封じられた手紙

春の終わり、さくらの花が散り始めるころ、悠介は一通の手紙を受け取った。その手紙は、普段と変わらぬ郵便物の一部として、何の前触れもなく彼のもとに届いた。だが、よく見るとその封筒には異様なものがあった。普通の郵便では見かけない、暗い色のインクで書かれた宛名。そして、封筒の角には古びた印章が押されていた。


「誰からだろう…?」


悠介は少し不安を感じながらも、手紙を開封した。中には、真っ白な便箋が一枚だけ入っていた。文字はほとんどなく、真ん中にただ一つ、黒いインクで「返して」とだけ書かれていた。


その文字は、まるで手書きではなく、機械で打たれたかのように正確で、冷徹な印象を与えた。悠介は一瞬、ぞっとした。しかし、何も書かれていない他の部分には目立ったものはなく、ただ不安だけが胸に広がる。


「返して…?」


彼はその手紙を不安な気持ちのまま捨てることができず、しばらく手に取って眺めていた。しかし、結局その日は何もせず、机の上に放置した。


翌日、またその手紙が届いた。今度は封筒に何も書かれていない白紙の封筒で、彼が一度捨てた手紙が、まるで何事もなかったかのように戻ってきていた。


「こんなことって…あるのか?」


悠介は再び手紙を開けると、今度は「返して」という文字の横に、小さな字で「その箱を開けないで」と書かれていた。文字が少し小さく、これまた冷たい印象を与える。しかし、悠介はその瞬間、何かに引き寄せられるように感じた。


それからというもの、奇妙なことが続いた。手紙が届く度に、何もないはずの部屋の隅から音が聞こえたり、部屋の中の温度が急に下がったりした。だが最も不安を感じたのは、彼の家にずっとあった古い箱が、何かを訴えるように見つめてくるようになったことだ。


その箱は、悠介が小さい頃に父親からもらったものだった。中身は何も入っておらず、ただの飾り物のようなものだったが、手紙の内容とともに、なぜかその箱だけが目立っていた。


ある日、耐えられずに悠介はその箱を開けてみることにした。


箱を開けた瞬間、部屋の中に冷たい風が吹き荒れ、悠介は身体が硬直した。箱の中には、古い写真とともに一通の手紙が入っていた。その手紙にはこう書かれていた。


「返して。お前のものではない。」


悠介はその文字を見た瞬間、全身に震えが走った。それはまるで何かが、今まさに彼の中に入り込んでくるような恐怖を感じさせた。写真には、幼い自分が写っていたが、どこか異様に目が大きく、顔に不自然な微笑みを浮かべていた。そしてその後ろには、見知らぬ人物が写っていた。その人物の顔は、まるで無表情で、ただじっと悠介を見つめているようだった。


「この人は…誰だ?」


悠介はその瞬間、目の前の空気が重くなり、何かが動き出したのを感じた。部屋の隅に立っていた影が、まるで生きているかのように動き、悠介に迫ってきた。


その影は、次第に人の形になり、悠介の前に立ち尽くす。その顔が、やがてはっきりと見えた。それは、まさに手紙に書かれていた人物、そして写真に写っていた人物だった。無表情で、ただじっと彼を見つめるその顔は、異常に冷たく、まるで生気が感じられなかった。


「返して…」その人物が低い声で呟いた瞬間、悠介は恐怖で息が詰まり、足がすくんだ。


その瞬間、部屋の中の風が激しく吹き荒れ、すべての物が一瞬で暗闇に飲み込まれた。


目を開けると、悠介は自分の部屋に戻っていた。だが、手には古びた箱が握られており、写真と手紙も一緒に入っていた。それらは、まるで最初から存在していたかのように、何も変わらず彼の前に広がっていた。


そしてその時、彼は気づいた。自分の周りには、いつの間にか何もかもが失われていることに。


「…返して。」


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