あるいはこだまにつつまれた宙

一文字零

 まきが、ぱちぱちと音を立ててもえている。ぼくは、きつねほどの大きさのかばんにいろいろなもちものを入れながら、むねのたかなりをかみしめていた。今日は、生まれてはじめてのりょこうに出かける日。りょこうといっても、これはふつうのりょこうじゃない。星ぼしをとびまわる、宇宙りょこうなんだ。そしてなにより、恋人のメイと行く、さいしょのデートでもある。

 宇宙へは、ぎんがてつどうとよばれるきんぞくでできた大きなのりものにのって行く。ことしのなつ、ぼくの友だちのスチーラというロボットに、「ぼくとメイでデートに行きたい」とれんらくしたら、スチーラはげんきよく「きみのためなら、どんなねがいもかなえてさしあげましょう!」とへんじをして、大むかしにはっくつされた、かつてぎんがてつどうだったものをなおして、かならずのせるとやくそくしてくれた。


「エリック。じゅんびはできた?」


 メイのやさしいこえが、ぼくのみみに入った。


「うん。いつでも出ぱつできるよ」


 ぼくのかばんのなかには、れんらくようのデバイスと、なにかあったときのきがえのようふく、大きめの水とう、そして、ぼくとメイにとってたいせつなものが入っている。

 ストーブのまきのりょうをかくにんして、へやのランプをけしたあと、ぼくはメイとげんかんを出た。外はまふゆらしくふぶいていた。メイの長くさらさらとしたちゃいろいかみのけが、はげしくなびいた。


「エリック、あれ、スチーラのぎんがてつどうじゃない?」


 メイのゆびさす宙の上に、しゅ、しゅとふしぎな音をひびかせながらこちらにちかづいてくる、くろいものがみえた。


「まちがいない。あれがぎんがてつどうだ」


 しばらくすると、ぎんがてつどうはぼくたちの目のまえまでやってきて、くさのじめんにしゃりんをつけて、とまった。ふしゅー、と、くうきのぬけたような音がすると、なかからスチーラがあらわれた。


「お二人ともおひさしぶりですねぇ。はい。ぎんがてつどう、ただ今とうちゃくいたしましたですよ」


 スチーラは、ぜんしんがこんいろのふくをまとっていた。ところどころ、きんいろのぶぶんもある。メイは、ふしぎそうなかおをして、スチーラにきいた。


「スチーラ、どうしたの? そのふく」


「いいしつもんですねぇ。これはかつて人げんたちがしごとをするときにみにつけていた、【せいふく】というやつですよ、はい」


 ぼくはかんしんして、「スチーラはなんでもしってるよね」とおもわずうなった。


「お二人こそ、よくものをしっているじゃないですか。ちきゅうで目ざめてから、まだ一年もたっていないというのに」


 スチーラはそういって、ふたつのまあるい目をオレンジいろにした。このいろは、スチーラのきぶんがいいしょうこ。


「あら。それもこれもぜんぶ、あなたがわたしたちを目ざめさせてくれなかったら、なにもおこらなかったのよ? わたしとエリックがこのせかいのれきしをけんきゅうすることも、こうしてわたしたちがであうこともね」


 メイはぼくの手をだまってにぎった。


「そうだよ。きみにはかんしゃしてる」


 ふぶきがぴたりとやんだ。スチーラはその目をピンクにそめあげた。てれているしょうこだ。


「いやぁ、こちらこそ、わたしのよき友になってくれて、かんしゃしていますとも。はい」


 ぼくとメイは、きょうのようなさむいふゆのある日、ぼくたちが今でもすんでいる、まるたでできた小さないえの一つのベッドで目ざめた。それまでずっと、ゆめのなかにいたようなきがしたけど、そのときのぼくはうまくおもいだせなかった。ぼくはさいしょ、いえのいすにすわってほんをよんでいるロボットにはなしかけた。「ここはどこですか?」というぼくのしつもんに、ロボットはあわてていすをおりて、ぼくたちのほうまでやってくると、「目ざめたんですね! えーと、こういうときは……なんていうんだっけ。あ、そう! はじめまして!」と、目をあかくしながらぼくにいった。この目は、こうふんしているしょうこだった。ぼくはすぐとなりで目ざめたおんなのこに「おーい」とこえをかけた。おんなのこは「あなた、だれ?」とねぼけながらきいてきたので、なまえをこたえようとしたけど、ぼくはしぶんのなまえさえ、わからなかった。すなおに「わからない」とこたえると、おんなのこは「わたしも」といって、かすかにぼくをみてほほえんだ。ロボットは「どうやらきおくがないみたいですね。あは! むかしのわたしたちといっしょだ! だったら、わたしたちとおんなじことをしましょうか。おたがいに、なまえをつけるんです。であったものどうし、えんがありますから。はい」とようきにていあんした。ぼくたちはロボットのいわれたとうりにすることにした。ぼくはまず、おんなのこに【メイ】となづけた。つづけて、メイはぼくに【エリック】というなまえをくれた。どうしてか、ぼくらはおたがいのなまえをすぐにおもいついたらしい。そしてそれは、とてもしっくりくるなまえだった。ロボットはこういった。「エリックさんに、メイさんですね。とってもいいなまえじゃないですか。あ、なまえといえば、もうしおくれました。わたし、スチーラともうしますです。これから、どうぞよろしく」それからしばらくはなしをして、いろいろなことがわかった。スチーラは、ここからうんとはなれたとおい星で、ぼくらとおなじように、きおくをなくして目ざめたらしい。そしてその星には、とてもたくさんのロボットがすんでいて、であったロボットたちがおたがいになまえをつけあって、ぼろぼろになっていたまちをなおしてすんでいるという。スチーラがここにやってきたのは、じぶんたちのなくしたきおくをとりもどすためみたいで、ロケットは一人でつくったとじまんげにいっていた。ぼくらも、かろうじておぼえていることをスチーラにはなした。だけど、メイもぼくも、はなすことばとじめんのあるきかたくらいしかしらないというじじつがうかびあがるばかりで、スチーラもざんねんそうにしていた。

 それからぼくたちは、このまるたのいえをちゅうしんにしてせいかつすることにした。はじめはスチーラがてつだってくれたけど、ひと月くらいたって、「もっといいものをもってくる」と、ぼくにやくそくして、かえってしまった。スチーラはさりぎわに、れんらくようのデバイスをくれた。なんでも、たいようのひかりででんきがたまるらしい。そうして、ぼくはメイと二人きりで、もりのなかにたついえのそばにはえていたやさいをりょうりしたり、いけからもってきた水をきれいにしたりして、なんとかいきのびた。ふしぎなことに、火やでんきがすぐにつかえるせつびが、はじめからととのっていた。ぼくはあの日からずっと、メイといっしょにこの星のこととぼくらのことをけんきゅうしていたけど、いまだになぜかはわからない。

 ぼくとメイは、ずっといっしょにくらした。やがてゆきはとけて、はるになった。ぼくはメイといっしょに、さんぽにでかけるようになった。まるたのいえにはたくさんのきれいなようふくがあったので、まいにちどれをきようかかんがえるじかんも、とてもたのしかった。ある日メイは、ぼくにこういった。「手、つないでもいい?」ぼくはちょっとはずかしかったけど、うなずいて、手をつないだ。メイの手はあったかくて、やさしいきぶんになった。そのときぼくは、メイのことを、一人のおんなのことして、すきになった。あくる日、おおきなさくらのきのしたで、ぼくはメイにすきだといった。メイは「わたしもよ」といって、いままででいちばん、かわいいえがおをみせてくれた。だれにいわれたわけでもないけど、どうやらぼくたちは、こういう人とのかかわりかたもあるということを、すでにしっていたらしい。かくして、恋人どうしになったぼくとメイは、そのまましばらく、のどかに二人きりのせかいをすごした。

 なつのある日、メイはいった。「エリック。わたし、ふあんなの。わたしたち、ずっとこのまま、二人きりですごすのかなっておもうと、ちょっとこわくて」ぼくはすこしふるえたメイのこえをきいて、おどろいた。メイがおびえるすがたをみるのは、はじめてのことだったからだ。だんだん、ぼくのむねのなかで、「ずっといっしょにいようね」となくメイのあたまをなでるぼくまで、こわくなってきてしまった。この星で、いったいなにがおこったのだろうか。ぼくたちはねむりにつくまえも、こんなふうにおびえてすごしていたのだろうか。そんなぎもんが、ぼくのあたまをよぎった。

 つぎの日、むしたちのならすミィミィという大きな音につつまれながら、ぼくはスチーラにでんわした。ぼくとメイをスチーラの星につれていってほしいというためだ。いわゆるデートだ。メイといっしょに友だちをつくれば、きっとたのしんでもらえるとおもったし、なにより、ぼくがメイにずっといっしょにいることをやくそくすれば、あんしんしてもらえるとおもった。これ、【けっこん】っていうらしい。この日までにスチーラとは、なんかいかあっていた。スチーラは、あうたびにたくさんのべんりなものをおくってくれるので、まずは「いつもありがとう」とつたえた。スチーラはこえだけでもわかるくらいてれたようすで、「そ、それほどでもないですよ! はい……」といっていた。それからぼくは、「いつでもいいから、そっちの星に二人でデートに行ってみたい」とつたえると、スチーラはいっしゅんおどろいて、「ロケットならすぐてはいできますが……デートとのことですから、もうすこしたのしいのりものにしましょう! あぁ、われながらいいアイディアだ」といったので、どんなのりものだろうとおもったら、ぎんがてつどうだった、というわけだ。

 そんなかんじで、いまにいたる。スチーラは、ぼくたちがきゃくしゃにのると、せんとうしゃりょうのなかにいそいでいどうして、しゃないにアナウンスした。

 

「どうです? ソファーはふかふか、しゃないはあったかいでしょう。そうです! だんぼうせつびもしっかりかんびしてありますですよ! それじゃあ、まもなくしゅっぱついたします……」


 たかくほそいきてきの音が、夜空にひびきわたる。


「メイ……いよいよだね」


 そうして、シュゴ、シュゴ、と、ついにれっしゃがうごきはじめた。

 まどからみえるけしきが、どんどん宙へとあがっていく。

 

「みて。わたしたち、ういてるよ」


 メイはうれしそうにぼくにいった。メイはひざをついてまどにむかってソファーにすわり、外のけしきをながめていた。いきがガラスにかかると、ガラスにいきがしろくひろがった。


「メイ……」


「どうしたの? エリック」


 ぼくはメイの、セーターのそでにはんぶんうもれた小さなほそい手をながめて、つぶやいた。


「ごめん、きみにみとれてた」


 メイはわざとらしくうつむいて、「ばか……なんでそんなこというの……」とかおをあかくそめながら、ほおをふくらませた。


「はい、しゃないアナウンスですです。まもなくこのれっしゃは、月をつうかします。ごゆっくり、宙のたびをおたのしみください」


 やけにけいかいなスチーラのアナウンスがしゃないにひびいた。


「月ってこんなに大きいんだね」


 きづけば、ぼくもメイとおなじように、まどのほうをむいて、ぎゃくむきにすわっていた。


「星ってのは大きいものさ。ちきゅうからみると小さいけどね」


 ゴット、ゴット、と、ぼくとメイをのせたぎんがてつどうはすすむ。スチーラのふるさと、そして、ぼくたちのこどくをおわらせるばしょへと。

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