第9話 刺繍家ナリア

 次の日の朝、ユイはカレンの部屋で目を覚ました。あの話が終わった後、クロムは今日どうしても外すことが出来ない授業があったため、自分のメイドに迎えに来させて大学へ向かった。「一緒に行きたかった」とずっと嘆いているとカレンが「あなたにも付き合ってもらう場所があるわ」と伝えるとクロムは笑顔で手を振っていた。


 ユイは自分の寝室から大きめの箱を持ってくるとテーブルの上で開く。中身は化粧品や髪飾りなどが丁寧に収められていた。その中から髪を整えるアイロンを手に取り、寝ぼけ顔のカレンを化粧台の前に座らせると金髪縦ロールに立ち向かった。


 縦ロールをアイロンで挟むとまっすぐにしていく。カレンの髪は癖が強く、矯正したとしても風呂に入れば一発で戻ってしまう。


カレン

「見事なモノね。これこそ魔法よ」


 しばらく作業を続けると見事な金髪ストレートになった。慣れた手つきで丁寧に結っていき縛って留める。次に普段全く化粧をしないカレンに変わってユイがメイクを施していった。メイクが終わると部屋のクローゼットの奥の方に掛けてあるシスターの服を取り出すとカレンに着せた。お忍び変装はもうお手の物。何回やったからわからないほどに手慣れていた。


カレン

「どう?どっからどう見てもシスターでしょこれは。あんたのために幸せを祈ってやってもいいわよ」


ユイは呆れて首を横に振っていた。


 2人はガレージに向かうとシャッターを開ける。そこには車が2台停められていた。1台は王宮からの支給品の高級車。もう一台はユイの20歳の誕生日の時にプレゼントとして送った物・・・と言えは美しいのだけれど、本当はそうではない。国から支給されている王族の高級車では目立ちすぎる為にカレンが購入したものである。私的にメイドに送った物であればお咎めも少ない。


 車に乗り込むとユイはキーを回してエンジンをかける。車は少し古いタイプの大衆車で一般公道でも見かけることが出来る。カレンはスマホで地図を表示すると備え付けのスタンドに固定した。


カレン

「そんなに遠くはないわ。アポは取ってないけど多分いるでしょう、間違いないわね」


 ユイはクラッチを切ってギアを入れ、アクセルを踏み込んだ。カレンの住んでいる屋敷は王都の端の方。小高い丘の上に建てられており、その道は人気のない山道が続いている。車を走らせているとある事をユイが聞いてきた。


ユイ

「1つだけわからないことがあるのですが」


カレン

「なによ?」


 煙草を咥えながらカレンがユイを見た。


ユイ

「ペデフィル様とナリア様に何か深い関係があるのであれば、口封じのために手が回っていてもおかしくはないと思うのですが・・・」


 当時ペデフィルの屋敷に勤めていたメイドや執事は口封じの必要があるため、事が澄んだ後に一括して王宮で雇っており、現在でもそこで働いている。お針子というペデフィルに近しい場所に居ながらにして口封じの対象にならなかったのは何故なのか。


 名簿には確かにナリアの名前はあったものの、来客は数回だけしか書かれていない。親しい関係ならば数十回、数百回は訪れている記録が有ってもおかしくはない。


カレン

「そこは確かにわからないわねぇ・・・ナリアさんに聞いてみるのが一番早いわね」


 王都から車で1時間。静かな湖畔に到着するとそこには小さな村のようなものが見える。ナリアの住むビジテルス村。なんの変哲もないこの村の奥にナリアは住んでいる。車を降りて近くの老人の村人に道を聞くとあっさりと教えてくれた。


老人の村人

「おや、シスターさん。お祈りの巡礼で?」


 シスターに変装したのはこの国の文化「自然への巡礼」というモノに偽装するためである。古くから魔物という不思議な生物と共にあったため魔物を崇拝する文化が誕生した。そのため人々が湖や山、川などの自然に祈りを捧げることが珍しくなかった。それが形を変えて現在では教会の神父やシスターが自らの修業のために巡礼を行うようになったのである。


シスター

「ええ、湖に祈りに来たついでにナリア様一目会いたくて・・・。あの素晴らしい刺繍は私の憧れでもあります。今日は居らっしゃいますでしょうか?」


ユイは若干笑うのを堪えているように俯いた。


老人の村人

「おお、それはそれはナリアさんもお喜びになりますわ。どうぞごゆっくりしていってください」


 森をしばらく進むとナリアの家らしきものが見えてきた。外で花に水をあげていた。着ている服は質素だったがどことなくおしゃれで清潔に整えられている。顔立ちも美人だ。


カレン

「年のころから言えばもう50代近いわ。美人ねぇ・・・私もああいう風に年を取りたいもんだわ」


ユイ

「・・・」


 ナリアと思われる人物はこちらの様子に気が付いた。会釈をして不思議そうな顔をしてこちらを見ているとユイが少し前に出た。ユイはナリアに向うと手を前に出して手話を始めた。


ナリアは先天的に耳が聞こえない。


ユイ

「(ナリアさんですか?急に押しかけて申し訳ありません。少しだけお時間よろしいでしょうか)」


ナリアは持っていたバケツを下に置き、シスターの方を見ると察したのか「(どうぞ)」と手招きをした。


ユイ

「(ありがとうございます)」


 案内されて家の中に入ると圧倒されるほど刺繍が飾ってあった。絵画のようなものから立体的なもの。帽子や洋服などに見事に施された刺繍は見る者を魅了していった。


カレン

「凄いわね・・・さすが国一番と言われるだけはあるわ」


ユイ

「ええ・・」


 テーブルに座るとナリアはお茶を入れる準備を始めた。その様子を見たユイは「私もお手伝いします」と言って手を貸した。テーブルにはお茶とこの村の特産のお菓子が並べられた。


ナリア

「(シスター様、巡礼お疲れ様です)」


 この巡礼は「本来なら人々が祈りを捧げなければいけないことを代わりにやってくれている」と言う意味合いがある。言うなれば祈りの代行。そのため人々は巡礼に来たシスターを無償でもてなすという風習が存在している。


カレンはお辞儀をするとカバンから刺繍が施されている布を取り出すとテーブルに広げて置いた。それを見たナリアは目を丸くして驚いていた。


ナリア

「(こ、これは・・・どうしてあなた達が?)」


ユイ

「(今、私たちが住んでいるお屋敷の土の中から大事に保存された状態で出てきたのです。その場所はペデフィル様の部屋があった場所です)」


 ナリアは何かを察したようにユイの顔を見た後にカレンの顔を見た。カレンは胸にしまってあったペンダントを外すと裏面が見えるように差し出す。それを見た瞬間ナリアは驚いて焦って立ち上がり、跪こうとしたがカレンはナリアの肩に手を当てると笑顔で首を横に振りそのまま席に座らせてあげた。


ナリア

「(第2王女様とは知らず・・・ご無礼をお許しくださいませ)」


ユイ

「(いえいえ、いいんです。カレン様の気品は犬に食わせて、上品は猫が持ってったから自分には無い。って普段から言ってますので気が付かなくてもしょうがないかと)」


カレン

「(見えてるわよ、それ)」


 そういうと2人はくすくすとカレンを見て笑い始めた。そこからゆっくりとユイは手帳を発見したこと、そして今まで調べ上げてきたことを全部ナリアに伝えていく。ナリアは真剣にその話を見ながら時折目を丸くしたり、驚いたりしていた。


ナリア

「(そうですか・・・それで最後のカギとして私に辿りつた。そのヒントがこの刺繍ということですね)


ナリア

「(ですが、あなた達が言っていることに一つだけ間違いが有ります)」


 刺繍を持ち上げて見ているナリアの様子はまるで作品を品定めしているような目つきに変わっていた。ある一部、少しだけいびつな刺繍に注目するとナリアはクスッと笑っていた。


ナリア

「(ふふっ、相変わらずこの部分は下手でしたね。ペデフィル様も苦手な部分があったことを思い出しましたよ)」


ユイ

「(という事はそれは・・・)」


ナリア

「(はい、これは私ではなく間違いなくペデフィル様がお作りになられたものです。・・・なんだか懐かしい気持ちになりました)」


 ナリアは後ろの戸棚の引き出しに手を掛けると一枚の布を取り出した。その布をテーブルの上に広げると、全く同じ刺繍がされた物が出て来た。


カレン

「・・・凄いわね・・・完璧に同じにしか見えないわ」


ナリア

「(・・・わかりました。これがペデフィル様の意志なのであれば私はカギとしての役割を全うしなければ、この後行く天国で彼女に顔向けできませんね)」


 そういって微笑むとナリアは自分の事を話し始めた。


 ナリアは自分の記憶が定かではない時から孤児院で過ごしていた。生まれも育ちも、自分がどこから来たのかすらもわからない。それだけではなく、先天的に耳が聞こえない状態。まともな教育など受けているはずも無く、文字の読み書きすら出来ないままだった。


 そんな時、孤児院にペデフィルがやってきたのだ。彼女は子供が好きだったため16歳になると慈善活動として各地の孤児院を周り、そこで自分が得意だった料理や裁縫を教えていたのである。


 その中でもナリアはペデフィルが持ってきた裁縫に興味を持った。特にナリアが惹かれたのはペデフィルが作った刺繍の美しさ。見る者を魅了し、言葉を無くすようなその作品は魔法のような針と糸だけで織りなす布の絵画。一瞬で彼女を虜にしていった。


ナリア

「(当時初めてお会いした時私は13歳くらいでしたかね)


 その日からナリアはペデフィルに貰った裁縫セットの虜になっていく。彼女は来る日も来る日も布に向った。次第に針と布だけに没頭し続けた彼女に困ったことが起きる。刺繍をする対象物が無くなってしまったのだ。


ナリア

「(何を刺繍しようか・・・と困ったんですよ。何せ外の世界をあまり知りませんでしたので、何を描けば美しいのかわからなかったのです)」


 ペデフィルが置いていった刺繍はどれも自分が見たことが無いような人物や動物が描かれていた。自分が実際に見たことが無いものは描けない。そこで何が美しくて自分が描きたいのかを考えた結果、ナリアは孤児院から見える風景を刺繍に落とし込んでいった。


ユイ

「(それで・・・ですか、風景画が多いのは)」


ナリア

「(ええ、そうです)」


 それから数か月後、再びペデフィルが孤児院を訪れナリアの作品を見た時彼女は驚いていた。上達スピードが異常なほど早く、その時点でペデフィルは自分が越えられたことを感じていた。


ナリア

「(するとペデフィル様からとんでもない一言が飛び出してきました・・・ナリア、あなた私のお針子をやりなさいって)」


ユイ

「(そうだったんですか)」


 ナリアはゆっくりと目を閉じると少し微笑んだ。


ナリア

「(うれしかったわぁ・・・とてもね。私はこのまま終わるのかと思っていたもの)」


 ペデフィルはナリアを住み込みで雇った。部屋を与え、綺麗な洋服を着せ、食事だって自分と変わりないものを与えた。そして空いている時間や休日は2人で部屋に籠って刺繍をするか、様々な場所にナリアを連れ出して色々なものに触れさせた。


ナリア

「(歴史的な建造物、動物園、水族館・・・魔物園。古美術品。色んなものを見せてくださいました)


 ペデフィルは刺繍の他にもナリアを教育していく。様々な一般教養に加えて手話も教えていった。自分の意思を言葉や手話で相手に伝えられるようになったナリアは世界が広がっていくのを感じた。


 そうやって4年の歳月が流れ、ペデフィルが魔法を授かる時期が訪れた。


ナリア

「(ペデフィル様は楽しみにしておられました。伝授の日が来るまで私に魔法を授かることを嬉しそうに、楽しそうに。そして常々こう言っておられました)」


ナリア

「「(もっとあなたのような人と出会いたい。と)」


ユイ

「(お優しい方だったのですね)」


ナリア

「(ええ、ペデフィル様は王族でありながらその地位をむやみに使うような方ではありませんでした。自分よりも弱い立場にある者へ手を差し伸べる。そんなことは誰だって出来ることではありません)」」


 ナリアはお茶を啜るとカレンの方を見ていた。


ナリア

「(ですが、その感覚はペデフィル様以外にはあまり伝わらなかったようで・・・それもそうです、私は孤児院から来た人間。それを受け入れることなど当時はあまり一般的な感覚ではなかったですから)


ナリア

「(私を肯定してくれたのはペデフィル様だけでした。お屋敷のメイドや執事。高官はあまり良い顔をしていませんでした)」


 孤児院に居たナリアを引き取る事に関してペデフィルの関係者は隠そうとしていた。


カレン

「(それで来客名簿にあまり名前が無かったのね)」


ナリア

「(はい、そうです。書くのはたまに程度でしたね)」


 そのため刺繍のコンテストなどへの応募は全てペデフィルの名義で行われるようになる。現在も美術館に飾られているペデフィル作品の半分はナリアが制作した物。


ナリア

「(私はそれでも良かったんです。何もなかった私にとってはそれだけで良かったんです)」


ナリアは少しうつむいた後、2人の顔をじっくりと見た。


ナリア

「(ですが、そういう時間は長くは続かなかったです。ペデフィル様が魔法伝授に行かれて帰ってきた後から生活は変わってしまいました)」


 ペデフィルは帰ってくると腕に長手錠をはめられており、一緒に行ったメイドの他に衛兵が付いて来ていた。衛兵はその日から屋敷の前に立つことになり、次に日には仮設の事務所まで設置されていた。


ナリア

「(その日からペデフィル様は軟禁状態になりました。自分の意思では外に行くことが出来ず、自由なのは屋敷の中だけ・・・しばらく意気消沈しているのを私は遠くから眺めている事しか出来なかったのです)」


ナリア

「(少し時間が経って落ち着いたのか私を自分の部屋に呼び込むと、ペデフィル様は私を痛いくらいに抱きしめて、声をあげずに静かに涙を流していました・・・)」


 ナリアはテーブルの下で強くこぶしを作って握りしめている。


ナリア

「(〝私は騙されていた〟と」」


 カレンとユイは顔を合わせた。言葉は出なかった。何もでなかった。出そうとしても静寂が押し切り、ナリアの心がその空間に痛いほど伝わってくる。


ナリア

「(私はその後、ペデフィル様からことのいきさつを全て聞きました。魔法が不適合であるか無いかではなく、魔法なんか存在しない。そもそも私は魔法を伝授されていない。と)」


カレン「(なるほどね、魔法は伝授されてないってことね・・・)」


ナリア

「(はい。魔法の儀式は魔法陣の上で伝授する本を焼くというのが習わしです。ですがそれをしていないという事はそもそも伝授されていません)」


ユイ

「(ということは・・・不適合の副作用である狂人にはなっていない・・・?)」


ナリア

「(正確にはそうなりますね。ペデフィル様は魔法伝授から時間が経っていくと狂っていくのではなく、徐々に衰弱していきました)」


ナリア

「(私はその原因がしばらく全く分からなかったのですが・・・)」


 ナリアは席を立ちあがると「少し失礼します」といって奥の部屋に行って袋を持ってきた。その袋を開けると中にはビニール袋に包まれた布が出てくる。


カレン

「(・・・その布地。王宮の直命令書じゃない)」


 王宮は最も重要な命令をするとき、特製の布地に印字をして通達していた。現代では暗号化されているメールなどで行われているが、当時はこの方法が採用されていた。現代では式典の案内や王族の結婚式などのめでたい案内に伝統的な遊びとして使用されている。


ナリア

「(私がこれを発見したのは本当に偶然でした)」


 ナリアは普段屋敷でペデフィルの部屋と自分の部屋を行き来するだけの生活をしていた。しかしある日のこと。その日は一日を通して何故か強烈な喉の渇きを感じ、ずっと水を飲み続けていたという。


ユイ

「(喉の・・・渇きですか)」


ナリア

「(はい、それでそれは夜遅くになっても続きました。普段飲み水は瓶に入った物を部屋に置いていたのですが、それが空になってしまったのです)」


 無くなった水を取りに行こうと普段ほとんど立ち寄らない調理場の冷蔵庫近くに足を踏み入れると水の入っている木箱に手を伸ばした。そして瓶を手に取ると異変に気付く。


ナリア

「(水の入った木箱が2つあったんです)」


 不審に思ったナリアはもう一つの箱を覗き込んでみた。すると脇の方に挟まっている布を発見し、部屋に持ち帰った。


ナリア

「(それがこれです)」


 ゆっくりと2つ折りにされている布がカレンたちの前に広げられた。するとそこには王宮の命令が書かれており、文章の終わりにはカレンの父親、現国王のサインが書かれていた。


ユイ

「(・・・これは?)」


文章を読み取ったカレンの額から汗が滲んだ。


カレン

「(・・・アレスト産の水とはね)」


 レトリック王国の奥地にある「停止した土地」アレスト。そこは魔の領域の近くであり、街に住めなくなった人たちが小さな集落を作って暮らしているという噂がある。そしてなによりその土地が停止した土地と呼ばれる所以はそこに棲む龍の存在。


ユイ

「(アレストに棲む龍・・・ですか)」


 その龍は珍しい地域龍の中でも滅多に存在しない種族「毒龍」である。その毒龍は常時体液とみられる毒を放出しており、周辺一帯を汚染している。当然、無防備で近づけば一瞬にして天国へ行けてしまうため、ある意味「自殺の名所」でもある。


 その毒は周辺の下流域へと流れ出ており、希釈効果によって毒は薄まっているが、常飲すれば数年も立たないうちに健康被害が出る。症状としては四肢の自然融解。つまり飲み続けると手や足が取れるという物。


ナリア

「(そうです。そしてこの布に書かれているのはそのアレストの水を主原料として魚の油を添加して溶剤を加える方法。そしてそれをペデフィル様専用の飲み水にするというお達しです)」


カレン

「(魚の油・・・?)」


 魚の油には人体の細かな細胞、特に脳細胞に栄養素を届かせる効能がある。〝魚を食べると頭が良くなる〟と言うのは魚の油が栄養を持って十全に脳細胞に届くからだと言われている。その効能を逆手にとって栄養を毒に変えることで脳細胞へと毒を届けるようにしたのである。


ユイ

「(なるほど、それなら手や足の前に脳が自己融解しますね)」


ナリア

「(・・・気が付いたのはペデフィル様が衰弱し始めた頃でした。私はその日の事を・・・ペデフィル様に伝えました)」


ナリアの目からは涙がこぼれそうになっていた。


ナリア

「(でも、ペデフィル様はその事実を知ったとしても・・・その水を飲むことをやめなかったのです・・・)」


ユイ

「(どうして・・・)」


カレン

「(・・・ナリアさんを守ったわけね)」


ナリア

「(そうです。もし、突然水を飲むのを拒めばメイドや執事に気が付かれてしまいます。そして誰が漏らしたのかと言われれば真っ先に疑われるのは私でした・・・)」


ユイ

「(・・・どうしてメイドや執事はそんなことが出来るのですか?・・・自分の主様じゃないですか)」


カレン

「(ユイはそうかもしれないけど、大半のメイドや執事は主に仕えてないのよ。エドワードを見ればわかるでしょ)」


 既に名声を手に入れるための職業として確立してしまっているメイドや執事。彼らの大半は主に忠誠を誓っているわけでは無い。王宮や世間体に忠誠を誓っている。そのため主の命令はあくまで業務範囲内であり、その上である王宮からの命令に関しては絶対の忠誠を持っている。例えそれが主を殺すような内容であっても。


カレン

「(王宮は権力の暴走が起きないようにそうやって従者の心を名声と栄光によって縛ることで、自分の意のままに操る暗殺者を王族の屋敷の中に住まわせるようにしているのよ)」


カレ

ン「(だからペデフィル叔母のメイドも執事も罪悪感も何もない。後ろ盾に王宮と言うものが付いている以上、彼らは自分で考えて行動するなんてことが求められてないのよ)」


 ペデフィルは遂に半年後、ベッドから起き上がれないほどに衰弱してしまった。もはや考えられないほどに脳が自己融解をしていたためか、自分の事も何もかも忘れかけていた。


ナリア

「(でも、それでも私はペデフィル様のそばで刺繍をすることを辞めませんでした。そんなある時、いつものように枕元で寝ているペデフィル様を見ながらずっと刺繍をしていると手話で語り掛けてきました)」


 ペデフィルは震える手で手話をしてナリアに有るものを隠して欲しいとお願いしてきた。


ユイ

「(それがあの金属箱・・)」


ナリア

「(はい。私はそれをどこかに埋めて欲しいと言われたので中身は確認しませんでした。それで、どこに埋めようか考えたのですが外でそんなことをしていたら誰かに見つかってしまうと思い、自分の部屋にある床下点検口のある場所に穴を掘って埋めたのです)」


 箱を埋めるように言われた1週間後。ついにペデフィルは息を引き取った。メイドや執事、王宮関係者がそれを取り囲んでまるで死んだのを確認するかのように。


ユイ

「(その後はどうされたのですか?)」


ナリア

「(ペデフィル様の葬儀が全て終わるとメイドや執事は全員王宮で雇われました。しかし、私は身寄りのない人間です。同じように殺されるかもと思ってました)


 けれどナリアは何もされずに、屋敷を去れとだけ告げられた。理由はナリアが文字の読み書きが出来ないこと。手話もろくに出来ないだろうと勝手に向こうが解釈したのである。


カレン

「(なるほどね。言い方が悪いかもしれないけど、向こうからしたらナリアさんは知っていても伝えることも出来ないって思ったわけね。でも、身寄りがないんじゃ困るのは同じよね?その後は?)」


ナリア

「(実はナリア様の誕生日は9月20日。そして私の誕生は9月21日の1日違いでした。魔法の儀式が終わった後に、私が18歳になったお祝いにと今いるこの場所をプレゼントしようと密かに用意してくれていたのです)」


ユイ

(「この・・・小屋を」)


ナリア

「(ええ、元々ここは湖畔にある木材を切るために作られた木こりの小屋だったみたいです。もう使われなくなったものを密かに改装していたみたいですね)」


カレン

「(どうしてまたこんな場所なのかしら)


ナリア

「(それは、この小屋の外を見てみればわかります)」


 2人はナリアに案内されると小屋の裏口から外へ出て、湖畔の近くへと向かっていった。そこに有った景色を見た2人は息をのんだ。


カレン

「(なるほどねぇ)」


 湖が鏡面になり、周りの風景を取り込む。それはまるで異世界への入り口を思わせるような幻想的な風景。周りに何もないからこそ、だからこそ写り込むそのままの景色。


ユイ

「(綺麗です・・・)」


ナリア

「(魔法を授かった後、この景色の見える小屋でペデフィル様は私や子供たちと刺繍や裁縫をしたかったのだと思います)」


 景色をしばらく見たあと、ナリアとユイは小屋へ戻ろうとしたが、カレンは「ここで一本吸ってくわ」と言ってポケットから煙草を取り出すと火をつけた。紫煙を吐き出し少しうつむく。


カレン「・・・」


 先に2人が小屋に戻るとナリアがユイに聞きたいことがあると言ってきた。


ナリア

「(失礼でしたら申し訳ありません。もしかしなくともユイさんは外国の方では?)」


 ナリアはユイの顔立ち、髪の色、目の色を見ていた。


ユイ

「(ええ、そうです。私は隣の国からカレン様に誘われてこの国へやってきました)」


ナリア

「(そうですか・・・自分の生まれ育った国以外で生活するというのは、それだけで大変なことですがどうしてまた王族メイドなどという職業を?)」


 メイドや執事の仕事が大変なことはナリアが一番よく知っている。大変なのは生活面だけではない。王族に仕えているというそれだけで人々から批判や中傷、妬みを持たれてしまう。ましてや外国人となればその目はさらにきつくなるだろう。


ユイ

「(・・・そうですね、ナリアさんのおっしゃる通り。私のような人間がこのように働くことはある種の摩擦を生じるみたいです)」


ユイ「(私も悩む時がありました・・・でもそのことをカレン様に相談すると)」


「そんなことで悩んでいたの?貴女は王族じゃなくて私に仕えてるのよ。だから他とは違うわ」


ユイ「(そう言われてしまいまして・・・)」


ナリアの表情が柔らかくなる。


ナリア

「(そうですか・・・いいですね、それ)」


 カレンは煙草を吸い終えると小屋の中に戻って椅子に座った。ナリアは2人をじっくりと眺めるとにこやかに笑う。


ナリア

「(それにしても見事な変装ですね。本当にシスター様かと思いましたよ)」


カレン

「(でしょう?ユイの変装術はこの国一番よ)」


ナリア

「(・・・私にもそのような力があれば、ペデフィル様を救えたのかもしれませんね・・・)


 自分の事を認めてくれた人、救ってくれた人が衰弱しているのをただ見つめることしか出来なかった。出される水が毒水だとしても止めることが出来なかった。ナリアの目から涙が零れ落ちそうだった。


ナリア

「(私に・・・・もう少し勇気があれば・・・)」


カレンは黙ってテーブルの上に置かれている手記の最後のページを開いてナリアに見せた。


ナリア

「(これは・・・)」


~最愛の友人へ~


「私の最愛の友人。私よりもずっと優れた目を持って、私よりもずっと優しい心を持った人。そんな人に巡り合えただけで、私の人生は有って良かったのかもしれないと感じてる。


 多分きっと、いえ、絶対。友人は私の事で後悔をしているはず。だって友人は優しいもの。私の誘いに乗って、私のわがままを聞いて貰って。そんな友人が後悔しないわけがない。知っているのに出来なかったことをずっと悔やんでいるはず。


 でも、私の運命は私が決めた。貴女じゃない、そのそばにいてくれたのが貴女なの。いつまでも私のそばで座ってくれていて、私の心はありがとうの気持ちでいっぱいだった。巻き込まれるはずじゃなかったことに巻き込んでしまってごめんなさい。


だからあなたは後悔なんかしなくていい。あなたはあなたに出来る最善手を尽くしてくれた。私は世界で一番幸せ者かもしれないわ、ね?そうでしょ。


 辛い思いをさせてしまった、身動きが出来ない状態にさせてしまった。私の方がずっと後悔してた。


だから、貴女は貴女の力を生かして欲しい。それが出来るって私は信じてる。既に私を越えて遥か向こうに居ることは数年前から感じてた。だから、きっと貴女ならうまくやれると思う。


出会ってくれてありがとう、私の最愛の友人」


 抑えていた涙があふれだす。ナリアはペデフィルが亡くなってからずっと自分を責めていた。責め続けていた。あの時こうすれば良かった、ああすれば良かった。夜寝る前に浮かび上がるあの時の光景。


ずっと一人で戦ってきた彼女は、一人じゃなかった。


 ナリアはそれに恥じないようにずっと自分が出来ることをやり続けて来た。ここで諦めたら私を救ってくれた人に顔向け出来ない。その思いだけでナリアは刺繍をやり続けた。


ナリア

「(私は・・・)」


 「全てが解放された」そう感じていた。誰にも打ち明けることの出来なかった事実がようやく数十年の歳月を経てようやく表に出すことが出来た。


もし、自分が刺繍で名を知られていなければ、あの時美しいと思った風景を作り続けなければ、きっとこの2人に出会うことは出来なかっただろう。


 カレンたちは話しを全て聞き終えた後、外に出るとナリアが見送ってくれた。


ユイ

「(本当にありがとうございました。・・・辛い記憶を呼び起こしてしまいまして・・・)」


ナリア

「(いえ、いいんです。それと・・・本当は気になってたんです。あの金属箱の中に何が入っていたのかが・・・実は何回も掘り起こしに行こうと考えてました)」


 持っている刺繍を大事そうに眺めてカレンとユイの方を見た。


ナリア

「(カレン様は後少しでペデフィル様と同じ魔法の儀式となりますが・・・この後、どうされるのでしょう?)」


カレンはナリアに微笑んだ。


カレン

「(あなた達と同じよ。自分が決める運命に従う。ただ、それだけの事よ。・・・・ありがとうねナリアさん。あなたの新作や個展を楽しみに待ってるわ)」


ナリアは並んで歩く2人を見ていると、心の中であの時の風景が映り込んでくる。


ナリア

「(ペデフィル様、あの2人はどこか私たちに似ているような気がしますね)」


カレンたちは車に乗り込むと屋敷へと向かった。


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