第6話 「レトリック」と言う歴史
クロムが屋敷に来る事を知ると、カレンは咥え煙草でバケツを手に取り水を入れ始めた。太めのロープを「一般的な玄関」に取り付けてあるいくつかの滑車に手際よく通していく。最後に水の入ったバケツを玄関の外にある天井の上に置いた。
カレン
「今度こそ、ひっかかるわね」
セットしていたのはドアを開けるとバケツから水がこぼれ、その下に居る人が濡れるという発想が小学生で行動が大人という仕掛け。しかも本気でやっているため取り付けてある滑車にはきちんと外壁の色まで塗られていた。
双眼鏡を持ち出すとベランダ越しに道を眺める。するとクロムを乗せている車が現れた。その光景を見ていたユイが「なにしてんですか・・・」とあきれた様子をしていた。
カレン
「ふふん、これがクロムと私の関係性よ。お互いに王族、油断をしているとこうなるの」
ユイはため息を付いた。
クロムが乗った車が屋敷に到着するとメイドがトランクから大きなスーツケースを2つ取り出してクロムに渡した。2人で少し話した後メイドは乗ってきた車に乗り込み、来た道を戻っていく。スーツケースを引きずって玄関の前に来ると、わかっていたかのように上を見上げた。
クロム
「またやってあるよ・・・これで何度目?」
呆れた顔でクロムは少し離れたところに荷物を置き玄関のドアの開く側に立ってドア開けた。するとドアに繋がれたロープが滑車を伝ってバケツを天井から落としてその場に水が散らばった。その光景を見届けたクロムはカレンの部屋の位置を見ると双眼鏡でこちらを見ているカレンを発見した。
カレン
「・・・なかなかやるわね」
クロムがため息を付いているとドアを開けてユイが中から出て来た。
ユイ
「申し訳ありません、クロム様。カレン様に付き合っていただいて・・・」
クロム
「・・・いいんだよ、カレンはそういう奴だから」
2人はカレンの方を見て笑いあうと、後ろに置いてあったスーツケースを転がして屋敷の中に入っていった。クロムがカレンの部屋に通される。
カレン
「バケツに気が付くて凄いじゃないクロム」
クロムはジト目でカレンを見た。
クロム
「・・・何回目だと思ってるの?あのバケツのやつ。そろそろ別の手で来るかなって思ってたけど、ずーっと同じなんだもの。そりゃわかるでしょ」
カレン
「あら?でもこの間ネットをみたら、同じような面白くないネタを馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返していたから・・・それが流行りなのかと思って」
クロム
「そんなの流行ってないよ、そういうことをやるのはただ単に面白くないってわかってないか本当にバカのどっちかだよ。・・・そんなくだらない事ばっかりやってんじゃないよ」
そういうとクロムは持ってきたスーツケースを開いた。
カレン
「その大荷物は何よ?・・・もしかして家出でもしてきたの?」
クロム
「まあ、そんな感じかな」
カレン
「本気?」
クロム
「冗談だよ」
カレンはクロムの頭にチョップをお見舞いした。
カレン
「それで?ホントの理由は?」
クロム
「カレンは後1か月もすれば一応何かの魔法を授かるわけでしょ?その後もしかしたらどこかに行くかもしれないじゃない?国務とかで。だから魔法を授かるまでの間、私はここに泊まることにしたの。部屋なら一杯あるでしょ?」
王族は魔法の儀を終えた後、一時的に長期的な国務に就くことがある。全員がそうなるわけでは無いため、おそらく伝授された魔法によって違いがあるのだと思われる。
カレン
「ははーん、さては私が居なくなってしまうかもしれないのが寂しいってわけね」
クロム
「カレンが寂しがると思って」
茶番が始まりそうになったのを察してユイが割り込んできた。
ユイ
「私は構いませんが・・・大学の方はどうされるのですか?」
クロム
「ここから通うよ。少し遠くなるけど、まあそれもカレンの為を想ってかな」
カレン
「・・・お気遣いどうも。・・・で、もう一つの方には何が入っているかしら?」
クロム
「ああ、これはいつものやつにとユイのやつも入ってるんだ」
クロムはカレンが魔法の秘密を探っているのを知った時、自分も何か出来ないかと考えて祖父トワイプスが残した資料の中で使えそうなものを持ってくることがあった。彼の屋敷の地下にはクロムも知らなかった倉庫があり、その中には本が大量に蔵書されていた。
トワイプスは違法であったが魔物を取引していたそれなりの経営者。そのため様々な魔物に関する資料を大量に集めて隠していたようだ。生態や特性。どこに多く住み、どのような成分が取れるのかなどあまり表には無いようなそんな本まで持っていた。
魔物と魔法は密接な関係にあるため魔物の本には必ず魔法のことが書かれている。これがヒントになるかもしれないとカレンはその本を数年かけて大量に読んだが、結局目新しいものは何も出て来なかった。
カレンはクロムのスーツケースを開けると本を取り出し、眺めていた。
カレン
「これは3本の角を持ってる魔物・・・トライズについてねぇ・・・魔法の知識を追い求めてるのに気が付くと魔物の知識ばっかり入ってくるわね。おかげで魔物園の園長になれそう」
動物園や水族館のようにこの国には観光客を呼び込むため魔物園がある。魔物園は比較的おとなしく、害の少ない魔物を選定して研究対象として展示してある。
クロム
「いいじゃん、将来仕事にあぶれることないかもよ?」
カレン
「私がもし職にあぶれたらバンデルで煙草屋でも経営するわ。看板娘にユイを置いて」
ユイ
「・・・看板娘って、カレン様働く気がないでしょうが」
給仕台にお茶とお菓子を乗せてユイが部屋に戻ってきた。手際よくカップとお菓子をテーブルに移すと、熱いお茶が注がれて湯気が立つ。クロムは椅子に座るときょろきょろと周りを見渡した。
クロム
「そういえばエドワードはどうしたの?」
カレン
「エドワードなら実家の用事で帰省しているわ。それよりもユイのやつって言うのは何?」
クロム
「ああ、それはこれだよ」
クロムはスーツケースの中からパソコンとプロジェクターを取り出した。
カレン
「何よ?これ。今から映画でも見ようって話しなの?」
クロム
「違うよ、ユイはかなりこの国に馴染んでるけど、一応外国人じゃん。そしたらこの国の歴史とかそういうのを知りたいってこの間言われて、プレゼンの資料を作ってきたんだ」
カレン
「そりゃご苦労さんね」
ユイ
「いえ・・・まさかここまでやってもらえると思いませんでした・・・」
カレンはお茶を一口すすると煙草に火をつけた。
カレン
「・・・でもユイはこっちの学校で習ったんじゃないの?一応あったでしょ。この国の歴史の授業」
ユイ
「はい。ありましたけど、そこまで深くは・・・」
カレン
「まあ・・・メイドと執事を教育する科だからそこまではやらないってことね」
クロム
「そういうことよ、私とカレンもいるし普通は教えない歴史も教えることが出来るし」
クロムは手際よくパソコンとプロジェクターを設置すると「ここらへんでいいかな?」と言いながら壁に画面を映し出した。ユイは部屋のカーテンを締めて部屋の電気を消してテーブルの椅子に座った。クロムがパソコンを操作してスライドを映し出る。カレンはお菓子を食べながらそれを見ていた。
クロム
「じゃあ、そうだねまずこの国の歴史を知るってことは・・・それはつまり、魔物とこの土地に住んでいた人達の関係性を知るってことになる。ユイの国にも魔物はいると思うけど、結構違うんだよ」
ユイはクロムに頭を下げると「わざわざありがとうございます」といって真剣にスライドを見始めた。
カレン
「ちなみに魔物と動物の分け方は国によって違うのよ。まあ種を切り分けるってこと自体がそもそも曖昧だものね」
カレンが言う通り魔物と動物の線引きは非常に曖昧。それは動物と人の線引きが曖昧になっているのと似ている。
魔物は世界中の都市部を除きどこにでも住んでいる。しかしレトリック周辺に住む魔物はある事情によって他国に住む魔物と桁が違う強さを持っている。
レトリック王国は地理的に内陸国に存在している。普通、内陸国は四方を他国がとりかこんでいるため、国境線で円を描いたような国土をしているのだが、この国の国境線は「線」ではなく厚みのある「層」になっている。そのため地図上で国土を確認すると歪んだドーナツのような形をしている。
人々は国境線が層になっているその部分を〝魔の領域〟と呼んでいる。理由は人が住めるような環境ではない強い魔物達が住んでいるためである。
太古の昔からこの土地は陸上で生きることに特化した魔物が多数生息していた。人は住んではいたものの小さい集落をこしらえる程度。ひっそりと魔物や動物を刈って暮らしていた。
しかしある時「ジェイ・レトリック」という人物が天から授かったとされる魔法を使って魔物達を追い払っていく。
そうして出来たのがレトリック王国。彼はその初代国王である。
ジェイは今カレンたちがいる王都を中心として円を描くように国土を広げていった。つまり、中心にいた魔物達が彼の使う魔法によってどんどん円状に国土が広げられていき、魔物達はそれから逃れるように円の外側へと追い込まれていく。
そうやって魔物が追い込まれた先は地形的に深い森や高い山脈や深い谷などがあり、そこを越えることが出来たのは空を飛べる種類のような一部の魔物だけ。大半の魔物達はその外側に住み着くようになる。
やがて申し合わせていたかのようにそこで「在来種の魔物」と「追い込まれてきた魔物」による生存競争が行われるようになる。太古の時代から長い時間を掛けて築き上げられてきた食物連鎖のヒエラルキーが崩壊し、新たなヒエラルキーが形成されていった。
カレン
「国を作るためにジェイが魔物を追っ払った結果、周囲に追い込まれた魔物達の環境を変えることになった。それが魔の領域の始まり」
魔の領域では昼夜を問わず激しい生存競争が繰り広げらたとされている。その結果、強い魔物はより強く、弱い魔物は生きる活路を見出す「魔の進化」をすることになった。その強さと強靭さは簡単に人が太刀打ちできる様なものではなくなっていた。
クロム
「ここら辺の情報については憶測も多くて、どんな魔物がどんなふうに進化したかとかはわかってないことが多いんだ。あまり積極的に調査できない場所だしね」
分かっている範囲でその生存競争の頂点に立っている種族は「龍」だと言われている。
見た目はトカゲやワニや蛇のような爬虫類のようだがサイズは桁外れ。小さいモノでも数百メートルある。種類によって空を飛んだり、地を這ったり、海を泳いだりする。
ユイ
「それなら私の国の学校の授業で動画を見たことが有ります。空飛ぶ龍。私の国に居る魔物は可愛らしい感じで小さかったですから見た時は驚きました」
彼らは縄張り意識が非常に強く、日常的にその範囲を動き回り、異常がないか見て回っている。少しでも侵入者の形跡が有ればその匂いや痕跡を辿って追いかけてくるほどである。
クロム
「昔、海外の無知な学者が勝手に調査に向ったんだけど、たぶん彼らの縄張りだと気が付かなくて足を踏み入れたんだろうね。龍の住処に入った可能性がある時はすぐに洗剤で臭いを消さないとといけないんだけど、彼らはそれをしなかったんだ。・・・その後、彼らが寝泊まりしていたキャンプがどうなったのかはみなまで言わなくてもわかると思うけど」
カレン
「だから私たちの国ではその縄張りを知る事がとにかく大切。つまり魔の領域とそうじゃない場所を見分ける方法を知らないといけないの」
〝ドラゴン・ツリーを越えるなかれ、その先は魔の道へ続く導なり〟
クロム
「子守唄、童謡。そういうものに必ず入っているこの言葉」
カレン
「ドラゴン・ツリーってのは見ればわかる・・・そうねぇすごく変な形の大きな樹木。あまりにも特徴的だから一回見ればすぐ覚えるわ」
クロムは得意そうな顔をしてスライドを動かすと一枚の大きな木の写真を写した。ドラゴン・ツリー。魔の領域にしか生えていないこの木は枝が縦横無尽にうねるように伸びており、時期が来ると大きな実を付ける。
ユイ
「それならこの国の学校に来た時、私が外国人だと知るとみんな教えてくれましたね。この木を越えてはいけない。そこから先に行けば帰れなくなると」
カレン
「そう。この木がある場所はイコールでそこが魔の領域であることを示している。他にもこの領域にしか生えない植物もあるんだけど、こいつは見た目も高さも特徴があるから見分けやすいのよ」
住んでいる人たちがここまで意識しなければいけない強い縄張りがある魔の領域には道路をひくことが出来ない。そのため他国への移動は飛行機かその地帯をくぐっているトンネルを使って移動することになる。
それと龍の中でも特に強い「地域龍」(ちいきりゅう)と呼ばれる個体は国の監視対象にしている。この種は自身が意識している縄張りが普通の龍よりも広範囲かつ性格は獰猛。そのため魔の領域の近くの村や街には領主兼監視員という形の役人が配置されており、その領域の変化や龍の動きなどを監視している。
しかし全ての魔物が人間にとって脅威になる存在ではない。クロムの祖父が取引していたメーブルリスのように利用価値が有る魔物もいる。例えば馬のような魔物に生えている角は粉末にして飲むことで心臓の病に効くとされている。見た目のかわいい魔物は人工繁殖させたり、魔牛の生乳は高カロリーで栄養があるため牛のように牧場で飼育されている。
カレン
「そうやって魔法が誕生する以前にここに住んでいた人は魔物と動物。それらと共存する知恵を編み出していったの」
歴史的背景からみると、魔の領域が生れたのはジェイが魔物達を外側へと追いやったため生態系のバランスが崩れたことが原因である。見方を変えなくても魔物達を強くしてしまったのはこのジェイの残した負の遺産でもあるため、その末裔であるレトリック一族がその魔の領域に居る魔物を継承される魔法によって抑えなければならない。
カレン
「簡単に言えば私の遠い昔の爺さんがやらかしたことを孫の私たちが責任を取り続けてるってこと。そのために必要な魔法を伝授されてね」
魔の領域に居る見えない脅威に対抗できるのは魔法だけ。その魔法が使えるのはジェイの子孫である。だからたとえ絶対王政と言う独裁であったとしても、そのような事情から国民は納得してなくてもレトリック一族を王に据える必要がある。そのため他国から見て魔の領域は一応レトリック王国の国土に属していると見なされている。
魔の領域の調査は国王の許可が無ければ行うことが出来ない。昔は出来なかったが今はテクノロジーが進みドローンや無人偵察機などがある時代。それを使えば調査ができそうだが王宮側は「何が有るのかわからないため、許可できない」としている。
ユイ
「・・・気になったんですけど、どうしてジェイ様はその追いやった魔物を放置したのでしょうか?人に害があるなら魔法で絶滅させませんか?」
カレン
「これに関しては当時魔法が使えたのはジェイだけだったからだと言われているわね。単純に人手不足ってことよ。1人じゃあまりにも広すぎるもの。それと魔法が使えるのはジェイだけだと思った。そりゃそうよね。でもそれは継承出来ることが分かったの。晩年になってからね」
ユイ
「どうしてわかったんですかね?」
カレン
「そこら辺も不明確。一説には夢で見たらしいわよ。自分の子供たちが魔法を使っているのを。だけど気が付いた時には自分に死期が迫っていた。だから彼は自分の息子の一人に継承の事と魔法を伝授したの」
ユイ
「その時点の継承はどうしたんですか?」
カレン
「私はあまり信じてないけど、遺言で自分の心臓を食べるように命じた。つまりジェイの心臓を息子が食べることで魔法は伝授されたの」
引き継いだ魔法を現在の継承制に確立したのが2代目「ルドック・レトリック」である。彼は父親から受け継いだ魔法の力を高めて自分の内なる自分と対話を続け、継承するために心臓を食べるという方法ではなく、文字や儀式による方法を見出したとされている。
「ふぃ~」とため息を付くと、カレンは煙草に火をつけて吸い始めた。
カレン
「ユイは気が付いていると思うけど、私たちが調べ上げてわかったことはこういう表の歴史に書いてあるような魔法の継承や立場に付いてだけなの。魔法の中身が無いのよ。例えば手から火が出せるとか、魔物が嫌がる臭いを出すとか。そういうのが無いの」
クロム
「そうなんだよね、調べようにもここから先は絶対に出て来ない感じ。王立図書館の地下とか倉庫に行ければ見つかるかもしれないけど・・・」
カレン
「見つかったら例え私でも危ないわね。・・・打ち首になるかも」
ユイ
「そんなに厳しいのですか・・・」
カレン
「そりゃそうよ。不本意だけどこの国が他国と互角に渡り合えているのはあの魔の領域の存在。魔法が無くなって龍がひとたび暴れ出したら災害ってもんじゃないわ。それを抑えている魔法を知られたらこの国がある意味が無くなるもの」
隣国の専門家は「レトリックは自身の力で龍を生み出し、魔法で制御している。それは我々の国にとって脅威しかない」と言っている。
ユイ
「まるで核兵器ですね」
カレン
「下手したら核兵器よりもタチが悪いかもね。一応生物だから現代火器をもってすれば殺すことは可能だと思うけど、彼らは未だわからぬ複雑怪奇な魔物の生態系のトップ。それを無くしてしまったらあの魔の領域のバランスが確実に崩壊するわ。そしたら世界に何が起こるかわからないもの」
クロム
「龍は頂点だけど、その下に居る魔物だって人にとってはヤバいからね。そいつらを抑えてるってのも龍の役目なの」
レトリック王国の存在意義を無くすため、龍を殺すことは有効だがそれをやるとその下に居る魔物達が溢れることを意味している。食物連鎖のバランスがおかしくなって増えた魔物達がエサを求めて大量に街に降りてきても不思議ではない。
それと、魔物達はまだ人類が知らない病原菌やウィルスなどを媒介している可能性が大いにある。これはごくまれに降りて来た魔物達を調査して解剖するたびに新種の物が見つかっているためである。
カレン
「魔の領域含めて自然について人間が知っている範囲なんてせいぜい数%にしか満たないわ」
なので龍を殺した影響は直接的に人に被害は出ないとしても、家畜が病気や寄生虫などに侵食されたり、農作物を食い荒らす昆虫のようなものが爆発的に増えるかもしれない。という様々な危険性が各方面の研究者から明確に提示されている。
カレン
「王都に暮らしていると野生の魔物なんか滅多に見ることが無いわ。そうすると忘れていくし大きな勘違いをしていくのよ。自分たちは何も知らないし、魔物や動植物の中で暮らしているってのをどこかに置いてくるの」
クロム
「だから私の祖父がやっていた魔物の取引は単に人間に害があるかとか、悪用されるってだけじゃなくて、そもそも魔物を生態系から外に出すとそれだけで色々不具合が起きていくんだよ」
ユイ
「じゃあ・・・そういう不安定な要素を抑えているのが魔法ってことになるわけですね」
カレン
「まあ、そういう位置づけではあるわね。私から言わせれば面倒なことを全部雑に魔法が片を付けてるってことになるかしらね」
クロム
「カレンも私も、王族でありながら魔法が有るってそこまで信じてないの。でも、じゃああんなに強い魔物がそばにいるのにどうしてこの国は平穏無事なの?っていうとその理由が誰にも分かんない。だから魔法があるんじゃないの?って話になるの」
クロムはお菓子をかじった。
カレン
「政治的な外交交渉も随分とこの魔の領域の存在を使っている。半分脅しみたいなものよ」
レトリック王国は閉じられている土地の中に存在する。そのため石油や鉱物などの資源の採掘が少ない。そのため自国で使うエネルギーの大半を他国からの輸入によって賄っている。
クロム
「資源はお金で買うわけだけど、うちの国はある理由を付けて安く買い付けてる」
ユイ
「ある理由ですか?」
カレン
「レトリック国王が龍をはじめとした魔物を抑えているんだからその・・・なんて言えばいいのかしらね・・・魔物抑え料?として資源を安く売れって脅してんの」
魔法を公な交渉材料として使用しているためその秘密は守らなければならない。儀式や伝授についての情報が外に漏れないように徹底した情報管理をしている。
カレン
「だから魔法の存在を疑っているのは私達だけじゃない。他国の人達とかビジネスに奔走する人達にとって魔物抑え料は意味不明な税金みたいなものだし、これだけ情報が取りやすくなっている現代で実際はどうなのか?っていうのを探る人もいるわけ」
しかし、他国の人達とビジネスマンもカレンやクロムと同じ答えに行き着く。じゃあどうやって「あの龍」を抑えているのかがわからない。魔法の力なのか?それとも別の何かなのか。そこが全く見えない。
カレン
「魔法はあるかもしれないし、無いかもしれない。仮にレトリック一族を亡ぼしたとしたら、龍が暴れ出すかもしれないし、暴れないかもしれない」
ユイ
「まさに核兵器の抑止論みたいなものですか」
カレン
「そうね。龍を交渉材料に使っていることを非難している人達だって結局核の傘の下に暮らしている人達。同じ穴のムジナなの。核兵器か龍か。制御しているのがスイッチか魔法か。どっちも人の意志で撃つか撃たないか、龍を開放するか抑えるかを決めることが出来るってこと」
クロム
「スイッチは押せば結果がでるから誰でもいいんだけど、魔法はレトリック一族しか使うことが出来ないって違いはあるけどね」
ユイ
「なるほど・・・そのよくわからない魔法をこの後、カレン様とクロム様が手に入れるってことですね」
ユイはデジタル表示のカレンダーを見つめた。
カレン
「・・・・まあ、そういうことね」
カレンはため息を付いた。彼女は魔法の秘密をずっと探ってきたが半分諦めていた。思い付いたやれることは全部やってそれで何も出て来ない。考える前に資料が出て来ないのであれば仕方がないと自分に言い聞かせていた。
クロム
「・・・一応私が準備してきた歴史の授業は終わりだけど何か質問ある?ユイ」
ユイ
「いえ、とても分かりやすかったです。ありがとうございます」
カレンは締めていたカーテンを開けると外を見た。いつの間にか日が落ちて夕暮れ時。オレンジ色の空に鳥が飛んでいるのが見える。ユイは夕食の買い出しがあると言って街に出かけていき、残されたカレンとクロムは隣の空き部屋に荷物を運び込む。
カレン
「ここは来客用の寝室よ。普段からユイが綺麗にしているからここを使って頂戴」
クロム
「・・・ここって誰か使ったことあるの?」
カレンは天井を見上げて思い出そうとしていた。
カレン
「・・・私の記憶が確かなら無いわね」
クロム
「人嫌いは相変わらずって感じだね」
カレン
「あら、でもこうやって親しい人といることは苦痛じゃないけど?」
クロム
「はいはい」
カレンの人嫌いは有名で街の人はもちろんのこと王都から離れた田舎町の人だって知っているほどだった。しかし、カレンは別に人が嫌いなわけでは無い。本当に自分が行かなければならない国務や学業の時は出かけていく。嫌いなのは人ではなく、人が付く嘘である。
クロム
「出なくていいパーティーとかには絶対に行かないもんね。最後に行ったのいつか覚えてる?」
カレン
「最後・・・・最後・・・・えーっと3年前位かしら。確かあなたも居たわよ。ああ、そうあれだ!確か新しい裁判所かなんかが出来たっていう記念パーティー。あれは国務だったから行かざるを得なかったのよ」
カレン
「・・・そう言われると自分の興味があること以外、手は出さないわね確かに」
クロムはスーツケースを広げて着替えを備え付けのクローゼットに入れ始めた。
クロム
「じゃあカレンが昔私を助けたのは興味があったってことね」
カレン「それはどうかしらねぇ」
クロム
「それなら私はカレンに興味があるから、いつか困ったら助けてあげるよ」
カレンは呆れた顔で「そりゃどうも」と返事をした。
その日からクロムはカレンの屋敷で生活を始めた。平穏無事・・・な訳はなく、朝っぱらからカレンの鍛錬のジョギングに付き合わされることになる。
カレン
「健全な精神は健全な肉体に宿る可能性があるわけよ」
クロム
「はあ・・・・はあ・・・可能性・・・?」
息切れをしながらなんとかカレンについて行くがクロムは倒れそうになっていた。
クロム
「カレンはともかくとして・・・ユイも良くついて行けるね」
ユイは平気な顔をしてカレンについっていく。
ユイ
「はい。一応これでも昔、カレン様はフェンシンング、私はクリケットの選手でしたからね。それと関係なくとも私は汗を流すのは好きですよ」
気が付くとクロムは庭先の木に繋がれたロープを握らされていた。
カレン
「さあ、木が倒れるんじゃないのかってくらいに引っ張りなさい!」
クロムは全力で引っ張るが当然びくともしない。息切れをしながらカレンの方を見た。
クロム
「はぁ・・・・はぁ・・・こんなのになんか意味が有るの?」
カレン
「意味?そんなもん無いわよ」
ユイはクロムが引っ張っていたロープを手にすると思いっきり引き始める。ロープが張り詰めて、木がみしみし音を立てた。
カレン
「無心で何かに向うことが出来れば別に運動じゃなくてもゲームでも絵を描くことでも勉学でも構わないわ。でも、せっかく私たちはまだ若いんだから。しっかり体を使えるのであればその時に使っておくに越したことは無いのよ」
クロム
「・・・その無心って奴が必要ってこと?」
カレン
「・・・そうよ。私たちの身の回りには意味あるものが過剰なのよ。スポーツだって社会性を養うとか上下関係を知るとか、敬語の使い方を覚えるとか。意味を無駄に付けようとするじゃない?」
ユイは全力でロープを引っ張っている。
カレン
「それもあるのかもしれないけど、それはあくまで一部。本当は無心になって打ち込んでいく先でしか得ることが出来ない自分と会話をするため。そのための手段でしかないのよこういうのはね。意味が有りすぎると自分と会話する必要性なんかどこにも無いもの」
ユイは引っ張っていたロープを緩めるとクロムに手渡した。
ユイ
「はぁ・・・はぁ・・大抵の人は自分との会話が始まる前に〝この程度か〟で何でも終わらせちゃうので結局薄っぺらい意味を付けるしかないんですよ・・・まあ私達もそれが出来ているか。と言われればわかりませんけどね」
クロム
「・・・ふうん」
カレン
「いいのよ、こんなのに正解なんかないんだから自分で出来たと思えばそれでいいの。どっちにしろ意味の無いことやってるんだから」
そんな生活が始まって1週間が経とうとしていたある日の事、ユイの実家から大きな段ボールが届いた。ユイの両親や祖母が寂しくないようにたまに贈り物をしてくれるのだが、その中に入っていたあるものをきっかけに平穏な物語は少しずつ動き始めることになる。
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