第八話 エリ エリ レマ サバクタニ

 縫と嘉助の野盗やとうのような行いを口を開けて見ていた村人たちがわれに返る。

 すると、彼らは急に色めきたった。


『オマエ達ッ! なんてことをしてくれたんだッ! すぐに砦から兵士がやって来て、この村の者たちは皆ッ殺されるぞ』

『おいッ、早く出ていってくれッ。オマエらの仲間だと思われると大変なことになるッ』


 嘉助はれる人の群れへの前に行き、彼らをなだめようとする。


「ようわかったから、落ち着いてくんしゃいくださいオイオレたちは準備が終われば、こっからすぐに立ち去りますけんから。心配せんで良ですッ」

『つべこべ言わずにッ、いますぐに出ていけッ! いますぐだ!』


 村人たちは手にぼうや石を持って振り上げては、いる。

 しかし、ついいましがた騎士を素手で殺した縫や嘉助の戦う姿を思い出してもいた。

 とうてい自分たちに打ち払える相手ではないともわかっていた。


 そのために打ちかかる棒や投げつけるべく握った石礫いしつぶてを握ったままで虚勢きょせいって大声だけをあげていた。


『待て! 我らはこの方々かたがたに救われたのだぞッ』


 司祭が村人の前で立ちはだかる。

 それでも、村人の興奮はおさまる気配けはいはない。


『セブ様。なにを言われるッ! 誰もこんなことは、たのんでおらんッ!』


 司祭は村人たちをしずめようとするのだが、険悪な雰囲気は少しもけない。

 縫も嘉助も、村人の言葉など気にもしないで淡々たんたんと荷物をまとめている。

 縫は、ふと手を止めて司祭へ微笑みかけた。


「おじいさん良かとよ。ウチたちは、こげんとこういうのはは慣れとうけんてるから。すぐ出て行くよ」

「へぇ、そげんそうです。いっちょんすこしもかまわんです。オイたちのごたっとは、どこでんきらるっですけんれますから

「ねー。そげんそうよ。甲冑武者かっちゅうむしゃの仲間が来るかもしれん。言われんでん、早う逃げんばいかんけん、すぐ出て行くさ」


 剥ぎ取った大荷物おおにもつかかえて仲間たちの座る場所へ戻ると、独去がひざをつき勘解由のかたわらにうずくまっている。


「これはイカン。少しも動かせん。もはや、どうにもできんぞッ」

「なんね、市さん。勘解由様はいごかせんとね?」

「お師さん……こいは大事おおごとです。勘解由様は、えっと深う気を失うとりますけん。こんままかつげば、しんぞうまで止まるかもわからんです。とてもここからいごかせません。すぐにここから出ていくとは、ムリですばい」


 いまさらながらに、事態じたい深刻しんこくさに気づいた縫が息をむ。


「市さん、アンタッもっと気張〈きば〉りんしゃいッ!」

「わかっておる。しばし待てッ、簡単な容態ようたいじゃないのだ。いまにも、おみゃくが止まりそうなんじゃぞッ!」

どげんしたらどうしたら良かとやろか……」


 三千世は涙声なみだごえで〝兄ちゃん〟と連呼れんこするだけになっていた。

 気負きおうばかりで、なにもできない無力感が四人を包んでいた。


「あめんじす ぜすきりすと まるやさま あめんじす ぜすきりすと まるやさま」


 縫と嘉助はひざまずいていのりだした。

 独去は目を見開いたまま固まっている。

 三千世は泣いている。



『どう、されましたか?』


 見かねたセブ司祭が声をかけた。

 勘解由たちのそばへ近づく。

 それを見て、瞬時しゅんじに立った嘉助が司祭の行く手をさえぎる。


『すみませんが倒れたお人が、どんな状態じょうたいか見せてくだされ。私にも、いささかばかり治療ちりょう心得こころえがあります。わずかなりと、お役に立てるかもしれません』

なんがですか? いまは病人が出とぅですけん、気やすう寄ってんでくれんですか」

『私は、さきほど助けていただいたこの村の司祭でセブと申します。これより先には近づきません。もちろん、倒れた方にはれもしません。この場からお仲間をやしますゆえ、手当をお許しください』


 離れた場所から治療するというセブの話を聞いた嘉助は、あからさまに顔をしかめる。


「いきなりっさっても困っとるのです。セブ殿が言うとらすいなさる、そまじないですか?」

「嘉助っさん、なんでよ。こままじゃ勘解由様が死ぬ。ダメでんしょんなかしかたない。嘉助さん、その人にやらせてみんねみよう

「兄ちゃんが目を開けるとやったら、なんでん良かッ! やってん!」


 四人が見守るなか、セブが胸にかけたひもを手に掛け、倒れた勘解由に向ってかかげる。


『球系魔法陣、三重一連、展開──発現、治癒、起動』


 唱えた言葉が終わると、セブのてのひらの中のひもに通された石が淡く光る。


「何や。修験道しゅげんどうの呪文のごたんね……」


 まじまじと魔法陣をながめる縫の傍で嘉助はけわしい顔で司教をにらんでいる。

 もしも、この治療ちりょうが勘解由様の身体のさわりになったら、すぐに殺すとばかりに殺気が漏れていた、

 騎士をほふった後の嘉助の雰囲気ふんいきえとしている。

 それは見る者のおびえを誘うほどだが、セブは気にした素振そぶりもなく指先をり、もう一度同じ文言をとなえた。

 セブの手と勘解由の身体が同時に光をびて幾筋いくすじかの湯気が立つ。

 するとほどなく、勘解由のみゃくを取る独去が大きく声をあげた。


みゃくが、勘解由様の、おみゃくが戻ったぞ!」


 ツパルク村に現れてからずっとかすかで、有るか無しかだった勘解由の呼吸が強まる。

 しっかりと胸が上下に動きだし、顔にも赤みが指した。


「わあ! みんな見てみんね、兄ちゃんが戻っとっよ。眼ば開けたよッ」

「勘解由様が、助かりなったッ!」


 めた一座の空気が弾けた。


「あいがとございましたッ! あいがとございましたッ!」


 さっきまでの剣呑けんのんな素振りがウソのように、嘉助が地面に頭をこすりながら、セブに向かって土下座をする。

 独去も縫も三千世も地面につくほど頭を下げだした。


『あの……そちらの作法さほうを存じませんので、こたえ方がわかりませんが、喜んでいただいたのなら私も嬉しく思います』

「喜ぶもなにもッ我らの当主を助けていただいたのです。どれだけ感謝しても、したりないほどでございます!」

「ありがとございます。そいでん、おじいさんの技は、どげん忍法やろうか、病やら治せるとかスゴかねぇほんとスゴかねぇ」


 縫たちからびせられる感謝の圧力に押されてセブは苦笑しつつ後ずさる。

 下がりながら目についた独去の肩の傷に向けてまた手をかざして、魔法文言を唱える。しかし流血が止まっただけだ。


『申しわけないですが、そちらの肩の矢傷はまだ時間がかかります。やじりが欠けて体内に欠片かけらが残っておりましたので』

「ああワシの傷なら大事だいじありません。れるていどの矢傷やきずです。かたも動かせますし、死にはせんのなら、問題はありません」

ほんこつ市さんの身体は別に、どげんでんどうでも良かです。死んでんいっちょんでも、まったくしゅうなか人ですけん」

「おい、縫。おまえッ!」


 縫のおどけた手振りに苦笑しつつ、セブは話をぐ。


『……どちらの方も完全にえたわけではないので、みなさまにさわりがなければ、この村の教堂おどうへおいでくださいませんか? 私が預かる場所ですので、このまま治療を続けられますが……』

「そいは、ありがたかですね」

「すんまっせん助かりますッ!」


 一も二なく、セブの言葉を聞くとすぐ嘉助が勘解由をかかえ、縫が大荷物おおにもつかついて司祭のく馬のかたわらに立つ。

 誘った司祭が戸惑とまどうほどの機敏きびんさで身支度みじたくを整えた二人は押すかのようにセブをうながす。


「さぁその教堂おどうとやらへ行きましょうで」

「お世話せわになります」


 三千世と独去も司祭の後について歩き、ゾロゾロと連なってツパルク村の外れへと向かった。

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