第三話 弱き者を 弱きがために 掠むること勿れ

 正方暦八三一年。

 ケンノサント、ヒュマジ草原、ツパルク村────


 六頭の馬が横長の飼葉桶かいばおけから馬草をんでいる。

 馬の前には襤褸ぼろを着た五十人ばかりが並んで地面にいつくばる。ツパルク村の住人だ。


 村人の横には首に大きな傷のある死体がころがっていた。

 彼もこの村の住人だ。

 先ほど切り殺されるまでは、だが。


 殺した者は、村人が頭を下げる先にいる四人。

 全身をおおう金属鎧の騎士だ。

 村人の一番近くにいるかぶと面覆めんおおいをあげた一人は、傍目はためにもわかるほど、苛立いらだっていた。


『一人死んでも、まだわからんのか? おのれら、村人の分際ぶんざいでッ我らケンノサントの騎士に逆らうつもりなのかッ』

『逆らうつもりなど、まったくもってございませんッ! し、しかしし上げられる品は、村に残ったほぼすべてではありませんかッ、食べる物がなくては、この冬さえ越せませんッ』


 村の代表らしき老人が、地にうずくまったまま声をあげる。


『は? すぐにもガロツクの軍勢が攻めてくるのだぞ? このままでは、キサマらなど春までどころか七日もせぬうちに、みな死ぬのだぞ』


 羽飾はねかざりをつけた騎士が前屈まえかがみになり、老人をめつける。


『戦ってやるのは我々だぞ。救い主に手助けするのはぁッ、あたりまえだろうがッ!』


 騎士は槍の石突いしづきを地面へ打ちつけて、すごむむ。


『しかしアナタ様方は、この地ではなく山向こうのルクブとりでにてガロツクの侵攻をはばむおつもりだとお聞きします、食料を渡せと言われるのならば我々も砦へ連れて行ってくださいませッ』


 老人に呼応こおうして周りの村人も〝そうだ司祭様の言うとおりだ。ワシらも連れて行ってくだされ〟と声をあげた。


『なにを言い出すかッ! お前らのようにあやしいヤツらをじんに置けるわけがないわ。戦の間はそこらの山にでも隠れていろ!』

『ではッ、何のために命をつなぐ食料をさし出さねばならないのですかッ』

『────おい、司祭よ。これは国からの命令だ。我らに従わぬということはすなわち国にそむく者、ということになるぞッ』


 村人はおびえて声もらせずに、息を飲んだ。

 気勢きせいをくじかれた村人を見て、騎士が続ける。


『国にそむく者は敵だ。敵ならば、この村の全員を成敗せいばいすることになるが、良いのかッ?』


 羽飾はねかざりをつけた騎士が槍のおおいをはずして村人へやいばを見せつける。


『死にたくなければ、さっさと言われただけ食い物を持って来い、この場で皆殺みなごろしにされたいかッ!』


 恫喝どうかつひるまず、なおも抗弁こうべんしようとする司祭を見た騎士は彼の肩を槍の柄でしたたかに打つ。

 倒されて、うめき声をあげる司祭のそばにしゃがんだ騎士は、老人の鼻先の地面へ刃を突き立てた。


『司祭であっても、これ以上逆らえば殺すッ』


 村人らはひたいを地面に押しつけて、震えているばかりだ。


『……いや、むしろ見せしめにはちょうど良いか、殺さないまでも足腰が立たなくなるていどに打ちすえれば見せしめになるか?』


 地に伏せる老司祭へ向けて笑顔の騎士が槍を振り上げた────

 その一瞬。その刹那せつな


 ドクンッと一つ。音がした。

 騎士と村人の会した空間が脈打みゃくうち、音がえる。


 色がゆらぎ、波打つ景色けしきゆがみがゆっくりと五つの人の形となった。


『……なんだ?』


 ドッと生暖かい潮風しおかぜが山深いツパルク村一帯へ満ちた。

 同時に、音と光もまた、戻った。


『うお! おいこれはッ!』

『おいッ! コイツら……いてでたぞ。バントも見た、よな?』

『いや、待て。そんなバカな話があるか。おおかた、どこかの物陰に隠れておった者が我らの剣幕けんまくに恐れをなして出て来たのだろうよ』


 どよめく騎士たちの見つめる中の五人────誰あろう彼らは、寛永かんえい十五年二月二十六日、夜の原城址はらじょうあとより消えた肥前忍ひぜんしのびの面々めんめんであった。


 六部姿ろくぶすがたの独去は身をかがませ、縫と嘉助は片膝かたひざをつき、三千世は左右に揺れながら、勘解由は泰然たいぜんと並んでいた。

 突如とつじょとつじょあらわれた五人の誰もが無言でたたずんでいる。

 誰もがけわしい顔ではあるが、驚いてはいない。


 この奇怪な現象、原城址はらじょうあとのぞむ海上にいた者が一瞬の後にツパルク村に現れるという現実。

 途方もないへだたりを身動みじろぎもしないままで、またたく間に移る忍法────

 そんな奇怪な現象には、誰もがれた面持おももちだった。


「着いたようだ、な」

「はぁ。やっぱい、じぇんじぇん全然知らん場所ばい」


 独去と嘉助が肩を落としてため息をく。

 それに対して四人の騎士は、薄いかすみに包まれた五人を見つめたまま、固唾かたずをのんで突っ立っていた。


『なんだぁ……コイツらは。見たこともない顔立かおだちのヤツらだ……』

『しかし、なんとも……みすぼらしい身なりだな』


 そしてこの場で最も人数の多い村人たちは、突拍子とっぴょうしもない事態に面食めんくらい、騎士の囲みよりもなお遠くへりにけ去った。

 いまは方々ほうぼう物陰ものかげから五人の忍びのようすをうかがっている。

 予期よきしない喧騒けんそうを受けて、縫と嘉助、独去は目線だけを素早すばやく四方へめぐらせる。

 そのまま勘解由、三千世を中心にしてゆるく広がった。


「見渡す限りの者たちは、異人いじんじゃ……な」

「囲んどるのは、ここの※地下者じげもん(※地元民)ですやろか?」


 どこか楽しげに縫は口元をゆるめる。


「何かここの人は、みんな※パーデレ(※宣教師)とよくとぉ顔つきやね」

「そんなら、オイたちゃ……海の向こうに来たとですか?」

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