第6話「就寝」
着替えを終えた私はアレイスター竜騎士団にやって来た初日ではあるものの、ジリオラさんに元で子竜守としての仕事を習っていた。
やはり、子竜たちの首に巻かれていたリボンは、朝昼晩、そして、今は深夜にも必要な食事を終えてから入れ替えているらしい。
子竜たちが飲んでいる白いミルクは、特別に調合されたもので、本来ならば自然の元で育ち吸収出来る栄養素を経口で補給出来るようになっているらしい。
「ウェンディ。ミルクをあげた子を間違わないように、首にあるリボンの色を変えておくんだよ」
「あっ……はいっ。わかりました」
私は空になった硝子瓶を子竜から取り上げてから荷台に戻していて、その子のリボンを変えていない事をジリオラに指摘された。
子竜たちは皆とっても可愛く、色含め個体差もあるにはあるのだけど、似ていて数が多いため、混ざってしまうとわからなくなる。
私は慌てて、先程空の瓶を取り上げた子竜からリボンを外し、エプロンのポケットから赤いリボンを取り出した。
首に巻かれているリボンも子竜の柔らかな鱗に傷を付けないように柔らかな木綿で出来ていて、特殊な金具で留められ、もし何か強い力で引っ張られれば容易に解けるようになっていた。
万が一にも、子竜の首を絞めてしまわないようにと、食事を終えたことのわかるリボンには様々な工夫が施されているのだ。
「良いかい。ウェンディ。子竜は人の子よりも授乳回数が少ないとは言っても、油断は出来ないんだよ。どんな生き物でも赤ちゃんは栄養補給を怠ると、すぐに弱ってしまうんだからね」
「はい。わかりましたっ」
慣れた無駄のない動きで、子竜たちに食事させることの出来るジリオラさん。
対して私は、これまでした事のない初めてのことだらけ。全く慣れてはいないから、彼女があげたミルクを飲み干した子竜から硝子瓶を取り上げ、リボンを変えるだけでも今は精一杯だった。
子竜たちの夕方の食事を済ませて、私はジリオラさんが持って来てくれた軽食で夕食を済ませ、一度座れば立てないくらいにまで、へとへとになってしまった。
子竜守は幼い竜を扱うので気も使うし、体力的にも大変な仕事だ。私にはそのまま休憩して良いと言い置いたジリオラさんは、手際良く古くなった寝藁を片付けて新しいものへと変えていた。
新しい寝藁は気持ち良いのか、ジリオラさんが入れ替えた傍から、子竜たちが次々と飛び込んでいく。
室内には嬉しそうな鳴き声が響き、とても可愛らしい光景に、心が和んだ。
「竜に触れられるというだけというならば、子竜守は男でも良いんだろうがね。竜力を持つ貴族の中でも、女性の方が竜の雌に似た気を持っているらしいんだよ。母親の方が子が安心するのは、当然のことさね」
「それは……確かに、そうですね」
子どもが安心するのは、どうしてもお腹を痛めて産んだ母親の方なのだろう。私だってお父様のことは子どもの時も好きだったけれど、お母様の傍が特に落ち着けたことは、思い返してみれば確かにそうだった。
「今日はこれまで一度も働いたことのないご令嬢にしては、良く頑張ったね。ウェンディ。私はてっきり、途中で音を上げてしまうのかと思っていたよ。根性あるじゃないか」
とっぷりと日が暮れ夜になり、寝藁を取り替え終えれば、子竜たちが可愛い寝息をたてはじめた。
おそらく、これが子竜守の一日の仕事終わりなのだろう、ジリオラさんは私にそう言ってから、これから使うことになる部屋へと案内してくれた。
先ほど着替えをした部屋の隣室へと案内されて、私は湯浴みも済ませてはいないけれど、埃よけの掛けられたベッドに飛び込みたい思いでいっぱいだった。
とにかく、今はもう横になりたい。
ジリオラは埃よけの大きな布を外し、舞い上がった埃を逃がすために窓をいっぱいに開けてくれた。
「……ありがとうございます」
「今日のところは、もう休むんだね。明日の朝には、子竜守専用の浴室に案内してあげるよ。こんな遅い時間まで働かされて、尻尾巻いて逃げて帰らなかっただけ……ウェンディは立派だよ」
ジリオラはそう言って微笑み窓を閉めると、その手に持っていた灯りを吹き消していた。
「私の帰る場所は……もう、ないんです」
ぽつりと口からこぼれた言葉は、思いのほか部屋の中に響いた。
明日には生まれ育ったグレンジャー伯爵邸は、人手に渡り、父の行方も知れない。私が仕事もなく無職で居れば、弟リシャールが心配で学校から逃げてしまうかもしれない。
私にはやっとのことで雇ってもらえたアレイスター竜騎士団の中で、しがみついてどうにかして生きて行くしかない。
「……今日は、もうおやすみ」
静かにそう言ったジリオラさんは、扉を開いて出て行った。
……あんな事を言われたとしても、ジリオラさんは何も返しようがないかもしれない。
騙されて無一文になった父親に置いて行かれた娘に掛ける言葉なんて、私自身にだって思いつかないもの。
誰かに何を言って欲しいなんて、何もない。ただ、私にとっての事実が、誰かから見れば可哀想な身の上であるだけで。
なんだか……気を使わせてしまった。
いけない。私がここで弱気になるなんて。頼み込んで、働かせて貰っているというのに。
私はもう誰にも頼れないんだから、お世話になるジリオラさんに弱音なんて吐かずに、しっかりしないと……。
私は寝巻きへと着替える気力も湧かずに、用意されていたベッドへと潜り込んだ。その瞬間、固くて冷たい寝床だと思った。
これまで睡眠を取ってきたベッドとは、全く違う。
けれど、極限にまで疲れていた私は、瞼を閉じた数秒後には、深い深い眠りの中へと落ちていた。
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