Re・サーチ 1

 ずぶずぶと、まるで波が引いた砂浜の上を歩いているようだった。足が鉛のように重い。

 灰色のタイルカーペットの上をゆっくりと歩いている。


 和希は真っ暗なオフィスを出た。


 唯一輝いているのは自分のパソコンだけ。誰も見ない売れ残りのデータ入力。

 途中から視界がぼやけ、やめることにした。


 非常口の灯りが眩しい。灯りに誘われる羽蟻ように非常口に進む。

 手前のエレベーターが和希のいる階で止まっている。


 あれ? ああ……。


 自分が1時間前にコンビニに出かけたためか……。

 エレベーターに足を一歩踏み入れた。気晴らしに屋上にでも行ってみようと思った。


 屋上に出るには、最後は階段を上がらなければならない。コンクリートがむき出しの階段はすぐに足が重くなった。

 缶コーヒーの空き缶が数個、階段に置かれている。


「誰だよ……」


 重い屋上のドアを開けると、風が一気に入ってきた。それと同時になにか下の方で落ちる音がした。

コーヒーの缶が下へ転がったようだ。


「寒っ……あぁ、綺麗だなぁ」


 12月の冷たい風に当たって、和希の体は一気に冷えた。ワイシャツ一枚だったことに気づく。

 煌びやかな夜景は自分とは無関係な世界だと感じる。近いのに遠く、遥か彼方の世界。


「同感。本当に綺麗だよな!」


 急に後ろから声をかけられ、驚いて振り返った。


 背の高い男-

 警備員ではない。スーツを着ている。和希は男を見上げた。彫刻のように整った綺麗な顔。紺のスーツも爽やかで似合っている。


「あ……すみません。気分転換したくて」

 そう言って、和希は耳を軽く掻いた。背の高い男は凛としていて、和希を見つめてくる。


 じっと見られて恥ずかしくなった。自分はこの男にどんなふうに映っているだろう? まるで正反対。

 いつ床屋に行ったっけ? ワイシャツも皺だらけだし……。


 この彫刻男はきっと彼女もいるだろう。羨ましい。いや、そんなことより、こんな時間に屋上にいたなんて密告されても困る。


「あの、こちらのビルにお勤めですよね?」

「 そう。デザイン部の柳川友也、よろしくね山岸和希」


 いきなりフルネームで呼び捨てにされ、和希は驚いた。

「……よろしくお願いします」


 お辞儀をすると、友也は笑った。

「同い年だろ? 敬語を使うなよ」


「そ、そうなんですね」


 ふふふと男は笑った。

柳川友也。普段なら決して仲良くなりたいとは思わない人種。しかしなぜか和希は不思議と惹かれてしまった。


*****


 和希にとって、友也は会社で一番親しい友人になった。部署は違うが、屋上で一緒に昼ごはんを食べるようになった。


 和希は会社で誰からも必要とされていなかった。

 しかし友也と親しくなっなってから、友人もできた。この前は屋上で四人で、バレーボールをした。


「また和希がミスった〜」


 すかさず友也が助け舟を出す。

「今のは鈴木のパスが強すぎるんだよ。試合じゃないんだから」


「はいはい、わかったよー」


 友也は後輩や同期を大事している。間違ったことを言う上司には毅然と意見も言える。


「友也はすごいな。僕には真似できないよ」


 和希はいつも心から思う。売れ残りの玩具のデーターを入力をしている自分とは全然違う。



 昼休み。いつも早めに来る友也が、今日はまだ来ていない。一人で屋上のベンチに座っているのは退屈だった。


 そろそろ嫌気がさしたのだろうか? 

自分にはなんの取り柄もないし。一緒にいてもデメリットしかないよなぁ……。

和希は友也がいないと、途端に卑屈なことを考えてしまう。


 和希はもう一度、携帯電話を確認してみる。とくに誰からも連絡はない。携帯を適当に触っていると肩にそっと手を置かれた。


「おまたせ、和希。あぁ、疲れた」

 友也はいつものように隣に座った。


「今日さ、僕が設計したデザインがデータごと紛失してね、取引先に謝罪に行ったんだ」


「えっ、大丈夫?」

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