第10話「長い足」
食後、お腹がいっぱいになってうとうとしていたアスカロンが昼寝して眠ったのを確認してから、私は無言のままの団長に手で促され、彼の竜であるルクレツィアに会いに行くことになった。
アスカロンの世話を終えたジリオラさんも子竜たちの元へと戻っていったけれど、現在竜舎に居る子竜たちがお昼寝をする時間なので、彼女も食事をしてから休憩するらしい。
私はと言うと背が高く足の長い団長の後を追い掛けるだけで、精一杯になってしまった。
絶対に失えない働き先の最高責任者に『もう少し、速度を緩めて欲しい』なんて、どうにかお願いして雇ってもらった過去のある私に言える訳がない。
なるべく必死には見えないように小走りしていた私の荒い息が聞こえたのか、団長は振り返り、しまったといわんばかりに口に手を当てた。
「悪い……俺は女性と歩くことがあまりなく、気が利かずにすまない」
「いえ! すみません……私が歩くのが遅くて」
団長はきっと普通に歩いているだけなのに、非常に足が長いから速度がやけに速くなってしまうのだ。
……団長は申し訳なさそうに頭の後ろをかくと、先ほどとは打って変わってゆっくりと歩き出した。
「いや。君は何も悪くない。これからは、ウェンディに合わせて歩くよ。急いでもいないし……今日は俺は休みにしようかと思っていたから、別にそうしても良い」
自分で休みを自由に決められるなんて、羨ましい……なんて、下っ端の私は思ってしまうけれど、彼はたとえ事前に決めていた休日だとしても、アレイスター竜騎士団に何かあれば出て来なければいけない。
そんな急ぎの仕事がない時くらいは、たまにはゆっくりしても良いのかもしれない。
「ありがとうございます。団長の足が、とっても長いせいもありますけど……」
私が冗談めかしてそう言うと、団長は目を細めて微笑んだ。
え。嬉しい。
私の言葉で笑ってくれた……これまでは全くと言って良いくらいに見たことがなかったけれど、記念すべき二回目の団長の微笑み。
「……ウェンディ。君は成竜に会ったことは、ないんだな?」
「はい。竜が空を飛ぶ姿を見たことは、ありますが……近くで見たことは、これまでにありません」
ゆっくりと歩き出し確認するような団長の言葉に答えた私は、もうすぐ会えるという竜に、いつになく楽しみな気持ちでいっぱいになり胸を高鳴らせていた。
「あの可愛い子竜ばかり見ていたら、成竜の姿に驚くかもしれない。美しいんだが……見るだけで恐怖を抱く人も多いようだ。強い力を持ち、人などすぐに殺せてしまう存在だから、それは間違っていないんだが」
どうやら団長は私が成竜を間近で見て、怖がってしまうかもしれないと、心配しているらしい。
「あの、私……多分、大丈夫だと思います」
「ウェンディは、どうしてそう思うんだ?」
まだ見てもいないのに『大丈夫』と言った私に理由を聞いた団長は、何も間違っていないと思う。
「なんとなくです。理由は上手く言えないですけど、私……なんとなくで、勘が当たる時が多いんですよ。だから、大丈夫だと思います」
「……それならば良い。一応、竜を近くで目にする前に、注意しておこうと思っただけだ」
……わ。また笑った。
団長は容姿が良いと国中で噂になるほどに美男なので、そういう彼が真面目な表情をしているだけで、なんとなく迫力が出てしまう。
けれど、笑うとなんだか可愛くて……笑顔を見るのは三回目だけど、そのたびに同じ人なのかと驚いてしまうのだ。
団長との初対面を思い出せば、まるで猛獣だったし、セオドアを挟んで近くで話せるようになっても無表情に近かった。
けど、今は私と話して笑ってくれている。
アレイスター竜騎士団でのお仕事……頑張って良かった。私が何も出来ない役立たずだったなら、こんな風に笑ってもらえなかったと思うもの。
「子竜守の仕事は、だいぶ慣れたようだな」
「はい! 団長に雇っていただいたおかげです。ありがとうございます」
「礼を言われるまでもない。君が頑張ったから、ジリオラも信用してアスカロンを任せても良いと思ったんだろう。今は子竜たちも孵化が終わってすぐで世話が大変だが、毎日頑張ってくれてありがとう」
「……光栄です」
その時に、私は思わず涙目になってしまうほどに、じーんと感動してしまった。団長はただ頑張っている部下にお礼を言っただけなのかもしれないけれど、本当に嬉しかった。
団長にお礼を言って欲しくて働いている訳でもないし、彼は私の言ったお礼に返してくれただけかもしれない。
けれど、嬉しかった。団長にちゃんと仕事振りを評価して貰えていると知って。
「今は食事回数も多くて大変だろうが、子竜も成長するにつれ、食事は間遠になるから、心配しなくて良い」
「そっ……そうですね。今は食事が一日四回ですから……」
私は気がつかれないように袖口で涙を拭くと、一歩先を行く団長の後について歩き出した。
「成竜にもなると、食事はひと月に一回でも十分になる。まあ、そうなるまでには、何年もかかるんだが」
「えっ……そうなんですか?!」
私たちは一日三回食事を取っているけれど、ひと月に一回で良いなんて……竜って凄い。
大きく驚いた私に苦笑して、団長は話を続けた。
「ああ。竜は飛行している時に空気中からも、大気にある力を取り入れるんだ。だから、ある程度羽根が立派になって、空を飛行出来るようになれば、極論食事はしなくても良くなるんだ」
「……今は子竜たちは、羽根を羽ばたかせているだけですね」
子竜たちの背中には小さな羽根が付いていることは付いて居るのだけど、彼らはそれでまだ飛行は出来ない。私はまだ、ぽてぽてと可愛く歩いている時しか、見たことがない。
「ああ。あの羽根がもう少し立派になれば、軽く浮くことから始めて、いずれ飛べるようになる……そろそろルクレツィアを呼ぼうか。ウェンディ。先ほど言ったことには、二言はないな?」
「あ。はい! 大丈夫です!」
てっきりルクレツィアが居る場所にまで歩いて行くのかと思ったら、この草原で彼女を呼ぶらしい。竜は翼があってどこにでも飛行してしまえるから、当然と言えば当然のことなのかもしれない。
嬉しい……もうすぐ、成竜に会えるんだ。
騎士団近くにある開けた草原で、私たち二人は立ち止まり、団長は空に向かって何かを呟いた。
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