第五話 なんぞ 時いたらざるに 死べけんや

 独去、嘉助、縫が勘解由のそばに集まる。


「なんだとッ」

「ほんとやッ、どげんするどうすればいい

どげんしたととうしたの?ッ勘解由様ッ起きてん」


 四人が声をかける。

 しかし勘解由は、まったく動かない。

 独去が急いで勘解由の首元や脈を探るが、すぐに首を横に振る。


「勘解由様が術を使うと気を失うことは知っておるが……完全に意識が閉じておる。待て、息までが止まっておるぞッ!」

なんてですかどういうことですかッ!」

「わからんッ! 門を開いた場所が悪かったか。五人に加えて舟までも運んだのが、無理だったのか……わからんッ」


 独去が腰回りの雑嚢ざつのうから素早く取り出したはりを打つ。



 急にあわてだした独去らを一瞥いちべつしたバントが舌打ちする。


『なんだアレはッうっとおしい! あんな奴らは早く追い払おうぜ!』


 言いてると同時に、勘解由を囲んで狼狽うろたえる四人へ槍を向けた。


『おいバント待て、あの野人の女は……よく見ると、マシな顔立ちじゃないか?』

『タゲルボぉ、お前は本当に物好ものずきなヤツだな……あんなみすぼらしい異国人まで抱く気か? しかし、そう言われてみれば確かにマシな顔かもな。まあいい。こっちの女も連れて行くか』


 バントが手近てじかにいた縫の肩をつかむ。


なん? ウチと遊びたかといのなら後で相手してやるけんから、待っといてッ。いまはそれどこじゃなかとよいの!」


 タゲルボは下卑げびた笑いで三千世を指差ゆびさした。


『それともう一人の異人の娘は……幼いが面立おもだちと立ちふるまいも良さげだの』

『いやいやタゲルボ、さすがにないぞ。あれは幼な過ぎるぞ。オマエ、恐っろしいなッ』


 三千世に手を伸ばしたタゲルボの前に、縫が手を広げて立ちふさがる。


「ダメ! そんはダメよッ!」


 縫は、伸ばした手をバントにつかまれて引き倒された。


うるさい。オマエら二人ともだまって我らについて来い』


 バントから倒されるがままにした縫。

 彼女は卓越たくえつした体術たいじゅつを持つ忍びである。

 ただにぎられただけの手を外すことなど、造作ぞうさもない。

 いまだに状況が把握はあくできていないために、あらがってもかまわない場面なのか判断できない。

 だから、害などせない、か弱い女をよそおっていた。


やめんねやめなさいッちょっと、手ぇ放してッ」


 声をあげる縫を見た嘉助が、あわててバントの肩に手を置く。


「お武家様ぶけさま勘弁かんべんしてくんしゃいください……オイオレたちは、ただの旅のもんですけんッ」

『ええいッ猿めが、触るな汚らわしいッ』


 打ち払われた嘉助は地面に投げ出された。そう見えるように嘉助もまた弱い下人げにんよそおった。


下郎げろうめがッ……いきなり触りおって。気持ちが悪いわッ』

「すんまっせん! すんまっせん!」


 肩をはらうバントは情けない笑顔を浮かべてころがる嘉助へ手槍を向ける。


『おい猿。手向てむかうと、お前もれも、みな殺すぞッ!』


 よろけながら立ち上がった司祭が、バントの前に転がり出て、嘉助の前に平伏へいふくする。


『お願いしますッ騎士様ッ、どうかもう誰も殺さないでくださいませ!』


 様子をうかがっていた嘉助も縫もあっけに取られて司祭をしばらくながめていた。


「え? こん人は、なんね。なんでウチたちばかばね?」 

そげんそうですね……知り合いじゃなか、ですもんね……」


 独去は薄く笑う。


「これは珍しい。なんとまあ、この御仁ごじんは善人、だぞ」


 司祭に逆らわれ続けて、バントの顔色が変わった。


『おい司祭……我らに、あくまで逆らいコイツら余所者よそものかばうつもりならば───』


 いつくばった村人も司祭へ声をかける。


『司祭様ダメだ! 流れ者など放っておきなされ!』


 騒ぎのなか、縫と嘉助は地面に転がされいつくばったままで、騎士たちのようすを見ていた。

 見れば────村人はさらに遠巻とおまきに離れている。

 もめごとに関わりたくないのだろう。

 誰も、司祭には同調どうちょうしていない。

 口々に司祭をいさめているばかりだ。


『セブ様ッ騎士様へあやまりなされ』

『司祭様ッかばうことはねえ。コイツら見たこともねえよ。余所者よそものだッ。騎士様が持って行くも、殺すのもワシらに関わりはねぇッ』


 騒ぐ村人の話を聞くでもなくながめていた縫がつぶやく。


そげんやろそうよねぇ。村ん人の言うとがあたんまえやろふつうよね


 村人の態度をながめて、物憂ものうそうに微笑んだ。

 そして、目の前にいるセブへ視線を移す。


ばってんなのに、このおじいさんは……」


 セブを見る縫の口のはしが上がる。

 縫が悪戯いたずらをするときに浮かべる表情だ。

 これを見た嘉助が、首をすくめる。


 この顔をした縫は、

 しかも、を止める手立てが自分にはない。

 嫌な予感に、長いため息をいた。


『おいおいおい! 司祭は、あくまでも我々に逆らうのだなッ!』


 バントの怒気どきびても、平伏したままセブはその場を動かない。


『よくわかった、』


 衆目しゅうもくが見守るなか────騎士バントは、手槍を振りかぶる。


慈悲じひもこれまでだ、司祭ッ! おのれの愚かさをあの世でやむがいい』

『……神よ。いま御許みもとに』


 ごぅ────ッ! 

 風をって手槍が司祭に振り下ろされる。

 やいばが老人の頭に接する刹那せつな穂先ほさきを打ちつけて手槍を叩き落としたてのひらがあった。


 縫だ。

 地面をえぐる手槍をさえて、憤然ふんぜんとバントへ怒鳴どなった。


「危なねッアンタ、こおじいさん殺す気ね!」


 一瞬で、場がかたまる。

 バントが驚きで目を見開く。

 周りの村人らも、呆然あぜんたたずんでいた。


 女が。せたみすぼらしい異国人らしき女が、大男の振るう重い手槍をこともなげに素手で払い落とし、押さえたのだ。

 硬化こうかした場の空気のなかに、長閑のどかな縫の言葉が響く。


「ねー。そいとさそれでね、お嬢は許してくれんねません?夜伽よとぎやら、ウチが二人とも相手してやるけん。ウチたち、争いばする気ぃやらなんて全然じぇんじぇんかとよ」


 嫣然えんぜんとした微笑を浮かべる縫の前で、怒りに震えたバントは腰の剣を抜くと、叫びながら切りかかる。


『げ、下郎げろうめがッ手向てむかいよってッ! み、身のほどをし、知れッ』


 払う手も見えない剣速だ。

 縫が斬殺ざんさつされると予感した村人の悲鳴が響く。

 だがバントは剣を抜いた体勢たいせいのままで固まり、震えている。

 見れば縫がすずしい顔でバントの手に、たおやかな手をえていた。

 客にびるあそのような、男にしなだれかかる仕草しぐさだ。

 しかし実際には、バントの手首と肘の関節を


『お、おのれぇッキサマッ! い、生かしてはおかんぞッ』


 バントは痛む手のまま、つぶすように自身の重みをかけて縫へ剣を押していた。


「はあ……どげんしてんどうしてもる気ね……仕様しょんね」


 力押しする切っ先が縫に触れた瞬間、その圧力を利用して柄を握るバントの手をさらに内へとひねる。

 バントの腕からゴキゴキッと岩を擦るような音が鳴った。


『ぐうッ! いだいだいだッ』


 苦痛にひざをつく。脂汗あぶらあせが流れる。

 激痛に加え、三度も女に動きを止められた屈辱くつじょくにバントの顔は、いまにもはちきれそうなほどに赤くまっている。


『ぐぐッ、ううう。あやしき技をッ。しかし女の力ごとき……』


 バントが話し終わらないうちに、縫は彼のひざの裏をった。

 たまらずバントが倒れるすきに、バントの足首を自分の足首でからめ、手をめたまま肩と足首をひねった。

 ゴキゴキッ! またバントの骨が鳴る。


『がああッ』


 たまらず悲鳴をあげるバントを、縫は涼しい顔でタゲルボのいる方向へ引き回した。

 弓矢でられた際の盾にしているのだ。


「組み討ちやら、知らんとないの? ガチガチに硬鉄鎧やらなんてとってていても腕や脚には節々ふしぶしがあるとやけんのだから、こいを極めたらいごかれんやろ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る