かかっておいでよ 傑物の森

阿弥陀乃トンマージ

森での邂逅

「……」

 黒い道着を着た青年が、森の中を進む。道が整備されているわけではなく、決して歩きやすくはないのだが、青年は構わずにずんずんと進んでいく。

「……噂によると、この辺りらしいのだが……」

 青年は立ち止まり、周囲を見回しながら呟く。

「……む?」

 青年は茂みの奥に座っているジャージ姿でポニーテールの女子を見つける。

「女の子? ……失礼、ちょっと尋ねたいことがあるのだが……」

「……答えを知りたかったら、アタシを倒してみな~」

「! な、なに?」

「それがこの森の流儀ってやつさ~」

 女子が立ち上がって青年の方に振り向き、笑顔を浮かべる。整ったルックスで愛らしさを感じさせる。青年は戸惑う。

「な、なにを言っているんだ……女性に手を挙げるなど……」

「遠慮はいらないさ~それとも……負けるのが怖いのかな~?」

「!」

「弱い者はそうやって言い訳から入る……」

「舐めるな!」

 青年が目つきを鋭くして、声を上げる。女子が笑う。

「ふふっ、やる気になったかな?」

「うおおっ!」

「どわっ⁉」

 女子が面食らう。青年が木刀で殴りかかってきたからだ。女子はなんとかかわす。

「むっ、かわしたか、やるな……!」

「け、剣道とは……ちょ、ちょっと、武器はないんじゃないの~?」

「強さを追求する者にとって、武器の有無など大した問題ではない!」

「そ、そうかな~?」

「弱い者はそうやって言い訳から入るだったな……その言葉、そっくりそのまま返すぞ」

「! ……まあいい、受けて立ってやるさ~」

 真顔になった女子が構えを取る。青年が木刀を振り回しながら、突っ込んでくる。

「きええっ!」

「くっ! やはり、リーチの差が……」

「もらった!」

「それはこっちのセリフさ!」

「が、がはっ! つ、つま先で蹴りだと……」

 青年の腹部に女子のつま先を使った前蹴りがめり込む。青年はその場に崩れ落ちる。

「珍しかったかな? まあ、下手すると自分の足の指を折っちゃうからね……でも、沖縄空手のアタシの流派はこの部位を徹底的に鍛えていてね……」

「わ、分かったぞ……この傑物の森、傑物とは君のことだったか……がはっ」

 青年は意識を失った。女子は照れくさそうに自らの鼻の頭をゴシゴシと擦る。

「褒めても何も出ないさ……さて、聞いたところによると、柔道家や相撲取りもこの森を訪れているとか……異種格闘技の連戦か……まあ、なんくるないさ~♪」

 女子はポニーテールを翻して、森の中を歩く。この森の主たるオーラが漂っていた。

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かかっておいでよ 傑物の森 阿弥陀乃トンマージ @amidanotonmaji

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