クエスト3 遊び人が仲間になった#3

 友達作り.....それは誰しもが抱える大きな問題だろう。

 それは転校だったり、新しい学校だったり、新学期だったりと新たな環境の変わり目で発生する。


 しかし、それらに対して深く悩む人はあまり多くない。

 なぜなら、友達というのは深く意識せずとも勝手に形成されてるものであるからだ。


 例えば、委員会でたまたま同じ作業をすることになった。

 それを通じて話してみて意気投合し、気が付けば友達としての付き合いが始まっている。

 友達作りとは案外そんなものであるからだ。

 作ろうとして意識するものではない。


「俺に......友達作りを?」


「あぅ、はい......それをできばその......お願いしたく、思います......」


 しかし、敬の目の前にいる天子はその友達作りを頼んできた。

 それはつまり、天子にとって心を開ける相手が居なかったことを暗に伝えている。

 もっとも、天子はそのことに気付いてないだろうが。


(ふむ、そうだな......)


 敬は腕を組みつつ、片手で顎を触る。

 少し考え、ハッキリと返答した。


「結論から言えばその依頼は全然オッケーだ。

 だけど、それをどうして僕に?」


 敬は誰かに頼られることは嬉しいし、それを手伝ってあげることも好きだ。

 しかし、その前にどうして頼る相手が自分なのかは敬にとっても気になる所だった。

 というのも、相談する相手にしてもいきなり男子もとい異性はハードルが高い。


 加えて、高校生という思春期真っ盛りな時期。

 男と女の違いがハッキリし、より性別の違いを感じる。

 それこそ、男女間の浮いた話など格好の話題だ。

 故に、まず必然的に同性に頼む。それがセオリーだからだ。


 しかし、そのセオリーを覆してまで天子は敬に頼んできた。

 天子のような大人しい人物でなくても、異性に話しかけるのは恥ずかしいと思う。

 ましてや”友達作り”というプライバシーに関わることは尚更言いづらいはずだ。


 だからこそ、敬はその理由が聞きたかった。

 もちろん、できればではあるが。


「あぅ.......そ、それは......」


 その質問に、天子はギュッとスカートを握る。

 もともと合っていない目線がさらに右往左往に動いた。

 身長に相まって短い首がさらに縮む。

 全体的な小さい印象にさらに拍車がかかった。


 なんとか言葉にしようとふるふると唇を震わせている天子だが、僅かに開いた口から言葉が出て来ることはない。

 そのことが天子にとっても苦しいのか、表情にもその気持ちが表れ始めた。


(なんだか、小さい子を説教している気分だな......)


 天子の言葉を待っていた敬は、そう思いながら首の後ろをさすった。

 これ以上は拉致が明かない。というか、見ていて苦しくなった。

 敬の聞いた理由はとても純粋なものだ。

 別に天子を苦しめるために聞いたわけじゃない。


 敬としても天子にとってこの手の話題が言いずらいことなら、これ以上無理に聞く必要はない。

 なぜなら、聞いたにしろ、聞かなかったにしろ、結局やることは変わらないのだから。 


 敬は首に触れていた手をふとももへと移動させ、空気を変えるように話題を戻した。


「さっき友達が作りたいって言ってたじゃん?」


「.......へ?」


「それじゃ、僕は友達一号ってわけだ」


「......」


 敬は努めて明るく言い、握った右手をトンと自分の胸に当てる。

 明るく言ったのは、それしか敬にとって表現方法が無かったからだ。

 マグロの冷凍庫で保存されていたように動かない表情筋など当てにしていられない。


 今の敬に出来ることは、依頼者である天子を不安にさせないこと。

 天子は敬を頼って、異性であるにも関わらず自分の依頼を伝えた。

 普通の人には出来なくて、諦めてしまいそうなことをやってのけた。


 天子はそれだけ勇気がある人物である。

 そんな人物が助けを求める相手として敬を選んだ。

 それは敬にとっても嬉しいことだ。

 それに、敬が尊敬する父親の利典も同じ状況になれば、きっと人助けをしただろう。


(つまり、これから僕がやることは大撫さんに友達をプロデュースする.....ん?

 友達をプロデュース......つまりプロデューサー......つまりアイドルってコト!?)


 その時、急激に敬のバカスイッチがONになる。

 普段から所構わずバカにやっていたせいで、反応がバカになったスイッチは、少しでもキッカケを与えるとONになってしまうのだ。


「ってことは、これから僕は大撫さんの友達作りをプロデュースする敏腕プロデューサーというわけか。

 ふっふっふ、これはなんとも面白い。よし、必ず君をナンバーワン学園アイドルにしてみせる!」


「うぇ......あ、アイドル!?」


 突然意味わからないことを言いだす敬に、天子は素っ頓狂な声を出す。

 そして、手をあわあわとさせて、なんとか敬の暴走を止めようと試みるが、天子の性格からすればそれはあまりにも難易度が高すぎた。


「そう、アイドルだ。考えてみればこっちが下手に出て友達になってもらおうなど浅はか!

 だったら逆に、相手をこっちの魅力の泥沼に引きずり込んで友達ファンにしてやればいい!」


「ちょ、あ、その......ま、待ってください!」


 敬がせっかくやる気になってきたところで、顔を真っ赤にさせた天子から待ったがかかる。

 それこそ今日一番の声であった。


 その声に、敬は目を数度パチクリとさせる。

 何か問題が発生したのだろうか、と言わんばかりの雰囲気でもって。


「どうかしたか? ミス大撫。あぁ、僕のことはPと呼んでくれて構わない」


「あぅ、Pさん......じゃなかった、い、犬甘さん!

 そ、その私のためを、思ってくれたのは.......その、嬉しいですが......できれば、その、もっと穏便なやり方を......」


「穏便? つまり、狂信的なファンを作るわけではなく、妹のようなポジションでもってファンにお兄ちゃんお姉ちゃんになってもらうわけか.......やるな」


「ぜ、全然違いますぅ!」


 どことなく天子の顔に疲れの色が浮かび始めた。

 いつになく大声でしゃべったという感じで息も切らしている。

 その言葉に首を傾げる敬であったが、天子の顔を見て我に返る。


(......あ、僕としたことがついあの男友達二人にやるテンションで接してしまった)


 敬は小中と義務教育を終えて置きながら、一番大事な項目が赤点であった。

 その名も”人間関係”。特に女子との会話に関しては赤点どころか、点数は一桁に近い。


 敬の脳内に、点数一桁の用紙を持った自分がドラ〇もんに「ダメだね、敬君は」と苦言を吐かれる場面が思い浮かぶ。


 別に敬は女子と話すことが苦手なわけじゃない。

 ただ、女子の方から敬遠されるのだ。

 その理由は敬もなんとなくわかっている。

 ただ、小学生と中学生で理由は違うが。


 その赤点を平均点になるまで補習せずに来てしまったのが現在。

 さながら男子校のようなノリでもって女子と接してしまう。

 それも割と大事な場面だったというところでだ。


「ごめん、ふとテンションが高くなってしまった。このノリを初対面でやるべきではなかった」


 敬は脳内で、某猫ミームのように頭を抱えながら、天子に向かって頭を下げる。

 本当にこういう時には無表情は大助かりである。

 ただし、無表情のせいで誠意が伝わりずらいという欠点もあるが。


「い、今のでテンション、高かったんですか......?

 声色は変わってましたが......その、全然表情が変わってなかった、といいますか......」


 一方で、天子は敬の態度に目を白黒させた。

 恐らく天子には、ロボットがテンションが高いことをアピールするために、声と身振りだけでなんとかしているように見えていただろう。

 そんな天子の言葉に、敬は頭を掻きながら返答する。


「僕はどうにも感情が豊か過ぎて、その感情を表情筋で表現しきれないらしくてね。

 一周回って無表情になるみたいなんだ。

 だから、普段はボディーランゲージ多めにして感情を伝えるよう努力している」


「な、なんだか逆に怖くなってる、気がしますけど.......」


 その時、ん? おっと?、と敬が変化を感じ取った。


「......どうやらさっきより普通にしゃべれてきているようだね」


「っ!」


 敬が指摘すると、天子はハッとしたような表情で口を手で覆った。

 少しだけ流暢にしゃべれてることに気付き、驚く天子。

 すると、そのままの状態で敬を見た。


「ま、まさか私が普通に話せるようにわざと......!」


 天子が目を輝かせて敬を見る。

 その時、敬は初めてちゃんと天子と目が合った気がした。


 とはいえ、まるでこうなることが初めっから敬の作戦だったかのように思っている天子の顔には、敬も苦笑いしか浮かべられなかったが。


(いえ、普通に男子間ノリで接しただけです。ごめんなさい)


 そう思いながらも、なんか怪我の功名でイイ感じなので、敬はこのままイイ感じにゴリ押した。


「まぁ、なんだ......僕は男だし、きっと大撫さんからはどう接したらいいかわからない感じだったはずだ。

 だから、僕の場合はこんな風に雑に接してくれて構わないとことを伝えようとした。

 けど、さすがに無理をさせすぎたことは反省してる」


「い、いえ、私のためにここまで......その、考えて行動してくださって、あ、ありがとうございます。お、おかげでとても話しやすくなりました」


「うっ!」


 敬は思わず心臓を手で押さえた。

 その行動に、天子はビクッと体を震わせる。

 そんな天子をよそに、敬は一人思った。


(い、言えない。全然そんなこと考えてないなんて。

 この天使のような純粋な笑顔の前では言えない)


 敬の心に”罪悪感”という三文字が尖った部分で突いてきて、地味に痛い。

 しかし、それ以上に心を温かい感情が敬を包んだ。

 体をじんわりと優しく包み込み、それでいて心に活力を与えてくれるような感じ。

 そう、これは前に動画でVtuberを見た時と似たような感覚。

 

(ハッ!? まさか、これが推しを得たヲタクの感情!?)


 まさか二次元以外で持つ日が来ようとは思わなかった。

 Vtuberのマネージャーとかそういう感覚なのだろうか。

 とにもかくにも、推しのために人生を捧げねば!(←使命感)


「大撫さん」


「は、はい!」


「確認だけど、僕は大撫さんから”友達作り”を依頼された」


「そ、そうです」


「そこで僕は大撫さんと友達になった......そこまではいい?」


 そこで天子は首を傾げる。


「あ、あの.......友達ってあんな簡単になるものなんでしょうか?」


(え、違うの!? あ、いや、俺はファンだからそうなるのか?)


 敬は天子の言葉に一瞬そう思ったが、これからファンであり同時にマネージャーとなる身(※自称)。

 天子の友達作りをプロデュースするとなれば、なんとかして仲良くならないといけない。

 なぜなら、推しの頑張りを近くで見たいから!


「 つまり、もっとお互いを知って仲良くなってからってこと?」


「わ、私はそう、思ってました......」


 天子は途端に目を伏せ始めた。その表情は暗い。

 それは天子にとって、友達という存在はそれほどまでに大きな存在であること示しているも同じだ。

 ならば、まずはその価値観を理解しないと、敬が天子を助けるのは難しいだろう。


「そうだな。僕の友達の定義とすれば、こうして話せたならもう友達って感じかな。

 でも、せっかくだしここは大撫さんの定義に従ってみるかな」


「.......え?」


「僕は大撫さんの友達作りを手伝うに当たって、大撫さんのことをもっと知る必要がある。

 それが大撫さんの示した”友達”であり、僕は大撫さんと友達になりたいから」


「.......っ!」


 その時、敬は天子目が合った。これで二度目。


(大撫でさんが僕の存在をハッキリと認識してくれた気もする。

 ようやく少し通じ合えたというべきか.......なんかちょっとキモいか?)


 そんなことを思う敬だが、天子との関係を考えるなら大きな前進に変わりない。


(ともかく、これで僕は大撫さんを手伝うことになったわけだけど、手軽に連絡できる手段は確保しておいた方がいいよな)


 となれば、敬がこれからすべきことはレイソの交換。

 今後のことも考えれば、もはや絶対に必要な行動と言える。

 しかし、あいにく敬の友達登録に女子の名前はない。

 つまり、天子が初めての女子というわけになるわけだが――


(女子に僕からそういうのは初めてだ。なんか緊張する)


 敬は珍しく緊張していた。

 ポケットにしまってあるスマホを取り出そうとする手が僅かに震える。

 おかしい。いつもバカやる時は、羞恥心を母親の胎内に忘れてきたみたいな態度で行動できるのに。


「レイソを交換しないか? 勇気が出た時に呼んでくれたらいい。その時に親睦を深めよう」


 敬は震えそうになる声を押し殺して、天音にレイソ交換を提案した。

 その言葉に、天子は返事はしなかったが、あたふたした様子でスマホを取り出す。

 どうやらレイソを交換してくれるらしい。やったぜ。


 そして、敬は天子とレイソを交換した。

 これにてこの瞬間、敬の自称マネージャー業の始まりを告げたことを意味する。


(ふぅ~、不慣れなことにいつもより少しだけドキドキした。

 しかし、これで俺も一歩イケメェンに近づいた気がする)


 敬があえてバカスイッチをONにして、高ぶる気持ちを静めていると、スマホがピロン♪と音を鳴らした 。

 スマホの画面を確認すれば、メールの相手は目の前の天子だ。


 その内容はシンプルに「よろしくお願いします」とだけだった。

 たったそれだけで敬は僅かに口角を上げ、「よろしくぅ!」とボディービルクマーのスタンプでもって返答した。


 こうして敬の天子友達作りプロジェクトは始動したのだった。

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