クエスト2 遊び人が仲間になった#2
敬が待ちの姿勢でいること一週間。
視線の主は未だ敬に話しかけて来ることはなかった。
となれば、ここまで来るとさすがにじれったいというもの。
(おかしい、視線は常々あるのに)
もはや敬の方から話しかけられるために、一人で行動する時間を増やしているというのに。
(よし、こっちから出迎えてやるとしよう。覚悟しろ)
敬がそう決意したのが朝であり、今は時は流れて放課後。
三階からは吹奏楽の音色が聞こえ、窓からは暖かい風と共に野球部の声が届く。
そんな廊下の真ん中で敬は立ち止まり、そっと振り返る。
視線の先には誰もいない。しかし、視線はある。
特に数メートル先の階段に続く曲がり角から。
もはや絶対に逃がさんと意思を込め、敬はクラウチングスタートの姿勢を取る。
敬は中学時代陸上部だ。故に、多少走り方は心得ている。
もっとも陸上部を選んだ理由は、チームプレーに苦手意識を持って逃げた先がその部活だっただけだが。
とにもかくにも、50メートル走7秒01の実力を見せる時が来てしまったようだ。
思いっきり床を蹴り、敬は完璧なスタートダッシュを決める。
低い姿勢から加速し、徐々に体を起こしていく。
その姿はさながら逃〇中のハンター。
「っ!」
確認のためか、一瞬覗いていた影が壁の内側に引っ込む。逃すものか。
敬は階段辺りまでやってくるとキキーッとブレーキをかけて軌道修正。
視線の先を階段へと移し、ようやく姿を捉えた――小さな女子生徒を。
(あの姿、確か教室にいた......)
栗毛色のフワフワした髪。
それでいて小学生と間違えられてもおかしくない背丈。
敬の脳内に一人のクラスメイトの顔が浮かび上がる。
ただし、名前が出てこない。
「ひゃっ!」
慌てて逃げようとした女子生徒は短く悲鳴を上げ、スカッと階段を踏み外した。
歩いている状況で、体幹の良い人なら上手く着地できるかもしれない。
しかし、女子生徒は走っていて、さらに敬に追われてパニック状態。
つまり、敬が悪いのだが、今はそのことを考えている暇はない。
今なら届くはず! 伸びろ腕ぇー!
「危ない!」
敬の伸ばし切った右手は女子生徒の肩を掴み、そのまま抱き寄せる。
敬の胸に女子生徒の小さな体が収まり、敬の手がフワフワした栗毛色の髪ごと体をホールドした。
(よし、捕まえた.......あっ)
女子生徒の安全を確保したものの、後のことを考えてなかった敬。
女子生徒の体を抱いたまま前から倒れていく。
このままでは少女が下敷きになり、かつ両腕が折れる可能性がある。
(動け.......!)
敬は傾く体を空中でねじり、階段に対して横向きになる。
出来たのはそこまで。そこからはものの見事に転げ落ちた。
「痛っつ......」
背中や腕の節々から痛みを感じた敬。
階段から落ちるなんて何年ぶりだろうか。
その時でさえお尻から滑ってた気がする。
(さすがにスタントマンばりの転げ落ち方は痛いな)
敬は踊り場に寝そべりながら、天井をぼんやり見つめた。
不意に思い出した懐かしい記憶に浸っていれば、指から感じるサラリとした感触に、敬は我に返った。
っと、そんなことより――
「大丈夫?」
敬は抱きしめていた女子生徒に声をかけた。
幸い、敬が下になっていたおかげで怪我はないように見える。いや、さすがにそれは早計か。
敬の体が軟体でない限り全部は守れない。
軟体と言えば、先ほどからなんだこのフィット感?
それに超柔らかい!? こ、これが女子の感触!?
「怪我はない?」
敬は内に荒ぶる波を押さえつつ、女子生徒に様子を尋ねた。
この時ばかりは我が無表情に感謝しなければ。
「......は、はい.......大丈夫です」
女子生徒から聞こえたのは、今にも消えてしまいそうな小さな声だった。
それこそ吹奏楽の練習音で若干聞き取りずらい。
聞き逃さないように集中したい敬だったが、一先ず女子生徒を両手から解放した。
こういう類はは早めに対処しなければいけない。
下手するとセクハラで訴えられるかもしれん。
「......っ」
女子生徒は敬の腰の上で馬乗りになったまま顔を上げた。
そんな女子生徒の最初の印象を言えば......そう。
(可愛い.......)
小動物的な可愛ら......とても意志薄弱といった顔だ。
困り眉、合わない目が自信のなさ、内気な性格を醸し出している。
なるほど......どうやら犯人はシャイだったようだ。
「あ、あの.......その.......どの......」
女子生徒は動揺していた。
口元があわあわとしており、両手もそれに合わせてあわあわ。
その間も敬と目線が合わず、合ったかと思えば、見ていたのは敬の胸にある一冊の本。
「こ、これ.....」
すると、女子生徒はその本を手に取り、敬の顔面に差し出した。
「良かったら!」
敬はその行動に目を数度瞬きさせた。
ブックカバーがされていてタイトルは見えない。
というか、もはや鼻先に触れているので何も見えない。
えーっと、これは.......どういうこと? っていうか――
「今?」
「え.......あっ!」
女子生徒はようやく今の状況に気付いたのか顔を真っ赤にして固まる。
さながらメデューサに睨まれて石化した一般人のように。
この状況に、表情の動かない敬は代わりに両手をあわあわと動かした。
(え、あの、その......その場で固まられると大変困るというか.....。
あ、ダメだ、完全に思考がショートしている)
もはや声をかけても意味はないだろう。
「仕方ない。許してくれよ」
敬はゆっくりと体を移動させ、女子生徒の
上半身が自由になれば、そのまま体を起こし、日々の筋トレの成果を活かし女子生徒を持ち上げた。
(めっちゃ軽い)
言うなれば、小型犬を抱えた時のような感覚。
先程から容姿も相まって随分と小動物感があったが、その印象が加速した。
敬の脳内ではもはや抱える女子生徒は子犬にしか見えなかった。
「よっこいせ」
敬は一度女子生徒をズラし、立ち上がる。
そして、その女子生徒をお姫様だっこし、近くの空き教室に入った。
それから数分後、女子生徒は意識を取り戻した。
「ハッ!......ここは......」
「ただの空き教室だよ。固まってる状態を放置しておくのも忍びなかったから待ってた」
「ひゃっ!」
本を読んでいる敬の存在に気付いたのか女子生徒はビクッと体を跳ねさせた。
しかし、再び固まることもしなければ、逃げ出すこともしなかった。
「.......」
とはいえ、女子生徒は目線を右往左往させて、会話には困っているようだった。
なので、敬から話しかけることにした。
敬は両手にある読みかけの本を片手で持ち、軽く掲げる。
「この本の話、面白いね。といっても、まだ序盤だし、それで評価するのもどうかとは思うけど。
少なくとも読んでて続きが気になるって感じはする」
「っ!......そ、それなら良かった、です......」
(お、少しだけ声に張りが出た。会話はこの路線で行くべきか)
どうやら女子生徒との会話は本がキーアイテムになりそうだ。
とはいえ、自己紹介もなしに話題に入るのはどうだろうか。
敬は少し考え、本にしおり紐を挟むと机に置いた。
「僕の名前は犬甘敬。そちらさんは?」
「あぅ......わ、私は
敬は名前と顔をインプットすると、会話が途切れないように話しかけた。
「同じ学年みたいだね」
「え、あ、はい......犬甘さんの、ネクタイも、その、同じ緑色の学年色、ですもんね.....。
そ、それに、実はその......同じクラス......です、はい......」
天子は目線をキョロキョロとさせ、両手で指先を触り続ける。
警戒心はないが、怯えているような印象だ。
どうにかして場を和ませたい敬だったが、あいにくパッとネタが思い浮かばない。
それはそれとして、これで確信した。視線の正体はこの子だと。
そして、ずっとつけていたのは恐らく――
「この本を渡したかったのか?」
「っ!......は、はい......そうです。あ、いや、それだけじゃなくて......」
天子は一瞬大きく返事をしたが、その後すぐに声のトーンが下がっていく。
必死に言葉を探して、出そうとしているがしゃべり慣れてないのか声が詰まっている。
敬は天子の言葉をただじっと待ち続けることにした。
今の天子は勇気を振り絞ろうとしている。ならば、邪魔するものではない。
「じ、実は......お、おお折り入って頼みたい......といいますか......その......」
はて、頼み事とは.....? と敬は首を傾げる。
「いいよ、何でも言って」
「と、友達の作り方を教えてください!」
その言葉に、敬は再び首を傾げた。
(......友達の作り方?)
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