第十一話 汝の心の道に歩み 汝の目に見るところを爲せ

 誰とも知れない、ため息がかれた。


「エラいとこに来たもんばいね。セブ殿の言われるごととおり、みんなよこっからぐぅでげよう


 口ではそう言うが、縫は腰を上げる様子もない。

 ただ淡々たんたんと木のさかづきを傾けている。


「村ん人らは、もう逃げなさったとですか?」

『村の者は支度したくのできた者からバラバラに山野に逃げ出しておりますが……探知たんちの魔法があるので、そう遠くへ行かぬうちにガロツクの手の者にられることになるでしょう』

して? ガロツクの兵は大戦おおいくさの前にかくれとぉ民草たみくさやら、こんまかとるにたりないもんまでかまうとね?」

『あの者達は、……ガロツクの兵は攻め入った場所の民草たみくさを生かしてはおきません。森にひそむ者がただの村の者とは信じないのでしょう。隠れているものは、すべて伏兵ふくへいだと考えるようです』

些細ささい懸念けねんすらもつぶしていくわけだ。かりない軍勢ぐんぜいのようだな」


 勘解由が身を起こして、じっと司祭を見ていた。

 勘解由の姿を見た嘉助が喜色きしょくを浮かべて勘解由に寄る。


「勘解由様ッ御加減おかげんは、どげんどうですか?」

みなには、心配をかけたな。司祭殿の御業みわざいたようだ。もう身体は大事だいじない」


 脈をとる独去がうなずく。

 すぐさま魂網索こんもうさくを切り、セブに聞かれないように日本の言葉で話し出す。

 長年ながねん密偵暮みっていぐらしで身にみこんだ用心深ようじんぶかさだ。


「ご当主! 動けるのならすぐにここから逃げましょう! 話は聞かれたのでしょう?」


 いきおいこむ独去を片手で制した勘解由は、首を左右に振る。


「我は命を助けられた。おんを受けるたままでは、逃げられん」

「なんとおっしゃいます!」

みなは我にしたがわずとも良い。好きにえば良い。ここで我と分かれて去るとも構わん」


 勘解由はおだやかな口調で、独去らの護衛ごえいにんいた。

 嘉助や縫は何を言われたのか、にわかには理解りかいできず、薄く笑っている。

 独去は、床板をたたいて声をあげた。


「勘解由様ッ! 余所よその戦にかかずらうのは止めるべきですぞ。無駄むだに死にまするぞ!」


 独去に続いて、事態じたいが理解できた縫がにじりよる。


「勘解由様、よんにゅこといろいろなことを言わっさんで逃げてくんしゃいッ。こんおじいさん達をがしかたとたいのでしたら、ガロツクやらはちゃんとウチたちで、やっつけときますけん」

「お師さんの言われるとおりです。無駄むだに死ぬとは忍びのつねやけん、どうでん良かとですけど、戦うとはオイオレたちでしますけん、勘解由様は先に行っといてください」


 縫や嘉助へ顔を向けているが、勘解由は誰も見てはいなかった。


「我がかしらだ。指図さしずは、我が出す」


 すでに決まった事柄ことがら淡々たんたんと伝えているようにも思える勘解由のしっかりした口ぶりに、他の四人は背筋せすじを伸ばして静かにうなずくく。


「これは下知げちだ。我は戦う。皆は好きに生きよ」


 勘解由には、取りつく島もない。

 当たり前のことを言っているというるぎなさが言葉からうかがえた。


「なるほど、ご当主とうしゅの忍法ならば、どんな軍勢ぐんぜいつぶせませましょう。さりながらしかしながら術が立ち起こるまでの間に御身おんみの守りがおろそかとなりますので、御ひとりではとても大勢おおぜいつわものとは戦えますまい」


 パンパンと音がした。三千世が胸を叩いていた。


「良かよ。どげんなってんどうなっても、兄ちゃんは三千世みちが守るけん、平気さ!」

「三千世様!」

三千世みちは、本当は一ぺんで良かけん、徳川とくせんの侍ば思いきり食らしてこらしめたやりたかったとよ。弱かもんをイジメるいやなヤツらやったもん。城から逃げて、戦えんでがっぱいがっかりしとったとが────」


 小さな腕をブンブンと振るようすは、子供のそれとしか思えない。とても忍びの身のこなしではなかった。


ここでんここでも、弱かもんをイジメるヤツらがおった。そいけんだから今度こそ悪かことするヤツば思いっきりらわしてやりたかと」

「なんと三千世様まで……」


 守るべき二人ともが、そろって命の危うくなる戦場いくさばへ向かおうとしている。独去は、しばし絶句ぜっくした。


「この地に着く前、島原へつどうたときから我らに主はない。もはや乱波らっぱでもない。行くあてもすべきこともない。ならばおんのために命を張る。いた気持ちのまま戦う。それで良いではないか───。我も生まれた限りは、一度くらい人がましいことをしてみたいのだ」

「ご当主様、命の使い所が違うておりますぞッ」

「おそらくは、そうだろう。だから、かなうならば皆は逃げてくれ。この世界で三千世を守って欲しい」

三千世みちはッ、兄ちゃんのそばにおるってッ」


 三千世様ッと、独去がいさめて言葉を返しているうちに、勘解由はまた眠ってしまう。


「言わんことではないッ。ご当主とうしゅがいまの御加減おかげんで戦うなど、出来るはずもないッ」


 嘉助が意を決して顔を上げる。


「独去さん、ムリばい。こげんなったら勘解由様はなんば言うても聴きなさらん。仕様しょんなかですやろ」

「市さん、なんちゃなかよ。ウチと嘉助さんとアンタで敵ばみんな殺せば済む話やろ、そいで御二人は死なさらん」

「な、なんだとッ」

「勘解由様とお嬢だけでん、生き残れれば良かことやろ?」


 独去はまじまじと二人を見て、顔色を変えた。


「おいまさか、お前たちッ。勘解由様をおいさめしないつもりか……」

「ウチはね、生き汚か暮らしは、もういたとよ。どこかわからんとこまで来て、こん先まで忍びんごたっことは、しとう無かとしたくない。知らん土地まで来てだましたり盗んだり殺したりして生き続くっとは、嫌なんよ」

「オイもみじめったらしく生きとうとはきました。こげん暮らしは、うててかまんです」


 強く言った言葉が気恥ずかしかったのか、嘉助が急に口籠くちごもる。


「ここで、かゆば、うたもんですけん。仕様しょんなかとです」


 予想もしない話の流れを目の当たりにした独去は、木の盃を握ったままで固まったように動きを止める。


「……死ぬぞ」

「はぁ。そげんですかね」


 嘉助には言うべき言葉はなかった。

 名前を呼ばれたように、ただ返事をしていた。


あるじて国をて、てはうつし世までをてたとやもん。あともう捨てられるんとはすてられるのは、命くらいのもんやろ」


 縫は自分の生き死にを、まるで他人事のように口にしている。

 嘉助は、ふいに革をわせる手を止めて困り顔をしていた。


「ばってん、もう乱波らっぱでもなかとなら……オイたちは一体なんですやろか?」


 さかずきに口をつけていた縫が小首をかしげる。


「そいでん呼び方やらは、忍びでよかやろ。ただの肥前忍ひぜんしのび。ここには、勘解由様ていうかしらもおるとやし」

「あぁもぅ、勝手にせいッ」


 ガックリと肩を落とした独去がしきりに顔をでている。


「話は決まったね」


 縫の目配めくばせを合図あいずにして、魂網索こんもうさくが再びつながり嘉助がセブになおる。


「司祭さま、いきなりですまんですばってんすまないのですが、明日もオイオレたちにめしばくれんですかをくださいませんか


 ─────そんかわり。

 この時の嘉助の笑顔と言葉をセブは終生しゅうせい忘れることはなかった。


「飯ば食うた後でマホウキシダンちゅう輩は、オイたちがつぶしますけん」


 魔法騎士団をつぶす?

 セブは彼らがなにを言っているのか、すぐにはわからなかった。

 嘉助は、散歩さんぽに行くとげるくらいの気楽さで史上最強のガロック国軍の魔法騎士団を殲滅せんめつするという。

 とても本気だとは思えなかった。


完全武装かんぜんぶそうした大勢の魔法騎士は、この世界で最強の軍勢ぐんぜいの一つと言われておるのですぞ……』

「マホウキシって言うとは、さっきのヤツくらいの強さですかね?」


 話のついでに雑談ざつだんをするかのような気軽さで嘉助がたずねる。


くわしくはぞんじませんが……個々の強さではおそらくケンノサントの騎士より手強てごわいでしょうな。なにせ騎乗きじょうしたままで三重三連の魔法を使えるといううわさを聞きます。ちまたではケンノサントの騎士が二人がかりでガロツクの魔法騎士一人分の働きだと言われております』

「あん騎士の倍か、それなら何とかなっです」

『それが二千人はおりますが……』

「あん騎士の四千人前か、それなら何とかなっです」


 司祭は、嘉助がふざけているのかといぶかしく思った。


『もしや……アナタ様方五人だけで二千人、足どめできるとお考えなのですか』

「いや、三人でみんなってしまおうと考えとります。オイとお師さんと独去さんで。なんちゃなかなんということはないですよ。オイたちは、いまさっきまで十二万人からの侍にめられとったとですけん」

「うん。ニ千人くらいなら、飯のおだいには、ちょうど良か人数ばいねえ」


 縫と嘉助の師弟が、カラカラと笑った。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る