ミステリにラブコメを持ち込むな

大河内雅火

第1話 学校に生写真を持ち込むな①

 放課後。

 

 こじんまりとした部室で俺は推理小説を読んでいた。

 テーブルを挟んで向かい側では、女子がスマートフォンをいじっている。


「先輩のチュッパチャプス貰いますね!」

「どうぞ」


 大量のチュッパチャプスが入った箱を差し出すと、その人物は迷うことなくコーラ味を手に取った。

 俺もその中からプリン味を選択した。


「先輩って、プリン好きなんですか?」

「週末に専門店回る程度には、まぁ好きだよ」

「めちゃくちゃ好きじゃないですか!

 これはおじゃる丸といい勝負しますよー」

「おじゃる丸だったら、自分から買いに行かないんじゃない?

 俺は自ら足を運んでるから、俺の方がプリン愛は強いと思う」


 なるほど!確かにと妙に納得している。

 俺はそれを眺めて、読書を再開した。


「何読んでるんですか?」

「エラリィ・クイーンの『エジプト十字架の謎』」

「えらりぃくいーん?

 どこかの国の女王様とかですか?」

「アメリカの推理作家だよ。

 これは『国名シリーズ』と呼ばれるものの五作品目」

「なんかよく分からないけど、面白そうですね!

 今度本買って読んでみます!」


 その人物はすぐにスマホでメモをすると、よしと満足そうに頷いていた。


 なんで、この人ミステリ愛好会に入ったんだろ。

 どんな謎よりも謎だ。






 時間は少し遡って二週間前。


 俺ーー駿河するが暮美くらよしは校門で朝の挨拶をしていた。


 風紀委員は朝、登校する生徒の身だしなみなどを注意する仕事があり、委員長である俺はいつも通り点検していた。

 と言っても、注意することなどほとんどなく、ただ登校する脳死で生徒に挨拶をしていた。


「ふぁ〜〜」


 特大のあくびをすると、思いっきりお尻をつねられた。

 恐る恐る隣を見ると、鷹匠たかじょう深瑠奈みるなが切れ長の瞳で睨んでいた。


「痛いんだけど、鷹匠さん」

「眠たそうにしてたから、起こしてあげたんでしょ。感謝して」

「それはどうも。

 今更だけど、この活動って意味ある?」

「なくはないけど、あんまし意味はないわね。

 一番上の駿河君が取り締まる気全然なさそうだから」

「真面目にやってもいいけど、できればヘイト集めたくないんだよね。

 あと、単純に報告するのが面倒くさい」


 この私立しりつ晏野あんや学園がくえん高校こうこうでは、生徒会の下、複数の委員会によって構成されている。

 風紀委員会もその内の一つで、週に一度活動報告書を生徒会に提出しなければいけない。

 その活動報告書は内容によっては、生徒会からお咎めを喰らうこともある。


 俺はその活動報告書に毎回嘘をついている。


「本当に駿河君って怠惰よね。

 直すつもりはないの?」

「ないよ。

 俺が多少サボったって、俺以外の委員の人が優秀だからね。

 特に鷹匠さんとか」


 深瑠奈は勉強もスポーツも学年トップレベルで、おまけに美人だ。

 絹のように綺麗な黒髪とそれに合う和風な顔立ち。


 注目されるので、一緒にいるだけで疲れる。


「はぁ…………。

 駿河君、真面目にやれば有能なのに何で真面目にやんないかしら」


 深瑠奈が特大のため息をついた。


「ちゃんと真面目にやってるよ。

 朝の点検毎日やったり、ポスター作成したり、具体的な活動考えたり。

 委員の人の負担を減らそうと努力してるんだけど」

「真面目だって言い張るのであれば、あの子注意して」


 深瑠奈が指を差した方を見ると、一人の女子生徒が全力で走っていた。


 蜜柑色のウェーブをかけたボブをポンパドールにしていて、両耳に一つずつピアスを開けている。

 それだけでなく眼は青いし、制服は着崩しているし、ネックレスまでつけている。


 流石にこの生徒見逃したら、鷹匠さんに下剋上で殺されるな。


「ちょっと、そこのポンパの生徒立ち止まってください」


 俺は肩を叩いて呼びかけると、その女子生徒は「ほぇ?」と反応した。

 驚いた様子で、円な瞳をさらに大きく見開いていた。

 深瑠奈の方を一瞥して、早速仕事に取り掛かる。


「君、クラスと名前は?」

「一年B組のあおい紗蘭さらです!」

「葵紗蘭さん。

 どういう漢字書くの?」

「葵区の葵に糸へんに少ないの紗、オランダの蘭です!」


 敬礼しながら、元気な返事が返ってきた。

 俺はメモを取りながら、注意を始める。


「入学したばかりだから知らないかもしれないけど、普通に君、校則違反。

 着崩してるのもそうだけど、ネックレスにカラコン、おまけに髪まで鮮やかに染めている……。

 流石に見過ごせないレベル」

「そ、そうですか……。このネックレス外しますね」


 その生徒はネックレスを外すと、通学用の鞄にねじ込んだ。

 俺はポケットから黄色い紙を出すと、それを相手に手渡した。


「これ、校則について書かれてる紙だからよく読んでおいて。

 じゃあ、もう行っていいよ」

「分かりました……本当にすみませんでした!」


 ばか丁寧にお辞儀をすると、その生徒は駆け足で去っていった。


「可愛い子だから見逃すかと思ったけど、そこまでクズじゃなかったようね」

「今の見逃してたら、鷹匠さん俺の足踏んでたでしょ」

「問答無用で踏み潰してた」

「知り合いで鷹匠さんに踏まれたいってやつが何人かいる。

 今度、そいつらを紹介するよ」

「しなくて結構。

 そんな蟻以下の豚共」


 苦笑しながら、報告書に書く内容を考える。

 

 今のポンパドールの子は報告しなくてもいいか。

 入学したてで、恨まれるのは嫌だし。

 

 このとき、俺は二度と関わることはないと思っていた。






 その日の放課後……。


 別館の一番端にある空き教室……今は部員一名のミステリ愛好会の部室で、いつも通り推理小説を読んでいた。

 殺風景な空間は、推理小説が収納されてる棚とポットが置かれたテーブルがあるだけで特に何もない。


「絶対こいつ犯人だろ……」


 独り言を呟きながら読み進める。

 読んでいるのは、江戸川乱歩の『吸血鬼』。ミステリマニアなら知っている名作だ。


 明智小五郎が犯人を名指したその瞬間、部室のドアをノックする音が聞こえた。

 

 誰だろう。

 まさか、委員会の仕事について生徒会から説教されないよな。


 読書を中断して、どうぞと招待した。


「失礼します!」


 明朗な声と同時に部室のドアが開けられた。

 そこにいたのは、派手な蜜柑色の髪をポンパドールにしたーー朝俺が注意した女子だった。


「君は今朝の……葵紗蘭さんだっけ。俺に何か用?」

「私、この部に入部します!」


 え?と綺麗な反応をしてしまった。


 今、この人なんて言った?


「ごめん、もう一度いい?」

「私、この部に入部します!」


 間違いない。

 このポンパの生徒は、俺のミステリ愛好会の入部希望者だ。


 冷やかしの可能性もある。

 確認しないと。


「この部活ってどういう部活か知ってる?」

「ミステリを愛好する部活ですよね!」

「うん……まぁ、間違ってはいないけど……」


 不安しかない。

 というか、絶対この子ミステリが何か理解してない。


「私、この部に入部します!」

「それは分かったから一旦落ち着いて。

 とりあえず、椅子に座ったら?」


 分かりましたと、俺の向かい側に紗蘭は座った。

 コーヒーを一口飲んで俺も落ち着くと、気になったことを質問した。


「葵さんは俺のこと認知してるの?」

「今朝、私に注意した風紀委員長ですよね?

 名前は……」

「駿河暮美。

 駿河湾の駿河に暮れて美しいで暮美」

「変わった名前ですね。

 私のイメージでは、ジョージ・ショーンみたいな名前だと思ってました」


 なんか、NHKの番組にいる猿と羊の名前足したみたいになってる。

 偏見だけど、この人はまだそういった番組見てそう。


「俺の見た目完全に外国人だからね。

 金髪も青い瞳も、全部イギリス人の母からの遺伝なんだけど」

「奇遇ですね!

 私もこの髪と眼の色、実は遺伝なんですよ」


 それが本当なら、朝の検査で引っかかってたのは服装だけになる。

 よく目立つこのポンパドールは、別に校則違反ではない。


 なんか、悪いことしたな。


「で、駿河先輩。

 私の入部は許可してもらえるんですか?」


 テーブルに上半身を乗り出して、大きな瞳で見つめてきた。

 俺はポケットからチュッパチャプスを取り出すと、ぐいっと口に含んだ。


「別に構わないんだけど、一応入部の理由だけ聞いてもいい?」

「ええっと、それはですね……」


 紗蘭は視線を上に向けた。

 明らかに今、入部理由を考えている。


 やっぱ、断ろうかな。


「正直言って、特に理由はないんですよ。

 せっかくなら、高校で何か違うことをしたいと思っただけですから……」


 目を少し伏せながら、紗蘭は答えた。

 俺にはその姿が、どこか申し訳なさそうに見えた。


 立派な理由だ。

 悪い人には見えないし、やっていけそうな予感がする。

 訊きたいことは山ほどあるけど。


 俺はチュッパチャプスを堪能し終えると、ゴミ箱に投げ捨てた。


「入部届の紙は持ってる?」


 俺の質問を聞いて、紗蘭は笑顔になった。


「はい!持ってます」

「じゃあ、部活名を記名しておいて。

 俺は印鑑を持ってくるから」


 棚から顧問と自分の印鑑を取り出すして、入部届の紙に自分と顧問のハンコを押印した。

 記入事項を確認して、紗蘭に紙を返した。


「あとは担任の先生に提出すれば、晴れて部の一員だ。

 葵さん、これからよろしく」

「こちらこそよろしくお願いします!」


 ミステリ愛好会に初めて後輩ができた瞬間だった。






 そして、現在。


「先輩、この本お借りしますね」

「いいよ」


 俺の、どうせミステリ読まないだろうという予想に反して、紗蘭は意外にミステリを読んでいる。

 余程暇なのか分からないけど、一日一冊ペースで読んでいるらしい。

 更に、しっかりと感想まで話してくれる。


 関心・意欲・態度、文句なしのA。

 

「くろーずどさーくる?

 服とか集めるサークルのことかな」


 形のいい眉を寄せて、首をかしげている。


 知識・理解、文句なしのC。


「クローズド・サークルは、何らかの事情で外界との往来が断たれた状況、あるいはそうした状況下でおこる事件を扱った作品のこと。

 例えば、嵐の孤島、吹雪の山荘、客船、列車など、たくさんのパターンがあるね」

「なるほどです!

 でも、なんでそんな舞台設定にするんですか?」

「閉鎖的な状況にすることで、犯人は誰かという謎を面白くすることができるし、警察などの外部からの介入がなくなる。

 読者が純粋に推理を楽しむことができるんだよ」


 紗蘭はほへ〜と反応した。

 

 この様子を見る限り、多分推理とかせずに脳死で読んでそう。

 思考的な判断と表現もC。

 科目名ミステリの評定2。


 なんか哀しくなってきた。


「またなにか分からないことがあったら、先輩にじゃんじゃん訊ねますねー」

「説明下手でも怒んないで」


 紗蘭が再開したのを横目に、俺も続きを読み始めた。


(しかし……)


 女子と二人きりというのは、とても居心地が悪い。

 母さんや妹と二人きりでも別になんともないのに、家族以外だとどうもソワソワしてしまう。


 表情や態度には絶対に出さないように、常に細心の注意を払っているけど、まだ慣れない。

 鷹匠さんの時みたく、時間がかかりそうだ。


 そんなことを考えてると、廊下からドタドタと大きな足音が向かってきた。

 その足音はドアの前で止まると、バーンとうるさくドアを開けた。


「ボビー助けてくれ!」


 色黒の大男が泣きそうな目でこちらを見てきた。

 俺は本を読みながら、その大男に対応する。


「どうしたの乃空だいく

 というかその前に、普通にうるさいから迷惑なんだけど」

「それどころじゃないんだよ!助けてくれ!」


 川原かわはら乃空だいくは息を切らしながら、言葉を口にした。


「俺の……グラビアの生写真が盗まれた!」

「…………は?」


 これが、ミステリ愛好会第一の依頼となる。

 

 


 

 

 

 


 


 


 

 

 

 

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