第六話 惡者は義者のあがなひとなり 悖れる者は直き者に代る

 気を失っているバントへ、つまらなさそうに縫が関節技の話を語りかけている。

 その横へ嘉助があわって飛んできた。


「お、お師さん! 何しよっとているんですか! 余所よそん土地ですけん。事情わけも知らん争いに、かたっとはこらえてくんしゃい」

でけんとよできないよ。もう遅かもん」

「あああ! ほんなこつほんとうに、もうッ!」


 頭をかかえる嘉助を前にして

〝やってしまったことは、もうどうしようもない〟

 そう、縫はうそぶいていた。


『バント? おい、バントッ!』


 白目しろめいて気絶している同輩どうはいをタゲルボは信じられないものを見たかのように凝視ぎょうしする。


『お、おのれ野人がぁ! バントになにをしたッ!』


 剣を突き出して向かって来た。

 縫は、バントを転がして即座に彼の首を折り、立ちあがりざまに剣を突いてきたタゲルボの前にみこみ────

 一気にびこんだ。

 勢いのまま心臓。さらに回り、後頭部をもにぎこぶしで打つ。

 悲鳴もあげられぬまま、タゲルボは倒れた。


「ああ……またお師さんの悪かくせん出たぁ。もうおしまいたいッ!」


 うなだれる嘉助の前に、二人の騎士が転がる。

 両人りょうにんの耳鼻と口からはドクドクと血が流れ出ている。

 タゲルボとバントは、完全に息の根が止まっていた。


「はー。他所よそに来て、すぐに殺生やらせんばいかんてをしなくてはならないなんて……ウチは、よっぽどごうが深かとやねッ」

そぎゃんそうなのですか。お師さん」


 嘉助が表情もなく同意する。


『な────』


 残された騎士のひとり、チキドは言葉を失っていた。

 一息ひといきの間に、二人の騎士が殺された。

 それも武器も持たないせた女の手で。

 目を見開いたまま、動けない。

 いまだに現状げんじょうを理解できないでいた。


『死んでいる。そんな。女になぐられただけで? 鎧を着けた騎士が? まさか……』


 目の前の女が得体えたいの知れない不気味な存在ものに思えてきた。

 いたを払うように、ことさら大声をあげる。


『きっとッヤツら、タゲルボやバントは、病でもわずらっていたのだろうッ、だが殺されたことに違いはない。かたきを討つぞ』


 そして、いまだに動かない、もうひとりの騎士にも声をかける。


『近づかせねば問題ない。魔法でいく。リョガンもあわせろ!』

『チキド! 火球だな?』

『おうッ』


 縫は、目の前の騎士二人を見ようともせず嘉助のかたわらへと小走りにけ寄る。


「嘉助さん見た? 鎧通しの※チョーサンポー(※拳法)は効くごたる。当てたら、うっぽがせる貫けるし、るっよ、そいぎゃそういうわけで嘉助さん、あとの二人はアンタにまかせたけんね」


 弟子の背に隠れるようにしゃがんだ。


「ウチは手本てほんば見せてやったけん。もう休み。休みよー」

「ちょ、お師さん。そげん急に言われてん……」

『球系魔法陣ッ一重三連────』

「嘉助っさん、見てん。ほら見てんッ。鎧武者が何かしよるごたっよしているみたいよ


 縫の指差す先、文言もんごんを唱える騎士の前の空中に光る図形が三つ、つらなって現れた。


「え、なんて? お師さん、この光る輪っかは何ですとね?」


 嘉助が目を見開く。

 目の前では次々に光る輪の形が変わっていく。


『発現──火気、起動ぉ』

「ほぉ。ちゅうに光の輪が三つも浮いとぉ、いごいとるし。こん人らの忍法やろか?」

「わからんけど、こいは、えっとこれは、とても綺麗きれいかよッ」


 縫は、大道芸だいどうげいを見物しているかのように他愛たあいもなく手をたたいている。

 光る環は二人の見ているうちに地面と垂直に浮かび、輪の中心からシュンッと音を立て、朱色しゅいろの火球が飛んできた。


「ひゃぁ! 火の玉てね。アハハ、火の玉ばぶつけてきたよッ! アモジョおばけか!」


 笑う縫。

 嘉助があわててける。縫は動いたとも思えない。

 しかし二人は自分たちに向かって来た火球を容易たやすけた。


「な、なんやこいこれはッ!」


 目をく嘉助の前で、火球は地面へぶつかり、大きくぜる。


「えええ、えすとこに来たもんばい……」


 嘉助は縫をかばうように立ちながら騎士に目をえている。

 ケンノサントの騎士は驚いていた。


『火球がはずれた?』

『なんだおい……なぜ当たらん? まさかアイツら、けたのか?』


 縫は上機嫌じょうきげんで嘉助をたしなめている


なんばひゃたくれとっとねなにを怖気づいているのよおぅはなかよ。良く見んしゃい嘉助っさん。あん人たちの火の玉は鉄砲よりっとおそか、ウチらなら目をつむっても、けらるっよ」

「本なこつですかッ?」


 声をあげながらも、チキドたちからは目線を切らない。


『止まるな、偶然ぐうぜんだ! 次々に放てッ』

『発現──火気、起動ッ』


 光る円がたわみ、またも火の玉が飛び出す。


「火の玉は真っ直ぐに進んどっけん。くっとは忍びの投げる石礫いしつぶてより簡単かよ」


 縫は初見しょけんで二人は騎士たちの魔法を完全に見切っていた。


『あ、あり得ない! 魔法をッけるだとッ!』

「そしたら今度はこっちから、やりかえしんしゃい! 嘉助っさんッっつらかしてんッ」


 縫の言葉にされた嘉助は低い姿勢から地をすべるようにねて、リョガンのあこの下から上へてのひらを突き上げた。


 打たれたままの姿勢でリョガンが倒れる。

 嘉助は同じ方向に自らもぶ。

 空中で騎士のかぶとわきかかえ、地面にリョガンを身体ごと打ちつけた。


 血溜ちだまりに倒れたリョガンは、そのまま動かなくなった。

 三人目だ。

 見たこともない手技しゅぎで死んでゆく同僚どうりょうをチキドは、ぼうぜんと見つめていた。

 もはや驚愕きょうがく以外の情動じょうどうは消えていた。


『な、なんなのだ、コイツらはッ!』


 一人残された騎士チキドは、おそろしさのあまり片手剣を抜いてデタラメに振り回している。


はよう済まさんばないと


 すわった縫とは対象的に、動き回る嘉助は、またも低い体勢から身体を捻りチキドの足首をった。

 倒れる騎士を背後から抱えたまま地面へ落とす。

 そして地面で頭を打ちつけた騎士の首へひざを打ちこみ、首の骨を完全にくだいた。


 嘉助も縫も攻撃を始めた瞬間から、相手を殺すつもりで急所きゅうしょ的確てきかくに破壊していた。

 制圧せいあつ拘束こうそくも初めから頭になかった。


「そより、勘解由様はだいじょうぶやろか?」

「本なこつですね。はよう戻らんばッ!」


 二人は何事なにごともなかったかのように、仲間のもとに駆け戻った。

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