ココロ・ダイブ ~ココロの中は未知の世界。能力駆使して問題解決~
エス
1-1
「真凛さん! 好きです! 僕と付き合ってく」
「ごめんっ!」
ここは高校の校舎裏。ひとりの男子生徒が女子に告白をしていた。
いや、振られていた。
「え、えっと、何でですか?」
辛うじて男子生徒は食い下がりを見せるが、すでに少々涙目だ。
「何でって、キミは確か隣のクラスの依知川翼だよね。だって私、キミのことよく知らないんだもん。ていうか喋ったのだって今日が初めてだし」
女子生徒が事実を突きつける。
男子生徒の名は依知川翼。
高校二年生だ。平凡な顔立ちに特徴のない喋り方。決して悪くはない容姿だが、かといって良いとも言えない。見た目や雰囲気から目立たない存在であることが推測できてしまうような男。それが依知川翼だった。
校舎裏での告白。一昔前の告白の方法とはいえ、勇気溢れる行動をしたつもりの依知川だったが、あえなく玉砕した瞬間である。告白する前はなぜか上手くいくと思っていたものの、いざ振られると自信を一気になくす。
なぜ上手くいくと思っていたのか。それはひとえに本人の勘違いしやすい性格と若さゆえだった。
なぜすぐに自信をなくすのか。それはひとえに自分のこれまで積み上げてきたものがあまりにも少ないためだった。
「あ、う、すいません。僕なんかが告白しちゃって」
「ううん、直接告白されること自体はうれしかったよ。ありがとう。最近はDMとかで告白されることが多かったし。だから謝らないで? 私には無理だけど、きっといい人見つかるって」
女子生徒は青天井真凛。
同じく高校二年生である。青色の入ったロングヘアをポニーテールにしている。愛嬌のある顔と、抜群のスタイルで男子人気が高い。誰とでも気兼ねなく話し、共感力が高い。男子を勘違いさせやすいタイプだと言っていいだろう。
優しいことを喋りながら、さりげなく毒を吐いたことに彼女自身は気付いていない。そういった部分も青天井真凛の魅力なのだ、と依知川は思っていた。
「はい。すみません」
「だからっ!」
しかし真凛は急に大声を出した。
「謝るなって言ってるじゃん!」
「え?」
「何なの、そんな簡単なこともできないの? アホなの? 高校二年にもなってこの程度の改善すらできないとかありえないんだけど! そんなんじゃいつになっても彼女なんかできるわけないじゃん。一生童貞のまま過ごせよバーカ」
「いや、あの」
さすがに少し言い過ぎではないかと依知川は感じた。無邪気な毒を吐くことはあるが、畳み掛けるように悪口を言っている姿を見たことはなかったからだ。
だが、真凛の舌は止まらない。
「大体私たち知り合いでも何でもないよね。何で知り合いでもないし話したことすらないような相手に告白できるの? それっておかしくない? そっちからしたら私のことずっと気にしてたのかもしれないけどさあ、こっちからしたら名前以外知らない人なんだから。はっきり言って話したこともないやつに急に好きだなんて言われるのって、女子にとってはただの恐怖でしかないんだよ恐怖でしか。ちゃんと段階踏んでから告白しろよ」
「ちょっ……」
「ちょっとそれは言い過ぎだよ真凛!」
ショックを受けた依知川が真凛の口撃に待ったをかけようとしたとき、建物の陰から女子生徒が現れた。真凛は振り返って驚く。
「はあ!? 何でここにトーコがいんの?」
どうやら真凛も知らなかったようだ。
依知川はトーコと呼ばれた茶髪ミディアムの女子生徒に見覚えがあった。たしかいつも真凛と一緒にいる子だったはずだ。
「気になったから陰から見てたの。ごめんね、それは謝る。だけどいくら何でも今の言い方は間違ってると思う。真凛らしくないよ」
トーコは真凛のそばに近寄って優しく諫める。
依知川は告白を別の人に見られていた恥ずかしさと、言いたかったことを代わりに言ってくれた嬉しさで複雑な表情を浮かべた。親友の言葉に当の真凛はどう反応するか、どんな顔をしているか伺おうと少しだけ横に移動する。
バチン!
鈍い音が響き、トーコは吹っ飛びながら倒れた。倒れてから真凛が強烈なビンタをしたことに気付く。高校生の女子が人を吹っ飛ばすほどの威力のあるビンタをしたことに依知川は目を見開いた。
しかも友人に向かって、だ。
「トーコお!」真凛はこれまでに見せたことのないような形相で叫んだ。「あんたは私がどんな告白をされるのか好奇心で覗きにきただけでしょ。はっきり言ってめっちゃキモいんだけど。ストーカーですかあ?」
何がどうなっているんだ、それともこれが真凛の本性なのか。友人をありえない力で殴り、しかも罵声まで浴びせる。
トーコは倒れたまま叩かれた頬を押さえて涙を流していた。しかし何にどれほど怒っているのかわからないが、真凛の怒りは静まりそうにない。横たわっているトーコに近づくと、なんと蹴りを加え始めた。
ドスッ、ドスッという音が校舎の壁に反響する。
「私が、真面目に、告白と、向き合うために、ひとりで、来たのに、付いてきて、覗く、とかあ!」
「やめて、やめて。私が悪かったから! 痛い痛い!」
依知川は呆然としていた。
告白した。
振られた。
ここまでは残念なことだが理解できた。
その後の依知川への暴言。
親友が止めに入る。
親友への激しい暴言と暴行。
何が起きているのかは見ての通りだ。が、何でこうなっているかが理解できない。真凛を止めることもせず、ただ起きている光景を見ていた。
「おい依知川。何で女の子がボコボコにされてるのに、ぼうっと突っ立ってんだよ。さてはお前さあ、クズだろ?」
唐突に振り返った真凛と依知川の目が合う。殴っていたのは君だろと言いたかったが声が出てこない。真凛はトーコから離れ、ゆっくりと依知川に向かって歩き出した。
校舎裏という場所上、周囲は校舎のコンクリートによって固められている。逃げ場はない。
「お前みたいなクズは死なないとわからねえよなあ」
真凛の目は別人のようだった。
告白を真摯に受け止め、正直に答えているときとはまるで違う。獲物を狙う野生の狼を思わせる眼差しだ。
現状を把握できないまま、また、身動きできないまま、依知川は真凛が一歩一歩迫ってくるのをただ傍観していた。
真凛が告白にオッケーサインを出し、その上で彼女が近づいてくるのであれば幸福だっただろう。しかし現在の依知川は、処刑を待つ罪人のような気持ちだった。
「接点なしで告白はする、殴られている女を守りもせず見てるだけ、そんな男が彼女作れるわけねえだろうが! お前みたいなやつは一遍くたばりやがれ!」
真凛がビンタのために振りかぶり、依知川が目を閉じた瞬間。
「はーい、ちょっとストップしてね」
場違いな明るい男の声が聞こえた。
真凛は背後を睨み、依知川は目を開ける。
いつの間にか小太りの男が真凛の振りかぶった手を掴んでいた。上下臙脂色のジャージ姿で、体育教師を連想させる服装だが、依知川には見覚えがない。さらにもうひとり、金髪の女性が倒れたトーコの傍にしゃがみ込んでいる。
「この子は骨とかは折れてなさそうーー。でも一応救急車呼んだ方がいいかもーー」
「はーい、ありがとう。じゃあ急がなきゃだね。かなえさんすぐ入れる?」
「当たり前でしょーー」
「助かるよ」
「ごめんねーー、散々殴られたのに、さらにほっとくことになっちゃうんだけどーー。十分で終わらせるから、戻ってきたら救急車呼んであげるーー。ということであとちょっとだけ待っててねーー」
急に現れた男女は何かを喋っている。依知川にも、真凛にも何のことだかわからない。耐えられなくなったのか、真凛は暴れだしだ。
「てめー、いきなり来て何なんだよ! 放せデブ!」
「ああ、ごめんね。キミはちょっと大人しくしてもらおうかな」
男は慣れた手つきで手錠を取り出すと片方を真凛にかけ、もう片方を校舎の雨どいと繋ぐ。
「いい加減にしろよ、ぶっ殺……んん」
男が流れるような動作でガムテープを使って真凛の口を塞いだ。続けて懐からロープを出して、両手を押さえつつ器用に真凛をぐるぐる巻きにしていく。真凛はかなりの力で抵抗しているはずだが、男は暴れる足をまるで予測していたかのように躱し、何の障害にもならないとばかりに縛り上げていく。
すぐに真凛は身動きの取れない状態になった。立ってはいるが、手も足もほとんど動かせず、声すら上げることができない。
安心したのか、依知川は男に歩み寄って話しかける。
男が教師だろうがそうでなかろうが関係ない。この不可解な現象を説明しないわけにはいかなかった。自分の好きな人が豹変して、親友や自分を襲う。こんなこと、普通ではあり得ない現象のように感じた。何か、特別な事象が起きたのではないか。
「あの、ありがとうございます。よくわかんないんですけど、普通に話をしていたはずなのに、この人が急にキレだして……」
依知川は説明を始めた。ほんの数分でこれだけのことがあったのだ。駆けつけてくれたこの男女も事情を知りたいだろう。そう思って話し出したが、二人の反応は悪い。
男は何も答えず、かなえと呼ばれた女の方を見る。代わりに女が依知川に答える。
「あーー、無自覚タイプかあーー。気にしなくていいよ。この子は大丈夫、動けなくするために縛ったけど、問題ないよ。それよりーー」
鋭い視線を依知川に向ける。
「問題はあんたの方だよ!」
かなえは不機嫌そうな仕草を隠そうともせず、依知川に憤りをぶつけた。
「余計なことしやがって、この子が暴れたのはあんたが!」
「え? それは今話してた……」
「今の会話は関係ない!」
何事かわからず困惑している依知川。僕が告白したから真凛さんがおかしくなったのか? 告白したのが悪かったのか? でも今さっきまでしていた会話は関係ないって? 混乱する依知川をよそに男が諫める。
「かなえさん、落ち着いて。急がないと。行って、解決して、帰ってきて、救急車を呼ばなきゃいけないんだから、無駄話をしている暇はないよ」
「そうだった。じゃーー行こうかなーー」
特に逡巡する様子も見せない。かなえは依知川を睨みながら息を吸い、やや大きな声で宣言するように言った。
「ダイブ!!」
声を発した直後、痛みに耐えながら様子を見ていたトーコは、その場にいる「全員」が一斉に倒れる様子を眺めていた。
ココロ・ダイブ ~ココロの中は未知の世界。能力駆使して問題解決~ エス @esu1211
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