第5話 初めての依頼

 宿屋を後にして、東町の中心部へと向かい始めてしばらく経った。

 現在、僕たちは冒険者組合の巨大な建物の前にいた。


「城かと思ってたが、ここがギルドだったのか……」


 そびえ立つ建造物を仰ぎ見る。


「この中に色んな施設が入っているらしいので、これだけ大規模なんだと思います」


 ロミアは特に驚いた様子もなく中へと入っていく。

 僕も慌ててその後に続いた。


 ギルドの一階部分には依頼受付と換金所、そして酒場が入っていた。

 朝から酒を飲んでいる冒険者たちが、物珍しそうな視線を向けてきた。恐らく僕の目を見てのことだろう。

 フードはもう被っていない。僕は"煉獄の魔女"ではないから。

 僕は僕だ。それ以上でも、それ以下でもない。

 そう心の中で呟いて、ロミアと共に受付へと向かう。


「すみません、冒険者登録をしたいんですが」


 眼鏡を掛けた受付嬢へと話しかける。


「冒険者登録ですね? 少々お待ちください」


 受付嬢は手慣れた手つきで準備を始めた。

 彼女は僕の目を見ても一切表情を変えなかった。プロとして職務に徹しているからか、それとも魔女の逸話を知らないだけなのか。

 いずれにせよ、その態度は僕にとってありがたいものだった。


「こちらの魔導具に手をかざして頂くと、そこから魔力を介して個人の情報を読み取ることができます」


 水晶玉のような魔導具を差し出され、説明通りに手をかざす。少しすると、魔導具の下部からカードが出てきた。


「そちらがギルド所属の冒険者であることを示す証明書となります。自身の身分を保証するものですから、失くさないでくださいね」


 カードには名前や性別などの情報が記載されていた。

 魔力からこれだけの情報を読み取るなんて、現代の魔導具はここまで発達しているのか。

 感心しながら一番下まで視線を移すと、そこには大きく"初級"の文字が。


「では、冒険者組合に関する注意事項について説明させて頂きます。まず、冒険者の等級についてですが――」


 ここからは受付嬢による説明大会が始まった。

 序盤で興味を失いかけていたロミアの代わりに、集中して話を聞いた。


『冒険者は初級、中級、上級、霊幇れいほう竜滅りゅうめつ神域しんいきの六つの等級に分かれており、それに応じた依頼しか受注することができない』


『等級は依頼達成による加点を繰り返すことで上がる。個人の利益を目的とした依頼独占など、違反行為をした者は減点され、等級を降格または剥奪される。また、各ギルドマスターによる判断の元、等級昇格依頼を達成することで等級を上げることができる』


『一年ごとに所属継続料金が徴収される。その金額は等級が上がるにつれて上昇する。また、特別な理由なく一年以上冒険者としての活動が確認されなかった場合、冒険者証明書は失効となる』


 とりあえず、覚えておくべきものはこれくらいだろう。

 一通りの説明を終えた受付嬢が、他に何か質問はあるかと尋ねてきた。

 特に何も思い浮かばなかったので、僕とロミアは揃って首を横に振る。


「それでは、これで説明は以上となります。……あ、言い忘れていましたが、街中での戦闘行為は当然禁止。確認された時点で一カ月間の活動停止処分、もしくは罰金が科せられるのでお気を付けください。お二方のご活躍をお祈りしております」


 恭しい一礼を受け取り、僕たちは冒険者登録を終えた。




「早速、何か依頼を受けてみましょうか。あ、このゴブリン討伐なんてどうです?」


 ロミアは受付のすぐ横にあるクエストボードを指さす。


「やっぱり説明ちゃんと聞いてなかっただろ? 初級冒険者は採取区分の依頼しか受注できないぞ」


 依頼には採取・調査・討伐の三つの区分がある。

 等級ごとに受注可能な依頼区分が決まっており、初級は採取以外の依頼は受けられない。討伐依頼を受けられるようになるのは上級からだ。


「えー、面倒ですね。意味ありますそれ?」

「余計な犠牲を増やさないためにも必要だろ。それに、冒険者全員が金目当てで討伐依頼ばかりやってたら、採取依頼はずっと放置されることになる。依頼主あってこその冒険者だ。採取だからってないがしろにはできない」

「……なるほど。要するに下積みが大事って訳ですね」

「……うん、まぁそんなとこだ」


 言いながら、ゴブリン討伐の下にある紙を取る。

 依頼内容は薬草の採取。適性等級はもちろん初級となっていた。

 紙を剥がし、先ほどの受付嬢のもとまで持っていく。


「すみません、この依頼を受けたいんですが……」

「はい、ではこちらの魔導具に紙を置いてください。情報を読み取ります」


 受付嬢は複雑な魔法陣が記された魔導具を示した。

 言われた通りに紙を置く。

 ――ポーン。

 と、軽快な音が鳴った。


「これで依頼の受注は完了です。頑張ってくださいね」


 受付嬢はにこやかに告げる。

 冒険者登録のときにも思ったが、魔導具技術の進歩が凄まじいな。

 数年前に魔導国家フェイルノードと技術国ルサンザによる技術提携が結ばれたというのは知っていたが、これもその成果の一つなんだろうか。


「じゃあ行きましょう、ゼーレさん」

「ああ」




 ユートラスの北東部。

 そこには鬱蒼と木々の生い茂る森林地帯が広がっている。

 僕たちは以来の達成条件である薬草を求めて、気付けば随分と森の深くまでやって来ていた。


「うへえぇ……、薬草と雑草に違いなんてあります?」


 ロミアが真面目な顔で尋ねてくる。

 確かに見た目は似ているものもあるが、効能においては桁違いだ。


「よく見てみろ、他の草に比べれば薬草は色が明るい。それに独特な匂いがするから意外と分かるぞ」


 ロミアは右手に薬草、左手に雑草を持って観察している。

 じっくりと目で見た後に匂いを嗅ぎ、最終的に自信ありげな顔で左手を掲げた。


「完全に理解しました! こっちが薬草ですね!」

「うん。大間違いだ」


 僕はロミアの右手から薬草を取り、ギルドから支給された麻袋に突っ込む。

 彼女の『魔術記憶庫』の中には薬草を見分ける魔術なんかもありそうだが、実際どうなんだろうか。


「収納魔術でも使いましょうか? そっちの方が薬草の鮮度が保てますよ」


 膨らんだ麻袋を見てロミアが提案する。

 薬草を見分ける魔術は無いのにそれはあるのか。


「いや、駄目だ。薬草採取にわざわざ時空魔術を使う必要はない」


 僕はロミアの案を否定する。

 収納魔術の実態は時空魔術の高度な応用だ。

 別次元の空間と接続することで無限に物を収納できるようになり、その空間内にある物は時間経過による影響を受けなくなる。

 あの師匠にさえ『かなり面倒くさい』と言わしめる最上位魔術。

 それを薬草取り如きで使っていいはずがない。


「良い案だと思ったんですけどねぇ」

「こんなところで最上位魔術なんか使うな。他の魔術師が見たら怒るぞ」

「私からすれば下位と最上位に違いなんて無いですもん。どっちも詠唱して魔力を込めれば、ほら簡単」

「一回、本気で怒られた方が良いかもな」


 『魔術記憶庫ライブラリ』とかいう何でもありな能力のせいで、魔術に対する価値観が壊れてしまっている。

 こんなのは魔術師でもなく、もはや全自動魔術発射装置だ。

 師匠がいたら『魔術師の風上にも置けない。もはや風下にすら置く価値もない』と文句を言われていただろう。


「そもそも、感知魔術を発動しっぱなしで魔力切れになったのは誰だ? 収納魔術の方が魔力の消費が多いんだ。どうせ帰る途中で魔力切れになるのがオチだろ」


 僕の答えに、不服そうに唇を尖らせるロミア。


「ちぇー、初級から活躍してみんなからちやほやされたかったのになぁ」


 ロミアはそう言いながら、手に残った雑草をベルに差し出していた。

 ベルは完全にそっぽを向いている。

 とても魔術協会に追われている人間の発言じゃなかった。


「ほら、もう少し集めれば依頼の達成条件に届く。もうひと頑張りだ」


 辺りの薬草を取り尽くし、さらに森の奥へ進もうとしたとき――。

 前方から物音がした。

 咄嗟に周囲を警戒する。


「一匹、小型の魔物が近づいています」


 ロミアが素早く報告してくる。

 感知魔術が使えない僕は、植物を掻き分ける音で場所を判断した。

 現在地から左斜め前。背の高い草むらから現れたのは、一匹のゴブリンだった。


「グルルァァ……!」


 暗緑色の肌に人間の子供くらいの小さな体躯。

 その手にはひどく錆びついたナイフを握っている。

 普通なら、ゴブリンは群れで行動しているはずだが逸れたのだろうか。

 ゴブリンは濁った眼で僕たちを見据えていた。


「倒しましょう」


 ロミアが魔術を発動しようとする。


「やるなら氷系統の魔術だ。間違っても火属性魔術は使うなよ」

「もちろんです。巻き込まれないようにしてくださいね!」


 次の瞬間、彼女は詠唱を開始していた。

 後退するのが一瞬でも遅れていたら、僕も巻き添えを食らっていただろう。


「氷の礫、駆動する機関、愚者に先駆者。回転し、射出せよ! 【氷連射撃マシーネンゲヴェーア】!」


 魔法陣が展開、回転し、無数の礫を放つ。

 絶え間ない氷礫の弾幕。

 その威力は凄まじく、太い木の幹も易々と貫通している。

 一匹のゴブリンを倒すには過剰な程の火力だった。


 土煙が立ち込め、ゴブリンの姿が視認できない。


「まだ生きてますね。感知魔術に反応があります」


 嘘だろ……今ので生き残ったのか。

 まさかこの個体、"精鋭レンジャー"か?

 ロミアは冷静に前方を見据えている。

 視覚が頼りにならないのなら聴覚を使うしかない。

 耳を澄ませると、空気の揺れと共に土を蹴った音が聞こえた。


「グギャアァァ!!」


 ゴブリンが土煙から飛び出す。

 ゴブリンは握ったナイフを突き刺そうとしていた。

 ナイフの先端が目の前に迫る。


 こんな状況でも頭は意外に冷静だった。

 薬草が詰まった麻袋でナイフを防御し、受け身を取りつつ【氷結ゲフリーレン】を発動。

 ゴブリンの左半身を凍らせた。


「グルギャアアア!」


 悲鳴と思しき絶叫。

 ゴブリンは僕の身体の上から飛び退いた。


「とどめを刺します! 避けて!」

「あっぶな!?」


 言うが早いか、ロミアはゴブリンへ向けて氷塊を打ち込んだ。

 木々を薙ぎ倒すほど重く、巨大な氷塊。

 しかしゴブリンは、左半身が凍っているにもかかわらず、素早い身のこなしで森の奥へと逃げてしまった。


「ゼーレさん、追いかけましょう!」

「やめとけ。深追いする理由がない」

「ありますよ! あのゴブリン、異常な強さです。放っておけば他の人たちに被害が出ます!」


 ロミアは制止を振り切ってゴブリンを追いかけていった。

 全く……、謎に血の気が多い。


「人間、ロミアを追ってやってくれ。あやつはいつも無理をし過ぎる」


 ベルが僕に向かってそう言った。

 こんなの、どっちが飼い主か分からない。


「分かってる。また倒れられても困るからな」


 そう言って、僕は駆け出した。

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