plan
マツバは学校で人と同じように食事をとっていたけれど、あれは人間社会で生きていくためのカモフラージュだったのだ。それが太陽の下を歩くことと同じで、どれだけすごいことなのか思い知る。
「だからやめとけって言ったじゃん」
コンビニのビニール袋へ顔を突っ込むわたしに、イブキは呆れた目を向ける。血液以外の食べ物は、どれも嘔吐してしまった。臭くて食べられたものではない。
吸血鬼になってすぐ、イブキから食事の仕方を教わった。吸血鬼にしたものとされたものの間で施される教育だ。説明するのも大変なくらい色々なルールがあって、吸血鬼も人間も、社会の中で生きていくというのは同じくらいに窮屈なのだなと思った。
「でも、これで、確信が持てたから」
わたしは、吸血鬼になったのだ。
人間と違って数日食事をしなくても活動できたけれど、さすがにずっと血を飲まずに動き続けられるわけはなかった。餌となる人間の引っ掛け方、口説き方、魅了の使い方、記憶の消し方、最低限の呪文。それらを一つ一つ教えてくれるイブキに、眷属とはいえどうしてこんなに良くしてくれるのだろうと疑問が湧く。
「おれさ、人間だった頃、妹いたんだ」
「妹……?」
「そ。なんかお前って妹に似てるわ」
「……へえ」
イブキも、元は人間だったという事実に一瞬動揺した。彼が鬼になったのはいつの話なんだろう。数年前、それとも、数十年前? 聞くのはなんだか憚られて黙ってしまったわたしに、イブキは「そういえば」とベッドを指差した。
「それが例の?」
指の方へ視線をやれば、シーツの上には目を閉じて横たわるマツバがいる。息はしていない。胸元の傷は塞がることもなく血を流し尽くし、着替えさせた服には血痕もない。眠っている、と錯覚しそうなほど、穏やかだった。わたしはあの日から、マツバの遺体と暮らしている。
「殺されたの。協会の人間に」
「ふうん……かわいそうにな。そんで、その子を殺した奴をおびき出したいって?」
「うん。何かいい方法あるかな」
「まあ、そのマツバちゃんが実は生きてましたーってなったら、殺した本人が確認しにくるんじゃないの」
「そんなの、マツバを運んだって生きてるふうには見せられないよ」
「死体を歩かせる呪文もなくはないけど、結構疲れるし。ようは思い込ませりゃいいんだろ?」
変装だよ変装。
イブキは立ち上がり、マツバに掛けている布団を捲った。そして、伏せられた瞼を無理矢理開いたり、熱心に顔のパーツを確認するみたいに顎を持ち上げる。
「ちょっと、何するの」
思わずむっとしてイブキの肩を掴めば、すぐに手を離して悪い、と頬を搔く。
「いや、ほら、見た感じカシギと背格好は近いじゃん。今は吸血鬼なんだし、目の色も完璧。ウィッグでも被ったら分かんないって」
「わたしが隣にいなかったら変装かもって思われない?」
「そうか? その子、夜は一人で食事に出てたんだろ」
「でも、わたしといた方が信憑性が増すよね」
「そりゃまあ」
言って、イブキを見る。頭からつま先まで、改めて眺めると女のわたしとそれほど背丈も変わらない。むしろ少しだけイブキの方が高くて、マツバに近いとさえ思った。それにわたしは、マツバやイブキみたいに綺麗なアーモンド型の目元じゃない。
「ねえ」
「いやいや」
「イブキ」
じっとイブキの目を見る。吸血鬼相手に魅了なんて使えないし、できたとしても使う気はないけれど。特別な力がなくても、わたしの思いは通じたみたいだった。
「……おれ、男なんだけどなあ」
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