第2話 毒龍 ジニー

この国にかつて多く生息していた魔物達。その頂点である「龍」その強さはまさに災害。ひとたび暴れ出せば人は手が付けることが出来ないため、魔法が使える人物が現れるまで人々は龍を崇め奉り、怒りに触れぬよう生活をしてきたと言われている。


彼はその土地の環境に適応した見た目や能力を持っている。


空を自由に駆け回る翼の付いた「翼龍」

太い足で地面を這いずり回る「地龍」

海や入り江を根城にしている「海龍」


 その中でも特例の中の特例。非常に珍しい種がこの先に住んでいる。


「毒龍」


 彼らは「存在自体が災害」と言われている。


 一定の場所から自ら進んで動くことは無く、エサを取るのには誘引フェロモンを出して動物たちや魔物達をおびき寄せ捕食している。一見大人しそうに見えるが彼らの体からは常に毒素が染み出していて、周辺の土地、特に水を汚染している。


 毒龍がいる場所はその毒素の影響なのかまるで池のようにくぼんでいる。そこに雨が降ると水が溜まり、真っ黒な沼地を作り上げている。その沼地は「毒沼」そこから染み出てくる毒が川に流れ出ていく。


 そのせいで周辺一帯は人が住めるような環境ではなく、魔法をもってしても対処しきれないこの毒龍は数百年間、放置されてきた。


「さわらぬ神にたたりなし」


 しかしその下流域。毒が希釈効果で薄れている場所には小さいけれど村が存在する。村人たちはこの土地に古くから住み着いているわけでは無く、何らかの事情により街を離れて、やむにやまれぬ事情でここに居る。


 毒の影響が無いとは言いつつも、水は汚染されている。その水は作物を育て、のどを潤すことが出来るが長期に渡って摂取し続けると


「そのうちに手や足が取れてくる」


 そのため村では麻や綿と言った食べることが出来ない作物を育て、その収入で水や食料を購入している。しかし技術が進んだ現代。作物から取れる繊維ではなく、化学繊維が主流となっている。街からは全ての事情が分かっている為、村は足元を見られており、麻や綿は格安で買い取られる。


「言ってしまえば非常に貧しい村である」


 そんな辺境地。見捨てられた場所に普通領主は置かないのだが毒龍が存在する以上、国としては何かしらの措置を取らなければならなかった。そのため、いつからかこの場所に「毒龍の監視者的領主」を置くことになった。出世の見込みもない、街に居る価値もない。そんな堕ちた王族を捨てるにはうってつけの場所でもある。


 カレンは新しい煙草に火をつけるとバイクに取り付けてあった長いマチェットを右手に持って背中には銃を背負った。誰がどう見てももうお姫様ではなく完全に猟師。クロムも信号弾とサイドカーに押しこまれていた網を持ってついて行く。


カレン

「彼にお土産を持っていかないといけないんだけど・・・ここら辺にあるかしら?」


 そういうとマチェットを振り回しながら草木を切って道なき道を進んでいく。


クロム

「お土産ってドラゴン・ヘッドのこと?」


カレン

「そうよ、なるべく高い木がいいわね。見つけたら教えて頂戴」


 うっそうと生い茂る山林は来るものを拒むようにツタや草が生えている。動物の姿は見えないが時折鳥たちが上空を飛んでいるのが見えた。しばらくそんな状況の中を進んでいくとやや開けた空間に出た。まるで森の中にぽっかりと穴が開いたかのようにそこだけは木があまり生えていない。


カレン

「何となくある気がしたのよね」


 その円の中心に高さ10m直径5mはあるだろうか、巨大な木が生えていて、その枝にお目当てのドラゴン・ヘッドと呼ばれる黄色い果実がぶら下がっている。カレンは勢いをつけて走り出し、ジャンプすると太い幹にしがみついた。そして隙間に手を入れたり、ツタを引きよせながらよじ登っていくとあっという間に実のなっている枝に到達した。


 木の枝にまたがると太ももで挟みこんで体を固定し、マチェットを親の仇かと言わんばかりに叩きつける。2,3回続けると果実は枝から切断されて「ドン!」というモノ凄い音を立てながら落下していった。


カレン

「実が大きいから5個くらいにしておきましょう。沢山採っても運べないわ」


 果実は直径30センチくらいあってそれだけでもびっくりする大きさなのだけれど、この果実にドラゴンという名前が付いている理由は大きさではなくその重さ。重量が実1つで5,6キロはある。実自体に殆ど味が付いていないが一応食べることが出来る。ある地域ではこの果実を短冊状に切り、長い時間干すことで甘みを出しているというのを聞いたことがある。


クロムは落ちた実を引きずって運び、持ってきた網の中に入れていく。目を上にやるとカレンは実を切り落とした後に森の方を見つめていた。


クロム

「重いんだけど?か弱い女の子にこんなことさせるつもり?」


カレン

「あら、私も一応女の子なんだけど」


 そう言って笑うとカレンはスルスルとまるでヤモリのように木を降りてきて落ちた実を拾い集めていく。5個しか入れていないのに持ってきた網がいっぱいになった。


 2人は両端の紐を肩に掛けると「かご屋」の要領で実を運んでいく。運んでいる途中、急にカレンが「お腹が空いたわね」と言いだして近くに生えていたオレンジのような実を数個取って網に放り込んだ。


クロム

「それ食べれるの?」


カレン

「ええ、村の人がこの間出してくれたわ。あまり甘くはないけど食べられるわね」


 森を抜けてバイクを止めてある場所まで戻ってくるとサイドカーにさっき取った実を詰め込み、マチェットをしまった。カレンは胸元の内ポケットから煙草を取り出すとクロムにも1本差し出した。受け取って火をつけて2人でしばらく紫煙を立ち上らせていた。


カレン

「彼に会うのは・・・7日ぶり?かしら。少し何か変化があればいいんだけど」


 しばらく空を眺めたあと、バイクにまたがってエンジンキーを回す。クロムはサイドカーではなくカレンの後ろのタンデムシートにまたがることになった。エンジン音が響き渡り、道っぽい通路をゆっくりと進んでいく。ここから先、古来より「神の領域」と呼ばれている土地に踏み込むことになる。


バイクを走らせること数十分。目的地に到着するとカレンは自分の腕時計で時刻を確認していた。


カレン「12時ちょうど。お昼の時間ね」


 バイクを森の入り口に留めるとサイドカーに押し込めていた荷物を取り出してまた歩き始めた。しばらく歩いていると可愛らしい動物が出てきた。「オリ」と呼ばれるオコジョのような動物。彼らは異常に人懐っこく、歩いていると人間の頭や肩に乗っかってくる。単独行動はせず常に5,6匹の群れを成していて必ず1匹はまるで森の先導者のように前を歩く。


クロム

「こんなに可愛らしいのにね」


 オリは無意味に人に近寄るわけでは無い。彼らは自分が人にとって「愛くるしい姿」であることを認識している。そのためそれを利用し、森に入った人間を迷わせ続け衰弱させる。そして弱り切ったことを察知すると「本当の群れ」が出てきて数100匹で襲いかかるのである。


カレン

「そうね、まるで王都に居た詐欺師みたいなものよね。気に入ったなら捕まえて持って帰ったら?」


クロム

「冗談きついよ」


 童話「オリの家路」というこの国では有名なお話がある。あまりの可愛さにオリを持ち帰った人が最終的にオリに食いつくされるという何とも素敵な内容。


 オリはアリと同じようにフェロモンを出して自分の居場所を仲間に追跡させる。そのため捕獲するためには水の入ったバケツにオリを突っ込んで丸洗いして彼らが出すフェロモンを消す必要がある。それを知らない子供が親に黙って連れて来ないように必ず学校や家で読み聞かせる風習がある。


 こんな凶暴だが王都ではペットとしての需要が高く、街のペットショップには子供の小遣いで買えるほどの値段で販売している。売っているのはペット用に品種改良されたもので、彼らはフェロモンを出すことは無いが子供を作ることが出来ない。


 カレンたちが歩いている間にもオリは愛くるしい仕草や可愛らしい鳴き声を奏でていたのだが、ある境界線に到達するとぱったりと姿を消してしまった。


カレン

「ここから太古の森ね。うっとうしのがいなくなるわ」


 自然にできた植物の境界線を越えると緑の色が濃く、香りも強くなってくる。生えている植物は見な原生生物のような見た目で、ここに来ると時が止まっているような感覚に襲われる。しばらく獣道を進んでいくと開けた空間が見えてきた。ここが毒龍の住処。神の領域と言われている沼地である。


 いつ来ても凄い。圧倒される。


開けた空間には沼地が広がっていて、それを覆い隠すかのように木やツルがドーム状に生い茂っている。


カレン

「いつ来ても思うのだけど、ここって野球するドーム見たいよね」


 カレン的解釈をするとロマンもへったくれも無いがまさにその通りで、人工物のように生えている樹木が綺麗な半球を描いている。そしてその沼の中心に横たわり眠っているように見えるのが「毒龍 ジニー」である。


カレンとクロムは抱えてきた荷物を下ろすと背伸びをして骨を鳴らした。


クロム

「うーん・・・」


深呼吸をするたびに緑色の空気が肺を満たしていく。


ジニーの大きさは大体300mくらいある。体色は青に近い緑色をしていて爪や牙はまさに魔物という名前に相応しいほど鋭い。ただ、山の中に住んでいるのにも関わらず彼の背中には翼が生えていない。


 カレンはジニーを目の前に据え、腰に手を当てて沼地をじっくりとなめるように見ている。それを横目にクロムはカバンからナイフを取り出してオレンジのような実の皮を剥き始めた。


カレン

「さてと・・・」


 そういうとカレンはスカートを腰のところまでたくし上げ縛って落ちないように固定し、履いていた茶色いブーツを脱ぎ捨てる。さっき取ってきたドラゴン・ヘッドの実を2つ両脇に抱えると素足で沼地に入り込み、ずんずんとジニーに近づいていく。


 この光景、クロムが初めてみた時はさすがにカレンが狂ったのかと心配になった。何せ目の前に居るのはこの世界でもかなり強い部類に入る魔物。しかも例外中の例外、毒龍である。これを見て正気でいられる自分もどうかと思っていたがもっと頭がおかしいのはカレンのほうだ。といつも言い聞かせていた。


ザブザブと水をかき分けていき、カレンのひざ元くらいまで水が付くとジニーの頭に向って大声を上げた。


カレン

「ジニー!私よ、カレンお姫様よ。美しい私が貴方の為に良いものを持って来たわ」


 こういう図太いところは見習わないといけないのかもしれない。クロムはカレンにこの間ジニーがオスなのかメスなのかどっちなの?と聞いたら「あいつ私に惚れてるから多分オスよ」なんて言い出していた。カレンが騒いでいるとジニーはそれに気が付いていたのか、はたまた2人がこの森に入ったときから気付いていたのか。それはわからないがゆっくりと目を開けた。


赤い瞳。吸い込まれるような真っ赤な瞳。どこか寂しそうで、どこか優しそうなそんな目をしていた。


カレン

「ほらいいモノ持ってきたから、口を開けなさい」


 持っていたドラゴン・ヘッドの実をジニーに見せると、ジニーは口を大きく開けた。口の中はワニのようになっていて大きさは・・多分大人3人は余裕で寝ころべるだろう。その口の中にカレンは下投げで実を突っ込んだ。


 カレンはその後も全ての実を運んでジニーの口の中に突っ込むとジニーはそれをゆっくりとかみ砕いていく。実が砕ける音は空気を伝ってクロムの耳にまで聞こえてくる。


 その様子をじっくりとカレンは眺めていた。ジニーは口をもごもご動かしながらカレンに目線を送って何かを訴えていた。彼の目線を追っていくとそこには抜け落ちたであろう大きくて立派な牙が落ちている。


カレン

「くれるの?これ?」


ジニーはゆっくりと瞼を動かして返事をしたみたいだ。


カレン

「じゃあついでにこれももらっていくわね」


 長さ1mくらいある大きな牙の隣に落ちていた彼の鱗を2,3枚集めるとカバンから袋を取り出して中に入れた。さらにカレンはついでに小瓶を取り出すと自分の足元の泥と水を入れてきっちりと栓をしてカバンに仕舞った。「私達も少しここで食べるわ。少しここに居させて頂戴ね」そういうとカレンはクロムの居る場所に戻ってきた。


クロム

「様子はどうだった?」


剥いたばかりの実をクロムはカレンの口の中に突っ込んだ。


カレン

「・・・もごもご・・・んん!」


クロム

「なんて言ってるかわかんないよ。食べてからしゃべりなさいな」


 そう言いながらクロムも実をかじってみた。カレンの言った通りあまり甘くない。食べられないレベルではなく多分まだ熟していないのだろう。食べている間もジニーはピクリとも動かない。その風景は何か不思議なものを感じた。実を食べた後、カレンが大声でジニーに「また来るからね!」と叫ぶと少しだけ瞼が動いていた。カレンは脱ぎ捨てたブーツと靴下を抱えて来た道を戻っていく。


帰り道の途中、カレンの足を洗うために川に立ちよった。綺麗な水が山から流れている。川の流れが緩やかな場所を見つけると、カレンは石の上に腰を下ろしてひざ丈まで水につける。するとカレンの顔が苦痛に歪んだ。


カレン

「痛たた・・・あともう少しって感じね」


 クロムはさっきのカレンスタイルのようにブーツと靴下を脱いでスカートを腰で縛って止め、持ってきたカバンから柔らかいブラシと植物の油から作った洗剤を取り出し、カレンの片足を持ち上げた。カレンの足はやや赤く腫れていて、沼に浸かっていた部分とそうでない部分が綺麗に赤と肌色に分かれていた。クロムは洗剤を雑にカレンの足に掛けるとブラシでこすり足を洗い始めた。


クロム

「まるで大根を洗ってるみたい」


カレン

「ええ?そこはレンコンとかにしときなさいよ。そんなに太くないわよ」


 ブラシでこすっていくと洗剤が白色から若干ピンク色に変化していく。沼地に有った毒が洗剤と反応している証拠である。色変化が起き無くなれば綺麗になったことになる。指の間、爪の間も丁寧に洗い流していった。


クロム

「・・・もう素足じゃなくて長靴か何かを履いたらどう?洗えば落ちるけど痛いでしょ」


カレン

「いいのよ、あんた意外には迷惑かけてないから」


川のせせらぎの中には魚が泳いでいるのが見えた。


カレン

「それに、やっぱり文字通り肌で感じることが出来るの。ここまで戻ったんだってね」


 通常では「あり得ない」と言われてしまうだろう。


 常識では防護服、防毒マスクを付けない状態で毒龍の住処に入り込めば一瞬で意識を失い、あの世から帰ってくることが出来ない。ジニーの居る毒沼に素足で入ることなど自殺志願者でなければ出来ないだろう。


 しかし、クロムを含めカレンは保護具を何も付けていないどころか、その毒龍の住処周辺に生えている果実を食べても体に異常が起きていない。


 カレンは今まさにその常識を打ち破り、不可能を可能にしようとしていた。土地は数百年毒素に悩まされ続け、誰も太刀打ちできずに放置するしかないとされていた原因を作り出していた毒龍に対して彼女は立ち向かったのだ。


「カレンが毒龍を無毒化させはじめている」


 村の人たちは毒が薄くなっていくのを見た時「カレン様が国王様から授かった偉大な魔法によって村を救ってくださっている」と言っていた。しかし、カレンが持っていた魔法は水をきれいにする浄化魔法や毒を除去する解毒魔法ではない。


カレンが持っていた魔法。もし名前を付けるとしたらそれを


「やさぐれ魔法」とそう名付けるのがふさわしいのかもしれない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る