第8話 ペデフィルの手記

ユイに連れられてクロムが部屋に入ってきた。社交パーティー用のドレスと綺麗な髪飾りを付けている。カレンはユイに「楽な格好にさせてあげなさい」と言い、クロムのドレスを脱がした後、ジャージを着せた。


クロム

「・・・急なのはいつものことだけど・・・どうしたの?」


 テーブルにはお茶のセットと紙が数枚置かれていた。カレンが用意したようだ。ユイとクロムは促されて椅子に座った。


カレン

「あなた達に教えなきゃいけないことがあるの。実は・・・最初は黙っているつもりだったの。その理由も合わせてね」


クロムとユイは目を合わせた。カレンがいつもとは違う空気感を出していることにすぐに気が付いた。


カレン

「あなた達、私があと2週間もしたら21歳の誕生日を迎えて魔法を授かるってことは知ってるわよね?」


ユイ

「はい、もちろんです。カレン様がその魔法をあまり信じていないことも」


クロム

「全く資料が出て来ないこと含めてね」


カレン

「そう、私はもう諦めていた。当日になれば答えがわかるって割り切ってた。もうこれ以上の魔法の資料は出て来ないって思っていたんだけど・・・こんなものが出てきたの」


 テーブルの下の引き出しから手帳を引き出すとクロムとユイの前に置いた。


ユイ

「これは・・・大分古い手帳?・・・日記ですかね?」


カレンはクロムの方をちらっと見た。


カレン

「手帳の持ち主は私達の叔母ペデフィル・レトリック第5王女。見つけたのは今日、あなた達と作った花壇の場所。タイムカプセルみたいに埋まっていたのを偶然見つけたの」


持ち主の名前を聞いた瞬間、クロムの顔色が変わった。


カレン

「ペデフィルは父上にとって異母兄弟の妹になるわ。叔母だものね。ペデフィルは21歳になると習わし通りに魔法の儀式を受けた。だけれど不適合だったの。そしてその後、精神的におかしくなって最後には狂人として手が付けられなくなって安楽死させられた」


カレン

「というのが公に残っている記録になるわ」


ユイ

「公な記録ということは・・・」


カレン

「この手帳の中には違うことが書かれている」


クロム

「つまり魔法の真実・・・?」


ユイ

「・・・でも、何故そんなものがあんな場所に?」


カレン

「ここは元々ペデフィル叔母が住んでいた屋敷なの。そしてこの箱が埋まっていた場所はおそらくペデフィルが住んでいた部屋のあった位置。今部屋はおろか屋敷が無いのは火事で焼失したからよ。元々L字だったのよこの屋敷はね」


 カレンが使用人を減らそうと選んだ小さい屋敷は偶然にもペデフィルがかつて住んでいた屋敷。その事件以来、空き家として管理されているだけになっていたのをカレンが見つけて住みだした。ペデフィルが安楽死の措置を取られた翌日〝偶然その部屋だけが全焼した〟ため彼女に関する記録はほとんど残っていない。


 ユイはカップに手を掛け一口飲むと、煙草に火をつけて吸い始めた。


ユイ

「それで?カレン。なんでこれを私たちに隠そうとしたの?」


カレンはバツが悪そうにカップを手に持つとお茶を啜った。こういう時のカレンはわかりやすい。


カレン

「・・・それは・・・ペデフィルは狂人だったという記録しか残っていなくて、そんな人が隠した物だから危ないものだと思ったのよ・・・下手したらフタを開けた瞬間毒ガスとか出てきてもおかしくはないと・・・」


ユイ

「・・・なるほど、確かにそれはお気遣いありがとうございます。ではなんでその中身が安全だとわかった時、私とクロム様に教えなかったのですか?」


 こういう時のユイは強い。クロムでも止めることが出来ない。


カレン

「クロムはともかくとして、ユイは私が強引に連れて来ちゃった外の人間だから・・・ここに踏み込ませるわけには・・・」


 その言葉を聞いたユイは深くため息を付くと、自分の頭に乗せていたカチューシャを外してテーブルに置いた。そして立ち上がるとカレンの近くに寄ってきた。


ユイ

「失礼します」


 と言った瞬間、見事な平手打ちをカレンの頭に食らわせた。食らったカレンは「痛っ」と叫ぶとユイの方を見た。


ユイ

「・・・全く、私を誰だと思っているんですか。あなたが選んだメイドですよ?私はもうあなたの内側です」


カレン

「・・・・悪かったわよ、隠していて」


クロム

「私も、カレンが選んだ私ってことで」


クロムがそういってニヤニヤしているとカレンは手刀をお見舞いした。


 カレンが2人に隠し事をしたのは初めてだった。それまではどんな小さなことでもユイとクロムだけには話してきた。そんなカレンが隠そうと考えてしまった手帳の中身。


カレン

「・・・だけどいい?もう後戻りは出来ないわよ」


2人は「何をいまさら」という顔をして答える。


カレンは深くため息を付くと、諦めたように手帳をめくり始めった。


~ペデフィルの手記~


 「4月12日、私は21歳の誕生日を迎えた。誕生日パーティーは盛大に行われ、十分すぎるくらいに出されたお酒と豪華な料理を楽しんでいた。その興奮が冷めないうちに私に付いていた執事からある手紙を渡された。


「魔法の儀式」


 王族は21歳になると魔法を国王から授かる。それは小学生だって知っているほど有名。この魔法の力によってレトリック王国の今が有る。そしてこれからも。それを信じていた。


私は手紙を受け取った時、まるで子供が誕生日プレゼントの箱を目の前にしているかのようなそんな気持ちになった。箱の中は開けてみるまで何が入っているのかわからない。そんな楽しみが私にもこの時は有った。


 手紙には儀式の場所と時間が明記されていた。場所は王立図書館。時刻は深夜23時。


私はワクワクしていた。自分に相応しい魔法は何で、父上は何を相応しいと選ぶのだろうかと。


 当日、私は執事が運転する車の中でいろいろな妄想を繰り広げていた。私は子供が好きだったからそんな子供たちを助けるようなそんな魔法が欲しかった。私は第5王女だったのもあって重要な政治的ポストに置かれることは無いし、それだったら自分の好きなことが出来るようなそんな魔法を授かりたいと思っていた。


王立図書館に着くと私は足早に指定された場所へ向かった。図書館は休館になっている。おそらくこの日の為だろう。


入口には政府の高官と思われる人物が待っていた。挨拶もそこそこに中に入るとそこには私が知らない地下へと続くエレベーターの入り口があった。


「こんのがあったなんて」


 何回か訪れたことがあったがこんなのがあるなんて知らなかった。

高官と共にエレベーターに乗り、ドアが閉まるとエレベータが動き出し地下へ向かっていった。乗っていた時間から見るとかなり深い場所のようだった。エレベーターを降り、案内されるままに通路を歩いていくとやがて広い場所に出た。


 それなりに広い空間。天井はドーム状になっていて地面は土で出来ていた。

地面には何かの血液のようなもので陣が描かれている。そしてその真ん中には本を置くための台のようなものが置かれていた。


「・・・聞いた通りだ」


すると奥の方に父上と母上がやや高いところから見下ろすような形で姿を現した。それに気が付いた高官と私は跪いた。


父上が「表をあげよ、ペデフィル」と言ってきたので私は目を輝かせて顔を見せた。


「父上、私は今日と言う日を楽しみに待っておりました」


そういうと父上は私の言葉には反応せず、後ろから本を取り出した。それを見て私の感情は高ぶってきた。


すると父上は私の方を見た。


「ペデフィル、今からお前に授ける魔法を言い渡す」


そういうと父上が本を開いた。


「お前に授ける魔法は、第1王子と第1王女の命令に必ず従う魔法だ」


私はその言葉を聞いた瞬間、意味が分からなかった。何かの言い間違えなのか私がおかしくなったのかわからずに自然と聞き返していた。


「父上・・・?それは何かの悪い冗談ですか?」


 力の抜けた震える唇でそう告げると、私の手にはいつの間にか長い手錠が掛けられ、気が付くと自分の屋敷で私は椅子に座っていた。そばには執事が隣に立っていた。


「これは・・・どういうこと?」


執事は申し訳なさそうな顔をしながら私の手に付いた長手錠を見ていた。


「ペデフィル様。あなた様は魔法不適合と判断されました。・・・よって国王陛下の命により、本日よりここへ軟禁されます」


私には意味が分からなかった。


それから私は屋敷から一歩も外へ出ることが出来なかった。屋敷の入り口には守衛がいつの間にか配置され、私に謁見に来るモノたちは制限された。


・・・いつの日からか私はこれが現実なのか、それとも空想の世界の中なのか区分けが付かなくなっていった。私はそれでもこの事を誰かに残さなけらばならないと感じてこの手記を書くためにペンを握った。


私が魔法の儀式を迎えて辿りついた真実。この国に魔法なんてものは存在しない。あったのは国王や女王への絶対服従を誓う儀式だった。


多分、これを見た人は私の言っていることが狂っていると思われても仕方がない。信じないと言われても仕方がない。私が魔法不適合だと言われて精神が狂っていた。だからこれは信じるに値しない文章だ。と思われても仕方がない。


よくできた設定だと私はその時感じた。なんで魔法伝授に失敗したら狂うのか。それが何の為なのかここでようやく理解した。


私のような人間が必ず出るからその時の対処の為に会ったんだって。


この文章を受け取っているあなた、そこのあなた。


私が狂っているのか、いないのか。それを証明することが私と呼んでいるあなたでは出来ないこと。だって書いている内容がしっかりとしていても、この国に住んでいる以上は魔法の力をみんな信じている。見たことが無い魔法が私たちの見えないところで支えられているってどこかで信じてる。


 ならばせめて私が信じていたもの。信じて止まなかったもの、それを残す。それを残して私が言っていることが真実だったってことを信じて欲しい。それを見てきちんと完成されている事を見て、信じて欲しい。


ペデフィル・レトリック」




 カレンは読み終えると2人を見た。クロムとユイは固まっていて今聞いたことが信じられない様子だった。それもそうだろう、魔法はこの国にあると信じられてきた。幼き頃から刷り込まれてきた。どこかにあるだろうと思い込んでいた。


明確にそれが否定されようとしていた。


カレンは手帳を閉じると煙草を咥えて火をつける。


カレン

「これがペデフィルの残したモノ」


ユイ

「・・・これは・・・さすがに言葉がでないですね」


 しかし、ペデフィルが言っているようにこの手帳だけではペデフィル自身が本当のことを書いているのかの証明が出来ない。書いたのがまともな頃だったのか、それとも狂ってから書いたのかが分からない。


カレン

「・・・それでね、多分この手記の中で言っていたペデフィルが信じていたもの。信じて止まなかったものっていうのがこれなの」


 カレンは手帳の裏側のポケットからハンカチほどの大きさがある布を取り出すと、2人に良く見えるようにテーブルの上に丁寧に広げた。


クロム

「凄い・・・・これって刺繍?」


 その布にはまるで絵筆で書かれたかのような見事な風景画が色鮮やかに描かれていた。


カレン

「ペデフィル叔母は国内でも有名な刺繍家。若くして何回か個展も開いているほどのね」


ユイ

「・・・思い出しました。ペデフィル・・・どこかで聞いたことがある名前だと思っていましたが、裁縫の授業の時に使っていた教科書に作品が載っていました。・・・という事は信じて止まなかったものというのは自分にとってのこの刺繍ということですか?」


カレン

「私もそう思ったの。見事な刺繍。確かにまだこれを作れるうちにこの日記を書いた。だから私は普通というメッセージを受け取ることが出来る」


クロム

「・・・その言い方だとそうじゃないんでしょ?」


カレン

「ええ、それでも狂ってないって確証はないわ。それとどうにもこの刺繍に違和感があって気になって調べたんだけど・・・・ペデフィル叔母が今まで作り上げた刺繍には風景画が一枚もないのよ。彼女が残したのは全て人物か動物なの」


 ペデフィルの作品は素晴らしく現在でもその作品は国の美術館に飾られている。カレンは幼き頃その美術館に学校の授業の一環として何度か足を運んでいる。違和感はその時見たものとの記憶の違いからだった。


カレン

「だから私はこの刺繍はペデフィルではなく、他の誰かが描いたものじゃないのかと考えたんだけど・・・手掛かりが全然見つからなかったの、昨日まではね」


本棚に向うとある本を取り出してテーブルの上に置く。


クロム

「これは?」


カレン

「この屋敷の来客名簿よ」


 来客名簿は王族の屋敷にきた人物たちの名前を明記しているもの。屋敷の主人はもちろんの事、メイドや執事。それにエアコンの修理業者や配達のドライバーの名前に至るまで全て記載されている。


ユイ

「そんなものよくありましたね」


カレン

「この屋敷に入る時に管理していた人から受け取ったのを思い出したのよ」


 ペデフィルに関する資料は火災で全て消失し、別の場所に置かれていたものも処分された。しかし、この名簿だけは屋敷の入り口にある靴箱の中に入れられていたのを管理人が発見して自宅に保管していたのだ。屋敷の管理は民間企業に任せているため、そこまで手が回らなかった可能性がある。


カレン

「多分、みんな忘れてたのよ。これの存在をね。だからこれが残っていることを知っている人は管理人さんと私達だけ。エドワードも知らないわ」


 ページをめくっていくとそこには事細やかに日付と時刻。身分と用事が書かれていた。ペデフィルはそれなりに社交性があったのかカレンに比べると来客が多かった。


ユイ

「・・・うちのモノと随分違いますね。大体がクロム様ですもん」


カレン

「そんなことはどうでもいいのよ・・・それでここ。この部分に書いてある人物。あなた達も知っているわよ」


クロムとユイは身を乗り出してその人物の名前を見た。


ユイ

「ナリア・・・お針子・・・もしかしてあのナリアさんですか?」


「刺繍家ナリア」その刺繍の腕前は神域と称される国を代表する刺繍家。未だに彼女を越えるような人物は世界を探しても見つからないだろうと言われていた。そのナリアがこの屋敷に出入りしていた記録がここに残っているということはペデフィルと関係があったためだと思われる。


カレン

「しかもこれ、日付けを見るとまだナリア氏が14歳とかその位なの。彼女が有名になるのは22歳くらいだからその前からの関係性みたいだけど」


クロム

「確かに」


ユイ

「では、その風景画を描いたのはナリアさんだという事ですか?」


カレン

「そういうことになるわねぇ。風景画はナリア氏の代名詞。おまけにこれだけ見事な刺繍。そんじょそこらの刺繍家では真似できない芸当だもの」


 デスクの上に置いてあったタブレット端末をテーブルの上に置くとカレンは地図を出した。


カレン

「ナリア氏はここに住んでいるわ」


ユイ

「住んでいるわって・・・・まさか会いに行く気ですか?」


カレン

「何を驚いているの?そんなの当たりまえじゃないの」


 ナリアはカレンと同じく人嫌いだったため、現在は王都から少し離れた田舎町に住んでいる。そのアトリエで彼女は弟子も取らず、学校も開かず、今現在も黙々と作品を出展したり、依頼をこなしている、


 カレンは振り返り、ユイとクロムの顔を見ると満足そうに笑顔になった。


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