第10話 訓練

【お知らせ】

いつもお読みいただきありがとうございます。

一昨日辺りから体調を崩しており、続きの執筆ができておりません。つきましては、誠に勝手ながら1週間お休みをいただきたいと思います。読者の皆様には申し訳ありませんが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。




――――――――――




 ギルドマスター。

 それは各所に点在する冒険者組合の責任者。

 この役職に就く為には元冒険者としての実力、実績がなければならない。マスターを名乗るからには、生半可な人間ではいけないのだ。


 ――バルファ・ドラウン。

 彼女は東町ギルドのギルドマスター。

 周囲からは"生ける掟"と呼ばれている。


 ギルドの最上階。ギルドマスター室のソファで寛ぐ彼女のもとに、魔術による通信が入った。


『――報告します。"緋眼"を発見しました。対象はギルドへと向かっています』

「りょーかい、そのまま尾行して。ここに来たら、直々にボクが話をするから」

『承知いたしました』


 すぐに通信が切れる。

 バルファは背もたれに全体重を預け、深く息を吐いた。


「案外、簡単に見つかったなぁ……」


 彼女の想定ではもっと時間が掛かるはずだった。

 "王冠"を討伐した現場から逃走する時、彼らは認識阻害の魔術を使用していた。

 追手に気付いていないか、それとも尾行を意に介していないのか。

 まぁ、どちらでもいい。


「ここに来れば、ボクの思い通りだから……ね」


 バルファは妖しげな笑みを浮かべた。




――――――――――




 僕達は今、ギルドの訓練場にやって来ていた。

 新調した術杖を試したいロミアと、『七つの断章』について確認をしておきたい僕の意見が合致した結果だ。


「じゃあ、お互い終わったら集会所の方で落ち合おう」

「はい! それではまた後で!」


 僕とロミアはそれぞれ別の部屋へと向かう。

 硬い石造りの通路を進んだ先に扉があった。

 ギルドの訓練場を使うのは初めてだが、事前に受付嬢さんから説明は受けていた。


「確か、銅貨三枚だったよな」


 備え付けられた投入口に銅貨を入れると、ガチャリと音が鳴って扉が開く。

 中へ入ると靴底に伝わる感触が変化した。

 形は円形で、訓練場と言うより闘技場みたいだ。


「広いな……。これが三つもあるのか」


 とても建物の中にあるとは思えない広さ。

 他に誰も人がいないというのが更に空間の大きさを際立たせている。


 一通り訓練場に対する感想を抱いた後、ある事に気付く。

 もしかすると入った瞬間から気付いていたのかもしれない。だが、異質過ぎて脳が拒否していたんだろう。

 緩やかに湾曲した壁の中に、鎧を着た人間が直立不動の状態で格納されていたのだ。ガラス張りなので中の様子がよく見える。


「何だ、これ……?」

『近づいてみましょう』

「うおっ!?」


 ……びっくりした。

 エイル、あんまり僕を驚かせないでくれ。


『すみません。少し、主様の驚く声が面白くて……』


 おい、エイル。

 お前僕を主様と呼ぶ割に忠誠心が低いんじゃないか。

 ……まぁ、他人から敬われる様な人徳がない僕にも問題があるんだろうけど。


『そんな事はありませんよ。従者一同、主様に忠誠を誓っております』


 そりゃどうも。


 エイルとやり取りをしつつ、壁へと近づく。

 ガラス越しに鎧人間が立つ。しばらくの間それを眺めてみたが、鎧人間は微動だにしない。

 流石に生きてないよな……?

 気紛れにガラスを触れてみた。

 するとその瞬間、訓練場に何者かの声が響く。


『やっほー! 聞こえるかーい? ボクはバルファ、この東町のギルドマスターでーす。君、初めてだろうから色々と教えてあげるねー。まずね、目の前にあるのは本物の人間じゃなくて人型の模型だよ。訓練用に開発された物でね……』

「……ちょっと待って! 待ってください!」


 突如現れた謎の声に呼び掛ける。


「あの、突然何ですか!?」


 一人称はボクだったが、声の高さからして女子だろう。

 ギルドマスターだとか何とか言っていたけど、一体彼女はどこから僕を見ているんだ?


『んー、もう! 人が話してる途中だよ。じゃあ最初からね。ボクはバルファ、この東町のギルドマスター。そこにあるのは訓練用の自律型戦闘人形さ。頑丈だから思いっきり攻撃して大丈夫。ボクは見てるだけだから勝手に始めちゃってね!』


 ――。

 ――――。

 ――――――。


 あ、終わりですか。

 少しの間、続きを期待してみたけれど何の反応も無かった。

 これ以上何も言うことはない、とでも言いたげな沈黙が流れている。


『他に何も無いのでしたら、始めてしまいましょう』


 始めるって言ってもね、エイルさん。

 この等身大の模型をどうやって動かす?


『ここへ来る前に遊んだはずですよ。ロミア様や子供達と一緒に』


 ここへ来る前に遊んだ……?

 ……ああ、あれか!

 爆発四散した人形の姿を思い出す。

 今思い返してもショッキングな映像だなあれ。


 そうか、あの人形と仕組みが同じなら――。


「こいつに魔力を込めればいいって事か」


 胸の鎧に施された刻印を見る。

 ガラス越しでも魔力は通るはずだ。

 頭の中にイメージを確立させ、刻印に魔力を込める。


《自律式戦闘人形・00番、起動――》


 低い起動音が鳴り、人形が動き出した。

 スムーズな動作で拳を固く握りしめ――ガラスを叩き割った。


 これ、毎回こんな派手な登場の仕方をするのか?


『あーあ、またガラス割ったぁー! 直すの大変なんだよー?』


 大音量の溌溂な声が耳に届く。

 不満を滲ませたその声音に僕は耳を疑う。


「これ自分で設定してるんじゃないのか……?」

『もちろん、ボクが考えた演出だよ』

「……? じゃあ変えたらいいのでは?」

『分かってないね、キミ。こっちの方が格好いいでしょ?』


 なるほど。

 このバルファって人とは、まともな会話ができそうにないな。

 損害を度外視してまで自分の欲を満たさないでもらいたい。


『主様! 危険です!』


 焦燥の声。

 反射的に後退。

 数舜前にいた僕の場所を剣が通り過ぎていった。


 剣を携えた鎧人形。

 無機物のくせに、歴戦の猛者じみた風格を感じる。


『あ、言い忘れてたけど、その00番くんは特注品だから! 他の人形よりずっと強いし、一定以上のダメージを与えないと止まらない仕組みだから頑張ってねー!』


 頑張ってねって……随分、能天気な警告だな。

 つまり、この威圧感は特注品ならではって事なのか。

 迫り来る00番。

 手のひらに、じっとりと汗が滲んだ。




――――――――――




 時を同じくして、別の訓練室。


「お、これで戦闘用人形が動くって訳ですか」


 ロミアも訓練を開始していた。


「にゃーお」

「危ないからベルは下がっててね、どこに飛ぶか分かんないから」

「にゃぁ……」


 飼い主から不安な言葉が放たれ、ベルは急いで後方に退いた。

 新しく買った術杖の使用感を確かめる。それがここに来た目的。

 ゆらり、訓練人形が近づいてくる。


「術杖があれば、魔力をコントロールしやすくなるんだっけ……」


 呟きながら、ロミアはどの魔術を試そうか考える。

(【永久凍墓ゲフリーレングラープ】とかはコントロール関係ないもんね……)

 考えてる内にどんどん訓練人形との距離は縮まっていく。

 気付けば、既に間合いに入られていて。


 剣振り上げる訓練人形。


「っ……! 【雷槍ドナーシュペア】!」


 轟音。

 まるで本当に雷が落ちたかのような音と衝撃が走った。

 訓練人形が倒れる。

 腹部にはぽっかり大きな穴が開いていた。


「うっそ……! すごぉ!」


 ロミアは興奮気味に小さく跳ねる。


「ネロ、さっきの見た!? 下位魔術であの威力だよ?」

「にゃーう」


 魔術師であれば、無詠唱で発動が可能な下位魔術。

 引き換えに威力は控えめというのが定石。

 しかし、今しがたロミアが放った【雷槍】は下位とは呼べない威力を誇っていた。

 これは術杖の使用によって魔力の指向性が上がり、より一点に魔力を集中できるようになった結果だった。


「皆、かっこいいから術杖を持ってるんだと思ってた。ちゃんとメリットがあったんだね」


 満足そうなロミア。

 彼女の持つ魔法『魔術記憶庫』は、あらゆる魔術を記憶し再現する事ができる。単純かつ強力な魔法を持つが故に、これまでロミアは特に何の苦労もせずに複数の上級魔術を使用することができた。しかしの弊害として、魔力の扱いが杜撰だった。


「これなら魔力切れを起こさないで済みそう……!」


 魔力の扱いが杜撰なせいで余分な魔力を消費する。

 だからすぐに魔力切れを起こしてしまう。


「テオさんの言ってた事、全部合ってたんだなぁ……」


 術杖を握り締めながら、理知的な魔道具屋の店主を思い出す。

 ロミアはこの日、術杖を装備するという魔術師としての第一歩を踏み出したのだった。

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緋眼の魔術師 ~師匠が残してくれたのは、伝説の魔導書でした。~ 南雲虎之助 @Nagumo_Tora_62

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