異世界孤児が猫族の城で始める第二の人生
@kakukofu
第1話 修行じゃありません
誰も信じでくれないが、ハルは日雇い労働者だ。当然だが、金のために働いている。食っていくのがやっとの日々だ。猫獣人の国に来て数ヶ月たつが、いま仕事をクビになったら明日の宿賃もまともに払えぬ身なのだ。
「おい、それこっちに持ってこい。」
「はい。」
「っおい!」
「-あっ。」
「このバカ野郎!!」
工房に大きな音が響く。
レンガが落ちて粉々に割れた。
「すみません!」
「ハル、てめぇ!!」
親方の顔が怒りに染まる。
「何度も落としやがって!」
「すみません。」
ハルは大きく頭を下げる。
「すみません。」
さらなる怒鳴り声に備えて謝罪を繰りかえすが、親方の反応がすぐに返ってこない。不思議に思って、恐る恐る顔を上げると親方はハルに背を向けていた。これは本当にまずいと気付くのと、親方の口からクビがと宣告されるのは、ほぼ同じタイミングだった。
「今日の賃金は払ってやるが、明日からは来るな。」
「すみません。ゆるしてください。」
「もう駄目だ。おまえのおままごとには付き合えん。」
親方が怒るのも仕方がない。この工房で働き始めて一月、もう何度目になるか分からない失敗をしている。どうにか思いとどまってもらおうと必至で頭を下げる。
「気をつけます。どうかゆるしてください。」
「おまえに修行は早かったんだ。田舎に帰るんだな。」
「それは・・どうか、お願いします。」
食い下がるハルに対して、親方は振り返って充血した目をカッと開いた。
「その若さで修行を選んだ気概は汲んでやるが迷惑だ!おまえに仕事は任せられない。」
「違います。違うんです・・。」
修行じゃない。ただ、本当にこの国で生きていきたいだけだ。
「おい、こいつに金を渡して追い出せ。」
無情な親方の命令に、「へいっ」と職人の一人が従順に頷く。
「続けさせてください。お願いします。」
「さっさと田舎に帰るんだな、坊主。」
親方に命令された者が吐き捨てるように、ハルに金を投げつけた。
「お前みたいな役立たずはいらねーんだよ。」
返す言葉もない。親方は背中を向けて去っていく。本当にもう駄目だと悟ったハルは金を拾うと、再度大きく頭を下げて工房を後にした。
早急に次の仕事を見つけないと食べていけない。
ひっそりとした歓楽街を通りぬけて、ハルは常宿への帰路につく。歓楽街と貧民街が道路を挟んで隣り合わす境界線にお世話になっている宿がある。王都のなかでは治安が良いとは言えないエリアだが、さすが首都なだけあり、レンガ作りの町並みしっかりとしており、道路にゴミもなく、昼間はただただひっそりとしている。
「これからは野宿か・・。」
ハルは重い溜息をついた。以前、高熱を出し、3日も仕事を休んでしまったことがある。僅かばかりの貯えもその時の宿代で使ってしまっていた。今手元にある金を使えば、すぐに底をついてしまう。1日の給料のほとんどが、その宿代で消えてしまう中で、仕事をなくすことは死活問題だった。
野宿から脱するためには、早く次の仕事を見つけることだ。おんぼろの安宿に戻り、ハルはベッド脇においたわずかな荷物をまとめた。
そして、女将に退室を申し出る。
「あんた、出て行くって、どうしたんだい?」
すっかり顔なじみになった女将が眉をひそめる。
「クビになりました。次の仕事を探します。」
「クビってまた?」
「・・はい。今回はお金もないし一回退室します。」
「出てってどうするつもりなんだい?」
「森の中で適当に寝ます。」
ハルの返事に女将は呆れた顔をする。
「野宿ってバカだねぇ。それより家に帰ったらどうなんだい。修行もいいことだけど、そんなんじゃ家族が心配するよ。」
「ただ食っていくために、働いているだけです。」
ハルはぽつりとそう答えたが、女将は呆れたように首をふる。
「いいかい。あんたはまだ子供なんだから、修行なんてやめて家に戻りなさい。」
ハルはそれ以上は余計なことは言わず、女将に礼をのべて退室手続きを終え、宿を後にした。
「ただ貧乏なだけなんだけどなぁ。」
たいした荷物も入っていないボロボロのカバンを抱いて、途方にくれながらハルはそう呟いた。
異世界孤児が猫族の城で始める第二の人生 @kakukofu
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