第4話 クロム・レトリック

 王都から少し離れた地方都市「バンデル」という街でクロムはガルド国王の第12子として誕生した。カレンの2歳下になる。


母親はビタリア・サテモス第9夫人。レトリック王国で有力な貿易会社の社長令嬢。


 誰がどう見ても完全な政略結婚であり、ビタリアの父トワイプスは「王族と繋がる」という事に自分の人生と一族の運命を掛けていた。しかし、クロムが生れる直前にトワイプスは病死。クロムが生れた1年後にビタリアも病死してしまう。


 そんな様子を見ていた親族は「無理やり魔法を使える王様と一般人との間に子供をもうけたからだ」という全く根拠のないことでクロムを非難し始めた。


 クロムの幼少期は悲惨だった。その扱いはある意味「母との死別」を越えるひどい扱い。何よりも厄介だったのがクロム自身に付いて回る第12子という看板。その看板のみを利用されるようになる。


 きっかけはビタリアとトワイプス。この2人が急死したことによって貿易会社の経営が徐々に悪化していった。


 この会社に恩恵を受けていたのはその親族だけではなく、その地方都市も例外ではなかった。巨大な企業は巨大な雇用を生み出し、巨大な雇用は巨額の税収や他の産業利益、都市の循環を生み出す。街は長い年月を掛けて貿易会社を中心に回るように構築されていった。


 意図せずとも貿易会社は独占的に街の経済を操作していたため、多くの恨みを買っていた。そのため経営が悪化してくるとグループ会社を次々と切り離していくが、売却もままならない。そうやって最後に倒産させていくしか道は残されていなかった。


しかし、そんなとき悪魔が誰かにささやきを入れたのである。


「王族が経営している会社は倒産したとしても借金は帳消しになる」という制度。


 それを知った親族はまだ何もわからない中学生のクロムに泣き脅しや経営者の自殺示唆などを駆使し、書類を渡すと署名とハンコを押させて本社やグループ会社や街の商店、交通・旅客鉄道会社などの街に関わる組織経営の責任者として祭り上げた。


  銀行や証券会社、各投資家たちは「王族経営に切り替わったことで借金が消される」ということになり、一気にバンデルから手を引いていき、貿易会社以外の会社も倒産し失業者があふれていく。事情を知らない大人たちは「王族の暴走」といってクロムを非難した。


 このような事態に陥った時、王族の権威失墜を防ぐため国王に仕える治安役員が問題を解決するために動くのであるが、この地方都市にその救いは来なかった。


理由は「地方都市としては発展しすぎたため」である。


 クロムはそれでも出来ることをやろうと相談するため方々を駆け回った。王都の貴族や第7王子、第4王女、果ては国王への謁見を申請したのだが全て理由なく却下された。


 それでも何とかしようとクロムは賭けに出る。国王陛下の居る王宮へと足を運んで忍び込むと国王が外出するタイミングを見計らい、国王に駆け寄っていった。


クロム

「父上!ご無礼をお許しくださいませ。私の話を聞いてはもらえないでしょうか?」


 地面に正座し震える手を揃えて頭を付ける。近衛兵たちが慌てて近寄ってくると「何奴だ!無礼者」と銃剣を構えた。その様子を見ていた国王はゆっくりと振り返ると「よい、開けろ」といって衛兵たちをどかした。


ガルド国王

「表をあげろ、顔を見なくては誰だかわからん」


クロムはゆっくりと地面につけていた顔をあげると国王に自分の顔を見せた。すると国王は首をかしげる。


ガルド国王

「・・・はて。お前の名前はなんだったかな」


これが現実だった。クロムはその言葉に前身の力を抜かれ、その場に崩れ落ちた。


 これほどまで頑なにバンデルを救わなかったのには国の現状が現れていた。


 この国は絶対的な王政を敷いているのだが、近年その王政とは関係なくビジネスに奔走する勢力が見え始めた。そしてそのビジネスでの成功者たちは力を得始めると、国王への敬意が薄れていった。それまで行っていた定期的な謁見や王都への寄付などを行わなくなっていったのだ。


 王宮側の主張としては「偉大な国王様が魔法を使って国を治めている。そのもとで商売をやるのは自由だが、誰のおかげで商売が出来ているのか今一度思い出せ」と言う物。


 しかし成功者たちの力はそんなことは気にせず増えていき、その力の影響力は下位クラスの王族と同等までに跳ね上がっていた。その代表格だったのがトワイプス。国はこの件をいち早く察知はしていたものの「国王への敬意が足りなかった者の末路」とし、見せしめとして祭り上げたのである。


 バンデルの都市衰退はクロムの学校生活にまで影響を及ぼしていた。クロムの同級生が日を追うごとに教室から消えていったのである。企業の倒産によって多くの大人たちが職を失い、それによって夜逃げや授業料を払えなくなり、どんどん同級生の親たちが街から去っていったのだ。


少し前まではきらびやかだった街も日を追うごとにシャッターが閉められていく。


「貴女が悪いんだ」

「貴女がしっかりしていれば良かったんだ」

「貴女が俺達の平穏を奪ったんだ」

「クロムちゃん、私学校辞めたくないよ」

「クロムさん、私たちの生活はこれからどうなるの?」


「・・・・・・・・」


「どうしてこうなった?クロムと言う悪魔がこの街に生まれたことが悪かったんだ」


「全部、私の責任だ・・・」


 クロムは自分を責め続けた。


 そんなクロムを唯一支えてくれていたのが乳母である。乳母はクロムの話を聞いたり、励ましたりして必死に育てようと優しく接してくれた。しかし乳母ももう高齢になったこともあり、クロムが高校生になると同時に引退をしていくことになる。


そんな時、また悲劇が起きた。


乳母すらもまた病気になって亡くなってしまう。


「人殺しの悪魔」

「忌み嫌われ者」

「生まれてこなければよかったのに」

「クロムが居なければこんなことにはならなかった」


「失敗作、失敗作品を街に飾られて、俺達は平穏な毎日を送れるのか?」


クロムの心に限界が近づいて来ていた。


 それでもクロムがまだ折れなかったのは、一応王位継承権がある王族であるため、直接的にクロムを批判する人たちが見えにくくあった。クロムが街へ出かけても街の人は全員挨拶をするし、学校でもいじめられるようなことは無かった。


 皮肉にも彼女を地獄に落とした王族という地位が、最後の手綱となっていたのだ。だからクロムがどんなに嫌な気持ちになっても、自分を守っている最後の手綱を守るため、積極的に王族の行事には出席しなければならなかった。


 「王族である事」それだけが唯一彼女の平穏を守っていると信じていた。その中でも彼女が特に嫌いだった行事、それが王族の交流会だった。


 この交流会は「国務」ではない。直系の子孫とは違ってそれぞれ境遇の違う異母兄弟は、ある意味村社会のような固い結束を持っていた。これは直系と異母というその差が生み出す格差があまりにも広いためだった。


 国王や直系の子供たちや政府の高官などにとって異母兄弟と言うのは「万が一直系に何かあったときの保険」としてしか見ていない。だから国王や女王は全員の名前なんかいちいち覚えていないのである。


 そのため定期的に交流会という名前の結束を強める同調圧力パーティが開かれる。当然クロムもそこに参加しなければならなかった。しかし、行ったとしてもずっと独りぼっち。自分よりも上の位の王子や王女は街の重役や企業の社長などと話し込んでいる。そんな様子を遠くから眺めていた。


 本来、このようなパーティーや式典などに王族が参加する際は、付き人を付けるのが一般的である。大抵の場合はその王族の屋敷に居るメイド長か執事が付き人をするが、クロムはまだ中学生だったため今までは乳母がその役目をしていた。


 王宮側は乳母が急死したことを受けて、クロムにはメイドと執事を数名「貸し出す」と言う形で何名か派遣した。これはクロムがメイドや執事を自分で選べるようになる高校生までの一時的な措置として取られていた。


 王宮側から貸し出されたメイドや執事は当然「王宮側の人物」である。そのためこういった非公式のパーティーに付き人として参加する義務が無い為、メイドはクロムを会場への送り迎えの業務しかやらなかった。


 企業や街の重役にとってこのパーティは王族と繋がる最大のチャンスであり、みんな血眼になって自分をアピールしていたのだけれど、クロムはただでさえ不良債権企業のトップに据えられてしまっている。相手にされるはずがなかった。


その空気に嫌気が差し、クロムは会場を抜け出すと庭に1人でいた。そこには見事な庭園。花壇には色とりどりの花が植えられていた。


クロム

「・・・お前たちはいいよなぁ。自由に花を咲かせられて」


 そんな独り言をつぶやいていると奥の茂みから動く音が聞こえてくる。初めは気のせいかと思い耳を澄ませると確かに音が聞こえてくる。


クロム

「誰かいるんですか?・・・もしかして・・・犬とか?・・・それともはぐれ魔物・・・?」


 ごくまれに魔物が山岳や森林からエサを求めて人里に降りてくることが有る。イノシシや猿なんかが有名だが、魔物は種類によって人間をエサとして見ている為、人家の近くに潜んでいることが多い。


クロムは注意深くその茂みを見つめていると急に声が聞こえて来た。


「勇気の代名詞なのよ、これはね!」


 その言葉と同時に花壇から腕が出てくると、クロムは口を抑えられて引きずり込まれた。


「終わったかも」と思い死を覚悟したのだけれど、悲しいことに死んだ方が楽になれるかもとその時思ってしまった。しかし、その何かは何もしてこない。しばらくして静かになるとゆっくりと目をあけた。


 目の前には金髪縦ロールのきりっとした美人。黒いドレスを着て骨付き肉をかじりながらクロンの事を見つめている。その隣にはメイドが居て、同じように肉をかじっている。


ユイ

「ほらぁ、やっぱり見つかりましたよ。どうするんですか」


 呆れ声でユイがカレンの金髪を引っ張る。


カレン

「まさかあの会場から出てきて追いかけてくるとは」


あまりの事態の急変に頭がついて行かなくなっていたクロムはキョロキョロと2人の顔を見た。


クロム

「(どこかで見たことあるぞ・・・・まさか第2王女のカレン様とそのメイド長ユイさん・・・?そんなわけ・・・)」


ユイ

「だから私が中に取りに行くのでカレン様は待っていてくださいと言ったのに。大体黒いドレスを着ただけで忍び込むなんて・・・金髪縦ロールはそのままじゃないですか」


カレン

「この私の変装は完ぺきだったはずよ」


 クロムは訳が分からなくなっていた。もし今、隣のメイドさんが呼んでいた通り目の前にいる人物がカレンなら本来ここに居るはずがない人。でももし本人ならそれはとんでもないことになる。クロムはちらっと2人の様子を見るとさっきのことで言い争っていた。


クロム

「(もし、私がパーティから逃げ出して庭に出て来たことがばれたら、そしたら私は王女としての居場所を失うことになっちゃう)」


 クロムは言い争いをしている2人を目線の先に置いてゆっくりと後ずさりを開始した。


クロム

「(ゆっくり・・・このまま暗闇に紛れて会場に戻ればわからなくなるはず)」


 ふと言い争いが終わると、カレンはズリズリと後ずさりをしているクロムに気が付いた。


カレン

「あら?お急ぎかしら?ごめんなさい、パーティーの邪魔をしてしまって」


クロムはその言葉にびくっとなって足を止めた。


ユイ

「大変申し訳ありませんでした。悪いのは全てこちらです」


クロム

「あ・・・いえ。私なら大丈夫ですのでこれで・・・」


 そう2人に伝えるとクロムは振り返り、パーティー会場に戻ろうとした。しかし次の瞬間、クロムは自分の中で全く予想していなかった言葉がカレンから飛び出してくる。


カレン

「お詫びに今度家へ招待するわね。クロム」


 その言葉を聞いた瞬間、クロムの中に押し込められていた重圧が解放され、目からはそれまで我慢させられてきた大粒の涙があふれんばかりに零れ落ち始め、クロムは感情が抑えきれなくなりその場に崩れ落ちた。カレンとユイはびっくりして目を合わせるとクロムに駆けよった。


カレン

「ど、どうしたの・・・急にそんな泣き出したりして。この肉もしかしてそんなに食べたかったの?」


クロム

「えぐっ・・・えぐっ・・・わ・・・わたし・・・の・・名前・・・しって・・・」


カレン

「名前?・・・そりゃ知ってるわよ。あんた私の妹なんだから」


クロム

「えぐっ・・・・・・い・・・いも・・・・」


カレン

「いも?肉じゃなくて芋が食べたいの?芋はあいにく持ってきてないわね・・ユイ、あなた芋持ってる?」


 泣きすぎて声になっておらずほとんど聞き取ることが出来ない。その様子を見ていたユイは優しく骨付き肉をカレンの口に押し込むと「うぐっ」といってカレンはもしゃもしゃし始めた。


ユイ

「芋なわけないじゃないですか・・・・大丈夫ですか?クロム様。怖かったですか?本当に申し訳ありません」


 そう声を掛けると一層泣くのがひどくなっていく。


カレン

「こりゃ落ち着くまで待ってなきゃダメなパターンだわ」


 カレンはそのまま優しく抱きしめると銀髪の頭を伝ってクロムが小さく震えているのが分かった。今までの全て。今まで背負ってきた全てが一気にあふれ出て来た。幼い頃からただ王族に生まれたということだけで。クロムは何もしていないのに周りの人達が亡くなって。頼る所が無くて、寂しくて一人で。誰にも相談できなかった。


 自分はもういらない、捨て駒だ。ただの捨てられそうになっている子供のおもちゃ。まだ使えると子供が駄々をこねて、それだけの理由で捨てられずに済んでいるようなそんなおもちゃと同じだった。


「・・・呼んでくれた・・・知っててくれた・・・・私の名前・・・」


クロムの涙は止まらなかった。


カレン

「これは何か理由がありそうね。ここまで泣くなんて普通はあり得ないもの」


ユイ

「そうですねぇ、何か辛いことがあったのでしょうか?」


「よいしょ」と泣きじゃくるクロムを抱えるとカレン達は自分たちが乗ってきた車に向って走り出した。


ユイ

「パーティーの主催者にはクロム様が居なくなった事を何と言えば?」


カレン

「そうねぇ・・・私が気に入ったから誘拐したって伝えておきなさい。それでいいわ」


 車が屋敷に付く頃にはクロムは泣き止んでいたが、黙り込んでいた。カレンとユイはクロムを抱きかかえるとそのまま部屋に運び込んで椅子に座らせた。


カレン

「誘拐してきて早速なんだけど、一緒にお風呂に入りましょう」


クロム

「・・・え?」


 カレンは自分の胸元を指さすとクロムの涙とよだれと鼻水がべっとりついていた。


クロム

「も、申し訳ありません!」


 そういって跪こうとするとカレンはクロムの頭にチョップを入れた。


カレン

「何やろうとしてんのよ、洗えば落ちるわよこんなの。それよりあんたの方が薄汚れてるんだから風呂に行くわよ」


 クロムはカレンに手を引っ張られると脱衣所に連れて行かれ、来ていたドレスを強引に脱がされた。脱いだドレスをユイに渡すとカレンもドレスを脱ぎ捨て、クロムを風呂場の中に連れて行き椅子に座らせた。シャワーを手に取ってカレンはクロムの頭を容赦なく濡らすとシャンプーを手に出して洗い始めた。


カレン

「いつもは自分で入ってるのかしら?それともメイドに洗わせてる?」


クロム

「メイドさんが洗ってくれます・・・」


カレン

「・・・そう、そこら辺はまだちゃんとしてるのね」


 泡を洗い流した後、丁寧にカレンはクロムの体を洗っていく。


カレン「交代ね、私の髪の毛を洗って頂戴」


 そういうとカレンはクロムの座っていた椅子に座ると頭を濡らし始めた。クロムは戸惑いながらカレンの頭にシャンプーを付けると洗い始める。


クロム

「あの・・・いいんですか?私が洗っても」


カレン

「何か問題ある?まさか洗うのが下手だとかそんなの気にしてるの?いいのよ、風呂に入ったって証拠があれば洗えてなくても」


ユイ

「そんなわけないじゃないですか。きちんと洗ってくださいな」


 浴室にはユイが裸で入ってきた。それを見たクロムは驚きの表情を隠せなかった。


クロム

「あの・・・いつもこんな感じなんですか?その、お二人は。一緒にお風呂に入ったり・・・あと言葉遣いとかも・・・」


カレン

「そうよ。さすがに公の場ではこんな風にはいかなけど、ここには大抵私かユイしか居ないもの。たまにエドワードっていう執事は来るけどあんまり干渉はしてこないわ」


 クロムはカレンの背中を洗いながら何か心が包み込まれていく感じがしていた。


カレン「いいじゃない、どうせお互いただの人間なんだからそんなにかしこまらなくても」


風呂に入って大分落ち着くと、ユイは暖かいお茶とお菓子をテーブルの上に並べた。


カレン

「さてと・・・それじゃ話してもらおうかしらね。大泣きしていた理由を」


クロム

「・・・いいんですか?お話を聞いて貰っても。こんな私なんかの」


カレン

「いまさら?泣きついてきたのは誰よ。その責任として話しなさい。さもないと私のドレスの事、誰かに言うわよ」


 クロムはその言葉に若干びくっとしたが、今まで何があったのかをぽつりぽつりと話し始めた。ゆっくりではあるが最初から。途中、涙ぐんだりもしたがそれに耐えながら話していく。


長い時間。


 クロムが話していた時間はとても長く感じた。それは彼女が今まで受けていた運命と言うか使命と言うか呪われているようなそんな生き様。まだ16歳なのにも拘わらず、その受けて来た重圧がとてつもないものであった。


話しが終わるとユイは口に手を当てていた。


ユイ

「ひどい・・・」


カレン

「そうねぇ」


 カレンは天井を見上げるとしばらく考えていた。自分の権限をもってすればこの地方都市を立て直すことや、クロンの処遇を変えることは造作もないことはわかっていた。それほどに第2王女と第12王女の力は歴然としている。


ただ、それをやってしまうと全てが台無しになってしまう。


 クロムが受けて来た重圧を跳ねのけるのは彼女自身でなくてはならない。天井を見上げてしばらく考えること数分、カレンは口を開いた。


カレン

「私がもし手を貸してあげるとしたら、何か見返りを求めちゃいけないかしら?」


 カレンは不敵な笑みを浮かべてクロムを見た。


クロム

「・・・私に出来ることなんか・・・無いです・・・それに助けていだたけるなんてそんなこと・・・申し訳ない気持ちでいっぱいです・・・」


カレンはユイに目配せをする。


ユイ

「ありますよ、1つだけなら」


クロム

「・・・え?」


 クロムには全く思い浮かばなかった。何かを支払うことも出来ない。と言うよりもお金に困っているのは自分の方でカレンではない。しばらく考え込んだがどうにも出て来なかった。


カレン

「・・・少し時間をあげるわ。ユイ?私は庭の鯉に餌をやってくるわね」


ユイ

「わかりました」


そういうとカレンは颯爽と部屋を出ていった。


クロム

「・・・・」


ユイ

「ふふっ・・・お話ししましょうか。少し」


 ユイは優しい笑顔でクロムの方を見て突然話しだした。それは今日の日の事。どうしてカレンがあのパーティー会場のしかも暗闇の花壇の奥に居た理由を話し始めた。


ユイ

「あの社交パーティーが有ること。私は知らなかったのですがカレン様が知っていたのです。今日あの場であの時間にやっているという事」


クロム

「カレン様が?」


ユイ「そうです、あのパーティーは異母兄弟様が実施されているものです。本来なら私たちは知るはずもありません。どうしてカレン様がその情報を掴んだのかと言いますと・・・肉ですね。簡単に言うと」


クロム

「肉・・・・」


 確かにクロムがカレンに引きずり込まれたとき、手には骨付きに気が握られていた。


ユイ

「何せあのパーティーの会場には外国から凄い料理人が来てその人が焼く肉はものすごい旨いらしい。とカレン様が勝手に情報を持って来まして、どうしても食べたいとのことでした」


クロム

「そうか、そうですね。確かに料理はおいしかったです」


ユイ

「でしょう?でもカレン様は第2王女。当然あのパーティーの参加資格は有りません。御呼ばれもしていないパーティーに参加し、挙句の果て参加費も支払わず食べたいという欲望だけで骨付き肉を5,6本食べました」


クロム

「・・・そんなに」


ユイ

「まだ、お気づきになりませんか?」


クロム

「・・・今の話のどこに自分が出来ることが・・・あっ」


クロムは気が付くと自分で自分の口を手で押さえた。


クロム

「食い逃げ・・・」


ユイ

「そうです、王家直系の第2王女様が異母兄弟だけが楽しむパーティーで食い逃げをした。ああ、これはいけませんねぇ、いけません。バレたら食い逃げした代金を初め、謝罪をしなければなりませんねぇ」


ユイはもの凄いわざとらしくめまいをしているふりをした。


ユイ

「でも幸いにもそれに気が付いた人物はこの世界でまだ1人しかいません。でもその人物が他の人に言わないという約束ができていませんねぇ」


クロム

「でも・・・そんなこと」


ユイ

「クロム様、カレン様はただそういうきっかけが欲しいだけなのです。多分、最初からここに連れてきたときに、既にクロム様の事を何とかしようと連れて来られたのだと思います」


クロム

「・・・・」


ユイは静かに頭を下げると、手をお腹の所に重ねた。


ユイ

「本来であればメイドが出しゃばることではありませんが、お許しくださいませ」


ユイ

「もしも、カレン様が手を貸して今の状況を改善したとしても今のクロム様では同じことを繰り返してしまうと私も思います。・・・これは悲しいことですが人の世の中は優しいようで優しく出来てはいません。これは私よりもクロム様が良く知っていることだと思いますが」


クロム

「・・・・」


ユイ

「カレン様は利用できるものは利用して、選択できるものは選択するべきだ。と心に置いています。それは生きていくことで、死んだ奴には出来ないことだそうです」


ユイ

「やや横暴かもしれませんが、さっきの話だって考え方1つでカレン様を脅す取引材料を作ることが出来るってことです。必要なのは考え方1つだけです」


クロムはその言葉を聞いた後、しばらく沈黙して考えていた。その数分後、鯉のエサを片手にカレンが部屋に戻ってきた。


カレン

「・・・あいつら私からのエサを受け取らなかったわ・・・今度鯉こくにして食ってやろうかしら」


カレンはユイを見ると、ニヤニヤしているのを確認した。


カレン

「・・・それで?クロム。私への見返りは決まったの?」


クロムは震える体を押さえつけながらカレンの目を見た。


クロム

「今日のこと・・・食い意地が張ったカレン様の事をばらされたくなかったら私の困っていることに手を貸してください」


 クロムがその言葉を言い終わると部屋に静寂が訪れた。クロムは内心おびえていた。当然だ。目の前に居るのは仮にもこの国の第2王女。いくらそのお付きのメイドから助言を受けたとはいえこんな事を言ったら打ち首にされてもおかしくない。


カレンは右手でクロンの鼻を摘まむとニヤッと笑った。


カレン

「・・・いいじゃない。あんたの目に火が入ったわね。わかったわ、助けてあげる」


カレンは引き出しから紙とペンを出すとある場所に電話をし始めた。


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