人形の微笑み

陽子は、祖母の遺品整理をしているとき、一体の古びた人形を見つけた。その人形は、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。手足は木でできていて、顔には細かいひび割れがあり、目は漆黒のビーズのように光っていた。服は古いドレスで、少し黄ばんでいるものの、手入れされていた様子が見て取れる。


「こんな人形、見たことがない…」


陽子はその人形を手に取り、じっと見つめた。人形はどこか愛嬌のある顔をしているが、なぜかその笑顔は陽子にとって不気味に感じられた。祖母がどこからその人形を手に入れたのか、記憶にない。それに、この人形がずっと家にあったという記憶もなかった。


気になりながらも、陽子はその人形を部屋の隅に置き、作業を続けた。しかし、その夜から異変が始まった。


寝室に入ると、何かが引っかかるような感覚があった。気のせいかと思ってそのまま寝ようとしたが、眠れない。何度も寝返りを打ち、ふと目を開けたその瞬間、陽子は目を疑った。


部屋の隅に置いたはずの人形が、ベッドのすぐ近くに立っていた。


「…何これ?」


陽子は驚き、すぐに立ち上がって人形を元の場所に戻した。しかし、その翌晩も同じことが起こった。人形は毎晩、少しずつ位置を変え、夜中に部屋の中でひとりで動き回っているように感じられた。


最初は、寝ぼけているのか、夢かもしれないと自分に言い聞かせていた。しかし、次第にその動きがただの偶然ではないことに気づいた。人形の微笑みが、次第に狂ったように見えてきた。目の位置も、まるで陽子を追いかけるように動いているように見えた。


ある晩、陽子はとうとう恐怖に耐えられなくなり、人形をゴミ袋に入れて捨てることに決めた。しかし、その直後、部屋の中が急に寒くなり、電気がちらつき始めた。


「お願い、やめて…」


陽子が震えながらゴミ袋を持って玄関に向かうと、突然背後から声が聞こえた。


「返して…」


その声は低く、かすれたような響きで、まるで誰かが背後に立っているかのようだった。陽子は振り向くことができなかったが、確かに誰かがいると感じた。


恐る恐る後ろを見たその瞬間、部屋の隅にあの人形が立っているのが見えた。袋から這い出したかのように、人形はじっと陽子を見つめていた。その目は今まで見たことのないほど冷たく、怒りに満ちていた。


「返して、私の笑顔を…」


陽子は息を呑み、部屋を飛び出した。だが、どこに行っても、人形の微笑みがついてくるような気がしてならなかった。


次の日、陽子は家を離れる決心をした。しかし、引っ越しの準備をしているとき、ふと壁に掛けられた古い写真に目を留めた。そこには、祖母と一緒に写っている小さな陽子が写っていたが、驚くべきことに、陽子の隣にはあの人形が写っていた。人形は、陽子を見守るように微笑んでいる。


その微笑みが、今でも陽子の頭の中で響いているようだった。陽子は気づいた。その人形は、ただの人形ではなく、誰かの「意思」を宿していたことに。そして、その意思は、決して陽子を放っておくことはないことを。


陽子が部屋を出ようとしたその時、背後でまた「あの声」が聞こえた。


「私を、返して…」


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