姉が声優でツラすぎる
笹倉とるく
第1話 3年ぶりの会話
俺の姉は無表情だ。
何を考えているのかわからないし、感情も読めない。
最後に喧嘩をした3年前からまともな会話をしていなく、俺たち姉弟はまるで他人のように過ごしていた。
その時が来るまでは――
「一希、これ」
「ふぇ、え?」
変な声が出た。
仕方ないだろ、3年ぶりの会話一発目が廊下ですれ違う瞬間不意打ちで、しかも、手には謎のディスクを持っているときたら。
CDなのかDVDなのか。
真っ白いレーベルのディスクが透明なケースに入っている。
なんだろ、すごく怖い。
「これ」
しかも、姉は無表情だし、なんか知らないけどそのディスクをぐいぐい俺のほうに出してくる。まったく意味がわからないが、ここは受け取るのが正解なのだろう。
「ありがとう。……で、これは何?」
「んじゃ」
んじゃってなに!?
俺に謎のディスクを渡して、姉は家を出ていた。
その間ずっと無表情で無感情。
抑揚のない声が廊下にこだましているようだ。
「んじゃ、か……」
俺はディスクを持って、2階の自室に戻った。
「これ、どうすりゃいいんだ」
パソコンを持ってないから、このディスクの中身を見ることができない。そもそも姉もパソコンを持ってなかったはずだ。だとしたら……
俺は1階のリビングに行き、BDレコーダーにディスクを入れてみた。テレビをつけ、しばらく読み込みを待つと、CMのような映像が表示され、すぐに番組が始まった。
「……アニメ?」
それは知らないアニメだった。
舞台は現代の日本。
主人公は女子高生。お淑やかで可愛らしいお嬢様。しかし、彼女には秘密があった。実は異世界からやってきた魔法使いであるのだ。
それを知ったのはクラスメイトの地味な女の子は、彼女に取引を持ち掛ける。
『秘密をバラされたくなかったら、私を異世界に連れて行って!』
異世界人と現代人、2人の女子高生の友情物語。
30分があっという間に経過し、再生は終了した。
意外に面白かった。
単なる萌アニメかと思いきや、異世界から現代へやってきた設定はしっかり作られていて興味深い。なによりキャラクターが可愛くてよき。特に、異世界からやってきた女の子、ユイちゃんがクール系女子で可愛い。
続きが気になる。
……にしても、なぜ姉はこのアニメを俺に?
BDレコーダーからディスクを取り出し、俺はリビングから出ると、姉が廊下に立っていた。
座敷童か!
「な、なにしてんの……」
「どうだった?」
「どうって……、えっと、結構面白かったよ」
「そっか」
姉はそう言うと、コンビニ袋を片手に2階に上がっていく。
いつも通りのそっけない姉。
俺たち姉弟は喧嘩をして3年も会話をしていなかった。だから、今日のやりとりは本当に久しぶりだった。
このままでいいのか?
わかっている。
このままじゃいけないってことは。
永遠に終わらないようなお互いを意識しない時を、姉が突然終わらせてきた。だったら、次に行動するのは俺じゃないのか?
俺は一歩を踏み出し、階段をのぼる姉に声をかけた。
「あのさ――、姉ちゃん」
「うん?」
「3年前、ちゃんと謝れなくてごめん」
俺たち姉弟が3年間会話をしなくなった、そんな喧嘩のキッカケは、本当に姉弟喧嘩らしいくだらないことだった。
俺がイタズラで、姉の楽しみにしていた漫画のネタバレをした。
今となっては、それが漫画の楽しみをつぶす重罪だってことは理解できる。しかし、あの当時、中学1年生になったばかりの俺にとっては、それが理解できなかった。
だから無表情な姉があんなにも怒るとは想像が付かなかったのだ。
「一希」
姉は階段を下りてきて、俺の持っていたディスクを取った。
そして、コンビニの袋から黒い油性マジックを取り出すと、きゅきゅきゅ、と白いディスクに文字を書いていく。
黙ってみていると、書き終えた姉がディスクを渡してきた。
ディスク表面に『氷河かなえ』と書かれている。
知らない名前だ
姉は
一体、誰なんだ氷河かなえって……。
「あのさ、姉ちゃん、意味がわかんなくて――」
「……んじゃ」
出たよ、んじゃ!
そう言い残して姉は二階の部屋に戻っていた。
3年ぶりに話した姉。
謎の名前を書き残す。
まじで意味が分からん……
俺の姉はあんなにしゃべるの下手だったのだろうか。俺は頭を抱えながら、スマホで『氷河かなえ』と検索する。すると、検索がヒットし、とある言葉が飛び込んできた。
「新人声優の氷河かなえ?」
そこに写っている画像には、明らかに姉だ。
無すぎる表情。
垂れ下がった目。
目じりにあるホクロ。
間違いない。
姉だ。
「え、ちょっとまって……、姉ちゃんって、声優だったの!?」
俺の姉は声優だった。
姉が声優でツラすぎる 笹倉とるく @sasakuratorque
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