第七話 既に死たる死者をもて 幸なりとす

 村人には、忍びたちのやっていたことはよくわからなかった。

 しかし地面にころがる騎士の死体は見える。

むくろを見た村人たちの間から、騒ぎが広がった。


『死んでいるのか? なんてことをッ!』

『大変だぞ。どうしてこんなことに……』

『騎士様を殺すなんて!おそろしいッ』


 とつぜん、思いもよらない恐ろしい事態をたりにしたのだ。

 村人たちは、口々くちぐちに声をあげて、右往左往うおうさおうしていた。


 嘉助と縫が巻きこまれた騒ぎを他所よそに、勘解由は地面にしている。

 三千世は勘解由の呼吸が行いやすいように、顔を横へ向けさせた。

 独去は気付け薬を勘解由の鼻の下へる。

 しかし、はかばかしい成果せいかは現れない。


 三千世と独去は〝兄ちゃん、勘解由様〟と呼ぶことしかできない。

 必死に介抱かいほうする二人だったが、回復の手立てだてはとうにきていた。


 どうすれば良いか……あせりが見える二人へ向かって矢が飛ぶ。

 井戸端の木陰こかげに隠れていた騎士がたものだ。

 二名、いた。

 彼らは周囲を警戒していた騎士だった。


「いかん!」


 飛んだ矢の先には、横たわる勘解由がいる。

 目測もくそくで、そうと知った独去は急いで勘解由におおかぶさり、肩で矢を受けた。


「くッ、こりゃ、思うたよりも痛いわいッ」


 突き立った矢を抜く独去を見た嘉助は、縫へ事態告げて、走る速さを増す。


「お師さん。勘解由様の方に敵ばい。まだった。井戸陰に二人。矢ぁばつがとりまています。オイオレが仕留めますけん。勘解由様はお師さんに任せましたぁ!」


 騎士も大慌おおあわてで嘉助を迎えとうとする。


『フッカムッ! ぞくを近づけるな! 火球を放て』


 嘉助に狙いをつけた射手は矢を。

 もうひとり、フッカムと呼ばれた騎士は魔法を。

 矢継やつばやに次々とつ。

 もちろん何度放とうとも、ケンノサントの騎士たちの攻撃が、走る嘉助に当たろうはずもない。

 矢も火球も、とっくに嘉助が走り去った後の地面を穿うがつだけだ。


『あ、あれは、人間かッ! 動きがまったく追えないぞッ!』

『うろたえるなッスジャパイッ、進む方向に向けて広く矢を撃て、急所でなくとも何処どこかに当たれば良いッ』


 縫は騎士を嘉助へ任せて勘解由たちの方へ目をやり、笑っている。


「はぁ? 市さんは、あげんあんな矢に当たったとね? 勘解由様をかぼうたとは良かったけど、あののろか矢も打ち落とせんとね?」


 鼻で笑う縫の脳裏のうりへ独去の声が響く。

 七十メートルをへだてても問題なく言葉がわせるのは独去の忍法、魂網索こんもうさくの能力だ。


「うるさいッ、お前らみたいに腕っぷしだけにけている者など、そうそういるものかッ!  もともと忍びなんてものはワシのように物見ものみやら乱波らっぱやらが本分ほんぶんなのだからなッ」

「そしたら飛んでくる矢にも、そんげんそういうふうに偉そうに説教せっきょうしたら良かよ。上手うもういけば、当たらんでおってくるっれるかも知れんけんないからね」


 気色けしきばむ独去へ三千世が口をとがらせる。


「独去坊、遊んどる場合じゃなかよッ! 兄ちゃんに、もっと気付きつやりんしゃなさい!」

「姫様ッ、これは申し訳ないッ」


 頭を下げる独去が唐突とうとつに話を切ったので縫もあわてて騎士へと向かう。

 先に駆け出した嘉助は風のはやさと身軽さで山野をけて、瞬く間に射手いてへ近づく。

 しかし、後から駆けた縫の方が、なお早い。


「ドンドンんねぇ。なんまた、逃げて来たここでいくさねッせっかく逃げてきたとにッ」

「お師さん、こっちはオイだけで十分ですけん」

「ウチが行ったっちゃとしても勘解由様の助けにはならんもん。そいにお嬢の機嫌きげんわるぅてえすかけん。こっちば先に済まそぉ」


 呼吸いきも乱さず、矢の速さで地を進む二人に対する騎士は、あわを食って身構みがまえる。

 予想をはるかに越える短い時間で距離をつめられたからだ。


『ダメだ。コイツら、足が速過ぎるッ! 狙いがまるでつけられない』


 魔法の火球を放っていた騎士フッカムは、腰の剣を抜き放って縫に向きなおる。

 縫は、フッカムの剣を避けてを握る両腕と腹の隙間すきまへ身を横にかがめて入る。

 そのまま身体を回すと騎士の脚に手をかけて引き倒した。

 その勢いのままさらに身体をひねると、フッカムの顎に足をかけて自身の身体をばした。


 たまらずころがるフッカムの後頭部へ肘を当てる。

 ゴキリッと、湿しめった音が鳴り、フッカムは動かなくなった。

 手順を追うと、くの通りである。


 だがその速さは、とても常人じょうじんの目に止まるものではない。

 縫が走り、騎士が倒れるまでのすべてが一瞬の間に終わっているように目に映るだろう。


『この野人やじんめはッ騎士を素手すでで殺せるのかッ!』


 とっさに引いていた弓を投げたスジャパイは、手につけた短剣を抜いて縫へ向ける。

 その動きと同時に嘉助は走る勢いのまま、短剣を構えるスジャパイの腰へ飛びかかった。


「お師さんにまかせっきりじゃ、がらるっけんおこられるからなッ」


 手刀を短剣の根元にたたきつけた嘉助は、飛びかかられかしいだスジャパイの頭をかかえて自身を倒す。

 筋力と自重じじゅうに加え、倒れた勢いを乗せて、そのままスジャパイの脛骨けいこつをへし折る。

 これも、一瞬のうちに終わった。


 ツパルク村へ兵糧の接収せっしゅうへ来たケンノサントの六人の騎士は、この世界で強さの代名詞となっている完全武装した戦闘従事者である。


 しかし、あっけないほど簡単にが殺された。

 ありえない惨状さんじょうを目の前にした村人は、恐怖と驚愕きょうがくに襲われえ、ただただ狼狽うろたえた。


『なにが起きた……なぜ騎士様がみんな死んでいるッ』

『ああ! た、大変なことになったぞ、どうする?』

『知らないぞオレはッ! かかわりないからなッ』


 口々に悲鳴をあげて、あわてふためく村人たちとは対照的たいしょうてきに、騎士を殺した当の嘉助や縫は、手慣れたようすで倒した騎士の甲冑かっちゅう雑嚢ざつのう、衣服といった装備を手際てぎわよく取り外して並べている。


 実際、遺体からのぎ取りは、戦場いくさばに長く暮らした二人にとって手慣れた作業だ。

 嘉助にも縫にも、騎士を殺した後悔こうかいは見えない。

 というよりも、人を殺した直後とは思えない落ち着きぶりだ。


「わー。良か服やなかじゃないね、こいならくくって使えるやろね」

「助かりますね。こん鎧はオイが背負かろうて行きますけん」

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