第9話 魔導具屋

「ゼーレさん、朝ですよ! 起きてください!」


 そんな溌溂な声で目が覚めた。

 背中には柔らかな感触。

 ここは……ベッドの上か。

 僕が気を失った後、一体どうなったんだ?


 目をゆっくりと開ける。

 日光の眩しさと共にロミアの顔が映る。

 ロミアは僕が起きたことに気付き、元気よく言った。


「おはようございます!」

「うん、おはよう」


 身体を起こそうとしたが、思うように動かせない。

 全身に筋肉痛があるみたいだ。

 王冠キングとの戦闘で憑依を使ったのが原因か?


「大丈夫ですか?」


 中々起き上がらない僕を見て、心配そうに顔を覗き込んでくるロミア。


「……大丈夫だ。それより昨日、僕がどうやって宿まで戻ってきたか知ってるか?」


 尋ねると、彼女は思案気な表情を見せる。


「昨日の夜、猫耳を生やした女の子が宿屋まで引き摺って来てくれましたよ。お名前を聞こうと思ったんですが、気付いたらいなくなっていて……。ちゃんとしたお礼もまだできてません」


 猫耳、か。

 僕は人生でまだ一回しか猫耳の少女に出会ったことがない。

 つまるところ、人間体のベルが宿屋にまで連れてきてくれた訳だ。

 ……うん、不格好極まりない。

 ロミアを守ることに協力すると言ったそばからこれだ。

 ベルも僕に協力を頼んだことを後悔しているかもしれない。


 ――ようやく、起き上がることに成功する。

 するとベッドの傍に立つロミアが、唐突に頭を下げてきた。


「昨日は本当にありがとうございました。ゼーレさんがいなかったら私、確実に死んでました。このご恩は一生を懸けてでも返していきたいと思ってます」

「大げさだな。別にいいよ、こうしてお互い無事に五体満足で生きてる訳だし」

「で、でも……!」

「それに、返すって言うならまずは借金からだ。採取依頼の報酬だってたかが知れてるぞ」

「……ぐっ、ちなみに報酬の分け方って……?」

「半分ずつだ」


 ロミアがほっとした表情を見せる。

 そして「え、えーっと今日はどうしましょうか?」と、あからさまに話題を逸らしてきた。


「今日も依頼を受ける、と言いたいところだが、この街に来てまだ日が浅い。少し街の探索もしておきたいな」

「それなら今日は街中探索に出かけましょうか」


 ロミアの言葉に僕は頷く。

 この街に来て数日。冒険者登録や依頼などで忙しかった。この街を拠点にするなら、一度落ち着いて見て回った方が良いだろう。


「じゃあ早速、準備してきますね!」


 言うが早いか、ロミアは僕の部屋から飛び出していった。

 朝から慌ただしいが、まぁ元気になったなら何よりだ。

 のろのろとした動きでベッドの上から降りる。

 ……さて、僕も準備をするとしようか。




 外に出ると、よく晴れた青空が広がっていた。

 日光を浴びると気持ちが良い。

 太陽の明るさに目を慣らしながら辺りを見回す。店の準備をしている者や、何やら楽しそうに会話しながら歩く冒険者などが目に入った。


「どこ行きます?」


 ロミアが小首を傾げる。


「とりあえず、武具屋か魔導具店を探そう」


 事前の準備は冒険者にとって生命に直結する。

 前の依頼は薬草の採取だと侮って、何の準備もせずに挑んだのが良くなかった。

 かと言って、あんな怪物が乱入してくるなんて夢にも思ってなかったのだけれど。


「了解です!」


 元気のいい返事を聞いて、僕は歩き始めた。




 店を探している道中、僕は街並みを観察していた。

 魔術の体系化と共に文明も発展してきた訳だが、やはり大国ユートラスともなるとレベルが違う。


 カルムメリアも文明の水準は高い方だが、何というか……毛色が違う。

 カルムメリアは魔術の発展こそ目覚ましいが、それはあくまでも魔術師たち個人の研究に過ぎない。その成果を人類へ還元しようという姿勢は感じられない。だからなのか、どこか鬱屈として張り詰めた空気が漂っていた。


 しかしユートラスは違う。

 魔術を積極的に人類繁栄のために使ってきたのだろう。開放的で明るい雰囲気が満ちている。


 要は、中心に何を据えるかの違いだ。

 人か魔術か。それだけの差だ。

 その差が、大きな違いを生んでいた。


 色々な考えを巡らせながら歩いていると、道端で遊ぶ子供たちが目に入った。遠くからだとよく分からないが、小さな何かを動かして遊んでいるのだけは理解できた。


「ゼーレさん、あれ……」


 ロミアも気になったのか、僕の視線と同じ方向を指さしている。


「ちょっと見に行ってみるか」


 幸い、時間に追われる身でもない。

 道草を食ったところで何も問題はない。

 僕たちは夢中で遊んでいる子供たちへと近づいた。




 動いていた小さな何か――。

 その正体は人型の模型だった。精巧に作られた人形は、他の人形と殴り合いをしている。

 これは何で動いているのだろうか? どんな仕組みなんだ?

 探求心を刺激された僕は、いつの間にか周りの子供たちよりも戦いに熱中していた。


「お兄ちゃんたちもやる?」


 男の子の一人が僕に模型を差し出す。

 それを受け取って、じっくりと観察する。

 肘や膝は球体関節でしっかりとした造りで、機能美を追及した武骨なデザインをしている。

 材質は土で出来てるのか……。


「『機構人形マキナ』の胸の部分に文字が彫ってあるでしょ? そこに魔力を込めるの」


 無言で模型を眺めていたると、それを不思議に思ったのか、男の子が親切にも遊び方を説明してくれた。

 なるほど、じゃあ早速。

 言われた通り胸の部分に触れ、魔力を込める。

 すると刻印が赤く光を帯びた。


「そう、それで地面に置いて、魔力で動かす!」


 魔力で動かす……。

 とりあえず、脳内で人形が立ち上がる姿をイメージした。

 イメージに応じて機構人形がゆっくりと立ち上がる。

 おお、なんかかっこいいぞ。

 段々と心の中にある男心が熱くなっていく。


 操作自体は慣れてしまえば意外と簡単で。

 少しの間、人形を動かしている内に要領を掴むことができた。

 人形を動かすこと自体は刻印魔術の応用。対象が自分の肉体ではなく人形であることを除けば、基本的なプロセスは同じだ。

 魔術はそこまで得意じゃないが、刻印魔術には昔から慣れ親しんでいる。

 きっと、これまでの経験が生かされているのだろう。僕の動かす人形は機敏に動き回っていた。


「えー、全然思い通りに動かないんですけど! 不良品じゃないですよねこれ?」


 ロミアが大人気ない文句を口にする。

 見ると、ロミアの動かす人形は大暴れしていた。

 手足が千切れてしまうんじゃないかと不安になるほど、でたらめに四肢を動かしている。

 『魔術記憶庫』という便利能力のせいで、細かい魔力操作が覚束ないようだ。


「ははっ、下手くそ。どうやら魔力操作は僕の方が上みたいだな」

「何をぉ? 聞き捨てなりませんね。そんな台詞は私に勝ってからです!」


 無謀にも、ロミアは格闘戦五本勝負を持ち掛けてきた。

 考えるまでもなくその勝負を受ける。

 子供たちが見守る中、僕とロミアの熱い戦いが幕を開ける――。


 結果、ロミアとの試合は勝負にすらならなかった。

 ――何故かって?

 始まった瞬間、ロミアが勢い余って魔力を込め過ぎたせいで人形が爆発。試合は強制終了。人形の身体が爆散する様を子供たちにお届けして終わったからである。


「うわああああ、ごめんなさあああい!」


 阿鼻叫喚の末、修復魔術で直した人形を男の子に渡しながらロミアは全力で土下座をしていた。

 彼は笑って許してくれたが、どこか憂いを帯びたあの笑顔を僕は忘れないだろう。




――――――――――




 子供達と『機構人形』で遊んだ後、僕とロミアは魔導具店に来ていた。


「おぉ、扉が自動で開いたぞ」

「魔力感知を応用した自動扉ですね。大都市では主流になりつつあります」


 ロミアの説明を聞きながら店内へ。

 どこか懐かしさを覚える薬草の匂いが鼻を衝く。


「……い、いらっしゃい、ませ……」


 出迎えてくれたのは、どこか陰鬱とした雰囲気の女性だった。

 白銀色の長髪の隙間から理知的な碧眼が覗いている。


「……ほ、本日は、何をお求め、ですか……?」

「えっと、この子のローブを買いに来たんですけど」


 隣に立つロミアを指さす。

 そう、魔導具店に来た理由は彼女のローブを買う為だった。

 僕にはグレースさんが贈ってくれた物がある。去年の誕生日に買ってもらった黒いローブだ。カルムメリアの王都にある有名な魔導具店で購入したらしく、「値段に見合う、立派な魔術師になってくださいね」というお言葉付きである。


 魔術師にとってローブは必需品。兵士が鎧で身を覆う様に、魔術師はローブで身を守る。当然、それ自体の防御力はたかが知れている。――が、そこに魔術を編み込むとなれば話は別だ。魔術師は自身の髪をローブに編み込み、それを媒介として魔術を付与する事ができる。

 一般的には防御魔術を付与する人が多いらしいが、僕は魔力効率上昇を付与していた。今まではそれを愛用していたけれど、前回のゴブリンとの戦いを経て、防御魔術も捨てがたいと思っている自分もいる。


「……な、なるほど……。でも、そうですね……」


 女性は言い淀み、じっとロミアを見つめる。

 長い前髪の奥にある碧眼が、理知的な輝きを帯びていた。


「……魔力量は格段に多い……、だから強力な魔術を連発できる……。けど、魔力操作が下手。効率も最悪なせいで、すぐに底をつく……。それに、これは"神片フラグメント"……? いや、違う……"魔法"、かな……」


 小さな呟きが僕達の間に流れる。


「なんか、さらっとバカにされてませんでした、私?」

「事実じゃないのか? お前の魔力切れなら見慣れてるぞ」

「……っぐ、概ね事実です……!」


 ロミアは悔しそうに下唇を噛む。


 それにしても、どういう仕組みだ?

 見ただけでロミアの魔力量を見抜いていたが……。

 何かそういう魔術だろうか?


『――恐らく、魔術ではなく〈神片〉ですね』


 脳内に声が響いた。

 思わず悲鳴を上げそうになったが、何とか飲み込む。

 この声は……エイルか?


『はい。『七つの断章』の案内人、エイルです』


 はい、丁寧にありがとう。

 それで〈神片〉って?


『〈神片〉とは魔術や魔法とは異なる力の事です。三位一体の時代に存在していた巨神たちが滅び、彼らの力は破片となって世界中に散らばりました。それが現代の人々に宿り、〈神片〉と呼ばれるようになったのです』


 なるほど……巨神の力か。

 三位一体の時代については、師匠の持っていた本で少し知っている。

 巨神、竜、精霊の三種族が世界の均衡を保っていた時代だ。今よりもずっと魔素濃度が高く、三位一体戦争で均衡が崩れるまで、他の生命は存在すらしていなかったらしい。


 そんな時代の力……。

 たとえ破片だとしても、凄まじい力なんだろうな。


「……うん。やはり、ローブだけでは足りません……。術杖もあった方がいいと思います……」

「杖ですか。やっぱり必要ですかね?」

「……絶対に、とは言い切れませんが、お客様の場合は持っていた方がよろしいかと……」

「ふむ。では杖も――と、言いたいところですが、お金を出すのは私じゃありませんからね。どうしましょう、ゼーレさん」


 ロミアが振り返った。

 どうやらエイルと話している内に、話が進んでいたようで。


「術杖っていうと、ルフリエ産の物になるんですか?」

「……はい。人間領に流通している、ほぼ九割はルフリエの魔導技師によって作られた物ですので……。多少、値は張りますが……その分、品質は保証します……」

「んー、そうですか……」


 店員さんからの答えに頭を悩ませる。

 確か、師匠が使っていた術杖もルフリエのだったはず。国一番の魔導技師に作らせたとかで、価格はソロン金貨三十枚ほど。

 残念ながら、今の僕の貯金では全く足りない。


「あの、ちなみにお値段はいかほど……?」

「……そう、ですね。ローブの方は銀貨三枚……、術杖は銀貨四枚となります……」

「へ?」


 変な声が漏れた。


「え、え、術杖が銀貨四枚ですか? 本当に? 間違いとかではなく?」

「……? はい……銀貨四枚は、ほぼ相場かと……」

「嘘だろ……。じゃあ師匠のあれは何だったんだ……?」

「師匠?」


 ロミアが脇から顔を覗かせる。


「あ、ああ。僕の魔術の師匠だ。あの人、ソロン金貨三十枚くらいの杖使ってたから、てっきり他ももっと高いもんだと……」

「ゼーレさんのお師匠、そんなにお金持ちだったんですか!?」


 猫のように目を丸くするロミア。


「……金貨三十枚の術杖になりますと、よほど腕利きの魔導技師作の杖でしょうか……。恐らく、材質から細かな形状まで、完全なオーダーメイドともなればそれくらいの値段になるかと……」

「まぁ、あの師匠なら有り得るか。魔術以外、友達がいない様な魔術馬鹿だったからな……」

「なんでしょう、とっても可哀想な響きです」

「……こちらの杖とローブは、規格品ですのでお値段も比較的安価ですよ……」


 魔導具屋らしく、ふわふわと浮遊してきたローブと杖がカウンターの上に並んだ。

 白地に金の刺繍が入ったローブと細い金属質の術杖。


「どうだ? ロミアの好み的には?」

「お金を払ってもらう以上、文句は言いません! けど、本当に良いと思います!」


 元気のいい返事が店内に響く。

 正直なのか、単純に馬鹿なのかは分からないが、素直なのは良いことだ。


「じゃあこれ、買います」

「……お買い上げ、ありがとうございます……」


 試着の後、裾を調整してもらう。

 杖の方も手に馴染んでいる様で。

 ロミアは嬉しそうに小さく跳ねた。


「ありがとうございます、ぴったりです! えっと、お名前は……」

「……テオ・レナアスタと言います……」

「素敵なお名前です! ありがとうございます、テオさん」

「……ふふ。今後とも、魔導具屋レナアスタを御贔屓に……」


 店員さん――もといテオさんは微かに口元を綻ばせる。

 僕達は今一度、テオさんにお礼を言って魔導具屋を後にした。

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