Re・サーチ 2
設計したデザインのデータごと紛失なんて……。
慎重な友也にしては珍しいトラブルだと和希は思った。
「うん、ヤバかったけどもう大丈夫。多分今年一番の大きい取引になるんじゃないかって」
「そうなの? すごいな!」
本当にすごい……ピンチをチャンスに変えるなんて……。
和希はさらに引け目を感じた。
弁当も半分食べ終わった頃、和希は疑問を投げかけた。ずっと思っていたことを。
「僕と一緒にいて楽しいの? 友也は」
「えぇ? 楽しいから一緒にいるんだよ」
「でも僕は取り柄もないし」
友也はふっと含み笑いをした。
「和希のその謙虚なところが良いところなんだよ」
「謙虚って……。そんなんじゃないよ。誰からも見られない売れ残りのデーター入力なんてしてるんだよ。かっこ悪いだろ?」
「あー、そうだよねぇ」
友也はうんうんと首を縦に振る。
「ほら。やっぱり友也もそう思ってるんじゃないか」
「なら、一番売れてる商品のリサーチしたら? 流行りの傾向とかを調べるんだ」
「そんなことしたら、今の仕事サボってるのばれるよ」
「あれ? 誰からも見られないんじゃ、バレないんじゃないの?」
あ……それもそうだ。僕らは顔見合わせて笑った。
友也と出会って、本当に心強い。
一人で苦しかった日々が嘘のようだと和希は思った。
*****
鼻歌まじりでエレベーターを降りた。灰色のタイルカーペットの上を軽やかに歩く。
真っ暗なオフィス。唯一輝いているのは一台のパソコン。
今夜も電気をつけずに、残業をしている人間がいるようだ。
男は煌々と光る非常口の灯りに誘われて、コンクリートのむき出しの非常階段を一段抜かしで屋上に向かう。
手前のエレベーターはRの表示で止まっていた。
屋上付近の階段に缶コーヒーの空き缶が並んでいる。
「ふふっ、まだ置いてある〜。ゴミ箱へシュート」
そう言って男は、缶を一つ蹴って下へ落とした。缶は甲高い音を立てて階段から転がり落ちる。風が上の階から吹いてきて、髪の毛をさらっていく。
男は軽いステップで階段をかけ上がり屋上に出る。
「みぃつけた」
スーツを着た背の高い男は、そう言って再びふふふっと笑った。
視界の先に一人の青年がいる。フェンス越しに夜景をじっと見つめている。その姿は浮世離れしているような、どこかおかしかった。
ニュースでは寒波の影響により、今夜は極寒だと報じていた。それなのにワイシャツしか着ていない。寒さの感覚がないのだろうか?
背の高い男はすぅっと音を立てずに近づいた。
「同感、本当に綺麗だよな!」
友也はそう言って、今にも意識を失いそうな目のうつろな青年を屋上から放り投げた。
和希は落下しながら友也を見上げた。彫刻のように整った綺麗な顔。天使のように微笑んでいる。
紺のスーツも爽やかで似合っていた。
****
屋上から転落した和希は、下に止まっていた貨物トラックの上に落ちたため、一命を取りとめた。
テレビでもネットでも、和希の転落事故は大きく取り上げられた。自殺未遂か不慮の事故かと連日報道された。
たまたま動画を撮っていた若者が、和希が落ちるところをSNSで投稿してしまい、瞬く間に拡散された。
会社もブラック企業だと騒がれはじめ、これがきっかけで、過重労働などを見直すことになった。
和希は退院すると柳川友也について調べた。友也は3年前、会社のお金を横領して消息不明になっていた。
「どうなってるんだ?」
3年前? じゃあ一緒にいたやつは誰なんだ? 友也ではないのか?
とても信じられなかった。和希は会社に復帰し、一人で当時のことを調査し始めた。
写真や資料を確認する。自分とずっと一緒にいてくれた男は間違いなく柳川友也だった。
友也の言葉が頭をよぎる。
……楽しいから一緒にいるんだよ……和希のその謙虚なところが良いところなんだよ。
友也と一緒に過ごしたことは一度もなかった。和希はずっと病院で昏睡状態だったのだ。
だけど僕の心の中にいた-
和希は僕になにか訴えていた。
……一番売れてる商品のリサーチしたら?
そうか……。
柳川友也は、会社の先輩に殺されていた。
犯人は3年前、一番売り上げの良かった製品をデザインした男だった。
もちろんその男がデザインしたわけではないだろう。さらに調べればわかることだ。
「ありがとう友也。君が生きていたらきっと、僕にもあんなふうにアドバイスをくれたんだろうね……」
和希は屋上で一人、晴れた空を見上げた。
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