に説明していった。


カレン

「・・・あとは2人がどうするかだけど・・・私がこの3つ目を取れば必然的にあなた達も巻き込むことになる」


 手帳の事を打ち明けず戸惑っていた理由。それは見方を変えなくてもカレンの判断によって必然的に親しい2人が巻き込まれるという事。つまり、この選択をとれば2人もただでは済まない。どうなるかわからない未来に賭けるのか、それともこのままの平穏無事な毎日を手に入れるのか。その選択がカレンの心を迷わせていた。


 ユイは自分のわがままで連れてきてしまった、巻き込むのは本意じゃない。このまま何事もなかったかのように自分の国に戻れば何もないまま終わらせることが出来る。カレンが学園で様々な知識や資格を身に付けさせたことと、第2王女のお付きをしていたとなれば引く手あまただろう。


 そしてクロムに関しても同じことが言える。彼女は王族ではあるがカレンとは違って「上手くやれる人間」である。最初、色々苦労はあったがそれでもクロムが手を貸したバンデルの企業達は軒並み成長を遂げている。このまま大人しく行けばクロムはバンデルのトップに座ることになる、


 しかし、ユイもクロムも腹の中は既に決まっていた。自分を泥沼から救出してくれた人が迷って困っている。それを救うのに理由はいらなかったのかもしれない。


その選択は2人が選んだ選択。


ユイ

「私はあなたに付き合いますよ。その案に。どうせ私はどこまで行ってもあなたのメイドなのですから」


クロム

「私も・・・結局、今の自分がここにあるのはカレンがいたからだし、それにほらカレンに興味があるからね。私もカレンを救うことにするよ」


その言葉を受け取るとカレンは深く頭を下げた。


カレン

「本当に・・・・ありがとう」

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