第5話「子竜守」

「|子守メイド(ナースメイド)の事は知っていると思うんですが、あれは人の子ですが、子竜守になるウェンディにはここで竜の子の世話をして頂きます」


「……あ。この子たちのお世話を……」


 私はすぐには数え切れないほどに居る竜の子たちを見回し、セオドアの言葉に何度か頷いていた。


 子守メイドならば我が家にも居たし、私には二歳下の弟リシャールが居たから、彼女たちの仕事ぶりも見ていた。これから私がしなければいけない業務内容も、なんとなく想像することが出来た。


 可愛い子竜たちにご飯を与えたり、敷いている藁を新しいものへ換えたりするのかしら……? それならば、私にだって出来そうだわ。


「子竜が……沢山居ますね」


 私は微笑み、広い空間を見回した。可愛い子竜たちは、キュウキュウと鳴きミルクを求めているのか動き回ったり、真新しい藁の中に飛び込んだりと思い思いに自由に過ごしている。


「ええ。野生竜は凶暴で、人には決して懐きません。ですが、卵から孵って初めて見た存在が人で、それからも人の手で育てられると、人に慣れて竜騎士の命令も聞く竜となるのです。アレイスター竜騎士団は最大規模で、竜が一番多く居るので、産卵期を終えると、このように自ずとして子竜の数も増えますね」


 セオドアは誇らしげな表情で、私へと話していた。確かにアレイスター竜騎士団はディルクージュ王国最大規模の竜騎士団で、彼は副団長なのだ。


「可愛いですね……」


 私は可愛い存在が無数に居る空間にうっとりとしてしまい、思い思いに動き回る子竜たちを見つめた。


 竜は竜だとしても、まだ体が大きくなり切ってないせいか固い鱗はなく、ぽよぽよとした柔らかな質感の大きな鱗らしきものに身体を覆われていた。


 子竜たちが思い思いに転がっている中を縫うようにして速い速度で歩き、せっせと無言で働いている中年女性は慌ただしく新しい寝藁を運んだり、荷台に載せた白いミルクが入った硝子瓶を入れ替えては、次の子竜に渡したりしていた。


 あ。それに、子竜たちの首に巻かれていたリボンの意味を、ここで知ることが出来た。


 彼女は空っぽになった硝子瓶を回収する際に、首に巻かれていたリボンを回収し、腰に付けた小さな鞄から取り出した違う色のリボンに入れ替えていたのだった。


 先ほどは赤いリボンを巻いていた子竜たちは、飲み終わり今は紺色のリボンを巻かれていた。


 こんなにもたくさん子竜が居るのだから、誰がミルクを飲んで飲んでないかを覚えていられないから、飲んだ子竜のリボンを取り替えをしているようだった。


 だから、皆……可愛いリボンを巻いていたのね。


 もしかして……あの人が、今の子竜守……? ジリオラという人の後釜を探していたと、先ほど団長とセオドアは言われていたけれど……。


「ウェンディ。君も知っているように、貴族には竜力があり、竜は竜力を持つ者にしか触ることが出来ません」


「あっ……はい」


 彼の言葉を聞いて私は思わず、左胸の上に手を当てた。そこにはグレンジャー伯爵家の紋章があり、私がこのディルクージュ王国の貴族である、竜力を持つという証だからだ。


「子竜守はそういった訳で、貴族の血を引く女性……ジリオラも貴族出身の女性なんです。もちろん。貴族であるならば裕福な女性が多く、彼女のようにこうして身を粉にして働くことが好きな変わり者はそうは居ません……ジリオラ!」


 セオドアは彼女の名前を大きな声で呼び、ジリオラさんは私たちが居る方向を見て、荷台に載せていたミルクの入った硝子瓶を子竜たちにすべて渡してから、こちらの方向へと近付いて来た。


「セオドア! ……この子は?」


 はきはきとした喋り方のジリオラさんは、はっきりとした目鼻立ちで、濃い青の瞳がやけに綺麗に見えた。


 元々は金髪であっただろう髪の毛が白っぽくなっていて、それを頭の後ろで無造作に纏めていた。何故か、白一色のやけに簡素な服に身を包んでいた。


「この子は、ウェンディ。今日からジリオラについて、子竜守見習いになる。君の後釜を探し続けていたけど、ようやく見つかったんだよ!」


 セオドアはジリオラさんへとにこにこと機嫌良く笑いかけ、そんな彼を見て眉を寄せていた。


「また、何でも面白そうにして……あんたは本当に、残念な男だねえ。そういうところがなければ、あのユーシスにだって勝てるかもしれないのに。なんだか、惜しい子だよ」


「僕はユーシスに勝ちたいなんて一度も思ったことはないから。これで良いのさ。礼はないの? ジリオラだって、後継者が必要だろうと思って、僕もユーシスを説得するのを頑張ったんだよ」


 両手を上げて肩を竦めたセオドアに、嫌な顔をしながらジリオラさんは私へと近付いて来た。


「勝手に人を年寄り扱いするんじゃないよ。まだまだ動けるよ……私の後釜って、この子かい」


「彼女はウェンディ。ジリオラの後継者らしく、とっても可愛いだろう?」


 揶揄うようなセオドアの言葉を無視して、ジリオラさんは私の真ん前に立った。


「……ふん。この服は、何なんだい。随分と安っぽい服だねえ。この子は、本当に貴族なのかい?」


 じろじろと上から下まで厳しい視線で見定められて、私はこくりと喉を鳴らした。もう私には、この人に付いてこの人の元で働くという選択肢しか残されていない。


「……これは、昨日古着屋で買いました。父が騙されて、私たちは無一文になってしまったんです。ですが、グレンジャー伯爵家の者で、正真正銘ディルクージュ王国の貴族です」


「……そうかい」


 伯爵家の令嬢が古着を身に纏っている理由を、色々と察してくれたのか、それ以上のことをジリオラは私に聞かなかった。


「まあ。それは、良いよ。その服では、何も出来ないね。とりあえず、着替えをして……おいで!」


「は、はい!」


 ジリオラさんに手で促され、私は彼女の後に付いて歩き出した。


「ウェンディ。頑張ってね~」


 これで役目を終えたらしいセオドアは軽い口調でにこやかに手を振ったので、私は彼に手を振った。


 ジリオラに連れられて来たのは、子竜が集められた建物内部にある小部屋だった。いくつかの木箱をひっくり返した後、ジリオラは私に白い服を渡した。


「これに、着替えとくれ」


「はい。わかりましたっ……」


 私は慌てて今着ている服を脱いで、彼女に渡された服に着替えた。これまでは誰かに手伝って貰っていたので、一人で着替えることには慣れておらず手間取り時間がかかってしまったけれど、ジリオラは何一つ文句を言わなかった。


 そして、やっとのことで着替え終わった私を見て、満足そうに微笑んだ。


「これは、私の若い頃の服だよ。良く似合うじゃないか」


「あの……ずいぶんと、可愛いんですけど……」


 そう。それがどうしても、気になってしまった。


 どうやら私が着たワンピースは木綿で出来ているようで、経年による生地の端の丸まりや色の変化などがありはするけれど、レースが随所に施されており、控えめではあるものの可愛らしいリボンも付けられていた。


 貴族令嬢が避暑地で身につけるような、とても可愛らしいものだった。


 対してジリオラが身につけている服は、同じ木綿で出来ているようだけれど、簡素な造りですっきりとした仕立てのシャツと上にはエプロンを羽織っているだけだ。


 私はあんな風な服を渡されると思っていたのに、これはあまりにも……違い過ぎない?


「ああ……私が若い頃に、こんな木綿の服が欲しいって言ったら、亡くなった夫がやたらと可愛く作ってくれてね……まあ、そんなことは良いんだよ。サイズが合うようで良かった。こういうワンピースがここに何枚かあるから、洗い替えも要るだろうし部屋に持って行っておくれ」


「え。あの……これが、私……子竜守が着る服なんですか……?」


 私もジリオラが先ほどしていたことを見たけれど、力仕事だってありそうだし、こんな可愛い格好でするような仕事でもないような気がするのだ。


「ああ。子竜の鱗は、まだ固くなりきっていない。とても繊細なんだよ。だから、こういった木綿で作った服で子竜守するんだよ。何度も何度も数え切れないほどに洗われているから、とても柔らかくて子竜たちの鱗を間違っても傷めたりしないんだよ」


 ジリオラの言葉の通り私の着ている服を触れば柔らかく、繊細な何かを傷つけることはなさそうだ。


「そうですね……すっごく、柔らかいです。けど、白だと汚れやすくないですか……?」


 私の質問を聞いて、ジリオラは嫌な顔をしつつも律儀に答えてくれた。


「いちいち細かいことが、気になる子だね。汚れたらいっそのこと、漂白してしまった方が早いんだよ。ミルクに濡れると乾くと酷い匂いだからね。だから、代々の子竜守は、こういう白い木綿の服を着て仕事をするのさ」


「そういうことですか……」


 私はまじまじともう一度、自分が着ているワンピースを見た。


 ジリオラさんの亡くなった旦那さんは、妻である彼女のことを、とても愛していたんだと思う。このワンピースを見れば、それがわかる。


 仕事中にだって着られるように、こんなにも可愛いワンピースを、何着も作ってあげるくらいだもの。

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