第5話 クロムの呪縛

 次の日、カレンたちはある場所に向かうためにユイが運転する車に乗っていた。助手席にクロムが座り、カレンはトランクに押し込まれている。


カレン

「ったく・・・どうして私がこんな場所に・・・一応王女様なのよ!」


ユイ

「我慢してください。あなたは無意味に有名人なのですから見つかるとそれだけで面倒なんですよ。今回は昼間に移動するのでいつものようにはいかないのです。ただでさえ目立つ車なんですからこれ」


 乗っている車は王族御用達の高級車。クロムも同型の車を所有していたが地位で違うのは外装ではなく内装である。外装だけでは誰が乗っているのかわからないようになっている。


カレン

「・・・全く、窮屈なモノね。これはそろそろ何か考えないとだめよ」


カレンがブツブツ文句を言っているのをユイとクロムは笑っていた。


クロム

「でも、私がカレン様に連れて来られたときは助手席に乗っていませんでしたか?」


ユイ

「あれはパーティ会場が王都内だったのと、夜になっての移動でした。それにあの時あそこには沢山の王族関係者の車両が詰めていましたので紛れ込んでいたのです」


 車を走らせること30分。王都にほど近い場所地方都市バンデル。その一等地にあるトワイプス・サセモスの邸宅に到着した。ガレージに車を入れて止めると、ユイはトランクルームを開けた。


ユイ

「着きましたよ、カレン様」


カレン

「わかってるわよ!」


 プリプリ怒ってトランクルームから転がり出るとカレンはバキバキ背骨を鳴らして伸びをした。


カレン

「それで、ここがそうなのね?」


 この大きめな建物はトワイプスが経営していた貿易会社の事務所兼自宅。そこには貿易会社で行われていた取引の資料などが置かれている。


ユイ

「でも、本当にこんな場所にクロム様を助ける何かが有るのですか?」


 カレンはクロムを助けるために必要だと感じたことは、クロムの呪縛を解くことだと考えていた。


 それは自分が原因で3人もの大切な人を病死させてしまったという根拠のない事実。これを否定することが出来ればクロムは前を向いて歩きだすことが出来る。そう考えたのである。


そんなカレンには有る「予想と考え」があった。


 クロムが正面玄関を開けて裏口に回るとカギを外し、ユイとカレンを招き入れた。


クロム

「・・・すいません、こんな場所からで」


カレン

「いいわよ、気にしないで」


 3人はそのまま家の中に入っていくとメインホールのある場所にたどり着く。


カレン

「・・・なかなか儲けてたみたいじゃない。あなたのお爺さんは」


 メインホールには数々の調度品や彫刻。絵画などが飾られており、その富の凄さをアピールしていたがよく見るとホコリをかぶっていた。


カレン

「趣味の悪い成金みたいね。これ、統一性が全くないわ。金が余ってるからって適当に高価なものを買って並べただけじゃない」


クロム

「そうですね・・・祖父が生きていたころはここで良くダンスパーティーなども行われていたのですが、もうそれも無くなり今では誰も住んでいません」


 カレンは並べられていた調度品を眺めていた。その中にあった細身の剣を手に取ると「借りるわよ」といって持ち出した。


クロムの案内でカレンたちはトワイプスの書斎に来た。相変わらず上質な家具や机が置かれている。ユイは本棚を眺めていくつかそれらしい資料を机の上に出して開いた。そこには貿易に関する法律や会社の方針、そして取引している品物などがきちんと書かれていた。


ユイ

「・・・見たところ普通っぽいですね」


カレンはトワイプスの使っていた革張りの椅子に座ると足を組んで部屋を見渡していた。


カレン

「あら、なかなかいいじゃないこの椅子。クロム、あなた使ったら?」


クロムは首を横に振るとカレンは笑っていた。


ユイ

「どれも手掛かりになりそうなものは出てきませんねぇ・・・他の部屋を見てみますか?」


カレン「まだその必要は・・・ないわね」


 ユイとクロムに目配せを送る。視線の先は椅子の下。よく見るとカーペットが浮き上がっている場所がある。カレンは座っていた椅子を後ろにずらした。


カレン

「なぜか知らないけどね、この国の男達。というかこういった職業に就く人間の書斎には決まって隠して有る場所が有るの。それがここ。机の下」


 持っていた剣でカーペットを持ち上げると、そこだけ床の色が違った。床板の端っこに剣を突き立てると、テコの原理で床を持ち上げる。するとその中には小さな箱が収められていた。その箱をユイと持ち上げると机の上に置いて中身を見ると分厚いファイルが何冊か入れられていた。


カレン

「・・・やっぱりね、表のまともな商売だけじゃこんな贅沢は出来ないわよねぇ」


ファイルの中身は「魔物の取引」についての資料が詰められていた。


ユイ

「これって・・・」


カレン

「多分、沢山の魔物を違法に扱っていたみたいだけど・・・この中に入っているデータを見る限りだと、こいつが取引のメインだったみたい」


カレンはファイルの中にある写真を出した。


ユイ「・・・エトラリスがですか?」


 エトラリスは大きさがウサギほどある大型のリス科の動物で、山岳部や森の中で見ることが出来る。生命力が強いためペットとしても人気であり、朝方に街に出れば一緒に散歩をしている人をよく見かける。


繁殖能力もずば抜けて高い為、気が付くと勝手に増えることが多い。そのため捨てられたり、逃げたりしたものがそこら辺の森林で野生化していることも多い。


ユイ

「エトラリスなら私の国でも割と人気でした。友人が飼っていましたよ」


カレンは別のファイルを持ち出して来た。


カレン

「それで本命はこっちね」


 メーブルリス。姿形がエトラリスに似ており、見た目だけではプロでも判別が難しいとされている。メーブルリスは動物ではなく魔物という区分になっている。カレンは2つの写真を並べて見せた。


クロム

「ほんとだ・・・凄いそっくり。というか見分けがつかないですね」


 メーブルリスはエトラリスと全く同じ飼育条件で育てることが出来るが、大きな違いはその体毛に含まれている成分。


カレン

「メーブルリスの体毛には強い幻覚作用。つまり麻薬と同じ成分が含まれてるの」


 その体毛は溶剤で溶かしたり、毛を燃やした後に出てくる燃えカスなどで非常に依存性の高い薬物を簡単に作ることが出来る。そのため国は魔物と定め強い取引制限が掛けられている。


ユイ

「では、そのメーブルリスを違法に取引していた。ということですか?でしたら・・・」


カレン

「そう、そんなことをしたらこの国で薬物中毒者が増えることになる。そしたら簡単に足がついてしまうわね」


カレン

「だからトワイプス考えたの。違法な魔物を直接取引せずに証明書だけを発行していたのよ。品質保証みたいなものね」


 トワイプスはある国から「メーブルリス」を一時的に輸入した後、それらを「専門家が検査するふり」をし「エトラリス」として証明書を出す。そしてそれと一緒にして他の国へ輸出していた。


 受け取った国はそれを「レトリック王国の保証が有るもの」として信用し検査をしないまま流通させていた。こうすることで堂々と裏の組織に「メーブルリス」が合法に出回ることになる。メーブルリスは裏社会で「生える麻薬」と言われており。ギャングたちの尽きない資金源として重宝されていた。


ユイ

「でも、そんなことをしたらバレた時に国際問題に発展するのでは?」


カレン

「そうよ、だからクロムを欲しがったのよ」


 ユイの言っている通りその国ではメーブルリスが大量に出回ることになった。それに従い薬物中毒者が年々増加していくことになる。さすがにおかしいと気が付いた政府は調査に乗り出し、そろそろクロムの祖父に調査が回ろうとしていた時に


カレン

「父上がクロムの母ビタリアと政略結婚をすることになって、その国は公に手出しができなくなったってことね」


クロムはその話を黙って聞いていた。


ユイ

「クロム様・・・」


クロム

「みじめですね、私は・・・。そのためだけに生まれてきて、初めから利用するためだけに・・・・」


 静かに大粒の涙がクロムの頬を伝っていた。真実は残酷だった。しかし心境としては複雑なもので、自分が潰してしまった会社はある意味潰れて良かったのかもしれないという気持ちと、それでも多くの人達の生活を奪ってしまったという気持ち。


「そして自分は何の為にこの世に生を受けたのか」と言う気持ち。


 様々な気持ちが折り重なりあってはいたものの、何か肩の荷が一つ降りた気がした。全部が自分の責任ではなかったという事。祖父や母、それから乳母が関わっていたことはまともな商売ではなく、誰かを不幸にする原因を作っていた。その事実は両方とも残酷だったが、クロムの心は少しだけ軽くなっていた。ユイはポケットからハンカチを取り出すとクロムの涙を拭いてあげた。


クロム

「ありがとうございます・・・でもカレン様、わざわざこれを確かめに来たという事は私の母と祖父。それから乳母が病死したという事がこれに何か関係あるという事ですよね?」


ユイ

「確かに恨みを買うことはありそうですもんね。こんなことをしていたら。特に被害を受けた国は手出しが出来ない状態にありますもん」


カレン

「大丈夫よ。そこら辺を証明してくれる人物が今夜うちに来るわ。ユイ、王族御用達のワインを1ケース用意しておきなさい」


その日の夜、ある人物がカレンの屋敷にやってきた。


 その人物は待ち合わせの時間になるとシックなスポーツカーに乗り、山道を上がってきた。そして駐車場に車を止めると、カバンを手にして屋敷に近づく。屋敷の外にユイが出て待っていた。


「あら、ユイちゃん。お久しぶりねぇ元気してた?」


ユイ

「はい、お陰様で。そちらこそお変わりないようで、ラメル様」


ラメル

「カレンお嬢は中に居るのかしら?お礼は弾むって言ってたけど」


ユイ

「ええ、もちろんです」


 ユイに連れられてラメルが部屋に入るとカレンとクロムが待っていた。


カレン

「お久しぶり、ラメ姉さん。申し訳ないわね」


ラメル

「いいのよ、かわいい妹の為だもの。それに・・・お礼はあれね」


 ラメルは部屋の真ん中に置かれた王室御用達の印が押されたワインを見た。ユイがグラスを持ってきてコルクを抜くと、真っ赤なワインがグラスに注がれていく。


ラメルは椅子に座っているクロムを見つけると近寄っていく。


ラメル

「あなたがクロムね。初めまして。私はラメルよろしくね」


クロム

「・・・はじめまして」


 「ラメル・カトリーヌ」王立病院で女医をしている。カレンの事を世話してくれていた乳母の孫でカレンが幼い頃からよく遊んでいた。カレンがラメル姉さんと呼ぶように彼女は年上である。カレンを妹のようにかわいがっており、昔からカレンがやってきたいたずらは大体ラメルが吹き込んだものである。


カレン

「それで?何か出て来た?」


ユイ

「何かお願いをされていたので?」


ラメル

「カレンに頼まれてね、クロムちゃんの祖父トワイプス、母ビタリア、それから乳母スコラ。この3人のカルテを調べ上げたの」


 カレンは3人の病死を知った時「これは何かある」と思い、ラメルに電話をして調べるようにお願いした。ラメルは王立病院の中で割と融通が利く立場にいたため割とすんなりと調べることができた。例えそれが隠蔽されている内容だとしても。


ラメル

「・・・そしたらね、そもそも3人とも別に病気なんかじゃなかったわけ」


クロム「ど、どういうことです?」


座っていた椅子が飛ぶくらいにびっくりしてクロムが立ち上がった。


ラメル

「・・・正確に言えばカルテ上は病気なんだけど、検査の数字を見るとその病気であるためには検査の数値が全然足りないの。と言うかむしろ健康体ね3人とも。微妙に肥満傾向にはあったようだけど、年齢を考えればまあ範囲内って感じ」


ラメルは注がれたワインを飲み干すとユイの前にグラスを出した。


ラメル

「でも3人とも亡くなる1週間前に病名を付けれて、ありえない治療を受けているわ。・・・この治療はもう手遅れの患者が受けるもの・・・本来は痛みを和らげるための処置だけど、使うのは劇薬。それが投与されてる通常の5倍くらい」


カレン

「端的に言えば誰かに殺されたってことよね」


ラメル

「一応、私の口からそれを言うのはまずいわね。でもその通りよ。これは明らかに故意に殺されたってことになる。王立病院内の誰かの手によってね」


ユイ

「しかも結構手が込んでますよねこれ」


 王立病院はその名の通り国が運営している病院。それは税金による潤沢な研究資金や設備投資によって病気の流行防止や新しい特効薬の開発を促しやすい反面、政治的な事柄が絡むときに何かしらの策を講じやすい環境だとも言える。


ラメル

「つまり・・」


カレン

「誰かが貿易会社の内情を知っているものを処分した」


ラメル

「そういうことね。政治的に公に出来ない取引がどこかでされて、その結果3名が処分された。多分私たちの知らないところで貿易会社の重役も何人か処分されていると思うわ。これならはたから見れば確かにクロムちゃんが死神に見えてもおかしくはないわよね」


 ラメルは内ポケットから煙草を取り出すと咥えて火をつけた。銘柄は「ゴールド」ラメルのお気に入りである。


ラメル

「でもこれはあくまで予測だけど・・・多分あの会社が今潰れていなかったら、クロムちゃん。次はあなたの番だった」


クロム

「・・・っ」


 貿易会社の経営利益は違法な魔物を取引することで大部分が成り立っていた。つまりその会社が滞りなく継続していたという事は、それを引き継いだクロムがその事を知っていたという事になる。なのでもし、利益を出し続けていたとしらクロムが処分されていたとしてもおかしくなかったはずだ。


貿易会社の真実、3人の死因の真実。


 これらが出揃った、言い訳抜きの証拠付きで。しかし、犯人までは到達することが出来なかった。おそらく魔物による被害を受けた国が隠れた取引をレトリック王国に持ち掛けてきたのだろう。そして処分する対象は王国にとっても邪魔な成功者のトワイプス。


 ある意味大義名分を得た国側は躊躇なく処分するに踏み切った。皮肉なことだが、この3人が処分されることで悲しむのはクロムだけだったのである。3人に関わっていた他の人たちはその貿易会社の利益だけを吸いに集まってきたもの達。だからそこには尊敬も愛情も何もなかった。


彼らの死を悲しんだのは唯一、クロムだけだった。


カレン

「さてと、クロム。私が手を添えることが出来るのはここまでね。あなたは自分を不幸に落とすきっかけになった3人を殺した相手を探し出したいでしょうが・・・ことは政治が絡んでくるわ。ここに手を出すのなら私は止めないけれど、それを黙って見過ごすほど向こうも馬鹿じゃないと思うわ」


 クロムは自分が騙されていたという事に悲観することは無かった。結局起きたことはとんでもない悲劇で辛かったこと、苦しかったことは確かで真実はあまりにも残酷だったが、それ以上に彼女はその優しくない真実で全ての重圧から解放されることになった。


クロム

「はい・・・せっかくカレン様含めユイさんとラメルさんにここまでやってもらいました。・・・その命を捨てるようなことは出来ないです」


 クロムは何度も何度もカレンにお辞儀をするとユイに自宅へと送っていってもらった。


それを見送った後、ラメルが不思議そうにカレンに聞いてきた。


ラメル

「・・・どうしてこんなおせっかいをしたの?カレンは別にこんなことをする義理が無いじゃない。それともクロムちゃんが不憫でかわいそうだとか思ったわけ?」


カレン

「ええ、義理は無いわね。ラメル姉の言う通りかわいそうだとは思ったわ。でもかわいそうな奴ならこの国に沢山いるの。私がクロムに手を添えたのは彼女は自分で助かりたいって手を伸ばしたから」


 実はカレンとユイがクロムに会ったのは今回が初めてではなかった。あの時、クロムが勇気をもって国王に向ってお願いをしに行ったとき、その場にはお忍びで王都に買い出しに来ていたカレンとユイはたまたまその光景を見ていたのである。その勇気の行動、自らで変えようとしている姿をカレン自身が目の前で見ていたのだ。


 「因果応報」とある国ではこんな言葉が有る。


 人が何かをするという事は種を蒔くことに似ている。植えるのは自分の心、そしてそれを収穫するのはその人自身。種は自分の心の畑から栄養を取り成長していく。そして気が付くといつの間にか実りを付ける。だから結果はその実が悪いのか良いのかという事だけである。


 彼女はどちらかと言うとあんな幼少期を過ごしたせいで臆病で引っ込み事案。不幸の実が彼女の心に実っていた。でもその種は彼女が植えた種ではなく誰かに植えられた種。だからこそ実っても彼女は収穫できずにいた。自分自身で蒔いた種じゃなかった。


 クロムが国王の前で大衆の目を気にせず、死ぬことを恐れず土下座をしたあの時、彼女は自分の心に種を植えた。何物にも負けないようにと無意識に彼女自身が植えたのは


「勇気の種」


 彼女はあれから必死に心の中でそれをひそかに育てていた。それにカレンは気が付いた。あの時の目は「火が入った目」そんな目を見せられて、泥沼から必死に手を伸ばしている手をカレンが掴まない筈はなかった。


カレン

「もし、私がクロムと同じ状況だったらあんなこと出来ないわ」


ラメルは首を横に振るとやれやれという顔をしていた。


ラメル

「・・・勇気ねぇ、私から見たら蛮勇とか無謀にしか見えないけど」


カレンは持っていたペンを置いた。


カレン

「いいのよ、蛮勇に気持ちが入れば勇気になる。無謀に知識が入れば謀(はかりごと)になる。大切なのはそういうのを大前提に持ち合わせているかどうかだから」


「ふうん・・・そういうものなのかしら」とラメルはワイングラスを傾ける。


ラメル

「でも、もし彼女に会えてなかったらそんなおせっかいも出来なかったでしょ?」


ワイングラスを置いて、灰皿を叩くとある事に気が付いた。


ラメル

「・・・まさか、あのパーティーに忍び込んだのって」


カレンはその言葉を聞くと少し意地悪な顔をした。


カレン

「あら?それは偶然ってことにしておいて欲しいわね。私はあの日、偶然肉が食べたくなったのよ」


ラメルは少しほくそ笑む。


ラメル「・・・そういうことはクロムに教えないのね」


カレン

「ラメル姉は知らないかもしれないけどユイはああ見えておしゃべりなの。それに加えて妹を欲しがっていたわね。クロムは年下、ラメル姉さんならわかると思うけど妹には色々余計な事を教えたくなるものじゃない?」


 クロムの呪縛はこの日を境に解かれていった。自身の生活や立場は変わることは無かったが、彼女の思考は自由の海に解き放たれた。それまで制限がかかって同じところをグルグル回っていた思考のエネルギーが外に出る。


「考えるという行動に変化が表れ始め、勇気の種に水が行き始める」


 高校生に上がると貸し出されたメイドや執事に今までのお礼を言って別れを告げた。そして自身の目でメイドや執事を雇うのであるが、彼女が目を付けたのはビジネスをやりたいというメイドや執事だった。バンデルは確かに廃れていたがそれでも街を動かすための設備、仕事をするための建物がある。失業者があふれてはいたものの、それは可能性の塊。発展の可能性が十分にある。


 クロムはメイドや執事を雇う時にプレゼンとして唯一、要求したのは料理が上手、おしゃべりが上手い。などではなく


「バンデル再興の実施策」についてだった。


 この内容に興味を持った若い経営思考をもったメイドや執事候補たちはクロムの屋敷に詰めかけると我先にとプレゼンをしていった。たった一つの貿易会社が都市の経済を握っていたという事はそこにそれだけ「不満」と言う形の「野心」が眠っていたことになる。


それをクロムが揺り起こした。


 そしてビジネスをやりたい人達を便宜上「メイド・執事」として雇うと自分の世話をさせるのではなく、街のビジネスをさせていった。そのための障害をクロムは取り除いていく。自身が就いていた会社や組織のトップを降りて、そっくりそのまま譲るとある声明を出した。


「クロム・レトリックは今後、企業のトップには就かない」


 クロムはカレンが自身にしてくれたように「街に取りつていた呪縛を取り除くこと」を次々実行していった。最初はあまり信用されなかったが街は1年、また1年と時間が経つにつれて徐々に経済力を取り戻していった。


 その間にもクロムはカレンの屋敷を頻繁に訪れて街の報告をしたり、一緒に遊んだり、カレンのくだらない「いたずら」に付き合わされたりしていた。


 カレンはクロムからバンデルが復興していることを聞くと興味が無さそうに「私は何もしてないわよ、あんたがやったんだからそれでいいじゃないクロム」


としか言わなかった。


クロムが帰った後に、カレンは呟く。


カレン

「利用できるものは利用して、選択できるものは選択する。それで上手く行かなかったら、それはまだ利用してないし、選択してないって証拠かまだ時期じゃないってこと。それまでに自分の種を育てりゃいいのよ。勝手にね」


ユイ

「そんなもんなんですか?」


カレン

「それしか出来ないのよ、ホントはね」





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