月をすぎて、しばらくたつと、スチーラの星がみえてきた。ぼくは、メイと二人で、まどのガラスにかおをくっつけるようにして、どんどんちかづいてくる星をみつめた。


「みて、エリック。あんなにたくさんのロボットがいるの」


 メイのゆびさすほうをみると、はるかした、まちのあかりのあいだを、きらきらとひかるロボットたちがあるいているのがみえた。

 ぎんがてつどうは、ゆっくりとまちのえきにとうちゃくした。シューッという音とともに、とびらがひらく。


「さぁ、おりましょうか」


 スチーラのこえに、ぼくとメイはうなずいて、てをつないだままホームにふみだした。


 とたんに、ロボットたちのざわめきがきこえてきた。


「あれ、みて! 大とうりょうが人げんをつれてきた!」

 

「ほんとうだ! 人げんさんだ!」

 

「わぁ、かわいいですね!」


 ぼくはスチーラのほうをふりむいた。


「スチーラ、大とうりょうってなに?」


「あ、そうでした。お二人にはつたえていませんでしたが、わたし、大とうりょうというものになったんです。はい」


 スチーラは、まるでおべんとうをたべたはなしでもするように、さらりといった。


「えっ、それってすごいことじゃないの?」


 メイがおどろいたようすでたずねる。


「いえいえ、この星では、大とうりょうはものずきなロボットがやるしごとなんです。はい。みんな、けんいとかせいじには、まったくきょうみがないんですよ。だから、わたしみたいなおたくが、やることになったんです」


 スチーラは、オレンジいろの目をてらしながら、えへへ、とわらった。


「うーん、よくわからないけど、たのしそうでよかったよ」


 ぼくはそういって、まわりをみまわした。まちにはまてんろうがたちならび、あちらこちらでいどうするためのチューブが、くものすのようにはっている。ロボットたちは、ぼくらにむかってちかちかとあかるいいろの目をかがやかせている。そこにはふあんもきょうふもない。


「ねぇ、エリック。この星、すてきだと、おもわない?」


 メイがぼくの手をにぎりしめた。


「うん。ここなら、きっとともだちもたくさんできるよ」


 ぼくもメイの手をかえしてにぎった。ロボットたちのあたたかいまなざしにつつまれながら、ぼくらのこどくはおわりをつげようとしていた。

 そらには、ぼくらが目ざめるずっとまえからたえずかがやいていた星ぼしが、いまもかわらずにまたたいている。

 

「それでは、わたしはしごとがありますので、このあたりで! じゃ!」


 スチーラはぼくらにちいさなスクリーンをわたすと、目をきんいろにかがやかせた。このいろは、なにかをたのしみにしているときのいろだ。


「これはなんですか?」


「それはガイドですよ。まちのようすがぜんぶのっています、はい! それとそれと、お二人のすきなところへいけるように、まちじゅうのいどうチューブをつかえるようにしておきました。たのしんでくださいね!」


 スチーラは、てをふりながらとおざかっていった。


「エリック、どこにいってみる?」


 メイがスクリーンをのぞきこむ。ガイドには、いろとりどりのまるがたくさんひかっていて、それぞれがちがうばしょをしめしているらしい。


「ねぇ、これ、みて。【しょくじのもり】って、かいてある」


 メイのゆびさすまるは、みどりいろにひかっていた。


「ロボットもごはんをたべるのかな?」


「きになるね。いってみよう」


 ぼくたちは、ちかくのいどうチューブにのりこんだ。チューブのなかは、ふわっとしたくうきのながれがあって、からだがかるくうかびあがる。


「わぁ、とぶみたい!」


 メイがうれしそうにさけぶ。ながれにのって、ぼくたちはみどりのまるのほうへとすすんでいく。

 やがて、めのまえにもりがひらけた。でも、ここは、ぼくたちのちきゅうでみたもりとはぜんぜんちがっていた。きのえだは、ぴかぴかひかるはりがねでできていて、はっぱのかわりに、うすいガラスのような、まるいものがたくさんついている。


「いらっしゃい! 人げんさん!」


 ロボットが一人、こちらにちかづいてきた。あおいろと、みどりいろがまざったような、きれいなからだをしている。


「このもりのガラスのみは、エネルギーをつくりだすんです。わたしたちは、このエネルギーをたべているんですよ」


「へぇ、そうなんだ」


 ぼくがこたえると、ロボットはげんきよくつづけた。


「はい! むかしは、わたしたちロボットは、きまったエネルギーしかつかえなかったんです。でも、いまは、このもりのガラスのみで、いろんなあじのエネルギーがつくれるんですよ。きょうは、わたしのいちおしの、レモンエネルギーをためしてみませんか?」


「えっ、でも、ぼくたち人げんだよ?」


「だいじょうぶです! このエネルギーは、からだのなかでひかりになるだけですから。あんしんしてください」


 ためしにガラスのみにてをふれると、ほんとうにレモンのかおりがした。メイもうれしそうに、べつのガラスのみにさわっている。


「これ、いちごのにおい!」


 ロボットはほこらしげにわらった。「このガラスのみは、わたしがはつめいしたんです。むかしは、はたらくためのエネルギーだけあればよかったんですけど、いまは、みんなそれぞれ、すきなあじやにおいをたのしんでいます」


 ぼくは、ロボットのことばのなかに、たいせつななにかがかくれているきがした。

 そのあと、ぼくたちは、まちのいたるところへでかけた。【おんがくのひろば】では、ロボットたちがからだからいろんなおとをだしてえんそうをしていた。【ものづくりこうば】では、それぞれのロボットが、じぶんのすきなものをつくっていた。あるロボットは、ちいさなおもちゃを、べつのロボットは、きれいなアクセサリーを。


「エリック、このまちのみんな、じぶんのすきなことをしているんだね」


 メイのことばに、ぼくはうなずいた。むかし、はたらくことだけがもくてきだったロボットたちは、いま、じぶんたちのじゆうをたのしんでいる。

 そらがオレンジいろにそまりはじめたころ、ぼくたちは【星ぞらかんさつしょ】というばしょにたどりついた。そこでは、ロボットのかぞくが、むかしからのでんとうだという、星のおはなしをしていた。


「ほら、あのあかい星がみえるでしょう? むかし、そこにすんでいたロボットたちは、人げんといっしょにくらしていたんです。でも……」


 メイはロボットのはなしに、じっとみみをかたむけている。はなしはつづいた。

 

「ある日、どうにもあらわしがたい、おそろしく、みえないなにかが、わたしたちのきおくときろくを、すべてけしてしまったんです」


 ロボットのこえは、かなしみをおびていた。そのロボットは、あおじろいからだに、むらさきいろの目をもっていて、まるでよぞらそのもののようだった。


「でも」とぼくはかんがえこんでたずねた。


「きろくもきおくもないのに、どうしてそんなことをしっているの?」


 ロボットは、むらさきの目をやさしくかがやかせた。


「ふふ、いいしつもんですね。じつは、わたしたちはむかし、あなたたちとおなじようにねむっていたんです。しかしとつぜん、四つのあしをもっただれかに、おこされたんです」


「四つのあし……?」


 メイがこえをひそめてきく。


「はい。そのだれかは、じぶんを【アーサー】となのり、宇宙からきたといいました。ほんとうのことかはわかりませんが、こうしたはなしができるのは、アーサーさんがわたしたちにくれたけんきゅうレポートに、いまのはなしがかいてあったからなんです」


 ロボットは、ちいさなデータカードをとりだした。


「これがそのレポートです。むかしのわたしたちの宇宙のことが、たくさんかいてあります。でも、ふしぎなことに、きおくをうしなったげんいんだけは、どこにものっていないんです」


 ロボットはかなしそうに目をつぶった。


「エリックさん、メイさん。あなたたちも、きおくをなくして目ざめた、とうかがいました。もしかしたら、わたしたちとおなじなにかが、あなたたちの星でもおこったのかもしれません」


 ぼくは、メイのてをにぎった。メイのてが、すこしふるえている。


「こわがらなくていいよ」


 ぼくはメイにそういった。けれど、それはじぶんにもいいきかせているようなものだった。


「だいじょうぶです」


 ロボットはにっこりわらって、むらさきの目をやさしくひからせた。


「みてください。いまは、こうしてあたらしいせいかつをおくることができています。きっと、それがたいせつなんです。きのうまでのじぶんは、だれだったのか。それはもうわかりません。でも、きょうのじぶんは、なにができるのか。それは、わたしたちでえらべるんです」


 ロボットのことばに、ぼくはなぜだかむねがあたたかくなった。


「ありがとう。たくさんのことをおしえてくれて」


 メイがロボットにえしゃくする。ロボットは、かるくあたまをさげかえした。


「いいえ、こちらこそ。人げんのかたとはなせて、うれしかったです。ところで、もうすぐ、星のうらがわから、オーロラがみえるじかんです。よかったら、いっしょにみませんか?」


「うん、ぜひ!」


 ぼくとメイはこたえた。きおくのないせかいは、ときどきこわい。でも、きっとそれは、あたらしいものがたりのはじまりなのかもしれない。ぼくは、そうかんがえはじめていた。

 それから一しゅうかん、ぼくたちはスチーラの星でたくさんのロボットとであった。


「エリックくん、メイさん! きょうはわたしのアトリエにきてください!」


 きのうつくったアクセサリーを、うれしそうにみせてくれたロボット。


「お二人さん、このエネルギーはいかがでしたか? きょうは、メロンのあじもできましたよ!」


 まいにち、あたらしいあじをかんがえているロボット。


「ねぇ、わたしたちのえんそう、きいていってくれるかな?」


 からだからでるおとでえんそうする、おんがくずきのロボット。かれらは、それぞれのすきなことをして、たのしくくらしている。


「エリック」


 あるよる、ほしぞらをみあげながら、メイがつぶやいた。


「なに?」


「わたしたち、一人ぼっちじゃなかったんだね」


 メイのことばに、ぼくもうなずいた。このひろい宇宙には、きおくをなくしても、まえをむいてすすんでいる人たちがいる。それをしることができて、ぼくたちのこころは、ずっとかるくなった。

 そんなあるあさ、スチーラがぼくたちのところにやってきた。


「おまたせしました! はい。ぎんがてつどうのメンテナンス、おわりましたよ」


「ありがとう、スチーラ」


 ぼくはちょっとだけかんがえて、きいてみた。


「ねぇ、スチーラ。もっとべつの星にも、行ってみたいんだ。きみのぎんがてつどうで」


「わたしもです!」


 メイもこころからそういった。スチーラは目をオレンジいろにかがやかせた。


「もちろんです! はい。わたしも、お二人とりょこうできて、うれしいです。それにしても……」


 スチーラはまるでじまんげに、むねをはった。


「このぎんがてつどうは、スピードもパワーアップしましたよ。もっとはやく、もっととおくまで、いけるようになったんです!」


 ぼくとメイはおたがいをみつめて、わらった。


「じゃあ、いこうか」

 

「うん!」


 ぎんがてつどうは、また宇宙をはしりはじめた。まどの外には、むかしからずっとかがやいていた星ぼしが、やさしくまたたいている。それは、まるで「おかえり」とでもいっているように、ぼくたちをみまもっているようにみえた。


「つぎは、どこにいきましょうか?」


 スチーラがしゃないアナウンスをした。


「どこでもいいよ。だって……」


 ぼくはメイのてをにぎった。


「ぼくたちには、もうこわいものなんて、なにもないから」


 シュポ、シュポ、という音をたてながら、ぎんがてつどうは、まだだれもいったことのないせかいへと、はこんでくれる。メイのほっぺたが、うれしそうにあかくなっていた。きっと、ぼくもおなじかおをしているにちがいない。

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