第9話「笑顔」
ジリオラさんが教えてくれた神竜の子アスカロンの世話で一番に気を付ける点は、とにかくこの子を驚かせない事だ。
今は幼くて力の制御が利かないことは、アスカロンのせいではないから、世話をする私たちは極力、力を使ってしまう可能性を排除するしかない。
アスカロンも幼いながらに自分が力が強過ぎることを理解しているらしく、驚いてしまったり、そういうことさえなければ、大きな力を放ってしまうことはないらしい。
「アスカロンの世話の注意点については、良く理解出来たね?」
「はい! 不意な動きや驚かせたり厳禁で、出来るだけ動作はゆっくりですね」
ジリオラさんにこれまで注意されたことを思い返し、私はそう言った。それ以外は他の子竜たちと一緒だ。アスカロンは力が強いだけで、甘えん坊な性格は他の子竜たちと同じだった。
「その通りだよ。この子竜は賢いから、それさえ気を付けていたら、大丈夫なはずだよ。これからは、私と交替で世話をしておくれ。世話に慣れておけば、この先にも神竜の子が生まれても戸惑わなくて済むだろう」
「はい。わかりました」
私は理解したことを示すように何度か頷き、ジリオラさんは複雑そうな表情で微笑んだ。
「アスカロンは、神竜同士の子だからね。仕方ない。あまりないことなんだよ。片方は良くあるんだけどねえ。神竜同士っていうのはこれまでの例を考えても少ない……まあ、竜同士が恋に落ちたら、その竜騎士にも止めようがないからね」
そこで意味ありげにジリオラさんが団長を見て、私は何が言いたいのかわからずに首を傾げた。
「俺も……止められるものなら、止めたさ。ルクレツィアが殿下の竜が良いと言うのだから、この俺は何も言えまい」
団長は難しい表情で腕を組んでいた。彼は私がアスカロンについての説明を受けている間、ここに居ることに決めたようだ。
アレイスター竜騎士団の最高責任者は団長なのだから、自分の出勤時間は自分で選べるのだと思う。
それを羨ましいとは思ってしまうけれど、私も子竜守の仕事を始めてしまえば、部下を管理する団長の仕事というのも大変なものだと気がついてしまった。
もし、多く居る部下の誰かが失態を起こせば団長の責任になってしまうし、それは彼が関わらないことだとしても同じことなのだ。
つまり……想像をしたくもないけれど、私が何か失態を起こせば、団長の責任になってしまうということも示していた。
「そりゃそうだ。可愛い可愛い娘が、自分にとっては最大に嫌な奴の子どもと結婚したようなもんだもんね……同情するよ。まあ、ヴォルフガングは可愛くて良い子なんだけどね。選んだ主が性格悪いだけで」
食事を終えたアスカロンから空になった硝子瓶を持ち上げ、ジリオラさんが楽しそうに言った。
話の流れからすると……アスカロンのお母さんは団長の竜ルクレツィアだけど、父親の竜ヴォルフガングの竜騎士は団長からすると、嫌な奴ってこと?
「俺にはそれについては、何も言えない。しかし、ルクレツィアは契約を交わした竜だし、その子は可愛い。ルクレツィアが雌で良かった。こうして、すぐに顔を見に来ることも出来る」
「だから、あんたが父親みたいなんだって……まあ、大丈夫じゃないかい。最近は殿下も、ユーシスに構っている暇はないだろうからね」
「どうだろうな。俺はあの人の動向を、調べたことはない」
団長はアスカロンに近寄り、首元を撫でるとキューキューと可愛らしい鳴き声をあげていた。団長も足繁くここへと通い懐いているようだ。
「私は逆はあると思うよ。殿下はユーシスが昼飯何食べたかまで、詳細に知ってそうだけどね」
「おい。ジリオラ……気持ち悪いことを言うなよ」
団長はとても嫌な顔をしたので、ジリオラさんはそこで面白そうな笑い声をあげていた。
「だから、殿下には嫉妬されているんだよ。ユーシスが優秀な証拠さね。どうでも良い奴の動向なんで、どうでも良いからね。しかし、幼い頃ならわかるけど、あの子もなかなか大人になりきれないねえ。立派な神竜に選ばれた王子様だというのに、どうしてあんな風な性格なんだか」
「俺はその事について、何も言うつもりは無い」
「……そうかい? まあ、言いづらいのはわかるよ。ユーシスが優秀な竜騎士なのは、あんたの努力の結果で、何も悪くないからね。私はよりにもよって、あんたたちの竜同士がくっついたことが、とてつもない悲劇だなとは思うけどね。だって、これからもことある毎に関わることになるじゃないか」
ジリオラさんは手際良くアスカロンが使った寝藁を片付けていき、私は片付け終わった場所に新しい寝藁を敷いて彼女を手伝った。
「……ルクレツィアとヴォルフガングも、悪くない。俺が嫌われないように、上手くやれば良かっただけだ。殿下も時が経てば、いつかわかってくださると思う」
「相変わらず、あんたは考え方が自責だね。無理だよ。殿下はユーシスのことが、自分より優秀だから嫌いなんだよ。自分を嫌いな人間が変わってくれることを期待するなんて、無駄なことだよ。やめな。諦めたら、生きるのが楽になる」
「……それでも……諦めたくはない」
団長は顔を歪めて苦しそうになり、彼に撫でられていたアスカロンが心配そうにキューと鳴いた。
「ふん。まあ、私はどうでも良いんだけどね。あんたの人生なんだから、あんたの好きにしな」
ジリオラさんは私が居る方向を不意に見たので、私は何事かと目を開いた。
「……あの?」
「そういえば、ウェンディ……あんた。まだ、竜を見たことがないだろう?」
私はジリオラさんの言葉に頷いた。子竜守を始めてから、竜舎と騎士団にある食堂を往復する程度で、ろくろく外出すらしたことがない。
「はい……そうですね」
アレイスター竜騎士団で働いてはいるものの、私は目にする竜はふくふくした丸みのある子竜たちで、彼らの親にあたる竜はまだ見たことがなかった。
「それに、次の食事まで時間があるし……ユーシス。ウェンディにあんたご自慢のルクレツィアでも、見せてあげなよ。今どうせ暇なんだろ? ここに居るってことは」
「えっ……けど。そんな……」
最高責任者である団長の時間を、下っ端の私に使わせてしまうなんて抵抗がある。けど……竜は見てみたい。
「ああ……急ぎの仕事はないな。ウェンディ。竜が見たいか?」
「はいっ……!」
彼の問いかけに嬉しそうに即答した私の様子が面白かったのか、団長は優しく微笑んだ。そういえば、ここに来てからというもの、団長が笑った姿をこの時に初めて見たかもしれない。
私たちは竜の住むディルクージュ王国に住んでは居るけれど、竜を見ることが出来るのは彼らが空高く飛行している時だけ。
だから、もし彼が自分の竜を見せてくれると言うのなら、是が非でも見たかった。
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