第7話 反撃
エイルの玲瓏な声が森に響く。
まず彼女はロミアの首を掴んでいる
一切の害意を感じさせないその行動に、
「――
ごとり、腕が落ちた。
剛腕の名に恥じぬ筋肉質で太い腕が、一瞬にして切り離されていた。
「グギャアアアア!」
絶叫が木霊する。
しかしエイルの瞳はひどく冷やかな光を帯び、その声など届いていないように思えた。
彼女は俊敏な動きで
絶叫が止み、ゴブリンは物言わぬ死体へと変化する。
その強さに驚いていると、遠くの木の陰から弓矢を番えるゴブリンの姿が見えた。
僕が声を上げる暇もなく矢が放たれる。
エイルは飛来した矢を盾で弾き、反撃として槍を投げた。
投擲された槍は矢よりも速く。
反応が遅れたゴブリンの脳天に槍が突き刺さった。
少しの間、棒立ちになるゴブリン。
そして、死体は思い出したかのように仰向けに倒れた。
ゴブリンたちが後ずさる。
突然現れたエイルの強さに警戒しているようだ。
戦乙女は優雅に僕の方へと振り返る。
「今の内に治療を行います。少し、じっとしていてください」
エイルの手が背中に触れる。
「自慢ではありませんが、私の
背中に優しい温もりを感じる。
傷を負ったときの不快な熱とは違う、慈悲深い温かさだった。
彼女の言う通り、痛みはすぐに消えた。
いつの間に引き抜いたのか、エイルの手には矢が握られている。
「ありがとう……」
起き上がり、ロミアの様子を伺う。
ぐったりと地面に横たわる彼女を見て、不安に
「魔力切れと過度な恐怖によって、ロミア様は気を失っているようです。命に係わるものではないのでご安心を」
僕の不安を察したようなエイルの返答で胸を撫で下ろす。
だが、安堵している余裕もない。
「……まだ
地を鳴らすような重たい足音が聞こえてくる。
悠長な歩みで
その緩慢な挙動は、まるで僕たちが逃げられないことを確信しているかのようだ。
「主様、これを」
エイルが『七つの断章』を差し出してくる。
この状況を打破するにはこれしかない。
僕は覚悟を決めて魔導書を手に取った。
その瞬間、脳内に数多の情報が流れ込んできた。
人間では到底処理し切れない、膨大な量の情報が次々に脳内を駆け巡っていく。
意識が途切れそうになる直前――。
《情報の統合が完了。新たなる主の誕生に祝福を》
無機質な声が響いた。
ついさっきまでとは違う。
僕はもう、この魔導書を扱えると感覚的にそう思った。
「
「仰せのままに」
指示を聞いて、即座にエイルが動き出す。
『七つの断章』を開く。
制限が掛けられている従者を除いて四体。
さらに森の中であることを考慮して、最も現状に適した従者を選択する。
《"
魔導書が光の粒子となって僕を包み込む。
起動したのはヴィヴィアン。数々の騎士と関りを結んだ大妖精。
煌々とした光が晴れたとき、僕の手には一振りの剣が握られていた。
名は"アロンダイト"。
アロンダイトを伝って、ヴィヴィアンと最も深い縁を持つ最優の騎士の記憶が流れ込んでくる。
「――行くぞ」
剣の切先を
――――――――――
前に集落へとやってきた魔人から告げられた『緋眼の男を殺せ』という指令。その対価として、ゴブリンたちは武具を手に入れた。
命令を果たせば、小鬼族は魔王の庇護下に入ることができる。
種族の更なる繁栄のため、
そして今、標的である緋眼の男と対峙していた。
そのはずだったが、今の男の目は澄んだ青色へと変化している。
他にも魔力量が増大していて、さっきまでとは全くの別人のようだった。
戸惑う
しかし小鬼族とは群にして個の種族。
統率力を欠けば群れは崩壊する。
王として君臨する自分自身が、その絶大なる力を誇示せねばならない。
この手で、人間を叩き潰す。
それが致命的な間違いであるとも知らずに。
――――――――――
ヴィヴィアンの投影によって『円卓の加護』が発動している。
全身に強化と加速が付与された結果、相手の動きはとても緩慢なものに思えた。
斧による縦の大振り。
それを半身で躱す。
後方からの
今はただ、目の前の敵に集中する。
一撃、一撃が重たい。
だが、攻撃をする度に刃毀れしていくのは斧の方だ。
幾度かの打ち合いを経て――。
剣で攻撃を受け止めた時、斧の限界はやってきた。
「ナ、何ダト……!?」
斧の刃にひびが入り、粉々に砕け散る。
――当然だ。
アロンダイトは絶対に刃毀れすることのない聖剣。
それと打ち合ったのだから、この結果は避けられない。
隙を突いて、真上に跳躍する。
一族の長を眼下に据えて、両手に持った剣を天高く振り上げる。
これで終わりだ――!
「――
気勢を発し、剣を振り下ろした。
魔力の籠った重い一撃は、
衝撃は地面をも割き、凄まじい轟音が響き渡る。
《
音声の後、剣が光の粒子となり、再び魔導書の形へと戻る。
王を討たれたゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
それを追いかけるほどの余力はない。
急激な疲労を感じて、僕はその場に座り込む。
――こうして、初めての依頼は"
――――――――――
東街のギルドマスター、バルファ・ドラウン。
彼女は冒険者組合の自室にて報告を待っていた。
北西の森で観測していたゴブリンの集落。
本来ならば、生態系の保護を考慮してむやみに手を出すことはないのだが、今回ばかりは話が違った。
非常に稀とされている"
それに加えて未知の魔人との接触。
これらを経て、ゴブリンたちの動きが活発になった。理由は不明だが、頻繁に人を襲うようになり、街道での被害が相次いでいる。
東街の冒険者を統括するギルドマスターにとってこれは由々しき事態。
そこで彼女は霊幇級冒険者による
事前段階として、信頼できる上級冒険者たちを集落の調査に向かわせている。
そろそろ彼らが帰還してくる頃合いだ。
バルファは椅子の背に身体を預け、冒険者の帰還を待つ。
「ギルドマスター!」
若くして優秀な上級冒険者の男が、慌てた様子で部屋に入ってきた。
額には汗が滲み、肩で大きく息をしている。
「落ち着きなよ、ドリュー。ボクはどこにも逃げやしない」
彼の慌てようを少しおかしく思いながらバルファは告げる。
「報告する……!
ドリューの報告にバルファは目を細めた。
口元に称えられていた微笑も今は消え去っている。
「消滅? どういうことだい?」
「そのままの意味だ……この作戦とは関係ない冒険者が、
――ありえない。
真っ先にバルファの脳内には否定の言葉が浮かんだ。
ゴブリンキングは魔物等級の中で赤――災害級に属する魔物だ。
これに対応できるのは霊幇級以上の冒険者のみ。
そしてこの東街のギルドには、霊幇級以上は一人しかいない。
彼女には調査が完了するまで待機命令を出している。
なら、初級から上級の内の冒険者がゴブリンキングを討伐したということか。
「その冒険者は今どこに?」
「それが、分からない……。気付いたら姿を消してて……」
「きっと認識阻害の魔術を使われたね」
「でも、なんで逃げる必要が?」
「そんなのボクに聞かれても分からないよ」
バルファは白く細い腕を組む。
災害級の魔物を倒した冒険者。
本当なら、等級は霊幇級以上でないとおかしい。
今まで認識していなかったということはまだ冒険者になったばかりなのか。
だとすれば尚更、異常と表現するしかない。
「ドリュー、君に頼みがあるんだけど」
「ああ、言わなくてもいい。俺にはあんたの言うことがもう既に分かってる」
「そうだね。じゃあ、ゴブリンキングを倒した冒険者を見つけ出してくれるかな。"三日以内"で」
最後に付け加えられたバルファの言葉にドリューが目を見開く。
それはギルドマスターからの命令。
背くことはできない。
ドリューは観念した様子で頷き、部屋から出て行った。
「ふふ。面白いじゃないか」
バルファの口には自然と笑みが零れていた。
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