第19話「契約結婚」

「……驚いた」


 言葉とは裏腹に驚いたような焦りもなく団長はそう言ったので、思わぬ事態に固まって居た私は慌てて彼の身体から降りた。


「もっ……申し訳ありません!」


 あの子、団長がここに居るってわかっていて、私をここに誘導したんだ!


 信じられない……あの子竜は悪戯好きだと思っていたけど、こんなことするなんて! 未だキュキュキュっと楽しげな鳴き声を出していた子竜へ、上半身を起こした団長は言った。


「……おい。ウェンディに帽子を返せよ」


 いつもより低い声で命令されて、子竜は急に高度を下げた。


「キュキュっ……」


 子竜も本能で強い者には逆らえないのか、申し訳なさそうな仕草で彼へと帽子を返した。団長から帽子を受け取ると、私はそれを被った。


 そんな隙に子竜は飛行訓練をしている子竜たちの元へと、逃げるように帰って行った。ここに残っていれば怒られると思ったのかもしれない。


 もう……本当に、なんて事をするのかしら。


「ありがとうございます……私も足元を見ずにこんなことをしてしまって、本当にごめんなさい」


 故意ではないとは言え、彼の身体の上に倒れ込んでしまった私が再度の謝罪をすると、団長は苦笑いして首を横に振った。


「いや、俺もアスカロンが飛行訓練初日だからと、ここに隠れて居たから狙われたんだな。子竜だしあの子は特別やんちゃな性格のようだ。どうか、気にしないでくれ」


「はい。ありがとうございます……団長は本当に、アスカロンの父親のようですね。ジリオラさんも良く言ってますけど」


 彼は勤務中のはずなのだけど抜け出して、ここに自分が来てしまうくらい心配だなんて……やはり、自分の竜の子というのは、竜騎士にとって特別な存在なのかもしれない。


「ウェンディ……なんだか、元気がないようだが、何かあったのか?」


「え……」


 すべてを見透かすような団長の青い瞳の眼差しは揶揄うような光はまるでなく真っ直ぐで、私はここでどうすべきかと迷ってしまった。


 これまでにも私のせいで大変な思いをさせてしまった団長には余計な心配を掛けたくはないとは思うけれど、もうすぐ貴族の身分を失い子竜守を続けられないと、近い将来には言わねばならない。


 それに、団長は私の働きぶりに関しては、ちゃんと認めてくれていたと思う。だから……いつか話さないといけないのなら、今が一番に良い機会かもしれないと私は結論を出した。


「あの……私。アレイスター竜騎士団の子竜守を、辞めなければならなくて」


「理由は?」


 団長はあくまで冷静で質問に、辞める理由を純粋に知りたがっているだけのようだった。


「……父が、貴族位を抵当に入れて、お金を借りて……異国のカジノに挑むと」


 言いづらい事実に私が俯きながらそう言うと、団長は視線を空に彷徨わせ軽く息をついて言った。


「……君の家族だから、あまり悪くは言いたくはないが……それは、俺にはあまりにも分の悪い賭けに思えるな……」


 団長は私の気持ちを思いやりかなり言葉を選んで、そう言ってくれたようだった。


 私だってこんな話を聞かされても、きっと困ってしまうと思う……けれど、現在実質的な雇い主であるこの人には、いつかは話さねばならない事だった。


「いえ。良いんです。その通りです……私の父は思い立ったら、他の事が一切目に入らなくなるんです。誰かを騙そうとするような人ではないんですけど、強く思い込めば誰かにすぐに騙されてしまって……我がグレンジャー伯爵家が無一文になってしまったのも、そういった訳でして」


 こんな風に家族の事情を説明することは情けないけれど、辞める経緯、つまり、父の暴走を説明するにはこうするしかない。私にとって良い父ではあるけれど、とんでもない失敗談なら事欠かない人なのだ。


「……君も、苦労したんだな」


 しみじみと言った団長に、私は泣きたくなってしまった。恥ずかしい……お父様、どうしてそんな突拍子もないことを思いついたの。


「だから、ここを辞めてから、仕事を探そうと思うんです。団長には私の紹介状を書いていただけたら、とても嬉しいです」


 恥をかくならとことんいこうと思った私は、ついでに団長に紹介状も書いて欲しいとお願いした。ライルが言うには次の仕事を探す時には紹介状があるなしで、だいぶ変わってくるものらしい。


「いや。そうだな。それは別に構わないが……ウェンディは、ここを辞めたいと思っているのか?」


「それは……私も辞めたくはありません。けれど、子竜守を続けるには貴族であり竜力を持っていることが大前提です」


「子竜守を続けたいとは、思って居ると?」


「はい。せめて、あの子竜たちが、巣立つまではと思っていたんですが……時間はあと数日しか、残されていなくて」


 私は切なく思いながら、飛行訓練できゃっきゃと楽しそうな子竜たちを見た。初めて私がお世話した子竜たちだからなのか、思い入れも強い。離れがたく、巣立つまでは傍に居たかった。


「もし、ウェンディが子竜守を続けたいならば、良い方法がある」


「……え! 教えてください!」


 思わぬ事態に、私は慌てて彼へとにじり寄った。八方塞がりに思えた事態に、光が差して見えるなんて。


「俺と契約結婚をしよう。お互いに竜力を持つ貴族だし、婚姻の儀を隠れて済ませれば、それで正式に成立する」


「え……団長と、契約結婚……ですか?」


 団長は私の疑問に頷いた。


 お互いに貴族であればと彼が言ったのは、竜力を持つ貴族の場合、竜力を持たない平民と結婚したいと思えば、他の貴族に養子入りしてもらって、王に認められ竜力を持たないと結婚することが出来ないのだ。


 その理由は、胸に刻まれた紋章にもあった。


 ディルクージュ王国の貴族たちは、心臓の上に家紋があり、独身であれば紋章には一匹の竜が居て、婚姻の儀を済ませれば、それが二匹の竜へと変化する。


 だから、王侯貴族であれば胸の紋章をさえ見れば、その人が既婚者かどうかは判別可能なのだ。


「……知っての通り、俺はあまり好ましいとは言えない相手との縁談を王族より勧められている。出来ればしたくない。だが、既に誰かと結婚していると言えば、無理強いは出来まい。結婚しているのだからな。これは、一方的ではなく双方ともに得な提案だ。ウェンディも俺も、そうすれば助かる」


 それは、とても魅力的な提案だった。


 私は団長と契約結婚であったとしても、貴族であれば子竜守を続けられる。


 団長だって私のあの失敗のせいでジルベルト殿下に圧を掛けられ、意に沿わない相手と結婚を押し付けられることもなくなる。


 ……私たち二人が契約結婚すれば、お互いに得で損することはない。


「団長さえ、良ければ」


 選択肢なんてない私は震える声で、そう言って頷いた。もちろん提案した団長が否やと言うはずもなく……私たちは、契約結婚をすることになった。



◇◆◇



 私たちは二人で連れ立って、アスカロンの部屋へと向かった。


 これは、団長の提案で……すぐにでも、私たちの婚姻の儀を済ませてしまうためだ。


 ディルクージュ王国王侯貴族の婚姻の儀は、お互いの竜力を交わすという特殊な方法なので、本来ならば結婚式を済ませた初夜に行うような事なので、あの草原で行う訳にはいかない。


 私たちは黙ったままで、婚姻の儀の準備をした。それには、お互いの胸にある紋章に、同時に触れる必要があった。


「ウェンディ。俺は目を瞑っているから、君の紋章に、俺の手を当ててくれないか」


 上半身裸になった団長は、目を瞑り、私へ右手を差し出した。私は服を取り払い、毛布を巻き付けていたので、その中へと彼の手を導き、自らの心臓の上にある紋章へと当てた。


 ……目を閉じたのに初めて見えてしまった、筋肉がとても凄かった団長の上半身の残像が、瞼の裏から消えていかない。


「……大丈夫です」


 邪念を振り払うように、私は大きく頷いた。


「よし。始めよう……」


 私たちは声を合わせてディルクージュ王国に古くから伝わる『誓いの言葉』を、共に詠唱した。現在ではそのままでは意味が通じない古い言葉だけど、共に一生涯の愛を誓うとそういう意味らしい。


 『誓いの言葉』を言い終わると、弾けるような白い光が部屋に溢れて、私は目を閉じた。


 そして、団長がそっと手を戻したので目を開くと、彼の左胸にある紋章にある竜が二匹になっていた。


 私も後ろを振り返って毛布の中にある自分の紋章を確認すると、さきほどまでそこにあった柊の葉を持つ一匹の竜ではなくて、二本の剣を支える二匹の竜へと変化していた。


 結婚すれば男性の紋章へと変化するとは聞いていたけれど……私が一番に驚いたのは紋章の濃さだった。薄い紫色だった紋章が、今では、深い黒へと変化している。


 紋章の濃さが竜力の強さだとは、知ってはいるけれど……本当に、団長の持つ竜力は、とんでもない強さなのかもしれない。


「……ウェンディ。大丈夫か?」


「はい! 団長、ありがとうございます……」


 身体に毛布を巻き付けた私は祈るように指を組んで、団長にお礼を言った。これで、子竜守としてアレイスター竜騎士団に残ることが出来る。


「ああ……これは、ウェンディだけの事情ではないから。俺からも、ありがとう」


 苦笑して頷いた団長は、これで最近の大きな悩みから解放されたと安心したのか軽く息をついた。

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