第10話 幼馴染に戻るまでには時間がかかりそうである

「……」

「……」


 朝のHRが終わった後から、教室内にいる鈴木斗真すずき/とうまは無言だった。

 何を話せばいいのか思いつかなかったからだ。


 対する亜寿佐沙織あずさ/さおりも気難しい顔をして、少々戸惑っている感じだった。

 彼女の方も何を話せばいいか迷い、言葉を詰まらせているのだ。


 二人は教室内にいる。

 朝のHRが終わった直後に、斗真の方から沙織がいる席へと向かっていた。

 二人は、沙織の机に見開かれて置かれている日直日誌を見ていたのだ。


 その日誌には、一時限目から放課後までの感想を書く欄があり、その時間帯ごとに問題がなかったかを記入する決まりになっている。


 今日は二人で、その日誌を書く事になったわけだが、あの件があった以降、沙織と殆どまともに会話などもしていなかった。


 物凄く気まずかったのだが、この環境の空気感を払うように、斗真の方から切り出したのである。


「沙織、どうする?」

「……どうするって、やらないといけないでしょ。決まってしまったんだし」

「そ、そうだね……」


 斗真は難しい顔を浮かべていた。


 逃れられない運命に、斗真は頭を抱えていたのだ。

 頭を悩ませているのは、斗真だけではなく、沙織も一緒のようだった。


「まあ、一緒にやらないといけない事なんだし。今日くらいは別にいいんだけどね」


 沙織は席に座ったまま、斗真の方を見ることなく、釣れない口調で言っていた。


「まあ、一先ず交互にやりましょ。日直は協力してやれば言いわけだし。私、午前中は日誌を書くから。斗真は黒板消しとか、授業前のプリント配りとかやって」

「わかった。それをやるよ」

「午後からは交代で。斗真が日誌を書いて。私が黒板消しとかをするから」

「わかった。でも、なんで俺が午後から日誌を書く番なの?」

「それは、私が夕方から用事があるからよ。早く帰らないといけないの。ただ、それだけ。まあ、午前中は私が日誌を書くから、そういうことで」


 二人のやり取りはあっさりとしたもので会話は二分ほどで終わり、斗真は教室を後に職員室にいる一時限目を担当する先生の元へ向かう。


 先生から事前に貰ったプリントを、教室に戻って来た直後からクラスメイトらに配るのだった。


 その他に、斗真が日直としてやる事はない。

 後は自身の席に戻り、授業が始まるまで待つだけだった。


 斜め前の席にいる沙織。

 斗真は彼女の後ろ姿をなんとなく眺めていた。


 沙織は日誌に何かを書き込んでいるようだったが、斗真は彼女の元に近づく事はしなかったのだ。

 斗真は一時限目が始まるまでスマホを片手に持ち、それを弄りながら、クラスメイトの話声をBGMとして過ごすのだった。




「はあぁ、息が詰まるようだったよ」


 斗真は大きなため息をはいていた。


「大変だったね」

「それはね。まさか、今日の日直を沙織と一緒にやるとは思ってなかったからね」


 現在。昼休みであり、屋上のベンチに神谷涼葉かみや/すずはと隣同士で座って食事を取っている最中だった。

 斗真はいつも通りに購買部で購入してきたパンを食べていたのだ。


 涼葉は、手作りの弁当を作ってきたようで膝の上に弁当箱を乗せている。

 彼女は箸を右手に持ち、弁当を食べ始めていた。


「今日はどうする? お弁当食べる?」

「でも、いつもは迷惑でしょ」

「だったら、おにぎりを作って来たから、それなら食べるでしょ?」


 前回は、鮭のムニエルを具材にしたおにぎりを食べたいと、斗真は言っていたのだ。

 今回、要望通りに、ちゃんと作って来てくれたらしい。


「ありがと」


 斗真は感謝の気持ちを伝えて、銀紙に包まれたおにぎりを受け取る事にした。

 前回と比べ、若干重く感じる。


「ちょっと大きくない?」

「そうかも。今回は比較的大きめのサイズで作って来たからね。私、お弁当を作っている時が楽しいの。まだあるけどどうする?」

「いや、あまり多くは貰えないし。たくさん食べたら、涼葉さんの分がなくなっちゃうかもしれないし」

「遠慮しなくてもいいのに。私の分もちゃんと用意してるから。ほら」


 涼葉は膝の上に乗っている弁当の箱に、小さなタッパもあった。


「そうなんだ。じゃあ……お言葉に甘えて」


 斗真は涼葉から、その小さなタッパを受け取る事にした。

 タッパの蓋を開けてみる。

 その中には卵焼きやウインナー。ブロッコリーなどの定番のモノが入ってあったのだ。

 通常の弁当箱サイズよりも二回りほど小さく、先ほど貰ったおにぎりと合わせて食べる分には丁度良かった。


 普段から購買部でパンを買って昼休みを過ごしていたが、実際のところ、そこまでお腹が膨れる事はなかったのだ。


 幼馴染と一緒に昼休みを過ごしている時は、沙織は全然弁当とか作ってくる事もなく、斗真と同様に購買部でパンを買って食べるといった感じだった。


 沙織と比べるのもよくないと思うが、どちらかといえば、今の方が幸せな気がする。


「斗真って、亜寿佐さんとはどうするつもり?」

「それは、まだハッキリとは決めてないんだけどさ。でも、俺の妹は、沙織と仲良くなってほしいって思ってるみたいなんだ」


 斗真は妹の気持ちを振り返りながら、涼葉に話す。


「そっか。でも、妹さんがそう思ってるなら。亜寿佐さんと幼馴染としてもう一度仲良くなるのも手かもね」

「そうなんだけど。どうすれば距離を縮められるかなって」

「今日は二人とも日直なんだから、少しは会話するとか?」


 涼葉はピンと閃いた感じに、提案してくるのだ。


「一応、朝の段階で会話したよ」

「それでどうだったの?」

「まあ、結構気まずくて。そんなに話が持たなかったけど。沙織の方も妙に心を閉ざしてるというか、やっぱり、距離を感じるんだよね」

「そっか。でも、妹さんの為にも、亜寿佐さんとは仲良くなれるといいね」

「そうだな……沙織もあそこまで怒る人ではないから。時間が解決してくれるのも待つしかないかもな」


 斗真はため息をはいた後、タッパの中にあるおかずを、右手に持っている箸を使って食べ始めるのだった。

 悩み事が吹き飛んでしまうほどに美味しかったのだ。




「それと、今日のお弁当ありがとね。助かったよ。凄く美味しかったし」


 タッパの中にあるおかずを食べ終えると、左隣にいる彼女にお礼を告げた。


「うん、私も作った甲斐があったよ」


 涼葉から笑顔の返事を貰えたのだ。


「でも、いつもだと申し訳ないし、一週間に一回だけでいいからね」

「本当? いつもパンだけでしょ? それでちゃんと足りてる?」

「十分は足りてないけど。じゃあ、今度は俺も弁当を作ってくるよ。それでもいい?」

「ちなみに、斗真は弁当を作った事はあるの?」

「いや、ないけど。妹からアドバイスを貰いながらであればできると思うよ」

「本当? でも、斗真の弁当も食べてみたいかも。今週は無理かもだけど。来週からだね」

「そうだね。絶対に後悔させない出来栄えにするからさ」


 斗真は自信ありげに言い切ったのだ。

 涼葉は、斗真のやる気を見て、安心した感じに承諾してくれる。

 その日の昼休みは、涼葉と過ごすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る