第3話



 その日、駐屯地に戻ったトロイはフェルディナントに報告しに行こうとして、騎士館の側に向かうと、奇妙な光景を見た。フェリックスが騎士館の入り口に挟まっていて、尾を四人くらいの騎士たちで、力いっぱい引っ張り、彼を引っこ抜こうとしているのだ。

 トロイは半眼になる。

「……何をしているんだ」

 聞きたくなかったが聞いた。

「あっ! トロイさん! フェリックスが騎士館の扉に挟まっちゃったんですよ!」

「そんなこと見れば分かる。何故そんなことになったかを説明してくれ」

「会いたかったんだな! 会いたかったんだなフェリックス! ネーリ様に! それは分かる! 分かるが会いに行こうとして挟まるなよ!」

「重すぎるぞびくともしねえ! フェリックスお前また大きくなったか⁉」

「そうだなあ。こいつは隊長騎だけど一番若いからまだ成長するのかもなあ」

 出入口を塞がれた騎士たちが、諦めて窓から出入りしている。

「おい! こっちから見ると挟まってるフェリックスすごい怖いから早く引っこ抜けよ!」

 まだ中で作業をしてる騎士たちが訴えている。

「無理に引っこ抜くとこれ入り口も引っこ抜くことになるかもしれんぞ……」

「大体なんで挟まったフェリックス⁉」

「元々ネーリ様が二階に運び込まれてから入り口に陣取って待ってたけど、覗いてるうちにある時行けるかもしれんと思ったんだろうなぁ」

「いけんな⁉ 絶対にいけんよな⁉ お前の身体、首だけじゃないの! 胴がどう考えても扉の幅より大きいし翼も入れたら絶対入らんな⁉ 見てわかるよな! お前賢いんだから明らかに自分の胴より狭い所に首だけ入ったからって、行けるかもと思うのやめてくれるか‼」

「あ~~~~~~~! ダメだ! 少しも動かねえ! お前ら飯食ってねえでちょっとは手伝えよ!」

「ヤダ。フェリックス触るの怖いもん」

「そうだよな。ネーリ様がワンちゃんみたいに触ってるから最近忘れがちだけど、本来こいつ団長以外が触るだけで激怒するくらい気位高い奴なんだぞ。しかも鬼のように記憶力いいから自分に気安く触ろうとした奴の顔とかしっかり覚えてるんだぜ」

 側で手伝わない騎士たちが口々に言って、首を振っている。

 丁度その時フェリックスが長い首を動かし、自分の尾を引っ張っている四人の顔を見た。

 四人は一瞬引っ張るのをやめ、竜の顔を見る。

 その中の一人が慌てて首を振った。

「違うぞ! フェリックス! お前を苛めてるわけじゃない! なんでか壁にめり込んだお前を助けるために俺たちは仕方なくお前を引っ張ってるんだ! こんなことで怒るなよ! 親切心でやってるんだから! 俺たちだって普段こんな無遠慮にお前の尻尾を引っ張ったりしない!」

「あ~~! なんか恨めしそうな顔に! 見える!」

「激怒してる顔に見える! 多分単なる気のせいだろうけど!」

「怖い怖い怖い! グルグル言うなフェリックス! それどう考えても『どうもありがとう迷惑かけるね』の鳴き方じゃないな⁉」

「どちらかというと『早くしろよこの野郎』に聞こえるな」

「早く出来ないの! お前がめり込み過ぎてるから!」

「『ギューッ』って今言った! なにこれ⁉ どういう感情⁉ 竜騎兵の俺たちでも一回も聞いたこと無い竜の鳴き声! 怖い怖い! トロイ隊長なんとかしてください!」

「なんとかしてと言われてもだな」

 トロイが溜息をついた。

 側に歩いて行く。

「……フェリックス。そんな所に挟まって騒ぎを起こしても、ネーリ様はまだ降りて来られないんだよ。目が覚めてもお前と遊ぶのは無理だし、肩を深く怪我してる。絵も描くのは無理だ。特に見上げるほど大きいのはな。早くあのキャンバスに絵が描かれないかなと待ち遠しいのは分かるが、我慢してくれ。お前だってネーリ様がどんなに大怪我をしたか、見ただろ。お前が規律を破ってもネーリ様を助けに行ってくれたことは、フェルディナント将軍も、私も、ここにいる全員がお前に感謝している。

 竜は大いなる生き物だということは我々は分かっているけれど、不思議な力でお前はネーリ様の危機を感じ取った。軍医もあのまま少しでも発見が遅れていたら危なかったと言っていたよ。お前はあの方の命を救ってくれた。ネーリ様も元気になったら、必ずお前に会いに来て下さるから」


 不思議なことに、ネーリが駐屯地に運び込まれてから、騎士たちは目覚めるまでと目覚めた後も、大丈夫かなあと心配しているのだが、彼を慕って後ろをついて歩いてたり、側に寄り添っていることが多かったフェリックスは、自分の待機場所である薪の倉庫で、意外なほどおとなしくしていた。

 倉庫の前にいつもいたのに、ネーリが運び込まれてから、妙にフェリックスが倉庫の中に入ってる姿を見た。彼は先日、無断で駐屯地を出たので、団員たちは驚き、フェリックスの行動を再び注視するようになったのだが、トロイも気にするようにしているが、あの日からよく倉庫の中にいるのだ。

 倉庫の中にはネーリが、大きな絵を描くための準備がもうしてあって、画材も運び込んである。白いキャンバスも壁に掛けられて準備万端なのだが、その矢先に先日の事件があって、画材は手が付けられず、そのままになっていた。

 フェリックスはキャンバスの前で蹲って、眠ってることが多くなった。

 そんな姿は画材が運び込まれる前はほぼ見たことが無かったので、トロイはそんな声を掛けた。本当に、ネーリが絵を描き始めるのを、待ちわびてるような空気を感じたからだ。

 妙に大人しくなったなあと思ったら今日のこの騒動である。

 ……竜とは不思議な生き物である。

 他の動物とは、やはり少し何かが違うと思う。

 トロイが静かな声で語り掛けるように話しかけると、数秒後、フェリックスが自分の足を使って挟まった所から抜け出した。ガラガラと入り口の石壁が崩れている。

 石の城壁さえ突撃で砕くフェリックスのパワーをもってすれば、自分で抜け出すくらい簡単なはずなのに無抵抗で人間に引っ張られてる姿に、なんとなくトロイはそんな声を掛ける気になったのだ。

 騎士たちがあれこれ騒いでいたら、ネーリが何かなあと降りて来てくれるとでも思ったのだろうか。 

 そうだとしたら面白いことを考えるなあ。

 本当に、人間みたいだ。

「ああああああ……! 入り口が崩れた!」

「挟まった時に覚悟できてただろ。早めに入り口を直しておけ」

「ハッ!」

 若い騎士たちが敬礼をして応える。

 フェリックスはグルグル言いながらゆっくりと倉庫の方へ帰って行った。どうやら、我儘に振る舞って気が済んだらしい。

 トロイは広くなった入り口を通って、ようやく騎士館の中に入る事が出来た。


 

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