第四話 汝の手 善をなす力あらば

 ルクブ砦から来たケンノサントの騎士は、とつぜん何もない空間からき出た五人に対して、どうせっしたら良いものかわからずにいた。

 動きあぐねて、ただ目の前の異様いような者どもを見ている。


戦支度いくさじたくばしちょをしているのが四人。これは珍妙ちんみょうな形の大鎧ですばい……異国は、こげんちに、なっとっとですかいね」

板金いたがね総身そうみおおうとるね。見たことも無かピカピカの金張かなばりの胴丸やけど、綺麗きれいかもんやなものねぇ」

「うむ。まわりの異人いじんがなんか言うておるが言葉が通じんな。どうやら、ワシの術の出番かのう」


 前に出て腕まくりする独去へ、縫がまた小石を投げる。

 いたずら者を目で威嚇いかくした独去が顔を騎士へ向けた。

 動き出す独去を見て、騎士たちはようやく平静を取り戻した。

 そろって槍をかまえて五人を取り囲む。


『おいおいコイツら……なにかしら奇妙な音をペチャクチャとたてておるぞ。鳴き声か? やはり人ではないのか? 森から来た猿のたぐいか?』

『いや衣服を身につけているからな……異国の流民か、どこぞの蛮族ばんぞくだろう。まったくこの村落はおかしな連中のまりだな』

『かろうじて人らしいのだが……まあ猿のたぐいとそう変わるまい。言葉が通じぬのならば、槍で追い散らすか』


 騎士たちは、嘉助を見ては顔をゆがめて笑う。


「市さんはや、アンタ魂網索こんもうさくで異国の人らとウチたちの頭ば、つなんしゃなさい」


 縫が独去のそでを引く。


「しばし、待て。そう揺らされおっては術がかけられんぞ……よしとらえた、皆にもまわす」


 独去は、指をからめて何やらの文言を口の中で唱えた。


「きりやれんず きりすてれんず きりやれんず」


 切支丹のとなえているオラショのようにも聞こえる、独特な節回ふしまわしの語句ごくだ。

 声が止まると同時に、遠くで霜柱しもばしらむような音が幾千いくせんも重なって聞こえ出す。

 独去のつぶやきは軽い耳鳴みみなりの後に、雑多ざったな音声と変わって広がった。


 忍法、魂網索こんもうさく────

 複数の人数の思考を声に出すことなく伝え合わせる術である。

 精神と意識に関わる現象を操作する忍法であり、広域こういきで多数の人間に作用するテレパシーとも言えよう。


「あぁチクショウめッ。近場の鎧武者だけにとどめても、頭ん中をつなげる数が五人ともなると、頭が痛いわい。うう、これは年寄りのやる忍法じゃないぞ」


 しゃがみこむ独去をよそに縫と嘉助は腰をかがめて、騎士に向けてぎこちない愛想笑あいそわらいをふりまく。


「お騒がせしてすみまっしぇん。オイたちは旅のもんで……もうすぐに、ここらから出て行きますけんから勘弁かんべんしてください」

『お? いきなり言葉を話し始めたぞ。なんだ? どうやら猿ではなかったようだ』


 ニコニコと愛想あいそをふりまきながら、縫は口を動かさずに嘉助へ騎士たちの印象いんしょうを伝える。


「言葉は、わかっようになったとやけど、こん人たち……ロクなこと言うとらん。わかっとらんほうが良かったかもしれん」

「はあ。もとから歓迎はされんと思とったですけんど……まさか荒事あらごと最中さいちゅうにでくわすとは……間の悪かことです」


 いまの違和感しかないの状況に、たじろぐ嘉助。

 しかし何もない空間から人が浮き出て来る現象などケンノサントの騎士たちにとっても受け入れ難い事態だった。


 現にいまも五人の唐突とうとつな出現については、見間違いをしたのだとかたくなに思いこんで、平静を保とうとしている。


『な、何にせよ、気にすることもない。風体ふうていからして食いめた流れ者だろうよ』


 確かに目の前にいる五人は、武器も持たずろくに持ち物もない貧相ひんそうな身なりだ。

 このまま放置したとしても、自分たちにとって脅威きょういになるとは思えなかった。


『念の為に見回しても、魔法陣はどこにも出ていない。魔法の気配けはいもない。まぎれこんだ下人げにんたぐいで決まりだな』

「マホウ……? こん人たちの言うたマホウってなんね、嘉助っさん?」

「お師さん。オイが知っとるわけがなかですよ……」

『さっさと、この村から取るもの取って帰るとしようぜ』


 騎士たちの興味は、突然現れた異国人からツパルク村から巻きあげる食料へと戻った。


『タゲルボ、バント、 早く食い物を差し出させるぞ。ガロツクの者どもがすぐそこまでせまっているのだッ! オレとチキドは奇態きたいなヤツらを追い散らす!』


 呼ばれたチキドが我に返って槍を勘解由らへ向ける。


『寄るな! 目障めざわりな下人どもめ!』


 勘解由らに背を向けたバントは、集まり震える村人を品定しなさだめする。


『しかし、ここのヤツらときたら、どいつもこいつもせた体つきで、ロクなつらの女などいないな。しかし、これでも砦にこもるさばらしにはなるかもしれん』


 言うないなや、バントは手近な村人の女の手を取り、顔を上に向けさせた。

 あごを握られた女の口から弱々しい悲鳴が上がる。

 司祭があわててバントの手をめようと取りすがる。


めてくだされッ! どうかどうかッ騎士らしくふるまってくだされッ! 神が見ておられますぞ!』

わずらわしいわッ!』


 バントは、腰にすがりつく司祭を木の葉を散らす容易たやすさで払いのけた。

 突き飛ばされたときにひたいを切って血を流しながら、なおも立ち上がろうとする司祭を村人が止める。


『セブ殿やめておけ……お上に逆らうと村中の者がみんな、殺される。止めよう。しかたがないのだ』


 村娘の悲鳴がまない。

 ひたいから血を流す老人を見て嘉助が声をらす。


「ここでんッ侍が、領民ばひどあつこうとっとかッ」

「ああッまたね。ウチたちはまた、こげんつうくれのおる土地に来たとねッ」


 縫が憮然ぶぜんとした顔でバントへ歩み寄ろうとする。

 あわてて嘉助が止めた。


「お師さん我慢がまんしてくんしゃください。まだ右も左もわからん土地に来たばっかいやけんりですから、下手に暴れたら勘解由様のためにならんですけん!」

そげんとはそういうことは、わかっとぉさッてる!」


 き起こる怒りで、キリキリとまなじりがあがる。

 だが唇を引きつらせながらも縫は、その場に立ちつくしていた。必死に自分を抑えていた。

 乱波らっぱや忍びなど、人の道から外れるような役目を長い間になう者には珍しく、この二人の心には他者をいじめる者へのいきどおりがあった。


 徳川幕府の身分制度みぶんせいどもとにいた二人は、生まれついた境遇きょうぐうだけでいやしい者だと決められ、信じる教えも禁じられていた。

 だから、身分をかさにきて力なき下々しもじもの者をいたぶる者を、どうしても許せなかった。


 二人が怒りをこらえていると、勘解由のみゃくを取っていた三千世が声をあげる。


「兄ちゃんがいごっさんないッ! 忍法の反動かえりがいつもよりひどか。じぇんじぇん全然いごっさんないッ」

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