第3話

 早速、と言わんばかりに、蓮宮はすみやはスマホで検索を始めた。

「え? 本当に今から探すの?」

 山岸が呆れたように聞くと、

「ぼーっとしてないで、あなたも探しなさいよ。憑かれたまま、もう三日も経っているのよ」

 と急かされ、はっとした。蓮宮の言う通り、急がなければ、もえが取り殺されるかもしれないのだ。

「ねえ、ここなんてどうかしら? ここから近いし、悪霊払いの実績もあるわ」

 蓮宮がそう言ってすぐに、電話をかけた。そして、事情を説明すると、ちょうど、空き時間になったから、今から来てもいいという事だった。

「行くわよ、でもその前に」

 と蓮宮は言って、階段を降りて萌の母に、

「娘さんは悪いものに憑かれています。今から除霊に行きましょう。場所は『鬼岩寺』、住職と話はついているわ。急がないと、彼女の身が危ない」

 と言って急かした。萌の母は驚いた顔をしたが、

「分かったわ。行きましょう」

 と意を決したように言って、車のカギと手提げのバッグを手にして、

「萌を連れて来て下さい」

 と二人に言った。

「はい」

 蓮宮と山岸が同時に返事をした。


 萌の母は玄関の施錠をして車のエンジンをかけ、

「さあ、乗って」

 と三人に声をかけて車を走らせた。後部座席に座る三人が、車のバックミラーに映ると、真ん中に座る萌の顔が見えた。萌の母はその血の気のない我が子を案じて、ちらりと見る。

「大丈夫ですよ。きっと元に戻ります」

 蓮宮がそう声をかけると、

「ありがとう」

 萌の母は、一つ息を吐いた。一人で抱えていた重荷が軽くなり、安堵したのだろう。しかし、まだ、解決したわけではなかった。


 鬼岩寺に着くと、その神聖な領域に怯えるように、萌が逃げ出そうとした。

「だめよ」

 蓮宮がそう言って、萌の身体を抱え込み、

「みんな、手を貸して」

 と強い意志と共に言葉をかけた。それに従う様に、山岸と萌の母は、萌の身体を抱え込み、三人がかりで、お堂へと近付くと、

「やあ、来たね。大変そうだな」

 と男が声をかけてきた。そちらへ目を向けると、住職然の姿で立っていたが、見た目はまだ二十代の若者。

「住職ですか?」

 と一応、蓮宮が確認すると、

「そうだ。その子だね。憑かれたというのは」

 と答えて、近くへ歩み寄り、萌の背中へ周り、ポンと叩いた。すると、萌はだらりと脱力し、三人がかりで支えた。

「まずは、その子をお堂へ」

 住職はそう言って、自分はすたすたと先にお堂へと入って行った。


 蓮宮たちが住職に続いてお堂に上がると、

「その子、その辺に寝かせて。君たちは離れていてね」

 と住職が声をかけた。蓮宮たちが言われた通りにすると、住職は寝かせた萌の周りに神域を作り、

「それじゃあ、始めるよ。その中には絶対に入らないでね。と言うか、見ていて大丈夫? ちょっと怖い事になるけど?」

 と言葉を続けた。

「はい。私は大丈夫です。すべてをこの目で見届けたいので」

 と蓮宮が答えた。萌の母も、

「私はこの子の母です。最後まで見守ります」

 と答え、その二人を見て、山岸は一人だけここを離れるのも何だか逆に怖さを感じて、

「私もここに居ます」

 と答えた。

「そっか。分かった」

 住職はそう言って、除霊の儀式を始めた。住職が発する言葉はいにしえのもので、蓮宮たちには分からなかったが、言葉に何かの力があるようで、大人しく寝ていた萌が、激しく身体を上下に揺らした。まるで、陸に上がった魚が苦し気に悶えているように。そして、萌の口からは聞いたこともない男のしゃがれた声が発せられた。

『やめろ!』

 それは苦し気で、恨みの籠った声だった。萌の表情もまるで別人のように見えた。住職は言葉を発することを止めず、更に語気を強めていく。すると、萌の身体は起き上がり、神域から這い出ようとしてきた。しかし、その領域からは出ることは出来なかった。萌が手を伸ばすと、静電気のようなパチンという音と共に火花が散った。

「萌!」

 萌の母は耐えかねて声を上げ、萌に近付こうと立ち上がりかけた。

「駄目です」

 蓮宮はそう言って、萌の母の腕を掴み、強めに引き戻し、

「除霊の邪魔をすれば、萌さんは戻って来られなくなります」

 と強い口調で諭した。すると、萌の母は、

「そうよね。ごめんなさい、取り乱したりして」

 とがっくりと項垂れた。それを蓮宮は横目で見てから、除霊の様子へと視線を戻すと、

「今が大事な時です。住職の力は本物です。任せて大丈夫ですよ」

 と萌の母に言葉をかけた。

 萌の母は顔を上げて、蓮宮の横顔を見て、

「ありがとう。あなたがいてくれて良かったわ」

 と涙目を細めて薄く笑ったが、その顔は酷く憔悴しているようだった。


 住職の言葉が止むと、萌は安らかな笑みを浮かべたような表情で、呼吸も安定している様子だった。

「終わったよ」

 と住職は皆に言って、

「君、ありがとう。あの時お母さんを止めてくれて。邪魔されたらとんでもない事になっていたよ」

 と蓮宮に笑みを向けた。とんでもない事と、住職は言葉を濁したが、萌の母の前では死と言う言葉を避けたのだと、蓮宮には分かっていた。彼女には天性の勘が備わっているのだから。


「ありがとうございました」

 萌の母は、住職に何度も頭を下げて礼を言い、その場をあとにした。

 急な事で、萌の母は封筒を持ち合わせていたなかったのだろう。数枚の一万円札を住職の手に直接渡す。

 受け取る時の住職の笑顔が輝いていたのを蓮宮は見逃さなかった。それでも、あれだけのことをやり遂げた対価としては安いものだとも思った。

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