第20話「声」
(……ねえ。怒ってると思う?)
(怒っている訳、ないよ! だって、ねえ?)
(ねえ? ……そうだよ! 喜んでいるんじゃない?)
(そうだよねー! 怒ったふりして、嬉しいと思ってるよー)
(そうだよー)
(気にしなくて良いよー)
(ねー)
(ねー。そうだよ。気にしない。気にしない)
(それより、また飛ぶ練習しようよー。明日はもっと遠くまで飛びたいんだ!)
(わかる。飛ぶのって、楽しいよね)
(楽しい!)
(楽しい楽しい)
(もっと飛ぼうよ)
(良いね)
(ねえねえ。藁の上から飛んでみる?)
(良いねー)
(良いね-)
私は団長と別れ子竜たちが帰って来た竜舎へと戻れば、いつものように部屋に響くキューキューという高い鳴き声と共に、さわさわと聞こえてくる可愛い声に驚いた。
「……えっ?」
これって、子竜たちが話している言葉が理解出来てる……って事よね? 飛行練習がよほど楽しいのか、寝藁のために置いてある藁を積み上げて高台を造ろうとしている子竜。
これは間違いないと私は立ち止まり、楽しそうに遊ぶ子竜たちを見た。いつもと変わらない光景が、そこには広がっている。
ただ……ひとつだけ、変わったのは、私が団長と結婚したことだけ。
団長は竜力が強いので、子竜やアスカロンの言葉がわかるって言っていたけれど、私は彼と婚姻の儀を交わしたから……彼の家系となり竜力が上がって、聞こえるようになったの?
まあ。凄いわ……嘘みたい。夢みたい。
私が子竜たちの声が聞こえるようになるなんて。竜力の強さは生まれ持ったものだから、私には一生聞こえることはないんだろうなんて、そう思って居たけれど……。
嬉しい……これからは、彼らが何を言っているのか、言葉が理解出来るんだわ。
「おや、ウェンディ」
「は、はい!」
子竜たちが話していることを理解出来て感動していた私は、後ろからジリオラさんに話しかけられて、振り向き驚いて過剰な反応をしてしまった。
普通に声を掛けただけの彼女も、驚いた表情で目を見開いている。
……しまった。このままだと、変に思われてしまう。
「どうしたんだい? ……何かあったのかい?」
心配そうな彼女の問いに対し、私はどう答えようか、迷ってしまった。
えっと、子竜の話がわかるようになって、感動していました……? けど、それは団長と契約とは言え結婚をしたからで……ジリオラさんだとしても、これは、言わない方が良いよね……?
だって、アレイスター竜騎士団は、恋愛禁止だもの! 団長本人が、そんな規則を破れる訳がない。
「すっ……すみません。少しぼーっとしていて、驚いてしまった」
嘘に慣れない私がしどろもどろな調子で答えると、彼女は変な顔をしながらも、それ以上ここは追求しないことにしたのか頷いた。
「ああ。アスカロンの初めての飛行訓練は、どうだった? ユーシスも本当に過保護な男だねえ。自分の子どもが出来たら、これ以上のことをやりそうで怖いよ」
アスカロンの飛行訓練について、私が彼から特別に頼まれていたことを知っていたジリオラさんはどうだったかと尋ねた。
「そっそそ、そうですよね……」
団長の話を聞かれ目を泳がせた私に、ジリオラさんは質問を重ねた。
「……ユーシスには会ったかい? セオドアの話だと急ぎの仕事がないならと、わざわざ草原にまで見に行ったらしいんだが……」
「いえ! 団長には、会っていません」
団長には会っていないときっぱりと否定した私に、ジリオラさんは半目になりつつも頷いた。
「……そうかい。まあ、それならそれで良いよ。私は藁を片付けて来るから、ミルクの準備を頼むよ」
「はい!」
その場から去って行くジリオラさんにほっとして、私は胸を押さえてドキドキしてしまった。何か、疑わしいそうにはしていたけれど、大丈夫よね……?
ジリオラさんには私の胸の紋章を見せない限り、団長と結婚していることはバレないはず……。
子竜たちは食事が四回から、三回になり、そして、もうすぐ朝と晩の二回で良くなる。
少しずつでも着実に成長していることを、嬉しく思いながらも、なんだかさみしいような……複雑な思いを抱いていた。
◇◆◇
「……ねえ。ウェンディー。僕と付き合うために、アレイスター竜騎士団、辞めようよ。その方が、楽だよ。僕が君の生活、全部の面倒みるからさー……もうこんな風にして、働かなくて良いんだよー」
私が竜騎士団屯所へと定期連絡の書類を届けるために、廊下を歩いていると、どこからか暇そうな副団長セオドアが現れた。
ああ……もしかしたら、この悪魔の囁きのような言葉も、団長が契約結婚を提案してくれる前では、聞こえ方が違っていたのかもしれない。縋るような思いで、彼の言葉に頷いていたかもしれない。
けれど、今の私には団長という夫が居るので、断るしかない……それは、お互いに得になる契約結婚では、あるけれど。
セオドアの提案には、今の私は絶対に頷けない。
「お断りします。私、働く事が好きなので」
ここで諦めてくれることを祈りつつ、書類を抱いたまま、私は廊下を進んだ。
「変わってるねー……贅沢に慣れているはずの、貴族令嬢なのに」
セオドアは私に断られても、気にする様子もなく後へとついて来た。このまま竜舎まで来られても仕事中に話掛けられても迷惑なので、私は立ち止まり彼へと向き合った。
背の高いセオドアも面白そうな表情で、私を見下ろした。きっと、何言い出すか楽しんでいるのね。
「セオドアが無一文になった私のことを面白がって、アレイスター竜騎士団へ雇ってくれることを後押ししてくれた事は知っています」
「……へえ。そうなんだ」
これは、不意を突かれたはずなのに、彼は楽しそうに微笑んだ。面白いことが起きたといわんばかりに。
「それで、こうして子竜守の仕事を得られたことは、とても幸運でした。ありがとうございます。けれど、セオドアと付き合ったり、結婚することはありません。ごめんなさい」
きっぱりと言い切って、私はセオドアを見た……どう? これなら、諦めてくれるでしょう。だって、私には一切、その気がないもの。
「良いねえ。君ってとっても良いよ。ウェンディ。付き合わない?」
「もうっ……私の話、聞いてました?」
ちゃんと断ったはずなのに、より楽しそうになったセオドアに、私は呆れてしまった。これ以上、何を言えば止めて貰えるの?
こういうところがなければ、顔も良くて育ちも良くて、仕事も出来る素敵な副団長なのに……本当に残念な人。
「……おい。セオドア。いい加減にしろ。既に振られている」
そこに偶然通りかかったらしい団長が、立ち止まっている私たちに声を掛けて歩いて行った。
どこからか、私たちの話を聞いていたかもしれない。急いでいるのか、立ち止まることなく、いつもより早足だ。
私がなんとなく団長の背中を目で追い掛けていたら、セオドアが顔を私の耳に近づけて囁いた。
「ねえ。ユーシスは駄目だよ。ウェンディ。前にも言ったけれど、ここは恋愛禁止という規則があるからと、陛下にアレイスター竜騎士団に入団を頼み込んだくらいに女嫌いだからね」
実は現在の私は、そんなユーシス・カートライトの妻なのだけど、もちろん、セオドアに言ってしまう訳にはいかない。
「……団長は、だからアレイスター竜騎士団なんですね」
竜力があれほどまでに強いのだから、王族を守る近衛竜騎士という手もあっただろうに。
けれど、王城中での勤務となると、団長が嫌がっているという女性たちに囲まれてしまいそう。
……ここは、団長にとっては、女性に狙われる自分を守ってくれる砦だったのかもしれない。だから、私を雇う時にあれだけ渋ったんだ。
「まあ……そういうことだよ。だから、ユーシスは駄目だよ。僕なら、全然大丈夫なんだけどね」
「お断りします」
私は何度言っても諦めてくれないセオドアを連れて竜舎まで戻り、彼はジリオラさんに仕事しろと怒鳴られて結局戻ることになった。
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