クエスト1 遊び人が仲間になった#1

 高校生活二度目の春がやってきた。

 敬はボサボサの髪をそのままに、元気よく起床する。

 そして、ベッドから立ち上がり、カーテンを開けて朝日を浴びた。


 聞くところによると、日光は体内時間に調整してくれるようだ。

 故に、これで体内に設定された腹時計はベストタイミングとなったわけだ。


「うん、今日も清々しいほどいい顔だ」


 敬は洗顔タイムに入った。

 そこでマッスルポージングを決めながら自己肯定感を高める。

 加えて、フェイスマッサージ。

 友達から表情筋が凍っていると言われる頬を両手でほぐす。


 体が目覚めてきた所で、敬は自室に戻り運動着に着替えた。

 日課であるランニングの時間だ。

 それが終わればシャワーを浴びて軽く汗を流し、雑に拭いた髪を自然乾燥させながら朝食を食べる。


「お兄、先に行くからカギ閉めといてー!」


 玄関の方から妹の声が聞こえてきた。妹が先に家を出たみたいだ。

 妹は1歳下であり、今年が高校生活1年目。

 同じ中学から来た友人もいるらしくそのせいか張り切っている。


(うむ、元気があることは実にいいことだ)


 敬は玄関の方を向きながらそんなことを思い、朝食を終えれば制服に着替えた。

 自室の時計をチラッと見れば、そろそろ登校時間だ。

 しかし、玄関へ向かう前よりも先に向かうべき場所がある。


 敬が向かったのは仏間だ。そこには敬の父親――利典の写真がある。

 利典は敬が中学生の頃に自分を助け、代わりに身を挺した影響で亡くなった。

 まだ30代という若さで亡くなったが、写真の中にいる父親はそれはそれは良い笑顔でピースしている。


(相変わらず死んだとは思わせない良い笑顔してんな)


 利典は明るいとにかく明るい人物だった。

 ガテン系の仕事に努めてるだけあってか全体的に筋肉質であり、その姿で豪快に笑う姿はまさに一家の大黒柱という感じで、自分とは対照的に表情豊かで頼もしい存在だったことをよく覚えている。


 写真を見ながら僅かに口角を上げる敬。

 父親の前に正座すると、火のつけた線香を香炉に刺し、鈴を叩いてチーンと鳴らす。

 そして、手を合わせ、いつものように誓いを立てる。


「父さん......今日も元気にバカやってきます!」


 父親は笑ってくれてるだろうか。笑ってるといいな。

 玄関に向かった敬は靴を履き、しっかり玄関に鍵を閉めたことを確かめれば.....いざゆかんハイスクールへ!


(......視線!)


 いつもの通りの閑静な住宅街もとい通学路。

 そう思っていたのも束の間、どうやら敬を狙う刺客が現われたようだ。

 敬は唐突に襲われた視線にバッと振り返る。


 見えたのはいくつかの塀のある住宅と電柱のみ。

 姿は無い。なんという隠形ハイドスキルであろうか。

 どうやらそう簡単に姿を現す相手ではないらしい。


 当然、敬の単なる気のせいという可能性もある。

 もっと言えば、自意識過剰。それならそれで問題なし。

 しかし、どうやらそうではなさそうだ。

 なぜなら、敬が体の向きを直し歩き始めた後もしばらく視線を感じるから。


 敬はもう一度振り返ってみるが、やはり影すら掴めない。

 どうやら相手は手練れのようだ。

 相当な修練を積んだ忍かエージェントに違いない。

 であれば、そんな相手を見つけようとする方が無謀というものか。

 ならば、こちらから打って出るとしよう。


「何奴だ! 先程から僕を見る奴は!

 僕は逃げも隠れもしない! さぁ、出てこい!」


 十字路の真ん中で腕を組みながらの仁王立ちの敬。

 近くを通り過ぎる生徒が見て見ぬフリして通り過ぎていく。

 一般カラスが敬の近くに着地し、地面に食べ物が無いか漁り始めた。

 ヒュ~~と西部劇のような乾いた風が通り過ぎる。


(出てこない......だと?)


 仁王立ちの敬に恐れなしたのか、はたまた異常者と認識したのか。

 どちらにせよ、視線の主の気配はフッと息をひそめ消えた。

 この状況、刺客であるならバレた時点で出てきてもおかしくない。

 少なくとも、小さい頃に見ていた時代劇ではそんな感じだった。

 しかし、そのセオリーが通じない。これは、つまり.......。


「刺客ではない?」


****


―――十数分後、教室


 一番窓側の中間の席。そこに敬は座っていた。

 敬の正面には椅子の背もたれに腰掛ける男子と横に立って腕を組む男子の姿があり、敬はその二人に通学路の出来事を話した。


「――ということがあったんだが、刺客でない場合の可能性を一緒に考えて欲しい」


「まず思いつく発想がそれはおかしい」


 そうツッコんできたのは、敬の友人【男鹿悠馬おがゆうま】だ。

 威圧するような鋭い目つき、ツンツンとした金髪。

 耳にいくつもピアスをつ、胸元を開け金色のネックレスをしている。

 と、悠馬の見た目は不良そのもの......が童貞だ。


 ついでに言うならば、悠馬の身長は155センチ。

 基本的に見た目に相まって口が悪く、行動にも粗さが目立つ......が、童貞だ。

 バリッバリの童貞であることを敬は知っている。


「そこは普通自分に好意があるって思う所じゃないか? まぁ、貴様は普通ではないが」


 そう失礼な言葉を吐いたのは、敬より少しデカい友人【相沢宗次あいざわそうじ】だ。

 青い髪に眼鏡をかけた宗次の容姿は非常に整っている。

 眼鏡越しに見えるキリッとした目つきに、清潔感のある整った髪型。

 加えて、高身長であるが故に、女子人気は非常に高い。


 また、宗次の姿勢は基本的に綺麗だ。

 立ち姿から座り姿、歩く姿さえ品を感じさせる。

 その一挙手一投足は、普通の公立校である犬津けんりつ高校の気風とは、あまりにもかけ離れていた。


 というのも、宗次はどこぞのお嬢様に仕える執事だ。

 最初こそ敬はそういうバイトと思っていたが、一年の時に聞いてみればガチだった。


 ちなみに、宗次との仲は、執事って夜の実技を教えるものなのかと聞いたらビンタされるほどの良好な仲である。


「好意か......その発想はなかった。自慢じゃないが恋愛経験はゼロだしな。

 しかし、そう考えると相手は相当奥ゆかしい相手と見える」


 宗次の言葉に敬は顎に手を当てて考え込む。


「奥ゆかしいっていうか単なるストーカーじゃね?」


「コイツにストーカーするとは正気じゃないと思うがな」


「そうだな。僕のカッコよさに当てられれば正気で居られなくなるもんな」


「そういう意味じゃねぇだろ」「そういう意味ではない」


 敬は悠馬と宗次からそうツッコみを受ける。

 呆れ顔をしてため息を吐く二人を前に、敬は表情一つ変えない。

 それどころか内心では――


(よし、今日も朝から楽しく会話ができたな)


 と、どこぞの某スマホゲームのプロデューサーのようなことを思っていた。

 好感度を上げるどころか、明らかに下がっているか(よくても現状維持)ことを、敬は気にする様子もなく、なんとなく周囲を見渡した。


 今はまだHR前であり、遅めに登校する生徒が教室に入ってくる時間帯。

 生徒達がいくつもの最低二人からの小規模なグループを作り、朝から楽し気に話している。


 また、その時の教室は無法地帯そのものであり、他クラスからも生徒がやってくる。

 結果、教室の中には多くの生徒で溢れかえっていた。


「妙だな......まだ視線が届いてる気がする」


 敬は教室のどこから来ているかわからない視線を敏感に感じ取り、探すように目線を動かす。

 女子同士で話すグループ、男子同士で話すグループ、宿題を忘れただろう勉強する男子、ブックカバーのついた本を読む女子と色々な生徒がいる。

 う~む、どこから来ているかさっぱりわからん。


「相変わらず無表情すぎて困ってるのかどうかわかりづれーんだよ」


「しかし、もしその視線が本当ならこの教室の中に該当する人物がいるということになるが.......」


 苦言を吐く悠馬は首だけを動かし、宗次は振り返って教室を見渡した。

 しかし、三人が協力しても視線の主を見つけられない。


 犯人に見られていない悠馬と宗次が”わからない”は未だしも、見られている敬が”わからない”以上、いよいよ敬の自意識過剰説が高くなってきた。


(せめて男子なのか女子なのか、どっちの視線なのかは判断したい)


 そう思いながら、敬は視線を探り続ける。

 男子ならシャイのおもしれー奴となるし、女子なら是非とも仲良くなりたいものだ。

 やはり高校の青春を彩るのなら女子との関わりが一番である。

 とはいえ――


「さすがに特徴もなんもないとわからんな」


 敬の気持ちを代弁するように、悠馬が頬杖を突きながら呟く。

 その言葉に敬は内心頷いた。


(やっぱそこだよな)


 これだけ視線を送ってくるのだ。用があってのことだろう。

 だからこそ、姿さえわかればこちらから話しかけることもできる。

 しかし、通学路の時は相手は太陽の向きを利用して影さえ見せなかった。


 視線の主が同じ教室にいるだろうことは理解した。

 しかし、生徒で判断しようとも、新学期始めの教室は新顔ばかり。


 一週間が経過しても未だ名前と顔が一致しない敬に、もはや見つけるのことは出来ない。

 視線の主がわからなくてもやもやする敬を、チラッと一瞥した宗次は一つ息を吐いて言った。


「本当に用があるならそのうち出て来るだろ。

 仮に心底恨まれていたとして、その人物に貴様が刺されたとしたら骨は拾ってやる」


「助けてはくれないんだな」


 なんと薄情の野郎だこの鬼畜眼鏡は、といった目で睨む敬。

 それに対し、宗次は目線を合わせようともしない。


(とはいえ、実際用があるならあっちから話しかけてくるはず)


 宗次の言う通り、今はまだ声をかける踏ん切りがついていない状態かもしれない。

 それに探す手段がない以上、敬は待つことしかできない。


「なら、こっちは一貫して待ちの姿勢でいればいいか」


 そして、あっという間に一週間が過ぎた。

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