第4話 初見の最期
慎はふぅ、と息を吐いて刀――”ハライ”を振り抜いた。
ひとまず襲い掛かってきたラプトルは一通り片付けただろうか。
石田がポンと慎の肩を叩いて「よくやった」と声をかけてきた。雰囲気こそ怖いが、兄貴肌の男なのかもしれない。
だが、敵は空にもいる。逃げ惑う一般人を追い回していたプテラノドンのうちの一羽が、まっすぐ春を狙って急降下してきた。
「ひっ……」
春は逃げることもできずその場に座り込む。慎は咄嗟に彼女の前へ飛び出した。
プテラノドンの鋭い爪が肩に食い込み、慎は痛みに顔を歪める。そのままふわりと慎の足は地面を離れて宙に浮いた。白亜紀の空の王者にとって、人ひとりなど軽すぎる。
「くっ……!」
そのまま急上昇したプテラノドンと共に、慎は望んでもいない空の旅を味わう羽目になった。みるみる遠ざかっていく地上を見下ろし、慎は溜息を吐いた。
「ミソギのバリアがどれぐらい持つのか、ちゃんと聞いておくべきだった……。この高さから落ちても耐えられるものなのかなぁ」
死ぬのは怖くないが、無駄に死ぬのは癪に障る。さりとてそうやって考えているうちにどんどん高度は上がっていく。
「悩んでいても答えが出るわけじゃなし……やるしかないか」
そうと決めた慎の動きは速かった。右手に持ったままのハライを逆手に持ち替え、その切っ先で頭上のプテラノドンの身体を刺し貫く。ラルヴァの黒い血液が慎の手を染めた。
哀れなプテラノドンは甲高い鳴き声を上げながら身をよじったが、慎は構わず頭の方向に刃を斬り進めた。
突き刺した腹から脳天までを、ハライの刀身が切り裂いていった瞬間に。
《ああ、ああ、帰りたい》
プテラノドンの形をした人の魂の成れの果てから、そんな声が聞こえた。
「……理解できないな、俺には」
眼前で舞い散る黒い血しぶきと、骸と化したラルヴァを見ながら、慎はそう呟いた。
そして始まるのは、およそ三十メートルの高さからの自由落下。
「そんなっ、加賀君!」
地上から春の悲鳴のような声が聞こえた。慎の身体はその声に応える間もなく、背中から硬いアスファルトに叩きつけられ、勢いよくバウンドしながら転がった。
一瞬息が吸えなくなるほどの激痛が走る。だが、身体を起こしてみるとどこにも異常はないようだった。慎は念のため右手を開いたり閉じたりして感覚を確かめつつ起き上がる。
「よう、無事か?」
駆け寄ってきた石田の問いに、慎は頷いた。
「無事みたいだ。……凄いんだな、このガントレット。ミソギだっけ」
「ああ。だが、それを過信しすぎるなよ。一定量のダメージを受ければ過負荷でぶっ壊れるからな。相手によってはミソギのシールドを平気で貫通してくるヤツもいる」
「それは怖いな」
微塵も怖いと思っていない口調で言う慎に、石田は眉をひそめながら手を差し出した。
慎がその手を取って起き上がったところで、勢いよく突っ込んできた春に抱き着かれる。
「うぐ」
「良かった、無事、無事なんだね!? 死んじゃったかと思ったぁ~ッ!!」
胸の中で泣きじゃくる春。しかし慎は、ミソギで強化された力で思いっきり抱きすくめられて息が止まりそうになっていたので、それを慰めるどころではない。
「斑鳩、落ち着いてくれ。このままだと君に殺される……!」
「はっ、ごめんっ!」
慌てて春が慎から離れるのと、横合いから関本の叫び声が響いたのは同時だった。
「ちょっ、やべえ、コイツやべえ! 助けて石田さん!」
そちらに目を向けてみれば、パラベラムを手にした関本が道路の向こうから金髪を振り乱しながら走ってくるところだった。後ろには猛然と追ってくるティラノサウルス型ラルヴァを引き連れている。
「コイツ、パラベラムじゃどうにもなんねえ! 石田さん……!」
「言わんこっちゃねえ!」
助けを壊れた石田がメメントを構えなおした。だがスコープを覗く前に、空から急襲してきたもう一匹のプテラノドンがメメントの銃身を足で掴んだ。
「くっ、そ……!」
奪い返す暇もなく、メメントの長い銃身が空に消えていく。石田はパラベラムを抜いてプテラノドンを撃ち落とそうと試みたが、飛んでいる敵相手ではなかなか弾が当たらない。
「ひっ、もう、限界、あっ……!」
そうしているうちに、関本の足がもつれた。地面に転がった関本に向かって、容赦なくティラノサウルスの牙が襲い掛かる。
強靭な白亜紀の王者を象ったラルヴァの顎が、関本を捉えた。
「ぎっ、たすっ、やべえっ、誰かっ!」
ノコギリ状の牙に挟まれながら関本が叫んだ。ミソギのバリアによって守られてはいるようだが、絶え間ない激痛に襲われているのだ。
「……っ、いやっ、その人を離して!」
春が震える手でパラベラムを構え、弾倉が空になるまでティラノサウルスの頭に青く光る銃弾を撃ち込んだ。しかし関本の言葉通り、ティラノサウルスの皮膚にはかすり傷程度のダメージしか与えられていない。弾倉が空になっても春は呆然と引き金を引き続けたが、当然それ以上一発も弾丸が吐き出されることはなかった。
「ダメっ、なんで、効かないの……ッ!」
「落ち着いて。弾を込めなおして」
慎はそう言って春の肩を一つ叩くと、ハライの柄に手をかけて走り出す。拳銃弾は聞かない。石田のメメントなら多少は通じるかもしれないが、今はプテラノドンにさらわれている。なら、ハライによる近接攻撃しかない。
「待ってろ。すぐに……」
慎はティラノサウルスの口の中でもがく関本にそう呼びかけたが、遅きに失した。
「あっ、がっ、あああ……! いやだ、いやだっ、死にたくねえよ、助け――」
関本の左腕に装着されたミソギが、青い火花を散らした。それと同時にディスプレイの光が消える。ティラノサウルスの三トンを超える咬合力に耐えきれず、とうとうバリアがオーバーフローし、ミソギが壊れたのだ。
ミソギの加護を失った人体など、恐竜にとっては柔らかい豆腐に等しかった。
関本卓也の身体はばつん、と真っ二つになった。なんの勿体もつけずに、あっさりと。
千切れた上半身がアスファルトに落ちていくさまが、慎にはやけにゆっくりと見えた。
ぎり、と歯を食いしばる。足は止めない。止めたって、状況が好転するわけじゃない。
関本の下半身を飲み下そうと頭を上げたティラノサウルスの喉元めがけて、慎は跳んだ。
ティラノサウルスの巨大な喉元をハライの刃が切り裂いた。噴き出す血しぶきと共に、慎はアスファルトに着地した。
「効いたか……!?」
振り返って攻撃の成果を確かめようとした慎の身体が、巨大な質量に挟み込まれる。
「ぐ、っ……! 浅かったか!」
ハライの刃は確かに通った。だが、全長五メートルを超えるティラノサウルスを倒すには至らなかった。
慎の手からハライが滑り落ちる。こうなれば慎に待ち受ける運命はほぼ決まってしまったようなものだ。関本のように、ミソギが壊れるまで苦痛を与えられ、ミソギが壊れればレイメイの言っていた真の魂の消滅とやらが待っている。
「……まだだ」
ティラノの牙が腰をがりがりと削っていく音を聴きながら、慎は辛うじて首を動かし、自身を噛み砕こうとしているティラノサウルスの目を視界に捉えた。
爬虫類そのものの、感情の感じられない――しかしその奥底では、何らかの恨みをくすぶらせているのだろう瞳を、射殺すように見つめる。
慎の持って生まれた超能力――幻覚。
これがラルヴァに通用するかは賭けだが、慎には最早ベットする選択肢しか残されていなかった。
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