第九話 天 我が材を生ずる 必ず用有り

 小高い丘に建つ鐘楼しょうろうを過ぎるとすぐに大岩と刺草いらくさばかりの荒野あれのに出た。


『こちらが、ツパルク村のいのりの場所でございます。どうぞ、お入りください』


 しばらく歩いたそこには、大きな石でつかのように組まれた建物がぽつりと一棟いっとうだけあった。

 建物の周りは、腰まで伸びた草の原の他には倒木しかない。


「おじゃまします」


 室内も外から見た通りの岩が重なり、あたかもほこらのようだ。


「中は広かとね」

「やはり、おごそかな感じがしますな」


 中は二十畳ほどの空間である。

 板を並べた床からは膝丈ほどの高さで長細い石が頭を出している。

 腰掛けとして使われているのだろう、似通った幅で削られて段々に列をなしている。


 屋根と壁の接する数箇所すうかしょ隙間すきまがあり、水晶すいしょうのような透明な石がかぶせられた天窓てんまどがあるため、思いのほか室内は明るかった。


「良か場所やね」


 隙間すきまから木漏こもれ日のような陽射ひざしのなかで縫がくるくると回る。


『すみませんが、この広間でしばしの間、お過ごしください』


 セブは急いで勘解由を寝かせるために次の間の寝台をととのえ、残りの者たちにはちゃそそいだわんを配る。


あいがとありがとうございます」


 そろって頭を下げる嘉助たちを前にセブは、居住いずまいをただす。

 先ほど命を助けてくれたれいべて胸元で両手の平を重ねた。

 セブの国ではこの仕草しぐさ感謝かんしゃあらわすようだ。

 縫たちも深々と頭を垂れて、治療の礼を返す。

 加えて独去から並び順に嘉助、縫、三千世、勘解由と自分たちの名前をげた。

 しばしの沈黙ちんもくの後、意を決してセブが口を開く。


『アナタ方は、いったいどこから来られたのですか?』

「ふむ。ワシらが元いた場所が呼ばれておった名前は、もとといいますが、あぁ知りなさらんか……では日本にほん大和やまと倭国わこく葦原あしはらくに、さて、このうちのどれかでも聞いたことはございますか?」


 もちろんセブは、独去のげたいずれの国の名前にも聞き覚えがないと言う。

「ふむ。さて、これは困りましたなぁ」


 独去は、ぼんやりと無精髭ぶしょうひげまばらなあごでている。

 たがいにたずねたいことは山ほどあるのだが、会話の糸口いとぐちが見つけられない。

 躊躇ためらっていてもらちが明かない。

 なので、独去は思いついたそばから考えなしに疑問ぎもんを口にすることにした。


「さきほど、あの鎧武者よろいむしゃの撃っておった、火の玉。あれは、いったい何でございましょうか?」

『火の玉? あぁ、火気の球系魔法、でしたな。あれは魔法……という技術ですが……もしや独去様は、ご存知ぞんじないのでしょうか?』

「ほぅ、マホウとな。ええ。わが国にはない技術ですな。話にも聞いたことがない。神通力じんつうりき法力ほうりきたぐいですかな?」


 逆にセブは独去のこぼした〝神通力じんつうりき法力ほうりき〟という言葉を知らなかった。

『なるほど……しかしあのカリスラビント連峰れんぽうより南で魔法を知らない者は、まずりますまい。いやはや、アナタ様方はいかなる遠国おんごくからこのケンノサントへ来られたものやら……見当けんとうもつきませんな』


 セブの視線しせん辿たどり独去も窓から見えるかべのようにつらなる峰々みねみねへ顔を向けた。

 二人のそばでは、会話を聞いていた縫がしきりに感心かんしんする。


「あいや、マホウ、てね。ここには、そげんとがあるとね……」


 嘉助が、口をなかば開けてほおく。


 どう説明せつめいすれば良いかと考えあぐねるセブは、魔法というものはと、言いながら首から下げていた魔法石まほういしかかげて説明を続ける。


『これは魔法石まぼういしと言いましてな。この石に精神をつなげられる素養そようのある者が、決められた動作どうさ発声はっせいをすることによって起こす現象げんしょう。それが我々の行う、魔法という技術でございます』

「マホウ石というものを使って人から引き出す力、ですか? なんとも、初耳はつみみですな」


 独去はセブの手からがる魔法石まほういしをまじまじとながめる。掲げられた鉱物は琥珀こはくの様にわずかにき通っていた。


「してマホウを使える者は、この国にどれほどおりますかな?」

『ふむ……はっきりとした数は私にはわかりませんが、近在きんざいのどの村にも一人や二人はりますので、少なくとも二十人に一人ほどは、りましょうな』

「これまた、驚きです。マホウとはそんなに多数の者が使える術、なのですか?」

『はい。他所よそから来た方には奇妙きみょうに思えるのでしょうが、魔法は、火や水を生じさせたり病をいやしたりする、ありふれた技術なのです。暮らしのなかで頻繁ひんぱんに使うものですから皆が覚えようとします。もちろん、使う個人によって魔法の大きさや強さ、うまさなどの程度ていどの差はありますが』


 怪訝けげんな顔でセブが、手を口に持っていく。


『独去様いまわれわれが話している、これは魔法ではないのですか?』

「話────ああ、なるほど。 そうだ。忘れておりました」

『言葉を口にすることなく、各々おのおのの頭の中で考えていることをつないでいるのでしょう?』

「ああ、その通りです。こりゃ、忍法といいまして。なんといいますかな────」


 セブは、独去の言う忍法という言葉に、身を乗り出す。


『ニンポウ……私の知る限りそのような名称の技術は我が国にはありません』

「そうですか。いや、もっともワシらの元いた場所でも忍法なんぞ知る者は、ほとんどやせんのです。万に一人もおりますまい」

『おぉ。一万人に一人、ですか。ならばニンポウというものは魔法と違い、よほど稀有けうな技なのですね?』


 どう説明したものかと、独去は言いあぐねている。


「まぁ、そうですな。忍法は……使える血筋ちすじの者が限られておりましてな」

『なんと。限られた血族けつぞくだけが使える技術なのですか?』

「はぁ。しかも忍びの血筋ちすじに生まれた者の中でさえ、たましいに術のきざしのある者が修行しゅぎょうて、やっと使える技でしてな。滅多めったに使える者はおりません。当然とうぜん、ワシらのいた国でさえ忍法という言葉を知らない者の方が多いわけです」

『なんともめずらしい。お話を聞くだに魔法とはことなる仕組しくみの技能でございますね。貴重きちょうな技術体系なのですね』


 〝そげん大層たいそうなものじゃ無かとです〟そう言って嘉助が首を振る。


たん前の仕事をできんもんが、仕様しょんなく使うとです。決められた約束事やくそくごとをせんば使えやせんし、技の数も一人一個だけしか使えん。不便ふべんかもんですたい」

『しかしこれほど長い時間、継続けいぞくして使える技とは驚きです……』

「いやいや。長く術がかかり続けるのは術をかけたワシが熟練じゅくれんだからでしてな、嘉助や縫ではとてもこうはいきませ……うわッ」


 最後まで言わせず長い布が伸びて独去をたたく。縫のたもとに入っていたものだ。


「お縫ッ! 何をするか。さっきから小石や布をぶつけおって、場をわきまえんか不作法ぶさほうすぎて情けないわいッ!」

「情けなかとはこっちよ。良か気になって、ふうけたふざけたことばっか言うけんさッ。敵に傷ばわされて熟練じゅくれんなんもなかもんばなにもないでしょう

「だからワシは荒事あらごとなど向いてないと言うたであろう。忍びは強ければそれで良いと言うものではないぞ」

「向くも向かんも、敵に殺されたら終わりやけんね。あんまい調子にのらんとよ」 

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