drama
協会の、それもマツバを殺した人間をおびき出すために、わたしとイブキの活動は始まった。どちらかが空腹になればイブキがマツバに変装して街をうろつき、食事をし、その場に痕跡を残すことにしたのだ。協会の人間に極力見つかりたくない吸血鬼たちは、本来なら密やかに食事を済ませ、人を殺すこともなく、粛々と日々を過ごす。
けれど、わたしたちは違う。食事のたびに路地裏の壁に血液で協会の紋章を描き、ばつ印をつけた。協会の目に留まりやすいよう、反感を買いやすいよう努めた。生きているぞ、お前らが殺したと思っている鬼は生きている!
「協会もわりと慎重なんだな。もう尾行も四回目じゃないか?」
街灯が等間隔で並ぶ住宅街で、わたしの前を歩くイブキが声を潜めて言う。半月ほど前、変装を初めて間もないうちに、わたしたちの後を尾ける人間が現れた。遠くから感じる視線。ウィッグのおかげでイブキの後ろ姿は制服でなくてもマツバそっくりで、協会の人間には、わたしがマツバと一緒にいるように見えているはずだ。
「カシギって、マツバと付き合ってたの?」
「え、え?」
「それなら手でも繋いでるとこ、見せてやった方がいいのかなって」
「……わ、わからない」
「ふうん、なんだ、そう」
イブキは少しだけ振り返り、手を差し出した。わたしは、少し躊躇った。けれど第三者がこれを見ているなら。
マツバのふりをしたイブキと、手を繋いで帰る。時々小走りになって、最近流行りの歌を覚えているところだけ歌って、笑う。夢のようだった。本当にマツバと手を繋いでいるような、そんな錯覚をした。あの時観た映画のタイトルを思い出せない。マツバとの思い出を、一つも取りこぼしたくないのに。本当にこうしたいのは、マツバとだったのに。
「イブキ……わたし、絶対に教会の人間を殺すよ」
「無謀なやつだね、お前」
無謀でもなんでも、やってやる。自然と握る手に力が入った。
マツバへの想いが今も変わらないと、わたしの本当の感情だと証明するためにも。
†
イブキは決まった家がなく、その時々で誰か引っ掛けては転がり込むような暮らしをしていたらしい。なのでわたしを眷属にしてからは、なし崩しにわたしとマツバが借りている部屋にいる時間が長くなった。それなのに、ほとんど私物を持ち込むことはなく、いつでも遠くへ行けるようにしている気がした。マツバも、物は極端に少なかった。
吸血鬼は外見が変わらない。ひと所に長くは住めない。
「イブキはどうして、ここまで協力してくれるの?」
その日はすごく冷えて、人間だったなら夜ご飯は鍋にしたかったと思った。イブキはマツバの横に寝転がって漫画を読んでいた。気軽にマツバへ近づくところだけが少し嫌だったけれど、初めてマツバに会わせたあの日以降は指一本、彼女に触れなかった。
「かわいそうで、腹が立ったから」
「どういうこと?」
「おれだって協会に目をつけられるのは避けたいけど、お前はまだ子供で、おれは吸血鬼としてずーっと先輩で、お前を眷属にした責任もある、ということですよ」
「なにその言い方」
「大人っぽいだろ」
その言葉を否定できない。実際イブキは、時々ぞっとするほど大人びた目でわたしを見るから。
一体、吸血鬼たちはいつまで生きるのだろう。どれだけの時間を歩んで、寂しさや、束の間の喜びを感じてきたのか、わたしには想像もつかない。周りは全て老いていくなんて、自分だけ取り残されて世界で一人みたいだ。恐ろしい。でもその恐ろしい孤独のおかげで、わたしは少しの間でもマツバの隣にいられたんじゃないかと思い至る。
わたしは。
わたしはこれから、どれだけ生きるのだろう。
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