第6話 背負った罪
ミソギによるワープが終わると、慎たちは見知らぬ建物の中にいた。
そこは高級ホテルのフロントエリアのようだった。高い天井に、頭上で輝くシャンデリア。床には高そうな赤いカーペットが敷かれており、柔らかそうな一人用のソファがいくつも並ぶ。部屋の端には二階へ続く大理石造りの階段が見える。
ぱち、ぱち、ぱち。耳障りな音がすると思ったら、フロントに背中を預けながらレイメイが拍手をしていた。
「ここは……?」
不安そうに目を瞬かせる春に、レイメイは言った。
「ここは『ヤシロ』。お前たちバランサーの集合場所――有り体に言えば拠点だ。偽装結界で表向きは廃墟に見えるようにしてあるが、中はこの通りだ。存分にくつろぐといい」
くつろげと言われても、この状況でどっかりソファに座りこむ気にはなれない。そんな反応も見越していたのか、レイメイは慎たちに構わず話を続けた。
「さて、おかえりバランサー諸君。今夜の犠牲は一人か。まあ、大型ラルヴァがいた中でよくやった方だな」
慎は辺りを見回した。当然のように関本の姿はない。春がぐっと俯いて唇を噛んだのが、視界の端で見えた。
「大きな怪我をした者はいないな? では、今回の清算を始めよう」
レイメイが口にした言葉に、慎は眉をひそめた。
「清算?」
「戦いが終われば、お前たちはそれぞれその日の成果に応じて『懲役』が減刑される。言っただろう、これはゲームのようなものだと。敵を倒し、その報酬として贖罪を得る――いわば、贖罪デスゲームといったところか」
「贖罪って……」
慎はその言葉の説明を求めようとしたが、その前にレイメイの「発表」が始まった。
「石田誠一。今回の減刑は五日。残りの刑期は百二日だ」
発表された石田は仏頂面で何やらぶつぶつ呟いている。
「ラプトル一体一日、プテラノドンが二日ってとこか……」
「次、千歳彩子。今回の減刑は九日、残り刑期は百十一日。瀬戸美織は減刑六日、残り刑期は九十日だ」
発表を聞いた彩子は顔を歪めると、美織の方に向き直った。
「ご、ごめんなさいみおりん! アタシ、キルパクばっかしちゃって……!」
「いーのいーの。最初はミオリがアヤに動き止めてもらってとどめ刺してたし、こういうのはまず生き残ってこそだし。ってか『きるぱく』って何?」
彼らの様子を見つつ、慎は得心していた。どういう基準かはわからないが、「罪人」と呼ばれているバランサーたちにはそれぞれ決まった懲役が科されているのだろう。そして、仕事で多くのラルヴァを葬れば葬るほど、その刑期は短くなる。ラプトル一体を倒せば一日、プテラノドン一体で二日、という具合に。
「キルパク」とは「
そして刑期を無事清算しきれば、解放や成仏への道が開ける。そういうことなのだろう。
「響谷は……いないか。まったく、また人の話を聞かずに帰ったのか」
レイメイは周囲に目をやって溜息を吐いた。確かに響谷の姿がない。ワープしてから即行で帰ったらしい。自分の刑期が気にならないのだろうか。
「次、斑鳩春。お前の減刑はゼロ。残り刑期は百二十日だ。まあ、初回なら生き残れただけ上出来だと思え」
春の減刑はゼロ日。一体もラルヴァを倒していなければ、当然減刑は受けられない。慎はさらに顔を俯けてしまった春に声をかけようか逡巡したが、次は恐らく自分の番だ。
レイメイの方に向き直ると、その口から慎の「結果」が告げられる。
「加賀慎。減刑は四日。残り刑期は二千三百と八日」
その、あまりにも長い刑期が告げられた瞬間。慎も、他のバランサーたちも、一様に硬直した。
「二千三百……てめえ、何やらかしたんだ」
石田が眉をひそめながら慎を見た。慎は「俺は何もしてない」と答えるしかない。基準こそわからないが、慎の刑期が明らかに長すぎるのは周囲の反応を見ても明らかだった。
「ちょっと待ってよ……。さっきから懲役とか罪とか……結局、アタシたちはなんでバランサーなんてやらされてるの? あたしと加賀君で、なんでこんなに刑期に差があるの!?」
凍り付いた空気に耐えきれなくなったように、春が叫んだ。何も知らされず、ただ「お前は罪人だから」と危険な仕事に放り込まれ、一方的に課された刑期を知る。そんな理不尽はもうたくさんだと、そんな意思を言外に含ませて。
レイメイは、「なんだ、先輩から聞いてないのか」と呆れたように呟き、こう続けた。
「バランサーに選ばれる罪は、まれに例外こそあるが基本的には一つだけだ。お前たちはな……基本的には全員が、『殺人』を犯した者で構成されているんだよ」
*
東京都港区のマンションの一室で、その事件は静かに進行していた。
つけっぱなしのテレビからは、銀座に出現したラルヴァによる被害をアナウンサーが声高に伝えている。だが、やかましいほどの
その少女は美しい黒髪をたなびかせながらベランダに飛び出す。少し遅れて、覆面の男がその後を追って開け放たれた窓のサッシをまたいだ。
「来ないで……っ、来ないでくださいっ!」
もっとセキュリティがしっかりしたところに引っ越しなさい、というマネージャーのアドバイスを無視したことを、
凪紗はじりじりと迫ってくる覆面の男から逃れようと後ずさったが、背中がベランダの柵に突き当たる。
覆面の男が嬉しそうに口を開いた。
「やっと……やっと、一緒になれますね、凪紗ちゃん……!」
「いやっ、やめて……!」
強引に肩を掴まれて反射的に身をよじる。しかし、いくらアイドル活動で鍛えているとはいえど決定的な体格差は覆せない。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
私は、ただ自分がこの世界にいていいのだという証明が欲しくて歌い続けただけなのに。
「なんで……っ!」
凪紗は死に物狂いで抵抗し、男ともつれ合いながら柵に激突した。
男と凪紗、二人分の体重を受け止めた柵がギシリと軋む音が響く。そして――
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