第2話 電撃魔法(スパーク・マギア)

「──もうそれくらいでええわ。アリカちゃん期待ハズレー。マギアも全然使ってくれないしー」

「使えないんでしょ。柳田さん、あなたが一番いじめてるわよ? 精神的に」

「身体的にいじめてるのはエリの方。私は悪くないわ」

 痛い。

「あー押し付けー」

 それでも。

「そんなのどーでもいいだろ? ただのネクラだぞ?」

 それでも、立たなきゃ。

 諦めるな。

「まだ……」

 見返すんだ、こいつらを。

「あ?」

「まだ……。もう一回……やらせて……」

 痛み切った全身を震わせながら、生まれたての子鹿のように、やっと立ち上がる。

「いややめときなよ。私のムチでケガしてんだから。自宅療養しときなよ……」

「エリ、いつから優しくなったの?」

「まぁまぁ。ご本人が言うんなら、これは”正当防衛”ってことで」

 柳田は乗り気だ。

 少しだけ、口角を上げる。それくらいの余裕はあるのだと、見せつける。

「意味が分からないけど」

「ミコトと……やらせて……」

 そして、この一言。こんなことを言えば、私をヘタレ扱いしているこいつらは、きっと──

「名前で呼ぶなや気持ち悪い」

 驚愕でも称賛でもなく、その顔は”軽蔑”だった。まるでゴミを見るような目。決して存在を認めない、追い出そうとする、そんな目。

 甘い考えだった。こんなことで見直されるわけがない。

 そんなショックで、呆然とする。

「お、モテ期到来じゃーん!」

「まぁいいだろ、ミコトなら弱いし」

「あぁん? 今ここでやるかー?」

「やめなよー」

 いや、違う。

 こんなんで引っ込んでちゃ、ダメだ。

 証明しろ。私の強さを。心の強さを。

 できる……!

 今なら、できる!

「……『結界魔法バリア・マギア』」

 瞬間、私の視界が半透明の青いカバーに包まれた。

「うっそん使えるのー!?」

 遠くで見てきている照宮は、驚いたように口を覆っていた。

「結構、様になってるじゃない」

 桃髪ロングの室崎むろさきも、うなずき、感心したような目を向けてきている気がする。

「マジでやる気やね、アリカちゃん。ええよ、来い来い」

 そして、柳田ミコト。いつにも増して本気マジの目だった。

「ミコトがやる気になってるー!?」

 照宮が驚くと同時に、全員がその場から退いた。気がつけば、私と柳田は一対一で向き合っていた。

 やっと……、戦える……!

 嬉しくて、気分が高揚する。認められるチャンスだ。

 だが、そんな私に、これから現実は降りかかる。

「これで一撃よ」

 柳田が人差し指でこちらを指す。その先からは、異様な空気が感じられた。

「『電撃魔法スパーク・マギア』」

 次の瞬間、電気のような白い線がこちらに飛んできたのが見えた。ただ、一瞬のことで、意識した頃には──

「バリアで……防いだ……?」

 私を360度覆っている青色のバリアが、柳田からの攻撃を防いでいた。

 だが、柳田は手を下ろしていない。

 まだ来る……! 

 次の瞬間には、再び白い線がこちらに走る。

 だが、案の定何も感じない。

 相手の表情が、少しだけ歪んだ。

「うっわ、柳田のマギア、相変わらずかっこいい」

 遠くから観戦しているギャラリーの声が聞こえてくる。

「あんなかっこいいマギアで羨ましい……」

「それに比べてアイツのは”バリア”って……」

 佐野がグチグチと言うのも、はっきりと聞こえた。

「私は素敵だと思うけど?」

 室崎が私のマギアを褒めたのも……!

 よし、行ける!

 このまま防ぎまくって──

「やるじゃんかアリカちゃん……。でも──」

 その時、視界がグニャリと歪む。

 それと同時に、突然全身の力が抜けていく。

 声にならぬ悲鳴を上げた私を、柳田はニヤニヤと見つめる。

「続かないよなぁ? 長くは」

 私は何が起こったか理解できず、再びその場に倒れ込む。

 視界が暗くなると同時に、ギャラリーの声が再度耳に入る。

「さっすがミコト! もう勝った!」

「チッ、ちょっと負けてほしかった」

佐野さのさん、鮪岬まぐろみさきさん側だったの……?」

「ちげーわ」

 ボーっと聞いていたが、ふと我に返る。

 今は集中しなきゃ!

 全身に力を入れて──立ち上がれ!

 もっと力を──

「諦めなさいな、アリカちゃん。アマチュアが無理しちゃいかんよ?」

 だが、体に力を入れるほど──痛みが出てくる。

 痛い痛い痛い痛い。

 なんでこんなに痛いの!?

 なんで力が入らなくなったの!?

「負荷よ、負荷」

 柳田の言葉に、私はハッとする。

「さーて、終わりやね。あー、楽しかったー」

 また、負け。

 今回も、負け。

 必死に抗っても、体は動かない。

 自然と、心がむしばまれていく。


 先週の体育の授業。サッカーの試合。

 私のチームが負けたのは、私のせいだ。私が「キーパーをやりたい」と言ったからだ。少し練習したくらいで浮かれて、「認めてもらおう」とか思っちゃって。

 結果は言うまでもない。

 ……そうだ、練習付き合ってくれたサキに、お礼言ってたっけな、私。

 人に感謝すらできないなんて……。

 その上、運動音痴で、根暗で。

 私は、 もう──

 

「……あ?」

「……え?」

 その時、私が倒れている地面が揺れた。他の誰かがマギアを使ったのだろうか。それで、私にトドメを……。

「……なに、あれ」

 ”あれ”って……?

「……ちょ、ちょっとちょっとちょっと! こっち来てるって!」

 何が、来てるの……?

 こっちに……?

 何が……。


 勝者は見た、決して叶うことのない敵の姿を──。

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