第3話 カレン・レトリック

 レトリック王国の首都イントラ。カレンたちが今いるアレストからは遠く離れており、そこからは想像もできないくらい大都会である。


 国民からは王都と呼ばれており、ここには国王と女王が住んでいる「王宮」がある。そしてその周辺には王族や貴族、国民の中でも裕福な層が住んでいる。その街並みはオフィスなどが入ったビル群と、昔ながらの古風な作りの建物が入り混じる異質な見た目をしている。


カレンはこの王都に国王の娘として生まれて育った。


 国王を絶対的な権力に据え、その血縁者たちが行政の長を司っているこの国は外国から見れば民主的ではなく独裁的に見えるかもしれない。しかし運がよかったのか悪かったのか。歴代の国王は国民にそこまで強い圧政を強いることは無かった。


 カレンは現国王ガルドと第一夫人フレンドルの間に生まれた3人目の子供。最終的に国王は9人の夫人と12人の子供を持つことになる。だから当然最初の3人以外は全員異母兄弟。


つまりカレンとクロムは「腹違いの姉妹」ということになる。


 第一夫人は例え一般人であっても王と婚約することで「国の女王」という立場に上がる。レトリックでは男系・女系ともに関係なく王位継承権が有り、直系に女の子しか生まれなかった場合でもその長女を女王として同じように「第一夫」を婿に入れていく。


 王と第一夫人の間に生まれた子供は特にその中でも地位が高く、扱いが別格。王としての後継者は絶対的に直系の中からの選択であり、カレンも当然その資格がある「第2王女」である。


 長男ガラル、長女リゼリア、そしてカレン。


 カレンは第2王女ではあったものの上2人と比べるとかなり自由度は高く、さほど一般国民と変わらない環境で教育を受けてきた。その性格はかなり破天荒で、暇だからと言って屋敷のガラスを破壊したり、かわいそうだからと言って庭の池にいた魚を川へ逃がしたり。このころからやりたい放題やっていた。


 送ってき生活が一般国民と同じと言っても実際には周りは特別扱いをした。小学生の頃は同級生の家に遊びに行くことも出来ず、街に自由に遊びに行くことも出来なかった。幼いころから国の式典や儀式などには必ず参加させられ、何か挨拶などで発言するときは必ず「誰かの書いた文章」を壇上で読み上げさせられる。


「ずっと誰かの言いなり」だった。


王族として生まれ落ちたカレンにとって求められたことは


「自分の意思を持たないこと。誰かにとって都合の良い状態でいること」


 通っていた学校で、与えられた教科書から与えられる知識を暗記させられ、隣の子と同じテストを受けて同じように採点を受ける。周りと違う部分があればそれを修正させられる。目標はみんな同じで、その目標に必要なものは個人の感覚ではなく、いかに大人たちの都合に合わせられるかどうかの世界。


 しかしカレンはそういう「大人達から求められていたこと」が私生活や学校生活において何一つ上2人と同じように振る舞うことが出来なかった。食事の作法も、ペンの持ち方も、合唱も、勉学も。全部周りと比べると見劣りしていた。


「どうして自分だけ周りが出来ることが出来ないのか」


 その周りとの違和感に葛藤していく毎日。教育を任された周囲の大人たちはお構いなくカレンを咎めていく。小学生高学年になって知恵と体力が付くと彼女は全くなじめない学校を抜け出しては近くの山に隠れることを始める。カレンが隠れていた山には昔木こりが使っていたと思われる古びた小屋が建てられており、その小屋はカギが壊れていたため簡単に中に入ることが出来た。カレンは初めてそこで1人になることが出来た。


「・・・ここなら誰も来ないわね」


 カレンは学校が辛くなると決まってここに来るようになっていた。小屋の中で何をするでもない、ただ1人でぼーっとして日光を浴びたり、たまに入ってくる昆虫を眺めたり。それまでには無かった自由を楽しんでいた。


 そんなある日の事、カレンはいつもの小屋に行くとドアが開いているのが見えた。おそるおそる小屋の中を見ると煙草を咥え、眼鏡を掛けた青年が本を読んでいるのが見えるカレンは少し後ずさりをすると小枝を踏んでしまい「ぱきっ」と音を立ててしまった。その音を聞いた青年はこちらに気が付くと何故か隠れようと小屋の奥に行ってしまった。


気になったカレンは覗き込もうと小屋に入ると、その青年と目が合う。


青年

「は~びっくりしたぁ。親方かと思ったよ・・・驚かせないでくれ」


青年はほっとした表情でカレンの方を見た。


カレン

「お兄さん・・・こんなところで何をしてるの?」


青年

「ああ・・・まあ、あれだな、いわゆるサボリってやつだね」


カレン

「サボリ・・・じゃあ私と同じね」


 カレンはまるで面白いものを見つけたかのように色々質問していく。自分の世界以外の住人と話をするのが初めてだったのだ。青年の名前は「ミラ・カラーズ」21歳。木こり見習いとして働いているらしい。そんな彼はカレンと同じように仕事が辛くなると親方の目を盗んではこうやってサボっているらしい。


ミラ「そうかぁ、お嬢ちゃんみたいな小さい子がサボるなんて。最近の学校は大変なんだね」


カレン

「うん・・・なんか私だけ学校になじめなくて。お兄さんはどうだったの?小学生の時とか」


ミラ

「俺?俺はそうだなぁ、何も考えて無かったかな。それでも早く授業終わらないかなってそればっかり考えてたよ」


 そんな会話をポツリポツリと繰り返してはいたものの、ミラはカレンの名前すら聞かず、余計な詮索は一切しなかった。その小屋には不思議な空間が出来上がっていた。小屋の奥には青年が隠れるようにして座り、カレンは積みあがった薪の上にタオルを敷いて座っている。会話はそこまでない。けれども2人にとって居心地は良かったのかもしれない。


カレン

「・・・お兄さんさっきから読んでるそれ何?」


 指を指した先には数冊の本が置かれていた。青年はそれを熱心に読んでいる。


ミラ

「ああ、これかい?これは漫画だね。知らないの?結構有名だと思うけど」


読んでいた本を閉じてカレンにタイトルを見せる。


カレン

「知らなぁい」


 ミラは持っていた漫画本をカレンに渡した。カレンにとって漫画を読むのは初めての事だった。


カレン

「・・・すごい」


 それまで読んだことが無い漫画と言う空想の世界のお話。勇者が剣をもって怪物と戦うために修行をしたり、街を救ったりしていた。


ミラ

「面白いかい?」


カレン

「うん、面白い。こういうの見たことなかったから」


 ミラはカレンの事を「どこかの育ちのいいお嬢様」だと思っていた。漫画を読んだことが無いこともそうだし、自分の話を面白いと思うのは多分そういう事だろうと何となく勘づいていた。


ミラ

「その話、単行本が結構出ていて俺全巻持ってるんだよ。もしよかったら明日からここに持ってくるよ」


 ミラはそういうと目の前にある空っぽの木箱を開けた。


ミラ

「この中に持ってきた本を入れておくから、もし俺がいなかったとしても読んでいいからね」


カレン

「いいの?ありがとう」


 ミラはカレンに約束通り次の日から漫画を持ってきてくれた。カレンは抜け出せる授業があるとその度にここへ足を運んだ。決まってミラが居ることは無かったが本は約束通り、木こりの古い道具箱の中に入れられており、カレンはそれを読みふけっていた。


 カレンが初めてだったのは漫画を読むこと自体もそうだが、それよりも彼女にとっての衝撃は人が作ったフィクションに触れるという事だった。現実ではなく、どこかでありそうなお話。カレンが不思議だったのは現実ではないのに、自分が実際に体験しているわけでは無いのに、作り話なのに、それでも感動したり興奮したりする心の動きを感じること。夢中で読みふける漫画。そのフィクションの中で出て来たある言葉が、今後のカレンを作っていくことになる。


「お前は家畜か?それとも人間か?」


 この言葉を見た時、カレンは自分の中で変化が起きた。普通の人ならば流してしまうようなこの言葉に、自分が今まで解決できなかった答えの糸口を見出す。


 他人から与えるだけ与えられて。楽という養分を吸い尽くし、心が肥大化してやがて動けなくなっていく自分自身の未来にこの言葉が重なってしまった。


 人には他人から与えられる栄養だけでは絶対に育てられない能力の領域がある。植物のように自らが意図して根を張り、自分で栄養を吸収して思い悩み、上手く行かないことでようやく成長の糸口が掴める。しかし今のままでのカレンでは人間に備わっている能力、その最も重要な能力に栄養を与えられていない。


それが「自分で感じ、そして考え、選ぶ」という能力。


最も人間であることの能力「自分の種」がこの時、カレンの心の畑に植えられていく。


 そんな生活を楽しんでいたカレンは、いつものように小屋に向かうとミラは小屋の中で何かをしていた。ミラが使っているチェーンソーの調子が悪いようで分解して中身を見ていた。


カレン

「すごいね、木こりってそんなことも出来るんだ」


ミラは手を動かしながら、少しうつむいてその問いに答えた。


ミラ

「うん・・確かに木こりの中には直せる人も居ると思うけど・・・僕は元々こういうのをいじるエンジニアだったんだ・・・だからそれもあってね」


カレン

「そうなんだ・・・そのエンジニアって言うのは辞めちゃったの?」


 ミラの手が止まる。


ミラ

「・・・お嬢ちゃんに言うのもなんだけどね、向いてなかったっていうか、なんというか・・・」


 ミラはこう見えても優秀な機械技師として王都にある大きな会社に勤めていた。しかし、職場の雰囲気と出世争いに付いていけなくなり、彼は悩んだ結果辞表を提出することになってしまった。そのあと、あまり人と関わらない仕事として知り合いの木こりの親方に弟子入りをして働いていたが、なかなかなじめずにいた。


カレンはそんなミラを見つめていた。そして見たままをミラに告げる。


カレン

「・・・お兄さん、嘘ついてるよ」


ミラ

「・・・どうしてそう思うんだい?」


 ミラは動揺しているようだった。捉えていたナットからスパナが外れる音がした。


カレン

「お兄さん、今一番楽しそうにしてる。それが何の作業かは私にはわからないけど、漫画を教えてくれた時みたいに明るい顔してる。今その顔だよ」


 カレンはミラの顔をよく見ていたのだ。ミラは今までずっと暗い顔をしていた。でもスパナを握っている今は輝いていて生気に満ち溢れている。カレンの言葉はミラの嘘を見破ってしまったのだ。


 ミラとカレンが小屋でやっていたサボリが長く続くことは無かった。ミラは一時的にこの山で木こりをしているだけで次の月には別の山に行かなくてはならなかった。漫画を読み終えた頃、ミラはそれをカレンに伝えると「最後に渡したいものがある」といってそこで初めて小屋で会う約束をした。


 約束の日、カレンが小屋の中で待っていると大きなリュックを背負ったミラが現れた。どうやら旅立ちの直前だったらしい。息を切らしながら小屋に入ってくるとあるものをカレンに渡した。


見事な精度で作られた金属製のブレスレットだった。


カレン

「・・・これは?」


 ブレスレットの裏には今日の日付と「ミラ・カラーズ工房」と楔で印字してある。


ミラ

「お嬢ちゃんに見透かされたときに、嘘をついていた自分がはずかしくなったんだ・・・。だから本当の事を作ってみようと思ってね。自分なりのやりたいことを表現したいって思ったんだ。・・・それはその第一号作品」


カレン

「・・・でもいいの?お兄さんの記念の最初の作品でしょ?」


 ミラはにこやかに笑うと、カレンの目線に合わせてしゃがんで頭を手に置いた。そこには今まで暗い顔をしていた青年の顔は無くなり、晴れやかな笑顔をした少年が立っていた。


ミラ

「いいんだ、もしお嬢ちゃんが僕に色々話をしてくれなかったら、僕なりの答え、今のこういう行動は起こせなかったって思うんだよね情けないかもしれないけど、年下の女の子に気づかされたんだ」


 カレンはそのブレスレットの留め金を外すと自分の手首に巻いた。


カレン

「ありがと、大切にするね。お兄さんも、大切にね」


 ミラはカレンに手を振るとその山を去っていった。カレンはその後この小屋でサボることは無くなった。彼女にもうこの小屋は必要なくなっていた。


 その後、カレンはまるで自分の運命に逆らうような生活を始めた。自分が選択出来る可能な範囲のことは自分で決めた。選べない選択肢が来たとしても、無理やりに選択肢を作って選ぶようにしていた。入る高校も、学ぶ学問も。自分の考えのままに。それは他人から見ればただの立場を弁えないわがままなお姫様だったのかもしれない。


しかし、そんな彼女も時が来ると逃れることが出来ない運命がある事を知っていた。


「王族にしか使うことが出来ない魔法の継承」


 この国にとって魔法とは特別な力。国民は「王族には特別な力があるから逆らってはいけない。私たちの国が今まで他国との争いが無く、さらにはこの土地に住む魔物を追い払い、ここまで平和にやってこられたのはその魔法の力である」と教え込まれている。


 魔法は持って生まれた力ではなく与えられるもの。国王の血を引き継ぐものが21歳になると手紙が届いて王立図書館の地下へと連れて行かれ、そこで魔法を与える儀式が行われる。何を与えるかは全部国王が決める。自分の血が入った娘や息子に何をやらせるか、どんな事をさせて国の力とするか。


 魔法は魔法書と呼ばれる本に記録されて厳重に保管されている。この保管庫に立ち入ることが出来るのは現役の国王か一部の魔法科学者のみに限定されている。


 地下には儀式のための魔法陣が聖獣ホリストの血で描かれている。そしてその中央部に与えたい魔法の本を置き、燃やすことでその魔法を入れることが出来る。ただし血縁があるからと言って全員が魔法適合者になるとは限らない。儀式の途中で魔法との拒絶反応が起こったり、魔法が上手く入ったとしてもその影響で精神を壊して狂人になる可能性もある。


 入れられる魔法はその現存する人物のみに限定される。例えば「水の中でも息が出来る魔法」を1人に与えると同じことが書いてある魔法書を用いてもそれ以降は絶対に他人に入れることが出来ない。もし、入れる人間や魔法を間違えた場合はその人物をこの世から消すしか与え直すことが出来ない。




 カレンに課された逃れられない運命。気が付くとその魔法を受けとる年齢、21歳まであと1ヶ月になっていた。



メイド

「失礼します、カレンお嬢様・・・って起きてましたか。と言うよりも寝てませんね?そのご様子だと」


 部屋に入ってきたのはカレンの専属メイド「ユイ」


 かっちりとしたメイド服を着こなし、髪の毛は見事なまでに真っ黒な色のストレート。顔立ちは非常に整っており、長いまつ毛に吸い込まれるような大きな目をしている。


 ユイの頭にはメイドの証、カチューシャが付いている。そこに銀のリボン付けられていて、これは「カレンのメイド長」その証である。これを貰ったときユイは大層喜んだがカレンは「そんなにうれしいものなの?」と不思議そうに見ていた。


 ユイの顔はどことなくこの国に住んでいる人とは違っていた。


 この国は王族や貴族が多い為、メイドや執事と言った職業はかなりメジャーである。専門学校も多数あり、人気の職業になっている。何せ王族に仕えることが出来れば様々な特権階級の人に会えるほか、破格の縁談や王族の会社の運営なども任せて貰える可能性がある。そのため大抵のメイドや執事は仕える為に競争しなければならず、強烈にゴマを擦ってくる。


それはもう煎りゴマがペースト状になるくらいに。


 将来的に人の上に立つように自立を促すため、王族の子供たちは高校生に上がるとそれまで自分世話してくれていた乳母の代わりであるメイドを自分で採用するという取り決めがある。


 その人数は決められていないが第2王女となれば数百名のメイドを従えていてもおかしくはなかった。しかしカレンはそんな「ゴマすり執事とメイド」の空気感とそもそも自分の周りに人が沢山いることを嫌った。


 そこでカレンは用意されていた第2王女用の立派なお屋敷から、王族用ではあるがすごく簡素な屋敷に引っ越した。理由は屋敷が狭ければ雇い入れるメイドが少なくて済むからである。そしてメイドを採用するのも「私が決めに行く」と言って2~3日家を空けて隣の国にメイドを探しに行った。そこで出会った気の合う同い年の女の子を見つけると


「あんた、私のメイドにならない?」と誘って連れて来られたのがユイである。


カレン

「いいのよ。大学生なんかたいてい暇でこんな感じでしょ?みんなバイトか部活か恋愛か。それか引きこもってパソコンとかゲームとかね。私にはどの選択肢も興味がないんだもの。好きな本くらい読ませてよ」


 カレンの部屋はベッドとデスクが置かれている。デスクの上には一応最新のパソコンが置かれてはいるが布が掛けられている。本棚には様々な種類の本が並べられており、漫画本や学校の教科書のようなもの見える。その他には4人掛けのお茶を飲むようなテーブルと自分では使うことが無い化粧品が並べられたドレッサーがある。


ユイ

「そうはいいますが一応は生活リズムを保ってくださいよ、エドワードさんから叱られるのは私なんですから」


カレン「ああ、エドワードね。そういえば最近見ないけど元気?」


 エドワードはカレンの執事。いい感じのひげを蓄え、白髪交じりの50代。きりっとした面持ちは各界のマダム達に好評らしい。そんな彼はカレンを幼少期より世話をしており、父親に気軽に会うことが出来ないカレンにとってその代わりになってくれていた。


カレンの世話をする執事とメイドは基本的にこの2人だけである。


 ユイはカレンの食事の用意や衣装の管理など身の回りのことをしてくれる。人手が必要な掃除などの仕事はその都度外から単発的にメイドや業者を雇って行っている。


 エドワードはカレンが王族としてしなければいけない仕事である「国務」を管理している。国務は王宮から出されるもので、式典でのスピーチや電報。外交訪問など様々なモノが有る。エドワードは言ってしまえばそんな国とカレンの架け橋であり、立場的に半分国側の人間である。そのため幼少期はカレンの屋敷に住んでいたが、高校生と言う年頃になると王宮に住むことなり、用事がある時だけ訪れるようになっていた。


ユイ

「エドワードさんは今ご実家に帰省なさっています。なんでもお兄様の体調がすぐれないようで・・・帰ってくるのは2週間後くらいになるそうです」


ユイは手際よくテーブルの上に出ている灰皿とグラスを下げると新しいものに交換をしてお茶を入れ始めた。


ユイ

「朝ごはんはどうなさいますか?」


カレン

「そうね、いつものでいいわ。あなたもここで食べなさいな」


 カレンは自分の周りに置く人間を少なくした代わりに、第2王女という立場でありながら自分で掃除をしたり洗濯をしたりする。ただ、食事を作るのは面倒なのと自分で作るとあまり美味しくないのでそこだけはユイの専任。人を増やすくらいなら自分でやるというカレンの強い意志が現れていた。


 ユイは給仕台を部屋に運び込むと朝食がテーブルに並べられる。パンやハム、色とりどりの野菜。カレンはパンを掴むとバターとハチミツを塗り込み口の中に押し込んでいく。


カレン

「・・・もごもご、おいしいわね相変わらず・・・あなたが焼いたこのパン」


ユイ

「・・・食べてからしゃべってくださいよ」


 グラスにグレープジュースを注ぐとユイも座って朝ごはんを食べ始めた。ふと近くに置いてあった資料の束が目に付く。


ユイ

「大分熱心にやっているようですね・・・・それで?あれから何かわかりましたか?」


カレン

「ぜーんぜん。進展なし!」


 カレンは自分が受け取る魔法についての秘密を探ろうとしていた。理由は単純。この現代科学が進んだ今、迷信じみた魔法なんかあるわけがないと思ったからである。それでもこの事はユイの他にはクロムしか知らない。王族とは言え魔法の事を探るのは大っぴらには出来ない。魔法は国の運営に関わってくる秘匿事項にされている。


 ネットが普及し誰もが気軽に情報を取り出せるような時代にはなったものの、魔法に関わる資料に関してはデジタル的な保存は一切されておらず、検索しても出てくるのは都市伝説やオカルト程度。それっぽいものを見つけたとしても神話やファンタジーの世界になっている。


ユイ

「国王様か女王様に直接聞いてみては?一応父と母なのですから」


カレン

「そんなもん絶対に教えてくれるわけないじゃない。そもそも生まれてから数回くらいしか親子で会ったことが無いんだから。下手したらドレスを脱いで普通の洋服で謁見したら私だってわからないかもしれないわ」


 魔法に関する資料集めは難航していた。カレンは今年に入ってから各地の図書館や研究機関にお忍びで行ってみたものの、あるのはどれも知っている情報ばかり。だから確かにユイの言っている通り、これ以上の真実が知りたいのであれば国王に直接聞くしかないのかもしれなかった。


ユイ

「ではお兄様とお姉様はどうでしょうか?血のつながった兄弟ですよね?魔法に付いて何か教えてくださるのでは?」


長男ガラル第1王子、長女リゼリア第1王女は当然ながらカレンよりも年上である。そのため数年前に既に魔法の儀式を終えており、現在では2名とも外交国務として海外に移住している。


カレンが言うには「私よりも過酷な立場。私がこんなに自由にやらせて貰えるのは、彼らが居るおかげ」と言っていた。その過酷さに同情してしまうほどだという。


カレン

「兄と姉にはあるものが無いのよ」


ユイ

「あるもの?」


 第1王子、王女はこの国の位置づけでは王や女王が何かしらの理由で存在しなくなった場合、すぐに即位する立場にいる。こんな言葉は無いのかもしれないが準国王、準女王と呼ばれている。


「そのため、彼らには人権が無い」


 生きている全てにおいて、生まれた瞬間からそれこそ死ぬまでの間に2人がプライベートを楽しめるのは寝ている時の夢の中くらい。とカレンは言っていた。四六時中人が取り囲み入浴は当然のことトイレの中にだって付いてくる。歯磨きだって自分でしているのか怪しい。


カレン

「そんな彼らに掟を破ってまでも魔法を教えるなんて決断が出来るわけないじゃないの」


ユイ

「そうですか・・・ならばやはり21歳の誕生日を迎えればおのずと答えはわかるのでは?ちょうど今日で後1ヶ月になるのですから」


カレンダーを見るとデジタル表示で10月22日と表示されている。


カレン

「それは・・・そうなんだけど、なんか嫌な空気があるのよね。今年に入ってから。ねぇ、私今年に入ってから何か変じゃない?」


ユイ

「気のせいでは無いですか?・・・それに元々変なのですからそんなことを聞かれてもわかりませんよ」


カレン

「まあ、それもそうねぇ」


朝食が終わるとユイが食器を下げてキッチンへ持っていこうとした時、ある事を思い出した。


ユイ

「ああ、そういえば今日クロム様がここに来るみたいですよ?今朝早くに私のスマホに連絡がありました」


カレン

「あら?クロムが?そう、ならお出迎えしないとね」


そういうとカレンはうきうき顔で掃除用具入れに向かうとバケツを取り出した。

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